終章 終わりと始まり -2-
全てが終わり、神戸は所長を担いでどこかへ消えてしまった。
そんな中で東城と柊はしばらく押し黙っていたが、やがて暗い雰囲気を払拭するようにいつもの雰囲気を無理にでも取り戻そうとし始めた、そんな頃。
「……何してんの?」
「うっさい……」
東城は地面に座り込んだままの柊を見ていた。怪我は神戸が去り際に治してくれた為、むしろ戦闘前より健康体だろう。怪我もないのなら痛みもないわけで、こうして座りこんでいる理由は見当たらない。
「帰ろうぜ」
「分かってるわよ」
ぐっと柊は力を込めて立ち上がろうとする。
――が、生まれたての小鹿の方がまだ上手く立てるだろう。なにせ、力を込めているように見えるだけで一ミリも動いていないのだから。
「……で、何してんの?」
もう一度東城は同じ問いをぶつけた。
その問いに呆れたように、むしろ自分に呆れているようにもみえるが、自嘲気味に笑って柊は答えた。
「……フリーズ、って知ってる?」
「勿体ぶんなよ……。能力の使用中に痛み云々で演算を阻害されたらしばらく能力が使えないってアレだろ?」
「そう。で、云々っていうのは痛みに限らずね、安心とか油断とかそういうのもあるの」
「……つまり?」
「察しなさい」
柊はフリーズを起こしているらしかった。
「全部終わったから気を抜いたってことでオーケー?」
「安心して腰が抜けたと言って」
大差がないと思うが、ここで追求するとフリーズが解けた途端に感電させられるのは目に見えているのでそれは口にしない。
「――でも、フリーズって能力が使えなくなるだけだろ? 別に身体に影響はないはずだけど」
「普通はそんなんだけどね。――私の能力は電気を生み出すことなの。つまり私の能力は自然と脳の生体電気の発生にも及んじゃってるってわけね。それでフリーズ起こすと、かなり電気が弱まって、筋力がすんごい落ちる」
「普段便利な分、すっげぇ不便だなぁ……」
東城はそう呟いて、柊に背を向けてしゃがみこんだ。
「……何のつもり?」
「乗れよ。おぶってやるから」
東城の言葉に、柊はしばらく黙っていた。
まぁデリカシーが皆無とまではいかない東城はその理由を察してこそいるが、ここにいつまでもいるわけにはいかないし、それ以外の手は思いつかない。
それは柊も同様らしく色々と彼女の中で葛藤があったようだが結局、彼女は東城の背に乗っかった。
「こんなんでいいか? バランスとかさ」
「えぇ。それなりに快適よ」
「そ、そうか……」
会話が続かない。というより、耳元に声をかけられて東城は全然落ち着けなかった。
おまけに太ももに回した手から伝わる妙に心地いい温かさと、背中に当たる柔らかな感触とで、妙な焦りと緊張が生まれる。
(ま、マズイ……ッ。何か会話して気を逸らさねば……ッ!)
「ねぇ?」
「な、なんだ?」
思いがけず声をかけられて東城の声は裏返ってしまった。
「……何を考えていたわけ?」
「せ、世界平和?」
極寒の視線が後頭部に突き刺さる。
「……まぁいいわ。と、とにかく。そ、その……、」
急に柊が口ごもった。首を傾げていると、柊はゆっくりと口を開いた。
「ご、ごめんね……。アンタは何にも悪くないけど、最近ずっと八つ当たりしちゃってた」
「……謝らなくていい。そういうのは分かってて、俺はお前の傍にいるんだから」
東城が傍にいるだけで、一年前の東城はもういないという事実を柊に突き付けることになる。
それでも東城は自分のエゴで傍にいる。だから、たとえいかなる糾弾もその身で受けると決めていた。
「もうお前に謝らせたり、八つ当たりさせたりしないように頑張るよ。昔の俺よりもカッコイイってところを見せてやるから待ってろよ、柊」
どうせ見えないと分かっていながら、それでも東城は微笑んでいた。その様子に柊もくすりと笑ったものの、どこか冷たい視線は残っていた。
「……また」
柊がぼそりと呟いた。
「何が?」
「また柊って呼び方に戻ってる」
「……な、にゃんのことでそう?」
噛み噛みだった。
「戦ってるときは、昔みたいに美里って呼んでくれてたと思うんだけど? ねぇ、大輝」
東城の首に回した柊の手に、僅かとはいえ力が戻っていた。ぐぐっと、ゆるやかに喉仏が抑えられていく。
「何で、呼んでくれないの?」
「えっと、ほら、それは、あの、やむにやまれぬ事情と言いますか……」
「大輝」
ものすごく冷たい声だった。これ以上はぐらかすと、フリーズが解けた瞬間に死んでしまうかもしれないと覚悟した。
「……言って、怒るなよ?」
「言わなきゃ確実に怒るんだから、言う方に賭けるべきだと思うわ」
「何にも保証してくれねぇじゃねぇかよ……」
東城はがっくりとうなだれるが、どちらにせよ腹をくくるしかない。
「……昔、一年くらい前だ」
「うん」
「白川とか四ノ宮と友だちになったときにな、白川が言ってたんだ」
出来る限り歩調を一定に保ちながら、絶対に横顔も見せないようにただただ前を見て東城は喋っていた。
「『下の名前は好きなヤツ同士が呼ぶもんじゃ。だから俺を雅也なんて呼ぶな気色悪い。え? 四ノ宮? あいつはリア充で人との距離感が近すぎるだけや。コミュニケーション近眼や』」
適当なモノマネで適当な情報を入れてごまかそうとするが、あまり効果はなさそうだった。
「……は? つまり、白川のバカに言われたことを真に受けて、名前で呼ぶのを恥ずかし――」
「うるさいお願いだからこれ以上深く掘り下げないでください!」
そう言いながらも自分の顔が熱くなっているのは分かっていた。
「って言うか、妙に和樹に突っかかってたのって……」
「もうやめて! それ以上俺の恥ずかしい部分をピンポイントで突き刺さないで!」
泣きそうだった。
「でも、呼んでくれたわよね?」
「……おう」
凄く小さな返事しか出来なかった。
だが、それでも柊は少しだけ満足してくれたようだった。
「またいつか、呼んでくれる?」
「いつか、な」
背中で柊が、少し嬉しそうにため息をつくのが分かった。
――風が頬を撫でる。
静まり返る。
どんなにいつもどおりの会話をしても、どこか空しさが残っていた。
「――……終わった、のよね。今度こそ」
柊はそう言った。
どれほど平生に戻ったように見せても、やはり、心のどこかではついさっきまでの激闘を忘れることは出来なかった。
決して、快い勝ち方ではなかった。誰かを救うことで誰かが傷付くと知りながら、そうして選んだ選択は、どこまでも後味の悪いものだ。
だから柊はこれで終わりだと、言いたかったのだろう。
でもそれは、出来ないことだ。
「……いや、何にも終わってなんかいねぇよ」
そう答えるしかない。
何かが終わる、などということはおそらくあり得ないのだ。その終わりは、新たな何かに繋がっている。
東城が記憶を失うという終わりが、やがて九千の能力者を救う始まりになったように。
東城が所長を倒したことが、この酷い復讐劇を招いたように。
どのような道に繋がるとしても、この終わりはどこかへ繋がってしまうのだろう。
「ホントに何にも終わってねぇんだ。だから……」
そう続けようとして、東城は言葉を詰まらせた。
「……だから?」
柊が背中で小首を傾げるのが分かるが、それでも東城の口からすぐに言葉は出なかった。
この言葉を言うのが、どうしても躊躇われるのだ。
一度は言った。だがそれはそうしなければいけない状況だった、という諦めがあったからこそだ。
「だから……――」
今は、そんなきっかけはない。
いまこうして生きているのですらもはや奇跡だ。その奇跡が起きなければどうなっていたかなど想像に難くないし、その時の原因はきっと、自分にある。
だから、東城はそうしたいと思った。ならば、言わなければいけない。
ずっと怯えていたそのことを、いつか、誇りだと思えるように。
彼女を護りたいと、そう思うからこそ。
「だから――俺と、これからも一緒に戦ってくれ、美里」
ざぁっ、と風が背中から吹く。
言葉は風に乗り、消えていく。
柊からの返事はない。
けれど、黄金に輝きなびいた髪の中に、温かい透明の滴が混じっているような気がした。
これにて第3部グレア・ガスト編が完結いたしました。ここまで読んで下さった皆様には感謝しかありません。ありがとうございます。
さて、かなりの長編になったこのフレイムレンジ・イクセプションなのですが……ここまで続けてまだ全体の構想の2割にも達していないんじゃないかという状態ですので、まだまだ続いていきます。ご愛読いただいてる皆様には末長く応援していただけたら幸いです。
ストックは残り少ないので今週木曜日から毎週17時更新になります。またストックが出来ましたら毎日更新に戻させていただくので今しばらくお待ちください。
それでは、最後になりますがここまで読んでいただきありがとうございます。これからも、どうぞよろしくお願いします。
追記
第3部のあとがきを活動報告にアップしました。よろしければどーぞ。
http://syosetu.com/userblogmanage/view/blogkey/808915/




