第2章 曇天 -3-
「遅い」
「知るか」
地下都市の機能も利用したカフェにて、開口一番に東城は柊に文句を言われていた。
「それより、怪我は良いのか?」
「治ってるわよ。大した怪我でもなかったしね」
「そりゃよかった」
社交辞令のように訊いたのだが、その言葉が聞けるだけで東城は本当に安心していた。
「で、せっかく受けれるように頑張ったテストはどうだった?」
「……訊くなよ。泣いちゃうだろ」
「昨日はあんなに勇ましい姿を見せてくださったのに、期末考査ごときで泣かないで頂けますか……?」
七瀬の目に若干の失望の色が宿るが、泣きたいものは仕方ない。
そんな東城に詰め寄るように、一人の少年がいた。
「お久しぶりです、東城先輩!」
「えーっと、あぁ。神戸か。お前ももう怪我は良いのか?」
神戸は、一番上まできっちりボタンを止めた白いシャツに、ペールオレンジのサマーニットベストを纏っていた。濃紺のスラックスも腰でベルトを締めていて、見た目通りの生真面目な性格が見て取れる。なにせ学校の制服でもないのに靴まで男子用のローファーだ。
東城なら冠婚葬祭でもない限りこんな格好はしないし、少なくとも怪我人がわざわざ着る必要はない程きっちりしている。
「はい、もうばっちりです」
「お前が一番ひどい出血だったのに、何でけろりとしてんだよ。あの後、七瀬とか柊をここまで運んだのは俺じゃなくてお前だったし」
「僕はアルカナではないですがレベルAの肉体操作能力者ですからね。自己再生は得意分野なんですよ。と言っても意識が朦朧としているうちは演算速度が遅いので、自分を治すのはそれなりに時間がかかるんですけどね」
便利な能力があるものだと、東城は感心する。実際、七瀬や柊のあれだけ酷い傷も既に何事も無かったかのように再生している。そういうのを目の当たりにすると、やはり能力の凄さを思い知らされる。
「たとえそうでもあの血の量は相当だった気がするんだが……」
「まぁ、それは七瀬さんに早めに見逃してもらうために少し出血を増やしただけなんで、実際はそこまで深い怪我じゃなかった――」
あそこまでボロボロになるまで戦うなど凄い覚悟だと思っていたのだが、実際は助かる為に大げさにしていただけらしい。ここは覚悟ではなく演技力に感嘆するべきなのだろうか、などと場違いな事を考えてしまう。
「へー。そーなんだ」
そんな中で、嫌に冷たい声が耳に届く。
「いやー、アンタに地下都市の外の警戒を任せたのに七瀬を連れてきちゃったからこれは説教かなーとか思ったんだけど、それでも一応あんなに怪我を負うまでは粘ってたんなら見逃してあげるつもりだったのよね」
「あ、いや、その……」
完全に神戸の失言だった。これは東城でも救えない。
「アンタがさっさと諦めるから、私も大輝も戦うハメになったんでしょうが!」
「痛い! 先輩、痛いです!」
何本もの紫電の針が神戸の体を突き刺していく。どうやらフリーズは解けたらしい。
「痛いのはこっちよ! 女の子の大事な柔肌に水が突き刺さったんだから!」
「ごめんなさい! 本当にごめんなさい! でも許してくれないと僕、死んじゃう!」
「こっちだって死にかけてたのよ! アンタもその淵まで堕ちてこい!」
「助けて東城先輩!」
「ゴメン神戸。俺もまだ死にたくない」
助けに入ったらたぶん先に殺されるので東城は大人しく合掌する。そんなぁ! という神戸の叫びは聞こえなかった事にして、冥福を祈ろう。