第3章 桜花 -1-
月曜日は祝日であった為、学校の週明けは火曜となった。
そんな火曜の放課後、クラスメート全員は帰ることなく教室に残り、教壇にはそこにいるのが最も似合わない男、白川雅也が堂々と仁王立ちしていた。
「文化祭が近づいてきたことは、みんな知っとるな?」
そう。
東城の副会長任命という事件で忘れそうになっていたが、そもそも先週の全校集会は来たる文化祭の諸々の発表の場であった。
「そして、わたくし白川雅也がこのクラスの文化祭実行委員でございます。どうぞよろしく」
白川の挨拶に、クラスメートは拍手を送った。というのも、彼を文化祭実行委員にしたのはクラスの総意だ。
理由はもちろん、お祭り好きで馬鹿騒ぎが大好きで文化祭を盛り上げてくれること請負の人間など白川を差し置いて他にはいないと誰もが考えたからだ。
「そこで。LHRはないけど文化祭のうちのクラスの内容を早急に決めんとアカンので、今日はちょっと残ってもらった」
ごほん、とわざとらしく咳払いして、白川はチョークを握り締めた。
「学年別に出展内容が決められとるから、我ら一年は模擬店オンリー! そこで、俺がコストパフォーマンス的に提案するのがこちら!」
カカカカッ、と凄まじい勢いでチョークを黒板に叩きつけるようにして文字を書く。
そして書き終わるとチョークを投げ捨て、バン、と黒板に掌を叩きつけた。
「男女ランダム執事&メイド喫茶!」
ものすごいドヤ顔だった。
「アホか……」
思わず東城は呟いていた。
「フロアスタッフである執事かメイドをくじで決定する面白喫茶! そういうのが恥ずかしい人は遠慮して厨房とかにレジ打ちしてくれて構わへんから、好きな奴だけでも馬鹿騒ぎしようや! 可愛い水泳部のあの子がツンデレメイド! サッカー部のイケメンがオレ様執事! そこの野球部野郎どもが猫耳メイド! そこの可愛い森ガールが僕っ子タキシード! どや!」
全力の馬鹿騒ぎプロモーションを終えて、白川は荒い息をしていた。
とは言え、そんな全力も東城の心には全く響かない。ほとんどの人が「要は白川が可愛い子のメイド見たいだけだろ」という下心に気付いているはずだ。
「誰がそんなもん――」
「ヤバイ、超面白そう!」
だというのに、クラスメートの女子一人がそんなことを言い出したのだ。
「……は?」
思わず東城は当たりを見渡した。
するとそこは白川を称賛する声で溢れているという、今までにない不可思議な超常現象に満ち満ちていた。
「白川のアイディアとは思えないくらいイイよ! 私もメイドやってみようかな!?」
「やるぜ、執事! モテるぜ俺!」
「お前には無理だ! ここは俺の執事力を見せるとき!」
クラスメートの誰も彼もがノリノリだった。
「えぇ……?」
そのノリにまったくついていけない東城は、ただ呆れたような疑問符を口にするしかなかった。
とは言え、嫌なら白川の言うとおりレジ打ちや厨房に回ればいいのだ。ただそれだけの話でしかなく、大して東城には問題はない。
「ねぇ。大輝はフロアやるの?」
後ろにいる四ノ宮が東城の背をツンとつついて、問いかける。
「いや料理も得意だし、厨房の方をやるつもりだけど――」
「ちなみに」
そんな東城の言葉を遮るように、白川が少し大きな声を出した。
東城が視線を壇上に戻すと白川が真っ直ぐこちらを見つめていたから、おそらく東城に向けての言葉だろう。
「生徒会役員はそっちの仕事が忙しいんで、保健所の指導の時間に出席できへんので厨房は出来まへーん!」
「――は?」
「ちなみに、レジ打ちは収支が合わなくなった際に召集されるので、それもまた役員は出来へん仕事や! これは文化祭の規定やからしょうがない!」
――つまり。
必然的に、東城はフロアスタッフ以外に道が残されていない。
執事かメイドか、とにかくどちらにしても東城としては全く乗り気になれないコスプレが待っていることだけは確かだ。
「――では、ここで挙手投票です! 俺の『ドキッ! カッコイイあの人が、可愛いあの子がコスプレを!? 男女ランダム執事&メイド喫茶!!』がいい人は挙手を!」
妙な修飾語が付いていたが、とりあえず誰もそれにはツッコまず一斉に手が挙げられた。
――数えるまでもなく、東城と一部の無関心層を残してクラスメートの大半が手を上げていた。白川の言う通り恥ずかしい人は率先して裏方に回れるシステムというのは、その手の人にはありがたいアイディアなのだろう。
「というわけで、東城のコスプレ――やなかった。執事&メイド喫茶に決定!」
白川の本当の目的が漏れ出た瞬間だったが、最早東城にはケチを付ける権利もなかった。民主主義はマイノリティに厳しいのが世の常だ。
「フロアスタッフやりたい人、手挙げて!」
そして白川の言葉につられて、大体クラスの半分が手を上げた。もちろん、基本的に柊も四ノ宮も傍観者なので裏方に回る気らしい。渋々、東城だけが手を上げさせられた。
「うし、この人数やったら丁度くらいやな。――というわけでくじ引きターイム! なんとボックスは昨日俺が徹夜して作っちゃったぜ!」
どうやら白川は、これを機に東城に過度のツッコミをされ続けた腹いせをする気らしい。
積もりに積もった分に法外な利子が乗せられている気もするが、文化祭を盛り上げるという大義名分を白川が持っている以上は、東城が異議を申し立てたとしても何の意味もない。それが分かっているから、東城はただ無言で白川を睨みつけながら成り行きに身を任せるしかなかった。
「では順番にくじを引きに来て!」
白川が言うと、フロアスタッフ志望のクラスメートがわらわらと壇上に集まり、くじを引いては阿鼻叫喚の騒ぎだった。
東城はその最後尾について、ため息と共におかしなくじが消え去るのを願うばかりだった。
「――さて、ラストはみんなの期待の星。四ノ宮、サッカー部、バスケ部に次ぐ第四位のイケメン、東城大輝や!」
その白川の煽りに、何故かクラスじゅうが湧いていた。
「――これが望みだったわけか、白川」
どこかのラスボス手前の主人公のようなセリフだった。
「ふっふっふ。お前ばっかりが女子をはべらしてエェ思いしくさって。挙句に七瀬さんまで一人占めしようとした罪は重いぞ」
どうやら、それが白川の一番の恨みらしい。
そんなことで恨まれる筋合いのない東城としても、ここを退く気はない。
互いの視線が火花を散らす。
――最強の能力者が悪ノリ男子高校生とそんな風に睨みあっている様は、彼に憧れるような能力者が見たら卒倒してしまうように残念なものだったが。
「知るかよ、それは俺の罪じゃねぇよ」
「まぁまぁ。引けや、東城。お前の罪はお天道様がちゃんと見てるんや。――罪がなければ、無事にただの『執事』、ちょっと悪くても装飾されただけの『執事』を引くことが出来るやろ」
「ふざけやがって……っ」
悪態を吐きながらも、東城は箱の中に手を突っ込んだ。箱の中にはまだ何枚もくじが残っている様子だ。これで白川が何か企んでいるとしてもそれを成すのは不可能だろう。
素直にその中の一枚を取り出す。
折りたたまれた四角い紙。
そっとそれを広げる。
『ミニスカニーソ猫耳メイド(はあと)』
「ふざけんじゃねぇ!」
その紙を乱暴に床に叩きつけて踏みつける。
「はっはっは。どうや、お前の罪は明らかになったな!」
「この中にもう執事が残ってねぇとかそんなオチじゃねぇだろうな……ッ!」
「じゃあもう何べんでも引いてみ」
そう言って白川に差し出された箱の中から乱暴にいくつもの紙を引っ張り出す。
『執事』
『オレ様系不良執事』
『男の娘系執事』
「本当に何の策もないだと!?」
ただただくじ運が悪かっただけらしい。――どうやら、お天道様は東城が必死に大勢の命を救ってきたことを知りながら「でも面白ければいいよね」とでも思っているようだ。
「大丈夫だよ、東城くん!」
そんな風に驚愕している東城を、何故か複数の女子が目をキラキラと輝かせて取り囲み始めた。
「な、何が大丈夫――」
「東城くんのメイクは私たちで綺麗に! そして誰よりも可愛く! いや世界中の誰よりも可愛く! やってあげるからね!」
嫌な強調だった。
「おい、待て――」
「東城くんって脚も割と細いし絶対に似合うって!」
「そうと決まれば今から採寸だよね!」
「俺の話を聞けよ!」
東城の叫びを無視して、あれよあれよと話は進み、東城のメイク・衣装班が勝手に設立された。結局のところ東城がまた女子に囲まれている格好になるわけだが、東城が困っていればそれで満足らしく、白川は満面の笑みを浮かべていた。
「とりあえずちょっと試しにピンで髪とめてみてシュシュでくくるから、こっち向いて!」
「まずはそのカッターシャツを脱いで採寸させて!」
「助けて! 助けて柊!」
もみくちゃにされていて身動きもろくに取れない東城は、少し離れたところで傍観している柊に必死に手を伸ばした。
――のだが。
「大輝のメイド……。女装した大輝……。わ、悪くない、かも……?」
「柊ィィイイ!?」
柊さんは何故か頬を紅くしてしまっていて、東城の叫びは空しく放課後の教室に木霊するばかりだった。
【告知】来週木曜日より、新作長編小説『雷鳴ノ誓イ』をアップロードします。詳細は以下の通りです。
1.毎日17時ごろ投稿予定(都合により時間が前後する場合あり)です。初回の投稿は来週1月30日(木)、フレイムレンジ•イクセプション(以下FRE)の最新話投稿の直前を予定しています。
2.FREに関しては今まで通り毎週木曜日17時ごろ投稿させていただきます。この新作によってFREの投稿に大きな影響がでることはありません。
フレイムレンジ•イクセプションともども、よろしくお願いします。




