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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第4部 クレイジー・スノー
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第1章 真実と姉 -3-


 集会が本日最後の授業であった為、呼び出し時刻の放課後は、西條が東城を会長に指名してからものの数分で訪れた。

 帰りのHRも周囲にからかわれながらも無事に終了し、東城は生徒会長の要請通りに生徒会室へと出頭した。


「何で俺がこんなことをしてんだ……?」


 東城は生徒会に立候補する気などさらさらなかった。自分がそんな器ではないというのもあったし、今となってはそんな仕事まで引き受けてしまうと、能力者絡みの件と成績維持も含めれば東城のキャパシティは軽くオーバーしてしまうという理由まである。


「まぁさっさと断るか」


 もはや引き受ける意思の欠片もなく、東城は生徒会室の扉をノックした。


「一年一組の東城大輝です」


 扉越しに気だるそうに名乗ると、「どーぞー」という間の抜けた声が返ってきた。どうしてかつきたくなったため息をついて東城は扉を開けた。

 煩雑な部屋。だがしかし、確実に道は一つ作られていて、それは正面窓際の席までの道だ。こちらの入り口を睨むような向きで置かれたその席に、彼女は座していた。

 机の上に肘を置き、両の指を絡めるように顔の前で手を組んだ姿で。


「あぁ、間違いない。使徒――」


「間違えました」


 ぴしゃりと東城は扉を閉めた。


「ちょ!? せっかく場を和ませようとしたわたしにその扱いは酷いんじゃないかしら!?」


 机を飛び越えたのか今の一瞬で扉の向こうに立ち無理やりこじ開けようとしているらしいが、東城としてはもうこんな変人と関わり合うつもりはなかったので必死に抵抗する。


「開けようよ! 開けて話くらい聞こうよ!」


「嫌だよ。地雷の臭いしかしなかったよ」


 踏み抜いたらまっさかさまに落ちていく自信がある。

 ガタガタと扉を開ける開けないの攻防戦が繰り広げられるが、終始東城が圧倒している。そんな状態でもう打つ手がなくなったのか、扉の向こうの力が緩んだかと思ったら、西條がガサガサとビニールの袋らしき音を立てて、


「お菓子! お菓子あるよ! だからとりあえず話だけでも!」


「いただきます」


 がらっと素直に東城は扉を開けた。別段お菓子が好きなわけでもないが、昨日アイスを食べ損ねたのが後を引いていた。あとそろそろ抵抗も無駄だと悟っていたのもある。

 扉を開けた先で、クッキーやらポテチやらの入ったスーパーの袋を持った西條が少しばかり驚いていた。


「いやぁ、まさかお菓子で釣れるとは……」


「くれるものは貰う主義なんですよ。あとそろそろ扉が悲鳴を上げてたし」


 東城が指差した先に合った扉は、取っ手の辺りに小さなヒビが入っていた。元から老朽化していたせいだろうが、これ以上負荷をかけて事務の方に怒られるほど馬鹿ではない。


「それで、他の生徒会執行部の方は?」


「いないわよ。君と話がしたかったから今日は帰ってもらったわ」


 そう言いつつ、西條はするりと東城の横を抜けて彼の背後に回ると、後ろ手で扉を閉めた。

 不敵な笑みを浮かべて、東城を舐めるように見定め始める。


「これで二人っきりね」


「……そのシチュエーションで危機感を抱くには性別が逆じゃないすか?」


 そんなことをいくら年上とは言え女子にされても東城はドギマギしない。というよりも、リアクションを見て楽しもうというのがありありと分かってしまっているから、何の雰囲気作りも出来ていないのだが。


「ちっ。面白くないわねぇ」


「後輩で遊ぶくらいにヒマなんですか……」


 大丈夫だろうか、うちの生徒会は……、と東城は半ば本気で心配になってしまう。


「まぁ、それはともかく。改めまして」


 こほん、とその場で軽く咳払いして西條は少し真面目な声を作った。


「生徒会執行部へようこそ。歓迎するわ、生徒会副会長、東城大輝くん」


 満面の笑みを頑張って抑えるようにして、西條は微笑んでいた。

 だがそんな笑みでほだされるほど東城は甘くない。というか、女性の笑みの裏にはとんでもなく面倒なことが待っていることを彼はこのたった二かけ月で死ぬほど学んだ。


「あー、そのことなんですけどね。断りに来ました。それじゃ」


 早口でそう言って、西條の横を抜けて帰ろうとした瞬間。


「ちょっと待った!」


 ものすごく機敏な動きで西條は東城と扉の間に立ちはだかり、いわゆる通せんぼをしていた。


「我が生徒会には、いや、わたしには大輝くんが必要なの」


 何故急に名前呼びになったのだろうか、と口にしそうになって気付いた。

 ただの副会長選びとは思えない、切羽詰まった何かが西條からは感じられたのだ。


「……俺は、あなたのことは知りませんでしたよ」


 その言葉を聞いた瞬間、西條はこれまでのどの笑みとも違う意地悪そうな、そして不気味な笑みを浮かべた。

 切羽詰まったような空気はかき消され、愉悦や狂喜に塗り潰される。


「あら、冷たいわね」


 ぞくり、と背筋を凍らせるような、冷気にも似た気配があった。



「昨日は、あんなに遊んでくれたじゃない?」



 東城は後ろへ跳びすさった。

 指先が微かに震え、冷や汗が背中のシャツをじっとりと濡らす。殺気に当てられてまだ思考が追いついていないというのに、全身の細胞が警告を鳴らしていた。


「あんた、一体――」


「本当に気付いてなかったのかしら? これでもヒントはいっぱい用意してあげたと思ったんだけどなぁ。――それでも、レベルSの頭脳なのかしら?」


 レベルS。それはつまり、東城が能力者であり、最強の発火能力であると知っているということでもある。


「何でそれを知って――」


「言わなかったかしら? わたしは全部を知っているって」


 そう言いながら、彼女は髪を払って後ろへ流した。

 香ったのは、金木犀にも似た甘い香り。

 彼女のその言葉も、その匂いも、全く同じだった。

 昨日の夜中に、突如襲撃してきたあのお面の少女と。


「……どおりで、頭の片隅には残ってたわけだ」


 生徒会長と校内ですれ違えば、それなりに記憶の片隅には残るだろう。そのときの関連情報がたまたまその甘くいい匂いだったとしても不思議はないし、その些細な記憶では昨日とっさに思い出せなかったのも納得できる。


「まさか気付かないなんて。言ったでしょ、ヒントはたくさん用意したって。――一つは、この制服。同じ学校の人物であるという時点で、可能性はあったでしょう?」


 ぐっ、と東城は言葉を詰まらせた。その通りなのだ。むしろ何度か生徒会長の立ち姿など見ているのだから、昨日の時点で気付いていてもおかしくはないだろう。


「その上で、わたしはボイスチェンジャーを使った。それはつまり大輝くんは変えられていない本当の声を知っているってことでしょ。ただし、背丈や喋り口調で判断できないということは、大輝くんの知り合いではない。となれば、放送部か生徒会を疑うのは当然の思考のはず」


「――っ」


 言い返せない。その可能性がありながら呑気に登校してきた時点で、平和ボケしていると言われても仕方がないのだ。


「……あんたは、いったい誰なんだ」


 その疑問に、東城は仮説すら立てられなかった。

 分からないのだ。

 自分や柊にも匹敵する力を持ちながらただの女子高生として過ごし、なおかつ、それは東城が能力者全員を助け出す前から生徒会長としての責務を果たしてきた。

 時系列も合わなければ、東城に接触してきた意図も見えない。

 そんな状態で素性を推測するなど不可能にも近かった。


「そうね。ちゃんと自己紹介はしておいた方がいいかしら。生徒会執行部、生徒会長の西條真雪。――そして、能力名を氷原ノ教皇(ハイエロファント)。ただ一人しか存在しない氷雪操作能力者(フロストキノ)よ」


 確かに、彼女はそう口にした。

 教皇(ハイエロファント)――すなわち、能力者の頂点である二十二人、アルカナの一つの名だ。


「――おかしいだろ。あんたはこの学校に編入してきたわけでもないはずだ。じゃないとその人望が説明できない。つまり、記憶を失う前の俺が研究所を潰す前から地上で暮らしってたってことになるんだぞ」


 東城大輝は、一年以上前の記憶を失っている。それはかつて、囚われの身だった能力者を解放する為に犠牲にしたものだ。

 つまり、東城が記憶を失う前に自由を得ていた能力者など存在しえないのだ。


「それはね。わたしが存在を記録からも抹消された能力者だからよ。だってわたしは――」


 そして、彼女は言う。



「最初のレベルSにして、イクセプションの名を冠した能力者なんだから」



 言葉としての意味は、理解できる。

 だがいったいどういうことなのか、それが東城には分からなかった。


「――理解できねぇってよりは、致命的なくらいに情報量が欠如してるんだな。あんたの知ってる情報と俺の持ってる情報は、かなりの差があるみたいだし」


「あれ。信じちゃうのかしら? てっきり『何を馬鹿な』『イクセプションは俺だ』みたいなことを言われると思ったんだけど」


「嘘を言ってる眼じゃないと思ったからな。それに、能力者でありながら地上で暮らしてる理由をそんな誰も信じないような嘘で語る利点がない」


 見抜いたというのとは少し違う。

 だが東城は、本能にも似た部分で彼女の言葉には嘘がないと悟っていた。

 共鳴しているのだ。

 燼滅ノ王として、彼女の奥に秘められた能力に何かが響いている。

 だから彼女が自信をレベルSのイクセプションだと語ったとしても、東城はそれを否定など出来なかったし、むしろ、頭よりももっと深い部分でそれを肯定していた。


「ふぅん。さっきまでボケてたかと思ったけど、そういう直感はすごいわね」


 感心した西條の様子からも、やはりさっきの言葉がまるで嘘だったとは思えなかった。


「それで、その初代イクセプション様が何の用だ?」


 彼女の方からまるっきり殺気も威圧感もなくなっているので、半分程度の警戒心は残しているが、それでも普段通りの口調で東城は問いかけた。


「そうねぇ。説明するつもりではいたんだけど、二度手間になるのも嫌だしそういうのは柊美里ちゃんたちが一緒の方がいいのよね。それに、出歩いても問題ないように仕事は片づけて他の執行部のメンバーも帰したわけだし」


 顎に指を当てて考えている風な仕草をしながらも、彼女の口調はどこか用意した台詞のように感じられた。


「――つまり?」


「わたしに、地下都市(ジオフロント)を案内してくれないかしら?」



 著者校正はしているのですが、誤字を見つけた方がいましたら感想欄にて教えて下さると幸いです。

「○月○日更新分(第○部第○章○でも可)の『○○○』という部分」だけで結構です。誤字指摘の場合は読後感想や長所、短所は併記しなくても構いません。

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