第1章 真実と姉 -4-
地下都市。
軍事兵器として生産された能力者たちが自由を得た後に暮らす場所として、地下奥深くに作り上げた都市だ。現代科学では問題が残るその地下都市という構造は能力で支えられており、彼らなりに社会に徐々に適応していく為の場所でもある。
――そういう経緯がありながらも、そこにはもはや地上と変わらないほどの街の風景が広がっていた。いくら見渡せども、あるのはアパレルショップとオシャレなスイーツ系のお店ばかり。これで地下都市がどうと言われても信じられる者は少ないだろう。
そんな全五層からなる地下都市の第0階層、すなわち繁華街の階層で、東城は西條に地下都市の観光案内をしていた。
「ねぇねぇ、大輝くん。ここって通貨は日本円でいいのかしら? 物価は?」
「日本円だよ。物価もそう大差ないとは思うけど。輸送費は高くつきそうだけど、慈善事業じみてる部分もあるからむしろ安いかもな」
「あれってアイスクリーム屋さん? 地上と違う名物みたいなフレーバーはないのかしら」
「なかったと思うぞ。だいたい大本の材料は地上で買ってるんだし」
「ねぇ。アイスおごってほしいな――」
「だぁ! なんで呑気に街を歩いてんだよ、俺は!」
西條の質疑応答に堪らず東城は叫んでいた。
東城の左腕には、絡めるように西條の腕があった。というか、体ごとくっついてその豊満な胸を押し付けている始末だ。
東城としては本来なら振りほどいているのだが、器用にも傍からは腕を組んでいるようにしか見えないようにしながら、西條はがっちりと関節を極めている。これで無理に振り解いたら肘があらぬ方向を向いてしまうだろう。
「こんなにも美人なお姉さんとデートできるのが大輝くんは嬉しくないのかしら?」
小悪魔的な笑みを浮かべて、上目づかいで東城にぐいっと詰め寄る西條であったが、
「ちっとも」
素性も知れなければ意図も見えない相手にこんなことをされて素直に喜べるほど、東城の脳は白川に汚染されていない。いや、若干は役得かもと思った部分はあるが。
「へぇ、そうなのかしら?」
「――っ」
ぎちぎちと決められていた関節に負荷が増していく。筋肉が悲鳴を立て始め、次第にミシミシと骨まで響く。
「もう一度だけ訊くわね? 嬉しくないのか・し・ら」
「嬉しいよ、超嬉しいですよ! これでいいか、ちく、しょう……」
全く同じフレーズで繰り返してきた意図くらいは東城も分かっているのでやけくそ気味に叫んだのだが、その声は穴のあいた風船のように膨れる前にしぼんでいった。
なぜなら。
凄絶なまでに美しい金髪が視界の一部を占めていたから。
「……大輝」
低く、どすの利いた声だった。
柊美里閣下であった。
「違う! これは違う! 見た目上は何にも違わないけど違うんだ!」
事実を言えば言うほど失っていく信用というのも珍しいが、それでも東城自身こんなことを言って事態が好転するなどとは思えなかった。
「……まだ、何も言ってないんだけど」
柊は深いため息をついただけだった。
てっきりいつものように放電がまき散らされた挙句に、落雷級の一撃を放ってくるものだと思っていた東城は、拍子抜けしていた。
「……え?」
「どうしたわけ?」
「いや、それはこっちのセリフというか、放電したりしねぇの?」
いつもと様子が違えば不気味に感じてしまうのは当然なのかもしれないが、攻撃されずに済んで素直に喜べないというのもどこか荒んでいるような気がした。
「してほしいんならしてあげるけど、アンタMだったわけ?」
「違ぇよ……」
とはいえ、冷静に考えれば怒る理由もないのかもしれない。
どこからどう見ても東城が西條に振り回されているだけだった(と東城は思っている)し、何より既にメールで柊には『生徒会長が能力絡みで話があるらしいから地下都市で。七瀬も一緒に』とメールしてあったのだから、東城と西條の二人並んで歩いていても、柊が不審に思うことはないだろう。
そう。冷静に考えればあの場面だけ切り取ったとしても、色々な事情を推察して東城は無罪だと柊が考えることもあり得なくはない。
あり得なくはないのだが……。
「い、いつもの柊なら絶対に言い訳とか聞かずに殺しにかかってくるのに……っ」
「何よ。別に私だって年中怒ってるわけでもないし。――それに、これでもアンタのことは信用してるつもりだしね」
にっこりと、優しく微笑んだ柊。どこか照れたような笑みは、いつもの凛とした空気とは違って、普段なら東城の心を鷲掴みにしたことだろう。
だが、状況が状況だ。
柊は本心でそう言ったのだが、東城からしてみればそれは皮肉以外の何ものにも聞こえず、むしろ恐怖という意味で心臓を鷲掴みにされていた。
「恐い! その笑顔がむしろ恐い!」
「――っ! うるっさいわね! そんなに放電してほしいんならしてあげるわよ! これで満足なわけ!?」
とうとうキレた柊の爆発的な放電が、逃げ惑う東城を追いかけ回して、辺りのコンクリを無作為に砕いていた。
「やっぱ怒ってんじゃねぇか!」
「これは今のアンタの発言のせいでしょうが! お望み通り黒焦げにしてあげるからそこに正座しなさい!」
「無理言うな! そんなもん座ろうとした瞬間に殺されるわ!」
柊の放電を掻い潜りながらどうにか東城は生き延びていた。――が、それもいつまで保つか分からない。ちなみに、西條はクスクス楽しそうに笑って情けない東城の姿を写メに納めているだけだった。
そんな中に、今の東城には天使にも等しき声がした。
「――いい加減にしておかなければ、そろそろわたくしが大輝様を護る為に戦わなければいけませんが?」
その言葉で、柊がぴたりと放電を止めた。
そのものすごく丁寧な口調は、間違いなく一人の女子を思い出させてくれる。
振り返った先にいるのは、脳裏に浮かんだ通り七瀬七海で間違いなかった。
茶髪のセミロングの髪を編み込みのハーフアップにするという凝った髪型。そんなオシャレに気を使うだけあって身に纏うピンクと黒のフリルワンピースも上質なものだ。
「七瀬さん! 本当にありがとう!」
「あら。そんな救世主を見るような目でわたくしに感謝の言葉を述べられても……。それに、元々呼び出したのは大輝様でしょう?」
そう言いつつも東城に感謝されるのは(たとえそれが過度であっても)まんざらではないらしく、七瀬は満面の笑みを浮かべていた。
「……なんかすっごく私が悪役みたいで釈然としない……っ」
「あら。そうやって怒りに任せて放電して大輝様を追い掛け回すその狂暴な姿は、誰がどう見ても悪役ですわよ?」
嫌味ったらしく七瀬は言うが、それはいつもと違ってむしろ客観的な事実でしかない。それが分かっているからか、柊は歯ぎしりしながらもそれ以上東城を襲うことはしなかった。
「――とまぁいつも通りのどつき漫才も終わったようですし本題に入りましょう。大輝様の学校で生徒会長を務めていらっしゃる方をわざわざ地下都市にお招きしたのは、どういったお考えで? まさかとは思いますが、一般人ではありませんわよね?」
「違うに決まってんだろ。――ほら、会長の方から自己紹介しろって」
東城に促されて、西條はこほんと可愛く咳払いして、
「そうね。始めまして、美里ちゃん、七海ちゃん。わたしの名前は西條真雪。氷雪操作能力者のアルカナ、氷原ノ教皇にして始まりのイクセプション。――そして」
西條はさらに続けた。
「大輝くんの、妻です」
音符やら星やらが見えるようなウィンクと共に、にっこりと笑っていた。
「――ってふざけんな!」
東城がツッコんだが、最も影響を受けていた二人はそんな東城のリアクションなど耳に入っていない様子だった。
「た、大輝様……? 大輝様が、ご結婚……? あら。でしたらご香典を……。あぁ、お花畑が目の前に――」
「おい七瀬!? 壊れてる! 色々ぶっ壊れてるからとりあえず戻ってこい!」
虚ろな目で「うふふ……。大輝様、大輝様……。うふふふ」と繰り返してしまっているからとても怖い。もはや廃人だ。
「ちょっと、大輝」
そうやって七瀬をなだめようとしている東城の肩に、少し長い爪が食い込んだ。――いや、突き刺さった。
「これは、いったい、どういうつもりなわけ?」
「何でお前はキレてんの!? さっき体育館で生徒会長とは知り合いじゃないって言ってあっただろ!?」
東城がそんな説明をしても、柊にとってそれとこれとは話が別らしい。肩に食い込んでいる指に力は決して緩まることはなく、むしろ関節を砕きかねないほどに膨れ上がっていた。
「あんたも笑ってばかりいないでさっさと訂正しろ!」
こんな修羅場を演出した本人はとても楽しそうに、腹を抱えるほど笑っていた。
だが東城の嘆願は聞きいれてくれたらしく、笑いすぎて浮かんだ涙を拭いながらちゃんと訂正してくれた。
「はいはい。冗談よ、冗談」
西條の言葉で、二人ともがハッとなって我を取り戻してくれた。あと少し遅ければ七瀬は廃人になり、東城の肩は何度目かも分からず砕け散ったことだろう。
「冗談……。そうですわね。冗談に決まっていますわよ。えぇ、分かっていましたわ」
「そうよね。普通に大輝は誰かと結婚できる年齢でもないしね」
「いや、だったらあの動揺は何なんだ……」
身だしなみをささっと整えていた二人だったが、今さらその程度で隠しきれる乱れっぷりではなかった。
「面白いわねぇ。大輝くんって、意外とモテるみたいね」
「それは知らねぇけど、とりあえず人を修羅場に追いやって笑ってんじゃねぇよ……。で、自己紹介はあれで良かったんだよな」
危うく東城は本当に死にそうになったのだが、西條の方は悪びれる様子など欠片もなくただ笑っていた。
「まだよ。だって一番大事なことを言ってないもの」
「一番大事なこと……?」
西條の自己紹介は、あれで終わっていたはずだ。
東城が聞かされたのも、彼女の能力とその名前、そしてイクセプションだという半信半疑の事実だけだ。
だが、彼女は続ける。
「そうよ。――では改めまして」
そして西條はもう一度自己紹介をした。
「大輝くんの、姉です」
誰もが、ただ口をぽかんと開けていた。
「は……?」
「どういう、こと……?」
「大輝様の、姉、ですか……?」
彼女が何を言っているのか、三人ともが理解できていなかった。
「いいリアクションねぇ。でも今回はギャグでも冗談じゃないわけだし、ちゃんと説明しないと可哀そうかしらね」
その様子を楽しそうに――ともすれば不敵にも見えるように笑いながら、西條は近くの喫茶店を指差した。
「あそこで話しましょう?」
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