第4章 再び -7-
雨が叩きつける。
空を覆うのは、まっ黒な雲だ。
だが、その暗澹とした天気の中に雷が光る。
そこに立つのは、たった二人の少年と少女だ。
「――何で、嬉しそうなんだ?」
東城大輝の横で、柊は笑みを隠しきれずにいた。戦いの最中に気を抜くことが許されないと知りながら、それでも、彼女の口元は緩んでしまっていた。
「うるっさい。いいからこっち来なさい」
柊はそう言って東城を引きよせて、熱でも計るようにその額に手を当てる。温かく優しいその触れ方に、思わず東城も笑ってしまう。
昨日までの些細ないさかいなど、もう忘れてしまったようだ。
「――よし。これでもう痛みはないはずよ」
「は?」
そう言われて気付く。東城の頭蓋を締め付けるような痛みが、嘘のように消えている。
「アンタの身体に私の能力の支配領域を繋げた。アンタの腕が発する痛みの信号を尽く打ち消してるから、クラッシュの心配も一気に減ると思う。疲労感とかもエンドルフィンとかを分泌するように信号出したからマシになると思うわ」
さらりと、随分ととんでもないことを言われたような気がする。
「……そんな複雑なことできるのか?」
「今までこんなにあっさり出来たことはないわね。割としんどい思いして、結構時間はかかったと思う」
柊は笑って答えた。その笑みは一部の隙もなく完璧で、これだけの死闘の中にいながら、思わず東城は見惚れてしまう。
「でも何でかな。今は頭も身体も、凄く軽いの」
同時。
全身から柊は紫電を撒き散らした。
まるでもう抑えることなど出来ない、とでも言うように。
「――ざけンじゃねェぞォ」
視線の先で、ようやく所長が立ち上がる。
「テメェらのママゴトに付き合ってやる義理はねェンだよォ」
所長はぺっと血を吐き捨てた。
「……今の所長はフリーズさせまいと負荷をかけすぎて、アンタの能力を打ち消せなくなってる。それどころか、私の磁力でプラズマの動きを阻害することが出来るくらいに」
「分かってる」
「でもそれはもっと深い傷を負って、もっと長く戦ったりしてるアンタのほうが深刻な状況なはずよ」
柊が向けた真っ直ぐな視線に、東城は応えられなかった。目を逸らし、ただ呟く。
「……それも、分かってる」
「そう。ならいいわ」
あっさりと柊は言った。
「……いいのか?」
「別に『戦うな』とか言う気はないからね。そういうのを言っても無駄なことくらいは分かってるつもりだし」
普段の呆れたような口調を作って、柊は小さく笑っていた。
「だから、今くらいは私にもさせなさいよ?」
その笑みを崩すことなくバチバチと放電し、磁力で柊は浮き上がった。
「アンタがずっとやってきた“無理”なことを」
直後。
砲弾のような速度で柊は所長へと突進した。
「バカかァ? ンなモン誰が食らう――」
所長はプラズマの刃で、柊を一薙ぎで鎮めようとする。
だが、柊の磁力がそれを阻止した。ぴたりとプラズマは停止し、それに驚愕する所長に柊は悠々と蹴撃を叩き込んだ。
とっさに右手でそれを防いだ所長だが、威力まで殺すことは不可能だ。五メートル近く吹き飛ばされ、どうにか体勢を立て直し着地してもなかなか止まらない。
「何がどォなってやがる! オレの演算能力は東城大輝のソレと同等なンだぞォ! どォして霹靂ノ女帝ごときの磁力で止められるッてンだァ!?」
追撃しようとする柊を爆風でどうにか弾き飛ばしながら、所長は吠えた。
「……それが分からない時点で、アンタに勝ち目はないわよ」
柊はため息交じりに言って、また地面を蹴って宙を舞う。
「ふ、ざけンじゃねェ!!」
所長は叫ぶと同時、高熱の爆発を生み出した。柊の攻撃する余裕すら与えず、そのまま仕留める気なのだろう。磁力を駆使しようと放電を駆使しようと、柊に防ぎようはない。
だから。
「させるかよ」
柊の前に、東城が自分の身を盾にするように立った。爆発の瞬間に左手を前に突き出し、その爆炎を吹き散らした。
それと同時に柊が高速移動で所長の背後に回り、秒速二百キロの雷撃を落とす。
反射的にプラズマをアースにどうにか防いだ所長だったが、あまりの至近距離に側撃雷が彼を襲う。
「チッ――」
どうにかそれ以上の追撃を回避しようと感電し痺れる体を所長は爆発で横へ弾く。
だがその先に東城は待ち構えていた。左の拳を握り締めて所長の脇腹を殴りつける。インパクトの瞬間、拳を中心に爆発を生み出す。
元から演算能力が落ちている上に、この速度での連撃だ。所長は打ち消しきれず、十メートル近く転がった。
「クソがァ!」
即座に起き上がり、反撃に出ようとする所長。
しかしその瞬間に柊は迫っている。プラズマで迎撃しようとした所長の攻撃を、柊は磁力で捻じ曲げ放電の衝撃波で吹き飛ばす。
「甘ェ!」
だがその程度で臆するほど、所長は柔ではなかった。ばね仕掛けで跳ね上がるかのように、ノーモーションで上段蹴りが繰り出される。
しかしそれだけの速度での蹴りにすら反応し、柊は全身の筋肉を使って跳び退いていた。
「やっぱり一人ずつ戦ってたんじゃ埒が明かないわね」
東城の横にまで後退した柊は、ちらりと彼を見た。
「分かってるよ。――だから、行くぞ」
「うん」
二人は笑顔のままで、所長へと同時に突進した 互いの能力を使った高速移動で、所長の前に来ると同時、二人は左右に分かれた。
「――ッ!?」
「驚いてる場合かよ」
背後から東城はプラズマの刃で斬りかかった。だが所長はすぐさま回避し、東城へ反撃の蹴りを繰り出そうとする。
「舐めンじゃね――ッ!」
だが、さらにその横から柊の紫電が襲いかかる。柊の放つ気配を察知したのか所長はすぐに攻撃を止めて回避する。
その隙に東城の左の拳が所長の腹を掠めた。それでも利き腕ではない上に直撃は避けられた為、大したダメージはなかったが。
「舐めてるのはどっち?」
「チッ。流石に速度と破壊に特化したレベルS二人を相手にするのは骨が折れンなァ……ッ!」
所長はそう言うが、それでもこの所長の力は異常だ。二人の本気を前にして、引くどころかほぼ対等にやりあえている時点で異常だ。
だからこそ、燼滅ノ偽王――異端なのか。
「だがまァ、その程度でオレが負ける理由にはなンねェがなァ」
同時、今度は所長が攻撃に転じた。だが自分へと突き出された蹴りを彼女は悠々と躱す。
「甘いわよ」
「分かってンだよォ」
だから所長は躱されると同時、蹴った脚でそのまま地面を踏みつけて、爆発を起こして真横へと跳んだ。
狙うは東城。柊への攻撃はただのブラフだ。
手刀で、真っ直ぐに東城の喉笛を狙う。
だが所長の攻撃を予想すらしていなかった東城は、それでもそれを躱していた。
(何だとォ……ッ! アイツの加速と全く同じの燼滅ノ偽王の速度で、何で後出しの燼滅ノ王が躱せる!?)
「決まってるでしょ。私が力を貸したの」
柊の電撃が、驚愕している所長を襲う。所長はそれをどうにかプラズマで受け流したが、東城はそのプラズマを素手で突き破って所長へ拳を叩きこむ。
インパクトの瞬間の爆発で深くダメージを負ったらしく、所長は二人から間合いを取ろうと爆発で後退していた。
だがそれを見逃すほど東城たちも甘くない。左右から東城と柊が回り込み、次々と攻撃を繰り出していく。圧倒的な速度で互いの能力を全開にしている。
(あり得ねェ! こンだけの速度で、どォして無傷で戦える!?)
所長は攻撃をどうにか捌きながら、それでも驚愕を隠すことは出来なかった。
これだけの速度で互いの能力を全開にすれば、絶対に一方が他方を巻き添えにする。僅かでも挙動が遅れるだけで、それだけで相手を殺してしまうのだ。
だがそれでも、二人はそれを意識しない。
二人を途方もない加速感が包んでいた。
二人の感覚の全てが溶け合っていた。
――負ける気がしない。
――負けるわけがない。
二人の絶対の信頼が生む、本来存在しえない理想の連携攻撃。
それが、所長を徹底的に追い詰めていた。
「――ざけンじゃ、ねェ!!」
所長がこれ以上の防戦に終止符を打つべく、自分を中心に爆発を生み出し二人を弾き飛ばそうとする。だが東城がその爆発すら消し去った。
「終わりよ、所長」
柊の声が動揺した所長の背後からする。
同時、柊の高速の蹴りが所長の肝臓を背中から抉り、所長がその場に崩れる。
「お前の全てを、俺が焼き尽くす」
そして東城の全身から、紅蓮の業火が立ち昇る。
「お前にこれ以上何も奪わせねぇよ。お前にこれ以上、何かを壊させたりはしねぇ。俺は護る。俺が、全部救ってみせる」
もう東城たちの勝利は明白だ。
だから、これで終わりにしようと思った。
なのに。
「――救う、だァ……?」
ぞくり、東城の背筋が凍った。
そのたった一言に込められた負の感情の重圧は、最強の能力者を名乗る東城ですら震え上がるような、そんな異質で絶望的なものだった。
柊も臆し、すぐに東城の横へと移動するほどだ。
「救えねェンだよ、テメェじゃァ!」
ボロボロになっている所長は叫ぶ。所長は爆発による無茶苦茶な加速で、一瞬で東城の前に立ち拳を振りかぶっていた。
「大輝!」
叫び、柊が東城を磁力で引っ張り後ろへ強制的に回避させる。この柊の危機察知能力も反応速度も能力自身の性質に付随してか圧倒的に速かった。
だが、それは意味がなかった。
全ての能力者のデータを有している所長が、その程度の速度を憂慮しないはずがない。
東城を回避させたことで自身の反応が遅れた柊の肩を掴み、引き寄せる。そしてそのまま地面に叩きつけるように拳を振るった。
ごきり、と嫌な音がした。
「――っぁぁああ!!」
柊の悲鳴が聞こえた。
「美里!」
思わず東城は駆け寄ろうとする。だが所長はその行動すら予測し、高速移動で東城の視界から外れていた。
「喚くなよ、ただの脱臼だろォがァ」
そう東城が認識した時点で既に懐へもぐりこみ、真下から突き上げるように拳を肝臓の位置に叩きこんだ。
息が出来なくなり、その場に東城が崩れ落ちる。
「テ、メェ……っ」
「うるせェンだよ、燼滅ノ王。オレはテメェらをブチ殺す。オレから全てを奪ったテメェから、オレが全部奪って奪って奪い尽くしてやるよォ!」
所長に蹴飛ばされ、無様に東城は地面を転がった。
「奪う、だと……?」
幾度となく、所長はその言葉を使ってきた。だが、それは東城には分からない言葉だ。
「俺たちから自由を奪ってたのは、テメェだろうが……っ!」
「知るかよ、ンなコトはよォ」
所長が敵意を剥き出しにして、東城を睨みつける。
その眼にあるのは、怒りですらない。
真っ黒な、どこまでも堕ちていく絶望だけだ。
「オレはテメェらがどォなろォが知ったこっちゃねェ」
東城は気付いている。
所長は誰かを虐げるために、こんな真似をしているのではない。
誰か、大切な者を護る為に。たとえ世界中の全てを敵にしてでも、その救いたい者だけを救う為に。
彼は、全てを犠牲にしている。
「……そんなことをして、テメェが護ろうとしてる奴が喜ぶとでも思ってんのか……っ!」
「教えなきゃいいだろォがァ。ンな闇に、アイツを引きずり込む必要がどこにある?」
所長ははっきりとそう言った。
彼の顔はどこまでも虚無だった。
そんなことを言いながら、それが不可能だと気付いているのだ。
「アイツは、アイツだけはこンな闇にいていい人間じゃねェ」
「だから、どんなことをしてもいいって言うのか……っ!」
「あァ、そうだァ。――だが、テメェはオレからその全てを奪い去りやがったァ。どンな手段を使ってでも助けようとしたオレから、テメェが全てを奪いやがったンだァ」
所長は血が出るほど拳を握り締めていた。
何もなかった表情に、憎悪と憤怒だけが宿る。
「何で、テメェはそこまでする……」
「現在形にしてんじゃねェよォ。テメェのせいで、オレはもうどう足掻こうがアイツを救うことは出来ねェンだからなァ」
転がっている東城に近づき、所長はもう一度蹴飛ばした。
鈍痛に顔を歪めながら、東城はなす術なく転がる。
「な、にを言って……――」
聞こうとして、東城の言葉は途切れた。
一つの大きな疑問があるのだ。
なぜ、これほど憎んでいる東城の力をその身に宿したのか。
それは普通なら考えられない。東城の全てを否定する為にここまでのことをした所長が、その身に東城の力を宿すことに、何も感じないはずがないのだ。
自身から全てを奪ったその力を自ら使うというのは、耐え難いほどの苦痛のはずだ。
そんな理由は、考えるまでもなかった。
所長はあえてそれを望んだのだ。
「……テメェは、自分も許せないのか」
「何を分かったような口を利いてやがる、実験動物ォ」
憤怒、憎悪、嫌悪、怨嗟、あらゆる負の感情をその眼に宿した所長が、唸った。
その負の感情以外に何もないからこそ、もう、所長の何かは壊れているのだ。
「テメェに分かって堪るか、全てを失うってことの意味がよォ。まだ何にも失ってねェテメェによォ!」
所長は東城を蹴り飛ばし、東城は血を吐き呻くことしか出来なかった。
だが、痛みを感じるよりも東城は考えていた。
どうして所長は、無効化能力を捨ててでも燼滅ノ偽王を手に入れたのか。
東城に無効化能力で負けたからだというのなら、それで前の手を完全に捨てるなど意味がない。そこから弱点を克服し、東城に対する対策を立てるべきだ。
無効化能力が全く意味を成さなかったほどの完敗だったわけでは、絶対にないのだから。
そして、何より。
そもそも無効化能力を作った理由は何だ。
能力者を支配する為だ、と始めは思っていた。
だがそれは絶対に違うだろう。能力者を売り捌くことが目的なら、それを完全に無効化できる力など存在してはならないのだ。それは、全てを否定してしまう。
そんな決定的な失敗を、彼が見逃すはずがない。
「――能力を、消したかったわけね……」
柊の、呟くような声が聞こえた。
肩を押さえながら、柊が立ち上がっていた。
「……だとしたら、それが何だって言う気だァ?」
「アンタの戦う理由。分かったかもしれない」
柊は唇を固く結んでいた。
そして、東城も遅れて気付く。
能力を消す。
誰かを救う。
奪われた。
さまざまな単語が頭に浮かび、答えへと導く。
そもそも、所長は研究の初めから参加したわけではない。彼の見た目はおよそ三十代。能力者の最年長は二十歳前後だ。どう見積もっても、研究の最初期からいるのには今の所長では年齢が合わない。
もしも、仮に。
始めに能力者を開発した人間が、彼の頭脳を手に入れる為に所長を何かの罠にはめていたとしたら?
例えば。
所長の大切な者に無理やり能力を植えつける、あるいは、能力によって苦しんでいる者を、無理やり所長の大切な人に仕立て上げたとしたら。
彼は能力を完全に消し去る方法を模索するだろう。
だがそんな方法は古今東西あらゆる学問を身につけようと発見できない。自分で、研究するしかないのだ。
その為には、資金がいる。
能力者を開発したのと同等か、それ以上の資金が。
「でも、まだそのときには、予算が残ってんじゃねぇのか……」
痛みで途切れ途切れになりながらも、東城は言葉を紡いだ。
「……五千億」
所長は呟いた。
「アイツ、オレの親だった隆元が用意した、能力者の開発費用だァ」
それは余りに巨額だった。個人が簡単に用意できる額では、絶対にない。
「そして、能力を完全に消し去る方法を探る研究に必要だと予想される額は、その二倍だァ。とてもじゃねェが一人の人間に集められる額じゃァねェ。M資金だ何だを隠し持ってやがった隆元の野郎ですら、研究の予算をこれ以上掻き集められなかったんだからなァ」
それをクリアする為の方法は一つだけだ。
能力者を完成させ、売り捌くこと。
「オレはアイツから所長の座を奪って、ただただ金を稼ぐ為に能力者を生産し続けたァ」
しかしそれは失敗した。
東城が、全ての能力者を解放してしまったから。
「もォやり直せねェ。テメェら能力者に使った額は四七四六億、もう一度事を起こすにも予算はほとンど残っちゃいねェ」
だから、彼は全てを失った。
彼が罠にかけられ、能力で苦しむ誰かを助ける方法を、彼は永遠に失った。
「分かるかァ? テメェらみてェに努力で解決する問題じゃねェ。アイツを助ける為にはこれしかなかったンだァ。それを、テメェが全部ぶち壊しやがったンだァ!」
所長は叫んだ。芯も力も何もかもがない、ただただ空虚な声で。
「だから殺す。ぶっ壊して、ぐちゃぐちゃにすり潰して!、物理的にも精神的にもテメェから全てを奪い去って! テメェを殺して殺して殺し尽くす!!」
東城は、その言葉に何も言えなかった。
誰かを犠牲にして誰かを救うということを、かつて東城は間違っていると言った。
だが、かつて東城がしたことはその間違っていることだったのかもしれないのだ。
自分たちの自由のために、彼は所長が全てを懸けてきたことを犠牲にしたのだから。
「……それ、でも」
それでも東城は退けない。
力を込め、立ち上がる。
「その復讐に出た時点でテメェは終わってるんだ」
ぎゅっと、東城は拳を握り締める。
「無効化能力を捨て去って、俺の能力を手に入れることで自分の戒めにして、そして俺に復讐をして、それで一体何になる。何にもなんねぇよ。テメェやってることは、全部間違ってる」
「ざ、けンじゃねェ……ッ!」
柊が口を開き、東城の横に並ぶ。
「アンタはこんなことをする前に、少しでもその誰かを助けられる道を探すべきだった。――でも、アンタはそうしなかった」
真っ直ぐに、怒るでも蔑むでもなく、憐れむように所長を見つめていた。
「諦めたのよアンタは。その誰かを救うことを諦めて、私たちをその道づれにしようとしてるだけなのよ」
その事実に、賢明な彼が気付いていないはずがない。
それでも無視し続け、抗い続け、自らの感情を吐き出すしかなかったのに。
それすらもが、奪われてしまった。
「――ざけンじゃねェ!! ざけンじゃねェぞォォォオオオ!!」
同時、所長を中心に溶鉱炉のような火炎が吹き荒れる。周囲の瓦礫すらドロドロに溶かし、辺りを灼熱の地獄へと変える。
もう所長は、壊れてしまっている。
自らの信念すら失い、彼は復讐にだけ取り憑かれてしまった。
彼には、戦う理由そのものが欠如している。
「終わりにしよう」
そう呟き、東城は左腕をそっと前に突き出した。
「そうね。どんな結末にしても、このまま所長を暴れさせるわけにはいかないわ」
柊が東城の左腕に絡ませるように右手を重ねた。
「俺じゃ、俺だけじゃ、所長を止められない」
「分かってる。だから、私がいるの」
二人は、笑っていた。
どんな状況でも、この二人は、歩みを止めない。
「もう一度言うわよ。――終わりよ、所長」
柊の右腕から烈しくスパークが散る。
「テメェのその壊れた心も、その歪んだ復讐も。俺が――」
東城の全身から迸るプラズマが凄まじい音と共に収束する。
かつてないほどの力をその身体の内に感じ、それでも二人はその力に振り回されはしない。
「私たちが――」
そして、声が重なる。
「全部、焼き尽くす!!」
プラズマが、一直線に所長へ襲いかかった。
柊の電流によって射出されたその速度は、およそ七キロメートル毎秒。所長がほとんどプラズマを打ち消そうと、僅かに残ったその質量だけで貫ける。
「――まだだァ」
だが、所長はその攻撃を受け止めていた。ぎちぎちと攻めるそのプラズマを、彼の能力が打ち消していく。
「まだ終わりじゃねェ!! 終わらせて堪るかよォ!!」
一条のプラズマを身に受け、その圧倒的速度に彼の身体が押されていく。だがそれでも、所長の打ち消す力の方が僅かばかり勝っている。
「――いいえ。だから言っているでしょう。これで、終わりよ」
東城と所長の力が拮抗するのを見ながら、柊は言った。このままでは二人の力の方が搔き消されると知りながら、笑ってすらいる。
「私の電撃が躱されるのは、その攻撃の瞬間を読まれるから。正確には電撃を撃つ為の道――ステップトリーダーを想定しているのを視線で見られているからよ」
放電には、二種類ある。
すなわち、初めに空気を破壊して対象へとつなぐステップトリーダーと、そのステップトリーダーによってできた道をただ進むリターンストローク。
ステップトリーダーを省略することさえ出来れば、そもそものリターンストロークでは秒速十万キロ、光速の三分の一だ。絶対に、回避することは出来ない。
そして今のプラズマの攻撃は本命ではないのだ。
それをステップトリーダーの代わりにして、直接所長を攻撃する為のただのブラフ。
「ッソ野郎がァァァアアア!!」
所長の絶叫は、空しく響くだけだった。
柊は笑みを浮かべたまま、所長を射るような目で見ていた。
「アンタのその間違いも、アンタのその歪んだ心も、全部――」 。
柊の全身から、青白い火花がスパークした。
この場で所長を倒せるのは東城大輝ではない。
彼を護りたいと願い続けた、たった一人の少女だけだ。
「全部、私が破壊する」
直後だった。
青白い閃光が、誰の目にすら止まることなく駆け抜けた。
吹き荒れていた真っ赤な火炎が、消え去る。
そして、所長は崩れ落ちた。




