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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第1部 アーダー・ティアーズ
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第2章 曇天 -2-

「ありがとうございましたー」


 早口の心ない挨拶を背に、三人はファミレスを出た。たわいのない話の間に冷房で冷え切った体が、夏の暑過ぎる日差しで程良く中和される。


「さて、本当にこの後どうするか」


 東城はケータイを取り出して時刻を見る。まだ正午を少し回った程度だ。


「あーしかしヒマやな。いっそ角を曲がったらトーストくわえて登校してる美少女とぶつかったりせぇへんかな」


「昼にトーストかじって登校してる時点でたぶんまともじゃないぞ、そいつ」


「ていうか、テストの出来が悪過ぎて現実逃避してない?」


 四ノ宮の発言を黙殺するあたり、どうも図星らしい。なんとも分かりやすい奴だ。

 と、そこで白川が立ち止った。


「……東城」


 唐突に、白川のおもしろボイスが低いバスの男らしい声に切り替わった。関西訛りという点を除いて声だけ聞けば、ロマンスグレーの紳士を想像してしまいそうだ。


「何だ? 急に気持ちの悪い声を出しやがって」


「ナンパの仕方を教えてくれ」


「知るかそんな事。俺がいつもしてるみたいな言い方すんじゃねぇよ」


「してへんのか?」


「するわけねぇだろ。てか、いきなり何言ってんだ?」


 当然しているだろうと思われていた事が心外だか、とりあえずそこに腹を立てるのは後回しにした。

 すると白川は無言で正面を指す。そこには、一人の少女がたたずんでいた。


「めっちゃ可愛いやろ」


「まぁ、そうだ、な……」


 確かに、白川がそう言うのも納得できるほどの美少女だった。


 淡いピンクと黒のフリルのワンピースに身を包み、セミロングの綺麗な茶髪を揺らして、にっこりとこちらに微笑みかけるその少女を、東城は知っていた。


「……あの、少しお話よろしいですか?」


 にっこりと相変わらず本心の見えない作った笑みを浮かべて、それでも東城に気を使って肩人のふりをして笑いかけるその少女。


 昨日、二度も東城に襲い掛かったあの七瀬七海だ。


「ぜひ!」


 何故か歓喜に涙を流して白川が七瀬に詰め寄っていた。――傍から見る分には白川が変態にしか見えない。


「待ってよ雅也。会話が成り立ってないよ?」


 そんな言葉に今の白川が耳を貸すはずもない。


「東城……。地上の楽園っていうのは、場所やなくシチュエーションやってんな」


「安心しろ。誰がどう見てもそこまでの事は起きてねぇ」


 現実に引き戻す言葉から耳を閉ざした白川は、嬉々とした表情で彼女に声をかける。


「それで、あなたは何の御用でせう?」


「あら。わたくしの用があるのはこちらの方だけですわ」


 東城を手で示しながら言う彼女の方を見て、白川は凍りついていた。


「バカな……っ」


「血の涙を流す程の事じゃねぇからな」


 まるで全財産を失ったかのごとく、白川は両手を地面について嘆いていた。


「世界は俺を弄んどるんか……」


「世界はそんなに暇じゃないと思うよ」


「うるさいイケメン! お前らなんか友達ちゃうわばーかばーか!」


 子供みたいに暴れる白川に、東城は腹を立てる前に呆れてしまった。まぁ、それでもいら立つことに変わりはなく腹にもう一撃見舞ったのだが。


「おまけに東城には属性として記憶そ――頭蓋骨が割れる!?」


 みしっと嫌な音がした。嘆き暴れてそれを口走ろうとした白川の頭を、東城が鷲掴みにした音だ。


「おいこら。人の不幸を勝手に属性にすんじゃねぇよ、握りつぶすぞ」


 そして、めきゃ。


「っぐぁぁ!! 骨が! 俺の大切な知識こうりゃくルートを守る大事な骨がぁ!!」


「その骨はもっと大切なものを守ってるんじゃないかな」


 白川の頭蓋を片手で握りつぶした東城にはツッコまず、四ノ宮は白川に苦笑を向けていた。


「――あー。思い出した。俺、彼女と約束があったんだー」


 とりあえず早急に事実確認が必要な東城は、思いつくままに嘘を並べた。まぁ、随分と棒読みだったが。


「……大輝、その棒読みは流石にどうかと思うよ」


「悪い、四ノ宮。とりあえず白川つれて先に帰っててくれ。礼はきっといつかその内に返す」


 ぱんと手を合わせて東城は頼みこむ。


「まぁいいよ。ほら、雅也行くよ」


「くそ! 東城ばっかモテやがって! 死ね! 爆ぜろ! そして砕け散れ!」


 罵詈雑言を並べながら、白川は四ノ宮に引きずられて消えていった。


「――はぁ……。で、何でお前がいるんだよ」


「あら。随分と失礼な言いようですわね。せっかく迎えに来て差し上げたといいますのに」


 昨日までとは打って変わって、随分と柔らかい物腰だった。正直、むしろ裏があるのではと勘繰ってしまう。


「まぁいいか。で、怪我は治ったのか?」


「えぇ、おかげさまで。お望みでしたらどれほど健康か能力で教えて差し上げましょうか?」


「結構だ」

 そんな事をされたら殺されかねない。


「で、何で迎えに?」


「霹靂ノ女帝がメールを受けて、わたくしを遣わしたのですわ。まぁ襲い掛かった身ですのであまり拒否も出来ませんし、それに、貴方に少し尋ねたい事がありましたので」


「尋ねたいこと?」


「はい。どうして昨日わたくしを助けたのか、という事です」


「どうして、か……」


 七瀬に問われて、東城は回答に困ってしまう。だがおそらくノーコメントで済ませるわけにもいかないだろう。


「えーっと、そう。見捨てる理由が無かったからだ」


「あら。襲撃者であるなら普通は見捨てるものでは?」


「あ、それもそうなのかな……」


 適当な事を言ってみたものの、それでは筋が通らない。うーんと首をひねっていると、七瀬が声をかけてきた。


「もしかして……――」


「もしかして、何だ七瀬?」


「もしかして、わたくしの事がお好きなのですか?」


「その発想は無かったなぁ」


 果てしなく遠い目をして東城は呟く。そんな馬鹿な、という感情を前面に押し出した表情だ。


「まぁ、どのような思惑であれわたくしが助けられたことには変わりませんね。お礼は申し上げますわ。

ありがとうございました、大輝様」


「……大輝様?」


「はい、大輝様」


 命を狙われていたターゲットからすごい昇格だなぁ、などと他人事のような逃避ぎみの感想が浮かぶ。


「え? 何で?」


「あら。身を挺してまで助けていただいたその御姿に心を奪われた、というのはおかしいですか?」


 ぽっと頬を染めながらも、七瀬は一切オブラートに包むことなく直球を投げてきた。


「いや、おかしいとかおかしくないとかいう問題じゃなくて……」


「なら良いではありませんか、大輝様」


「……いいのかなぁ……? まぁとにかくその呼び方は嫌だ。なんかむしろ怖いよ」


 昨日まであれほどしたたかな戦いを見せていた七瀬とは思えないくらいの豹変ぶりだが、そこはあえてツッコむまい。


「では、大輝きゅんと大輝たん、どちらがよろしい――」


「何でその二択にしちゃったんだよ」


「あら。大輝きゅんがよろしいのですわね?」


「人の話を聞いてくれないかな?」


 はぁ、と深いため息をつく東城。

 棘が取れたと思ったらこの豹変ぶりだ。何だか精神的な疲労感が半端ではない。


「まぁ呼び方なんて何でもいい。とりあえず俺を殺す気が無くなってくれたようで何よりだ」


「あら。それはこれから先の大輝様の選択次第ですわ」


 七瀬はさらりと怖い事を言う。


「……え?」


「その為の作戦会議に、地下都市に向かうのでしょう?」


 そう言ったときの七瀬の顔は、どうにも真っ黒なオーラが背後に見えた気がした。



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