第2章 驟雪 -4-
西條との対戦を終え帰宅した東城は、携帯電話を片手にベッドに腰かけていた。
大したことではないとは言え、結局の呼び名が「真雪姉」に固定させられたことを言わずに普段の会話で呼ばせられることになったら、周囲におかしな眼を見られるのは明白だ。
『――と、そういう事情があったわけね?』
「そう。一応何の報告もしないでは済ませられそうになかったからの報告だ」
そういうわけで、東城はまずは柊に電話することにしたのだった。
『で、結局のところの勝敗は? 何回やって何回は勝てたわけ?』
そのことには触れないようにしていたというのに、柊はそれすら理解しているかのように訊いてきた。正直、察してくれと願い続けた東城としてはこの時点で若干涙目だった。
「……敗」
『聞こえないわよ』
「……三連敗だよ!」
今までたとえ誰が相手でも最終的には勝利をもぎ取ってきた東城だ。事実、東城が負けたままになっているのは再戦の機会を与えられていない鐵龍之介のみだ。
その東城が、負けた。
接戦ですらない。手も足も出せず、ただの一撃たりとも西條に浴びせることも出来ずに東城は完膚なきまでに叩き伏せられたのだ。
『――は?』
だからこそ、返ってきた柊の返事も驚きのあまりか間の抜けたものだった。
「だから三連敗なんだよ、三回やって三回とも負けたんだよ!」
もう投げやりに、やけになって叫ぶしかなかった。
『……派手に負けたわね』
慰めの言葉も思いつかないらしく、ただただ素直な感想が返ってきた。
「だいたい何なんだよ、氷雪操作能力って……。氷と温度を別々に操れるって時点でもうそれは二重能力者だろうが……」
『はいはい。あんまり愚痴を言ってると格好悪いわよ? また今度ジュースでもおごって慰めてあげるわよ』
「そういう同情が一番辛いんだよ……。クソ。絶対に次は勝つ。負けたままとか絶対に嫌だ」
『アンタって地味に負けず嫌いよね……』
電話の向こうで柊は呆れている様子だった。三連敗もしておいて勝てるわけがないだろう、とでも思われているのかもしれない。
『まぁアンタが西條先輩のことを「真雪姉」ってシスコンみたいに呼ぶことは了解したわ』
「やめろよ、事実を突きつけるの……」
負けたことよりも何よりも、それが一番嫌だった。
――とは言え、だからと言ってそう呼ばないように遠ざかったり、「お前」や「あんた」などという二人称を多用したりするのは姑息以外の何ものでもないと理解しているので、さも「気にしてないけど?」といった体を装って平然と呼ぶ以外を東城には出来ないのだが。
『それでアンタのあと二回の命令は何なわけ?』
「副会長になることと、再戦を申し込まないこと」
『……じゃあもうリベンジ出来ないじゃない。――ていうか三回目負けた時点で「もう一回」とか言って呆れられたんでしょ?』
何も反論できなかった。というか、事実そのものをまるで見てきたかのように言い当てられていた。
『アンタ、普通に弟やってるだけじゃないの?』
「うるせぇよ」
『――でもまぁ、良かったわね』
唐突に、柊はそんなことを言った。
「何でだよ。俺に負けてほしかったのか、お前は」
『そうじゃないわよ。ただ、私たち能力者には基本的に肉親っていないじゃない? せっかく出来たんだから、大切にしなさいよ』
「……あの人が姉か……」
精神年齢的にはむしろ自分より幼い気がするのだが、そこはどうなのだろう。
『それに、アンタは記憶まで失くしている。血の繋がりどころか心の繋がりも人とは希薄なのよ? そこら辺を自覚して、繋がりを大事にしなさいよね』
「……何だか、柊の方がよっぽど姉っぽいこと言ってる気がするんだけどなぁ……」
『はいはい、馬鹿な弟を持つと苦労するわね』
「悪かったな」
そんなことを言っていると、インターホンが鳴った。
「悪い、誰か来たみたいだ。電話切るぞ」
『じゃーね、シスコン大輝』
「おい――」
東城のツッコミを待たずに通話は一方的に切られた。
残ったのは耳元から聞こえるツーツー、という音と、さっきからしきりに部屋に響くピンポーンというインターホンの音だけだ。
「クソ。ってか誰だよ、こんな時間に」
東城は一人毒づきながら、インターホンに出る。ちなみに、東城の家のインターホンにはカメラが付いていて、一方的にだが訪問者の顔が見えるシステムになっている。
「はい、どちら様で――」
『こんばんは、大輝くん』
相も変わらず何か漫画的な効果音が出てきそうなウィンクが、インターホンの画面の向こうに映っていた。
雪のようにホワイトとライトブルーを混ぜたような美しいボブカットの髪、荒い画像でも良く分かる整った顔立ち。
西條真雪だった。
「お帰り下さい」
ブツ。
インターホンの通話を切った。
途端、インターホンを連打され、ピピピピピ――というもはや何の音だか分からない音で埋め尽くされた。
「――大輝くん! 出ないとドア壊すわよ!」
挙句、近所迷惑も顧みずドアの向こうから叫び出す始末だ。このままでは騒音による東城の精神衛生上はおろか、近所付き合い的な意味でもよろしくない。
「分かったよ、出ますよ! ちくしょう!」
投げやりに叫んで東城はドアの前まで行き、いやに重いノブを回して西條を迎え入れた。
「まったく。大輝くん、わたしを無視するなんて酷いわよ?」
「……姿が見えなかっただけです」
むすっとした顔で東城は返事した。ちなみに、西條を家に上げる気などはないので玄関での立ち話だ。
「……ひょっとして、急に来たことに怒ってるのかしら?」
「……、」
「もしくは、負け続けたから八つ当たり的な反応かしら?」
「っ……、」
図星だから一瞬とは言え反応してしまった。
そしてそれを、実際に暮らしていなかったとは言え姉の西條が見逃すはずもない。
「……大輝くんって、もしかして意外と器ちっちゃい?」
「うるさいな。――で、何の用ですか?」
照れ隠しといら立ち隠しを合わせて、仏頂面で東城は負い返すように聞いた。知らない人がすれ違いざまにこの東城の顔を見たら一度や二度は振り返ってしまうだろう、というくらいに奇怪な仏頂面だ。
「もう。そんな他人行儀な言葉遣いは駄目よ? お姉ちゃんと話してるんだから」
「……それで、生徒会長がこんなところで何をしてるんだよ?」
「真雪姉、でしょ?」
「……、」
正直、試しに自分で逃げてみたのは自覚しているが、こう指摘されるとイラっとした。
「あーあ、勝負で決めたことを大輝くんは守らないのかしら?」
「分かったよ……」
元より無駄な抵抗を重ねるのは無様だということくらいは分かっている。とは言え、ほいほい受け入れられるほど東城の男としてのプライドもちっぽけなものではないのだから、仕方のない反応ではあった。
それを察しているのかいないのか、西條は随分と楽しそうに言った。
「それじゃ元気に呼んでみよう」
「で、真雪姉は何の用?」
その言葉を聞いたときの西條の顔は何とも言えずニヤニヤしていた。余計にイラっとしてくるが、ここで殴るほどは東城の器も小さくはない。
「こら。今は生徒会の仕事で来たんだから生徒会長、だぞ?」
流石にぶん殴ろうかと思った。
言わせておいてそのリアクションだ。端からそれが言いたかっただけにしか思えない。
「殴っていいですか、生徒会長」
「あら。ちょっとした冗談だったのに、大輝くんって心が狭いのかしら」
ちょっとした冗談でここまで東城の神経を逆なで出来るのなら、それはそれでもはや何かの才能ではないだろうか。
「いいから、用件を言え。――てか、さっき生徒会の仕事とか言ってたな」
「そうよ。生徒会執行部に入る為の書類。入部届と同じで書類提出がいるから、ここに名前と親のハンコを押して、週明けに担任に提出ね」
「……りょーかいしたよ。こっそり逃げるなってことだな」
深いため息と共に東城はその書類を受け取らざるを得なかった。
こうして、東城の平凡な学校生活もどんどん浸食されていくのだった。
月末くらいから新作一本を毎日更新でアップする予定です。詳細は来週告知しますが、よろしければFREともどもよろしくお願いしますm(_ _)m




