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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第4部 クレイジー・スノー

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第1章 真実と姉 -2-


 翌日、東城は当然、学校に来ていた。

 現在時刻は午後の三時を過ぎたところ。じきに始まるLHRの全校集会の為に、東城含め全校生が体育館へ向かう途中だった。多くの生徒で階段も廊下も大渋滞を引き起こし、なかなか前に進まない。


「あー、暑い……」


 二学期も始まり十日が過ぎようというのに、うだるような暑さは夏と変わらない。というか、これから涼しくなっていくどころか日に日に暑さが増しているようにすら感じられる。


「――っつ」


 東城はぱたぱたと手で扇ごうとして、背中に痛みが走った。だが、それを周りに悟らせるわけにもいかない。必死に何もなかったかのように堪えるしかなかった。

 昨日あった出来事を誰かに話せるわけもなく、一人で打撲の痛みを堪えているのだがこれが以外と厳しく、東城としてはかなり疲弊していた。


「――で、昨日なんかあったの?」


 とまぁ、せっかくごまかしていたというのに、金髪の少女――柊美里(ひいらぎみさと)には見破られてしまっていたが。

 横にいた柊はいつも通り細身で同性異性にかかわらず理想的なスタイルをしていて、その凄絶なほどに美しい金髪にも決して負けない美貌の持ち主だ。

 それがこうして上目づかいで小首を傾げているのだから東城も多少なりとも胸がときめくが、今のドキドキは嘘がバレかけているせいだろう。


「何のことだ?」


「いや、朝から背中をかばって歩いてるから何かあったんでしょ?」


 しかも完全に完璧に見破られていた。


「何もねぇよ」


「嘘ね」


「なぁ。俺ってそんなに信用ねぇの?」


 茶化すように言ってごまかしてみるが、そんなことで柊は取り繕ったりはしない。


「信用してるわよ。アンタの嘘の下手さ加減には全幅の信頼を置いてると言っても過言ではないわ」


「……まぁ釈然としねぇんだけど。ホントに何にもねぇよ」


 東城は言いながら、人差し指で自分の腕時計を指した。

 これはついこの前に決めた柊との合図で、『能力絡みだから後で』という意味だ。


「――どうかしたの?」


 そんな東城たちの会話に、いつもの仲間である四ノ宮(しのみや)が入ってくる。

 小柄で眉目秀麗な少年。性格も良く、しかし近寄り難いわけでもなく、ほど良く冗談を言ったりちょっとしたSっ気を見せたりするものだから余計に女子人気の高い美少年だ。


「いや何でもねぇ」


「おいおい、そう言うて本当に何でもないことあったヤツなんかおらんやろ」


 東城と無理やり肩を組んで根掘り葉掘り聞きだそうとする糸目の長身痩躯の関西弁の少年――白川(しらかわ)まで加わる始末だった。


「ん~? なんや怪しいなぁ。ん? 言うてみ?」


 若干、鬱陶しいくらいのテンションだ。特に、こんな夏場のような暑さの人ごみの中では余計にストレスが溜まる。


「だから、何でもねぇんだよ。それと、今ちょっと怪我してっから背中に触んな。マジで痛いんだっつの」


「まぁ大輝が何かあるかどうかはどうでもいいとして。――アンタは、自分の方にそういう噂が立つように頑張った方がいいんじゃない?」


 意地悪そうに冷ややかな笑みを浮かべる柊。


「うっぐぅ……っ」


 このままでは能力絡みの話に巻き込んでしまうから、という回避策なのだろうが、それにしてもなんと鋭い言葉なのだろう。見事その言葉は白川の心臓を突き刺したようだ。


「そうだねぇ。いい加減、雅也も七瀬さんに会いに行ってみればいいのに」


 挙句、四ノ宮まで寄って集って白川をいじめる側に回りだした。


「い、いやほら。こっちがいくら会いたくても連絡手段がないわけやし? そりゃあ俺の努力も虚しく――」


「七瀬のアドレスなら大輝も私も持ってるから、七瀬に許可取ってから教えてあげるわよ」


 柊がため息交じりに自分のスマートフォンを見せる。


「マジで!? ――いや、ちょい待てまだ心の準備というものがやな……」


 最初こそ勢いは良かったものの、いざ自分が七瀬にメールを打つシーンを想像したのか、急にテンパりだしていた。


「……ヘタレ」


 そんなこんなで、柊が蔑むように白川に言ったあたりで全校集会の会場である体育館に到着した。


「――で、白川のそんな与太話はいいんだけどさ。本当に大丈夫なの?」


 こそこそと耳打ちするような小さい声で柊は東城に問いかけてきた。

 体育館の入り口は靴を体育館専用のスニーカーに履き替える都合で余計に混雑し、騒々しくなる。柊の声はそれに上手く紛れ込んでいたが、互いの意志疎通はどうにか図れそうだ。


「さぁ。相手の出方も目的も分かんねぇから大丈夫とは断言できねぇけど、そこまで危険な雰囲気はなかったと思う――」


「そういうことじゃなくて。いやそれも確かに不安ではあるんだけど。――背中の怪我、本当にいいの?」


 心配そうな顔で、少し上目づかいに柊は尋ねていた。

 本人に自覚はないのだろうが、その動作は少なからず異性をドキリとさせるくらいには可愛いものだ。


「い、いや。本当に大丈夫だ。明日にはもう痛みも引いてると思うし」


「それならいいんだけど。……無茶は、しないでよ?」


「おう」


 そんなやりとりを、声は聞こえていないはずの四ノ宮がやけに意地悪そうな笑顔をもって眺めていた。


「……どうしたんだよ」


「別に。ただ、柊さんも少し雰囲気が柔らかくなったなぁ、と思って」


「そ、そう?」


「おいおい、四ノ宮。お前の目は腐っとるんか? さっきの俺に対する虫を見るような視線を忘れたとは言わさんぞ?」


 そんなことないない、と白川が小馬鹿にしたように手を振って否定していた。――まぁ、その手は柊によって本来の関節とは違う向きに曲げられていたが。


「それは雅也だからだよ。――あ、それとも逆に大輝が相手だからかな?」


「何のことだかさっぱり分からねぇな」


「ま、分からないならそれでいいけどね」


 やれやれとでも言いたげに肩をすくめて、四ノ宮は一人で先に体育館の奥へと進んでいってしまった。



 そんなわけで騒々しく集会に集まり、どこかの学年の体育教師にその騒々しさを説教されてようやく静かになった頃。

 放送委員のマイクテストがあって、壇上に一人の女生徒が上がった。

 どこまでも美しい、綺麗な少女。

 昨夜の雪のように真っ白なボブカットの髪は明らかに校則違反に思えたが、誰も咎めないのだから地毛なのだろう。

 豊満であるべき部分は豊満で、痩躯であるべき部分は痩躯である、見事なまでのスタイルの良さ。女優さながらの一般人離れしたその美貌は、きっと街を歩くだけでもさぞ人目を引くことだろう。


 ――ただ。

 東城には、その面影が誰かに似ているような気がした。

 たった一回見た程度の誰かではなく、何度も何度も見た誰かの顔に似ている。そんな気がしたのだ。


「――あ、あー。てすてす。うん、聞こえるかなー?」


 随分と砕けた調子の挨拶だった。その美貌から想像もつかないような親しみやすさにも驚くが、そもそも今はもう少し緊張感がある集会のはず。どうやら普段の堅苦しいそれとは趣向が違うようだ。


「どうも、生徒会長の西條真雪(さいじょうまゆき)です。さて、こんなに暑い中に皆さんにお集まりいただいたのは、決してお堅い用事ではありません。――というのも! 今月末に迫った文化祭についての集会だからです!」


 よく分からないマイクパフォーマンスだったが、何故か困惑することもなく全校生徒が「オォォ!」と雄叫びをあげて盛り上がっていた。


「まずは恒例の文化祭実行委員のご紹介。名前を呼びあげたらその場に立ち上がって、他の生徒は拍手で応援&労いをお願いします!」


 やけにハイテンションで、集会がこなされていく。

 その無駄なハイテンションに白川のような祭り好きの生徒はノリノリだったが、東城も柊も辟易した様子で傍観者を気取って見守っていた。

 それから文化祭についての説明、注意事項、公募していた共通テーマの発表などが卒なくこなされていく。

 ――いや。

 卒なく、というには明らかに段取りが悪かった。下準備は十分なのだろうが、どう見ても人が一人は足りていない様子だ。

 ともあれ一通りの予定は消化されたらしく、その頃には残りの集会時間は十分をとうに切っていた。


「えー。これにて集会はほぼ終わりなのですが。ここで生徒会から非常に残念なお知らせがあります」


 もう帰る気満々で体育館シューズを脱ぎだしていた生徒たちも、少しざわめいていた。何か不都合でもあったのだろうかと皆ひそひそと話し始めている。

 それはもちろん、東城たちも例外ではない。


「――何かあったのかな。誰かが事件を起こしたとか」


 四ノ宮が小声で東城に問いかけてくる。


「さぁな。そういうのだともうちょい噂になってるんじゃねぇか? ってか、盛り上げた最後にする話でもないだろ」


 となると、ますますわけが分からない。学生の間に噂にならない程度のことで、しかし全校生徒の前で発表しなければいけないことなどあるのだろうか。

 そう思っていると、生徒会長が続きを話し始めた。


「先学期の中間考査後、生徒会選挙が行われ、無事引き継ぎも済まし、わたし西條真雪を生徒会長にした新生徒会執行部が発足いたしました。――だがしかし!」


 何故かマイクを握り締めて語り口調になった西條に、壇の下にいる他の生徒会メンバー二人は苦笑いをしていたのを東城は見逃さなかった。


「何ということでしょう。副会長の座が、空白のままではありませんか!」


 どこかのリフォーム番組のモノマネをしていた西條の声が、マイクに乗って体育館中に木霊した。

 だがそれを聞いて、ほとんどの生徒は納得していた。

 というのも、西條真雪の学業の優秀さは有名でしかも彼女は人望も厚く、何より壇上に上がっても緊張一つしないどころかこれだけ自由に喋り倒す豪胆さを持っている。彼女ほど人の上に立つのに相応しい人間もないだろう。

 それ故に生徒会長選挙の立候補者は西條しかおらず、その西條の英雄譚をそこまで知らない一年生や生真面目な二年生数人が書記などの末端の役職に手を上げるので精一杯だった。会長の補佐足る副会長職など、恐れ多くて誰一人として自薦も他薦も出来なかったのだ。

 ――ただ会長がどれほど優秀でも、先程の集会の通り、単純に人数が足りなければままならないことなど多々あるだろう。


「えー、というわけで、夏休みの間に再度推薦を募ったものの、立候補者、他薦者ゼロ名という結果になりましたので、生徒会則に則り、生徒会長の権限を行使しこの場で副会長を指名します! まったく、職権乱用は最高だぜ!」


 この人は先生見守る壇上で何を口走っているのだろうか、と多くの生徒が笑いながらも不安を駆り立てられていた。壇の傍にいた永井先生などこめかみの辺りを指で抑えている。


「ドラムロール、スタート!」


 そんなことを気にも留めない西條が指をパチンと鳴らすと、照明が落とされ文化祭用に準備されていたドラムロールのSEがスピーカーから流れ出た。

 そして同じく文化祭の為に既にセッティングされていた舞台照明が光り、生徒をランダムに照らし始める。

 そして、ドラムロールが終わると同時。



「東城大輝くん、君に決めた!」



 どこかのポケットのモンスター的なアニメのかけ声と共に、東城大輝はスポットライトに照らされていた。


「……は?」


 全く予想していなかったその言葉に、東城は間抜けな声を漏らしていた。本人はもちろん、それは周囲の反応も同様だった。

 どうせこういうのは西條の知り合いが悪ノリで指名されるパターンだと思っていた上に、そうでなく成績評価にするにしても一年生は副会長候補からは除外されていると思っていた。

 だが現実に、東城は指名されてしまった。

 周りのクラスメートがざわつき始めるが、指名された本人の東城はただ目を丸くして何のリアクションも取れずにいた。


「完全なサプライズだったので本人が一番驚いていることでしょうし、副会長就任の挨拶はまた後日ということで。では今日の集会はこれで終わります。先生方、何か連絡事項等はありますか? なければ各クラス、先生の誘導に従い順次教室に戻り、担任の先生の指示を待ってください。――あと、東城大輝くんは放課後に生徒会室に来るよーに」


 早口でまくし立てて、西條は早々に壇上を下りてしまった。

 はっ、と東城が我に返って抗議の声の一つでもあげようかという頃には、そもそも西條の姿自体がどこにもありはしなかった。


「……の野郎……っ」


 怒りをぶつけようにもその対象はとうにバックれている。こめかみを痙攣させて、東城はそう呟くしかなかった。


「大輝、アンタ知り合いだったわけ?」


 柊が半ば同情するような視線をくれたが、そんなものは何の慰みにもならなかった。


「全然知らねぇよ……。だいたい拒否権とかねぇのかよ、これ……」


 ぞろぞろと教室へと生徒たちが戻っていく中で、東城だけが立ち尽くしていた。



 この作品はだいたい文庫本換算で一巻分の文量で部を分けてます。そんな理由もあり、今回は話が長くなるので前後編を狙って書いています。

 ですので、この第4部は他の話よりもかなり日常パート分が多く、本格バトルは第5部からの予定です。

 これからもどーぞよろしくお願いします。

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