第2章 驟雪 -1-
翌日午前七時、西條真雪は生徒会執行部のメンバー(書記、会計の二人)と共に生徒会室で早朝から続く作業に追われていた。
理由は単純にして明快。文化祭も近づいているというのに、東城と話す為だけに執行部の仕事を全て休業にしてしまったせいだ。
しかも本日は金曜日。週末には仕事が出来ないので、今週中にやれば良かった仕事は必然的に今日中に終わらせなければいけない仕事に進化している。
そのツケを払うようにして金曜に早朝登校を命じられた執行部の面子の顔は、どこか寝不足と疲労が感じられる。――というのに、西條だけは艶やかな肌を保っていた。
「ふふふ」
仕事を誰よりも早く片づけながら、しかしその顔は漏れ出る笑みで満ち満ちていた。
「どうしたんですか、会長」
書類に目を通し続けたまま、書記職の眼鏡男子が面倒そうに声をかけた。
こういうときに声をかけられて西條がまともな返事をした試しはないのだが、それでも他のメンバーが会長のおかしな雰囲気に当てられるのも困る。とは言え書記もこんな無駄にハイテンションな西條に関わりたいわけではないのは確かなのだから、要するに苦肉の策というヤツだろう。
「やぁ書記くん。わたしがどうかしたかしら?」
さも平生を装っているような言葉だが、口調は幸せそうな笑いに溢れていた。
「いや、早朝作業で呼び出しておいて何を一人で気持ち悪く笑っているのかと――ッ!?」
風が駆け抜けた。
ビィィイン、と書記の書類を突き破り机にまで突き刺さって直立したシャーペンが、振動でそんな音を立てた。
「誰が、気持ち悪いのかしら?」
満面の笑み。ただしそれはさっきまでのように楽しそうなものではなく、背に怒りの炎を纏っているようにすら見えるほど黒い笑みだ。
「何でもないです……」
怯えた書記はそれから黙りこくってしまった。シャーペンを抜き西條へ返し、穴の開いた書類をセロテープで補修する間も、ただ小さく震えて無言を貫いていた。
「……ふふ」
そうやって脅したときとは違う優しい笑み。堪えようとしても、やはり西條は堪え切れなかった。
西條の笑みが絶えない理由は、たった一つだ。
東城大輝と出逢えたから。
もちろんミーハーなわけでも、会ったこともない弟に対してブラコンになっていたわけでもない。
ただ彼女にとって、東城は彼女の持つ価値観そのものを覆した、と言っても過言ではない。だからこそ会いたくて仕方なかった。まだ目的は果たしていないが、それでもやはり会えただけでも嬉しくなってしまう。
(堪えなきゃ、とは思うんだけどね)
だが東城は知らないうちに、西條に何よりも大事なものをくれていた。
能力者として、戦う理由。
それのあるべき姿を東城が示してくれた。――示してしまったのだ。
――彼女が自由を得たのは、七歳になる年の四月だった。
彼女の能力を予測演算した研究所は、対抗策として燼滅ノ王を用意しながらも西條を支配しようとしていた。
だがそれは、所長の交代と共に終わりを告げた。彼はその些細な危険性すら排除したかったのだ。
別段、彼に恨みはないし、それを今さらとやかく言う気も西條にはない。むしろ媚びへつらうことも抑圧することもなく、当たり前のように自由をくれたことには感謝すらしている。
「――書記先輩。会長が何かもの思いにふけってますね」
「名前があるのに君まで何で役職に先輩を付けてるの、君」
西條が何かを思い出しているのを見ながら作業を進めるお下げ髪の女の子会計(一年生)が急に減った仕事手に文句を言っているのだが、書記先輩もそれに触れたくないので関係ないところをツッコんでごまかしていた。
そんなこともつゆ知らず、彼女はかつての自分を思い出していた。
(――結局、それでも能力から逃れられたわけじゃないんだけどね)
地上で能力者が暴れるという暗黒期が訪れたのだ。
暗黒期の最も大きな目的は、個々の能力者の力の誇示である。故に当時のアルカナは最も多くの的となり、望む望まざるにかかわらず戦いを強制された。
それは、既に地上にいた西條も例外ではなかった。
だがしかし、そんなことは西條の知ったことではなかった。
当時、彼女の心は冷め切っていた。幼い頃から人の欲や工作に晒され続けた彼女がそうなってしまうのも無理はないだろう。
暗黒期においても、自らに関係のない抗争はたとえ目の前で起ころうと無視した。自分に喧嘩を売るような能力者は足りない経験を補って余りある力で無理やりにねじ伏せ続け、やがて経験が培われていくにつれて、触れることさえ許さずに大勢力を殲滅するまでに至った。
この抗争がやがて世界に広がる戦禍になり得ると理解していても、彼女はそうなってからでも自らの身一つで全てを止められる自信があった。
だがその価値観をぶち壊す者の名を、彼女は聞いた。
東城大輝。
自分と同等の力を持ちながら、起きた戦争を破壊するのではなく、そうなる前に全てを収めようとした少年の名だ。
暗黒期においてその名を聞いたとき、彼女は夢見がちな少年だと片づけ、興味もなかった。
(けれど、そうじゃなかった)
暗黒期そのものを収める為に、彼は研究所という檻自体を破壊しようとした。
もちろんそれに間に合わず、暗黒期の首謀者は一人のヒーローと相討ってしまった。だから西條はそれ以上を気にも留めていなかった。
だが実際そのたった一年後に唐突に研究所は壊滅状態に陥った。
いったい、誰が、どうやって?
黒羽根大輔から情報を得たのは研究が壊滅する手前であったせいで、そのことについては自力で調べる他なかった。
そうして地道に情報を集めて、自分の弟がその夢を抱き続け成功させたということを知ったのはほんの数か月前。
そこまで調べて、彼女は気付いた。
自分がどれほど力に溺れていたのか、ということに。
何かが起きてから鎮静する、それだけの力はある。だが所詮はその程度だ。彼女は今まで何かが起きる前に事を納めるということを考えたこともなかった。
そしてそれこそが、能力者の本来あるべき姿なのではないのか。そう、思ったのだ。
だから彼女は決めた。
東城に近づき、彼女は自分の強さを確立する。
東城のように何かを犠牲にしてでも危険なこと全てを終わらせるような、そんな能力者になる為に。
――だから彼女は、あれを犠牲にすることに決めた。
「……まぁとにかく、その為にも大輝くんは逃がさないわよ。ふふふ」
またあの不敵で不気味な笑みがこぼれているのに、西條は気付いていなかった。
「会長、壊れちゃったんですかね?」
「黙っていようよ。シャーペン刺さるよ?」
人を危険物扱いした書記のやっと修繕を終えた書類に、また大きな穴が穿たれたのは言うまでもない。
今までのあとがきとか始めてみました。作者の活動報告にアップしてるので、よろしければどーぞ




