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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第3部 グレア・ガスト
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第4章 再び -4-


「――オイオイ、安心するのはまだ早ェだろォ?」


 そう言いながら、所長はプラズマの刃を作り、檻を突き破って柊の喉元に突き付けた。


「テメェ……ッ!」


 東城の顔が怒りに歪む。だが怒りに任せて暴れでもすれば、即座に柊は殺される。理性と感情が脳を圧迫し、眼球に燃えるような痛みを感じた。


「両腕を上げろォ、霹靂ノ女帝」


 所長の指示に従って柊は両腕を上げざるを得ない。瞬間、所長のプラズマが彼女の腕に絡みついた。


「柊!」


「安心しろ、まだ触れちゃいねェ。もっとも、少しでも動けばプラズマに触れて、大事な腕が炭になっちまうかもしれねェがなァ」


 喉の奥でククっと笑いながら、所長は柊に触れるか触れないかというぎりぎりのラインでプラズマの刃を弄んでいた。それだけ接近しても焼けていないようだから温度はある程度抑制されているだろうが、それでも直に触れれば生半可なダメージでは済まないことは明白だ。


「何をする気だ……ッ!」


「テメェだって分かってンだろォ? オレが何の為に霹靂ノ女帝をさらったか、気付かねェほどバカじゃねェはずだがなァ」


 東城が柊は無事だとした理由。

 それは、目の前で傷つけてこそ、東城への憎悪を発散できるからだ。

 そしてこの現状こそが、所長が待ち望んだ復讐劇の舞台。


「何がイイ? 薬物も、凌辱も、暴力も、一通りの用意は整えてあるがなァ」


「ふざけんじゃ――」


「動くなよォ。殺してほしいのかァ?」


 東城を、ではない。彼が言ったのは、柊を殺すということだ。

 その一言は東城の全てを決定づける全ての喪失を意味する。


「さァ、テメェで選べよ燼滅ノ王。どんな様で蹂躙してやればいいンだァ?」


 選べるはずがなかった。


「――やめてくれ……」


 情けなく、どこまでも惨めな声で、それでも東城はそう言うしかなかった。

 彼にとって柊美里は、自分の全てなのだ。

 記憶を失う前を東城は知らない。だが少なくとも、このふた月で東城は柊からあらゆるものを与えてもらった。


 彼女との出会いがなければ、七瀬と出会ったその瞬間に東城は死んでいる。彼女のおかげで東城は命を得て、彼女のおかげで東城は戦う力を得た。

 彼女がいなければ、東城は何一つ出来なかっただろう。

 七瀬を、九千人の能力者の全てを救うことも。神戸を絶望の底から救い上げることも。

 落合たちの目を覚まさせることも。ヒナの野望を打ち砕くことも。

 その全ての東城の行いは、柊がいてこそなのだ。


 今の東城の在り方を決定づけたのは、彼のアイデンティティの根幹は、柊美里というたった一人の少女の存在なのだ。

 それを蹂躙されるなど、東城にとって死よりも重い絶望だ。


「あァ? 聞こえねェなァ」


 だが所長はそう言って、手にプラズマを纏いそっと柊に近付ける。

 服に火が付く。

 リボンが焼け焦げ、灰となって地面に落ちる。

 ブラウスが焼け、破れ、はだける。その下に隠された真っ白な肌が、露わになる。


「やめ、ろ……!」


 それは東城にとって耐え難い苦痛だった。

 ただ柊が汚されるのとはわけが違う。

 所長は東城の最も根幹にある燼滅ノ王を使って、彼女を汚そうとしている。


 ――その力は、俺のものだ。


 東城の唯一にして絶対の支えであるその力を以って、彼は柊を傷つけようとしている。

 それは東城の全てを否定するに等しい行為だ。


 ――その力は、俺そのものだ。


 ――お前が使っていいものじゃない……っ。


 ――その力で柊を傷つけるな……っ!


「イイねェ、その顔だァ! それが見たくて見たくて堪ンなかったンだァ!」


 所長はそう嗤いながら、しかし柊に向けたプラズマの刃を決して引きはしなかった。

 それを引かせる方法は、ただ一つしかない。


「やめて、くれ……ッ!」


 声が震えた。

 今の東城に出来ることは何もない。

 ただ柊が傷つけられる様を見ることしか許されず、ただただ無力に、ただただ無様に息をするしかない。


「何でオレがテメェの言うことを聞かなきゃいけねェ? オレから全てを奪ったテメェのよォ」


 所長は口の両端を吊り上げて、醜く笑う。

 分かっている。

 どうせ残されている道は、ただ一つだ。

 それでも、自らそれを選べるほど東城は賢い人間ではなかった。


「……何が望みだ」


「決まってんだろォ?」


 そう言って所長は、左手で東城を――彼の左胸を指差す。



「自害しろォ」



 その言葉に、東城は何も反応を示さなかった。

 予想どおりの言葉だった。

 結局、こうなる運命だったのだ。それに抗うことなどとうに諦めている。

 ただ自分が死ぬだけで柊を助けることが出来るのなら、こうして死ぬことにも意味はあるかもしれない。

 だから東城は、迷いなく左手でプラズマの刃を作った。

 そっと、自分の左胸にあてがう。


「そォだァ。それで――」


「ざ、けんじゃないわよバカ大輝!」


 叫び声と共に、紫電が辺りに撒き散らされた。プラズマの檻を放電の衝撃波で捻じ曲げ、些細な隙間を作ったのだ。

 その穴から放たれた二本の槍のうち所長に襲いかかった分はプラズマの壁で向きを変えられたが、東城へ向かった分は彼が握っていたプラズマを弾き飛ばした。


「テメェ、どォいうつもりだァ」


「分かってんでしょ。私にとって大輝が一番大事なの」


 柊は、平然と言ってのけた。

 腕をプラズマで縛られ、喉元にはその刃を突き付けられているというのに。


「テメェこそ分かってンのかァ? オレはテメェの命を握ってるンだぞォ? いまここでその腕を焼き切るくらい――」


「腕の一本や二本、捨てたって構わない」


 欠片ほども怯えることなく、柊は吐き捨てた。


「何言ってんだ! そんなこと――」


「アンタは私の為に記憶まで捨てたでしょ!」


 東城を押さえつけるように、柊が叫んだ。

 今にも泣き出しそうな震える声で、それでも、真っ直ぐに東城だけを見つめて。


「だから、私も大輝の為なら何だって捨てるわ」


「ふざけんな!」


「だったら、何でアンタは容易く死のうとしてるわけ!?」


 柊の怒号に、東城は何も言えなかった。

 東城が誰よりも柊を護りたいのと同じように、彼女は、たとえ記憶を失っているとしても、東城を最も大切に想ってくれている。


「私の為だって言うんなら、もっと完璧な形で護って見せてよ! アンタが死んで終わりとか、私が認められるわけがないでしょ!」


「うるせェぞ、霹靂ノ女帝!」


 所長が叫ぶと同時、柊の腕を取り巻き脅迫していたプラズマが彼女の左腕に襲いかかった。

 何かが焼ける音がした。

 真っ黒な煙が上がり、柊は声ともならない絶叫を上げた。

 だがそれでも。

 彼女の瞳に、涙はなかった。


 何かが、東城の中で変わり始める。

 言葉にならない感情を雄叫びへと変え、東城は所長に突撃した。

 右腕の痛みなど頭にない。ただ爆発する感情を、炎に変えて吐き出す。


「バカがァ。その程度でオレが――」


 瞬間、東城の姿が消えた。

 驚く所長の背後から、東城は渾身の蹴りを叩きつける。所長が無様に瓦礫の上を転がっていくが、その様を東城の目は認識できていなかった。

 完全なブラックアウト。

 それを起こすのを気にも留めないほどの速度で東城は加速していた。


「――立てよ」


 東城は唸るような声で言う。


「まだ、終わりじゃねぇぞ……っ」


「言うじゃねぇかァ……ッ」


 だが所長も即座に起き上っていた。元より身一つで能力者を抑えつけられるような、常人離れした肉体だ。たかだか爆発の加速で威力を水増ししただけの蹴りでは、大したダメージは与えられないのだろう。


「まァ、こンな終焉はつまンねェよなァ? 全力で戦うテメェを真正面から叩き潰さねェと、意味がねェよォ」


 ぺっ、と所長は口でも切ったらしく血の混じった唾液を吐き捨てた。


「――待ってろ、柊」


 東城は言う。


「すぐに助けてやる」


 彼は、その言葉が柊を傷つけていることを知らない。

 そのまま、東城は爆発による無茶苦茶な加速で所長に突進する。彼に反応する余裕すら与えず、東城の左の拳が所長の左腕に激突する。

 彼の左腕は、脳にマイクロチップを埋め込んだ影響で麻痺している。だから容赦なく東城はそこを狙っていた。

 だが。


「ハナから使えねェ部分が壊れたところで、何にもなンねェだろォがァ!」


 そのまま所長は回し蹴りで東城を吹き飛ばす。とっさに左上ででこめかみをかばったが、その腕が軋むほどの衝撃だった。


「よく戦えるなァ。そこだけは誉めてやるよォ」


 ごきごきと首を傾け、骨を鳴らす所長。彼が受けた傷は、たった二回の打撃のみ。まだ何一つとして、彼の優勢は変わらない。


「けどまァ、そこまでだろォなァ?」


「言ってろ!」


 東城は叫んで、爆発を背に受けて加速する。


「気付いてンだろォ? もォ自分は限界だってことくらいよォ」


 東城の突撃を紙一重で躱して、所長は東城の背中を肘で叩きつける。

 背骨から発せられた嫌な音を体内から聞いたときには、東城は既にそのまま下に叩き落とされていた。


「――っが!」


「テメェはもうとっくにフリーズしててもおかしくねェ。それを無理やり根性だか気迫だかだけで抑えつけてンだァ。そォなりゃ脳にかかる負荷は増大し続けるに決まってるよなァ?」


 そう言いながら、所長は東城の背を踏みつけた。自らの加速の影響を打ち消しきれず、服が焼け、その僅かに火傷した皮膚を晒すその背中を。


「――あァ……ッ」


「もォクラッシュ寸前じゃねェかよォ。そンな身体でよく――」


 その瞬間、東城の左手が、所長の足首を掴んだ。


「――テメェは、もっと頭がいいと思ってたんけどな……っ!」


 東城の全身から、紅蓮の業火が滾る。

 東城自身の腕すら焼く、制御不能の地獄の業火だ。


「同じ轍を二度踏むのは、バカのすることだぜ」


「テメェ――ッ!」


「根競べと行こうじゃねぇか。俺がクラッシュするのが先か。それともテメェが先か!」


 東城を中心に、紅蓮の巨大な火柱が生じる。プラズマや爆発を幾重にも織り交ぜたそれは、ただの火柱ですらない。

 絶望的なほどの、熱量の塊だった。

 その傍にあった鉄筋やコンクリートは溶け、クラッキングによって人のいない周囲の民家のガラスさえもが砕けていく。


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