第4章 再び -5-
(あぁ、まただ)
炎に包まれながら、東城はそう思った。
また、東城は死の瀬戸際にいた。
柊を護る為、彼女を泣かせない為。そんな綺麗事を並べながら、彼女を最も傷つけるであろう道を東城は進んでいる。
今まではそれでも切り抜けてきた。いかなる時でも諦めず、最後には勝利を掴んできた。
だが、今は違う。
東城にはこの状況を逆転させるだけの手が、思いつかない。
あの所長のことだ。おそらく無効化能力を使っていたときよりもマイクロチップの演算能力は向上させているに違いない。東城自身まだ完全なクラッシュを起こしてすらいないのに、これで彼が死ぬことはないだろう。
しかし真っ向から戦うには、東城には手札がない。
所長は全く東城と全く同じ能力を手に入れた。それに勝つには、その他の部分で彼に勝たなければいけない。
だが体格では東城が完全に劣っている。
頼みの頭脳戦だが、あれだけの能力者を生み出しながら社会にひた隠しにし、なおかつ既存の科学が全く役に立たない中で能力無効化や疑似能力などを一人で開発してのけたが所長だ。知能で勝てるはずがない。
そして東城の力の根源である柊への想いも、敵わないだろう。所長が抱く“誰か”への想いは、自分の半身を犠牲にし、これだけの復讐劇を用意するに足るものだ。負けているとは思わないが、勝てるとも思わない。
もっと小手先の要因があったとしても、根本的なこの三つの要因で勝てない以上、それもただの時間稼ぎ程度にしかならない。
――つまり。
現状、東城には所長に勝つ手段がない。
その証拠が、この砕けた右腕だ。
この結果は必然だ。奇蹟が起ろうと何をしようと、この腕の怪我が全身に及ぶのにそう時間はかからないだろう。
そしてその原因を、東城は気付いている。
この現状を招いたのは、自分のせいだということに。
だから、だから、東城は選ばねばならない。
東城はそれを最も嫌っていた。
たとえそれを彼女自身が望んでいると気付いていても、それから目を逸らし続けていた。
こんなことにならない為に、東城はずっと戦ってきたのだ。
でもそれはもう、諦めなければいけない。
理想論を捨てなければいけない。
その上で東城は覚悟を決めて、
無様でも何でも、成し遂げるべきことの為に全てを棄てて、たった一つのものを護る。
*
あまりの高熱が積乱雲を呼んだのか、それともただの偶然か。
空はどす黒い雲に覆われて、滝のような雨を降らしている。
だがそれらも東城の放つ業火で蒸発し、ほとんど霧のようになっている。
(あぁ、まただ……)
プラズマの檻の中、それを遠くから眺めていた柊はただそう感じた。
その光景を、彼女はふた月前に見た。
東城を救えなかったことを悔やみ、嘆いた、あの時と全く同じだ。
ぎゅっと、ネックレスを握り締める。
その瞬間、柊の視線の先の火柱から影が跳び出した。
願っていた者とは、あまりに体格が違う。
所長だ。
さすがにあの火柱の中で幾千にも及ぶ攻撃を受け続けたからか、その身体には煤だけでなくいくつかの火傷もあった。つまり、所長も打ち消すことが出来なくなるほどの負荷を与えられたということだ。
「――が、それでもテメェの負けだぜ、燼滅ノ王」
髪を掻き上げて、所長は言う。
目の前の火柱が収束していく。
そしてそこにあったのは、布切れ同然にボロボロになった東城の姿だった。
もうろくに動けないだろう。クラッシュ寸前の身体であれだけの力を、その身を中心に放出したのだ。打ち消せない余波が、東城の身体をどこまでも破壊したはずだ。
(あぁ、まただ……)
柊は、その言葉を繰り返した。
また、彼女は護れなかった。
東城を護れるようになりたいと願って、それだけの力を手に入れようと、彼女は九年もの間努力に努力を重ねた。
血が滲み、血反吐を吐いてもなお、彼女は進み続けた。その程度の努力など笑い飛ばせるような、そんな壮絶な努力を彼女は重ねてきたのだ。
ただ一つ。
東城大輝を護るということだけに。
だがそれは叶わなかった。
こうしてまた、東城に全てを押しつけている。
こうしてまた、自分は護られただけだ。
自分のせいで東城は追い詰められ、自分のせいで東城はここまでの怪我をした。
そしておそらく、そのまま彼は死ぬのだろう。
自分が、弱いせいで。
――嫌だ。
そう思っても、どうしようもない。
だって、東城は言ったのだ。
お前は俺が護る、と。
東城の立つ次元に、柊はいないのだと。
「さてとォ。最後の仕上げと行こうかァ」
ざっざっ、と地面を踏み締めて所長が柊へ近づく。
その様を、柊は酷く冷めた目で見ていた。
「霹靂ノ女帝――テメェを殺して、オレの復讐は完成だァ」
所長は狂喜に声を震わせ、プラズマの刃を振りかざす。
(あぁ、ここで終わるんだ……)
なぜかまるで現実味がなかった。
ただ呆然とそれを見上げて、そこで柊は目を閉じた。
悲しみはない。なのに、閉じた眼から一粒の滴が滴る。
「……ゴメンね、大輝……」
そして、柊は抗うのを諦め――
「美里!!」
その言葉が、彼女の鼓膜を震わせた。
懐かしい、その呼び名。
その声はどこまでも力強く、誰よりも柊が求めるものだった。
溢れ出る柊の想いに呼応するように柊の全身から能力が溢れ出て、所長のプラズマの動きを止める。
――あぁ、やっとだ。
自然と、笑みが零れた。
諦めてもう閉じたはずの心が、歓喜に震えていた。
「なン、だァ……ッ? 何が起きて――」
柊の電磁力に押されていることが理解できないらしく驚愕している所長に、東城の拳が襲いかかった。
「俺の大事なモンに、手を出すんじゃねぇ!」
爆発を同時に放ち、所長を十メートル近く東城は吹き飛ばした。
東城の業火を受けて、所長もまた並々ならぬダメージを受けている。まだ所長は能力を行使できる以上その一撃で致命傷を与えられはしないだろうが、先程までの東城と同じように、能力による攻撃はある程度通用するレベルまで演算能力は落ちているはずだ。
現に、所長は吹き飛ばされた先で激しく咳き込んでいる。ただしそれは満身創痍で無理に動いた東城も同様だった。
「――悪い、美里」
東城は口元の血を拭いながらそう言った。ぬちゃりとまとわりつくその血が、柊の胸を締め付ける。
また、ただ謝られるのかと思った。
だが違う。
その顔を見れば、分かった。
やっと、想いが報われることが。
「やっぱり、俺だけじゃダメだよ」
情けないとは思わなかった。
それでいい、と思った。
「神戸のときも、この前の所長のときも、ヒナのときも。全部、俺じゃなきゃ出来ないことが多すぎて、抱えきれなくなってることにも気付かなかった。もう俺一人じゃ、戦えねぇよ……」
その言葉に、柊はただ首を横に振った。
心のどこかでそうあってほしいと、ずっと願っていたのだから。
ぎゅっと、ネックレスを握り締める。東城がくれた、ただ一つの贈りものであるそれを。
――やっと、やっと……。
溢れ出る感情が何なのか、柊は分からなかった。いま自分が笑っているのか泣いているのか、それすらも分からない。
ただ、頬を伝う雫は、とても温かい。
「……頼む、美里」
東城がゆっくりと近づいてくる。
心の中で溜まっていた泥のような何かが、一気に溶けだす。
求めていたのだ。
九年もの長い間、この瞬間を、柊はずっと待っていた。
――言って。
溢れ出る涙が燃えるような熱を帯びる。
「俺一人じゃ、もう所長を止められない」
――私は、
「でもこのままじゃこの世界が壊れる。また能力者は閉じ込められるかもしれない。能力を売って、世界が戦禍に包まれるかもしれない」
――その言葉をずっと……。
「止めなきゃいけないんだ。俺のいる、お前のいる世界を護るために。だから、だから――」
――言って。私がずっと待っていた、その言葉を。
「俺と一緒に戦ってくれ、美里」
東城が檻に触れる。
瞬間、泡のようにその檻は弾けて消えた。
著者校正はしているのですが、誤字を見つけた方がいましたら感想欄にて教えて下さると幸いです。
「○月○日更新分(第○部第○章○でも可)の『○○○』という部分」だけで結構です。誤字指摘の場合は読後感想や長所、短所は併記しなくても構いません。




