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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第1部 アーダー・ティアーズ
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第2章 曇天 -1-


 翌日、金曜日。午前十時四十五分。

 真夏の暑い日差しが差し込む教室で、東城大輝は机の上に突っ伏していた。


「……死んだ」


 回収されていく現代文の解答用紙。

 記号は全て『ウ』しか書かず、記述はすべて白紙。望みの欠片も無く、一桁程度の点数が朱色のペンででかでかと書かれて返ってくるのが確定した、絶望の象徴の紙だった。


「――どうした東城。今日はいつにも増してヒドイ有様やったな」


 隣の席の長身で糸目の少年――白川雅也(しらかわまさや)が声をかけてきた。


「うるせぇ……。昨日は勉強してねぇんだよ……」


 東城はそんな事を言ったままそのまま机で寝ていた。

 昨日の七瀬との戦闘が終わってからこっち、東城はずっと地下都市の病院で再生治療を受けていた。終わり次第、即座に帰宅したがもう頭も身体も疲労困憊。睡眠以外に食事や入浴を済ませられただけ十分だろう。


 やっと彼は、非日常を脱していつも通りの日常に帰ってきた。だが帰って来て、早々に絶望した。もう二度とテストとか受けたくない。


「……おい、東城。そういうのは勉強した奴が自慢げに言うものであって、真に勉強してない奴が負け惜しみに言うものやないぞ」


「うるせ。だいたい、そう言うお前は出来たのかよ」


「ふ。愚問やな。どの教科も一桁は絶対にないと言い切れるわ。どうや、驚きやろ」


「そうだな。お前の勝利の基準が赤点以下だという事にすっげぇ驚いてるよ」


 蔑みを通り越して憐れみさえ感じる視線を、東城は白川に投げかけていた。


「ていうか、それって単位とか大丈夫なの?」


 そう言いながら話に入って来たのは四ノ宮蒼真(しのみやそうま)、いつも東城、白川の二人と良く過ごす、気が置けない親友だ。

 こちらは白川とは対照的にとても小柄で、身長も白川の顎くらいまでしかない。それに見合うように顔立ちもどこか幼げで、しかしここもまた白川と対照的にというべきか、四ノ宮の方はとても整った顔立ちだ。


「おうとも。俺には『白川流処世術式最終秘義・職員室大号泣土下座』があるからな」


「どうしよう大輝。雅也が後輩になるかもしれない」


「放っとこう。バカがうつる」


 冷たく東城は言い放つ。


「もっと気に掛けろや、友達やろ!」


 その態度が不満なのか、白川は可愛くもなく唇を尖らせていた。


「まぁ、友だちだな。すげぇ不本意だけど」


「不本意なんか!?」


 白川が心底驚いたような顔をするが、それはもちろん冗談だ。

 東城がこうした日常を送れるのは、間違いなく彼らのおかげだ。

 記憶が無いなどと言う不可解な状態を前に嘆き恐怖していた東城に笑い掛け、救ってくれたのは彼らに他ならない。

 だから東城は彼らに少なからず感謝しているし、いずれ恩を返したいと思うくらいに大切な存在でもある。

 ただそれを口にするのははばかられるくらいには、白川のテンションは面倒臭いが。


「まぁまぁ。とりあえずご飯食べに行こうよ。さっさとしないと駅前のファミレス、ここら辺の高校生でいっぱいになっちゃうよ?」


「そうだな。だいたい近所に高校が三つもある時点で飽和してるし」


 三人はそれぞれのセンスに合わせたカバンを背負って、まだ喧騒に包まれている教室を後にした。



 駅前のビルの一角が、件のファミレスだ。他には少し高めのチェーンハンバーグ店や、クリニックモール、コンビニや古本屋、スーツなどの紳士服販売店などもある大きめの複合商業施設だが、高校生たちはこの日本で一番安いとされるファミレスとせいぜい古本屋以外にはほとんど用はない。

 白川、四ノ宮、東城の三人はそこのボックス席に座り、料理が出るまでの長いようで短い時間をテストの答え合わせで潰しているところだ。


「あーあ、東城も四ノ宮も0点か……」


「そうだな。お前の解答用紙が模範解答とすり替わっていたらな」


「はっはっは。お前は何を負け惜しみ――」


「涙目だよ、雅也」


 などと言っているうちに注文した料理が運ばれて来て、東城たちは問題用紙をカバンの中に突っ込み、出された料理に箸を付けた。


「しっかし、偉そうに言うとるけどお前も大概やぞ? 古典も地理も現国も、正直俺よりちょっと良いくらいやろ?」


「十点差はデカイと思うが……」


 箸でハンバーグを頬張りながら言う白川に、東城はフォークをくるくると鉄板の上で無為に回しながら歯切れ悪く答えた。


「一桁と二十点は大差ないと思うけどな」


 白川に言われて、東城は何も反論できなかった。二十点でも赤点は赤点、追試で八割を超えなければ欠点となるという面では、白川と同じ立場だ。


「仕方ないよ。大輝はほら、一年前に記憶も無い状態で編入してきたんだから」


 思わぬ助け船が四ノ宮から出たが、正直あまり助けになっていない。


「しっかし今でも思うけど、よく入試通ったな。うちはこれでも進学校やから十カ月そこそこでは厳しいやろ? 俺も頑張ったけど、うちは四ノ宮が行くレベルやし」


「四ノ宮がレベル下げてくれたんだろ。それに、数学と理科はなんでか解けたし、全然分かんねぇ国語も社会も鉛筆転がしてたらどうにかなった。まぁそれでもラインはぎりぎりだったろうけど」


「はぁ……。運がいいなぁ東城。羨ましいわ。四択マーク式のテストで九点やった俺にその運を分けてくれ」


「いや、運が良かったらそもそも編入しないといけねぇ状況になってなかったと思うんだが」


「そう? 僕も大輝は運がいい方だと思うよ。だってあの医者のおじさんに拾われてなかったら、大輝は今頃施設で暮らしてるはずだしね」


 そう東城が言うのに、四ノ宮も白川に同調してきた。


「あの人が優し過ぎるだけって気もするけど。だって海外の貧しい子供の里親になったり、施設に寄付したりしてんだぞ。小さい範囲で言ったって、院長だからシフトなんてどうにでもできるのに、わざわざ昨日は夜勤、今日だって深夜から明日の夕方までの仕事を組んでるし」


「それは確かにかなりの人だね……」


「まぁそれでも今になっても居候させて、しかも学校にだって通わせてくれてるオッサンには大感謝だけどな。――ってか、その話ってテスト終わりの明るい気分の時にするもんじゃなくねぇか? 仮にも俺の不幸話だろ」


「東城、昔からよく言うやろ」


 東城の肩にぽんと手を置いて、白川は悟ったような顔でこう言った。


「他人の不幸は蜜の味」


「……四ノ宮、何か殴る物を貸せ」


「落ち着いて大輝。素手で殴った後で鈍器を探しちゃいけない」


 四ノ宮の真っ当な(?)発言に、東城はこの場は納める事にした。


「それで、この後はどうする?」


 深呼吸してから、東城は四ノ宮に問う。


「まぁ普通は遊びに行くんじゃないの? それか家に帰ってゲームするとか」


「そういうのはな、成績が悪いせいで小遣いを差し止められる事の無い、そして家に帰っても没収されていないゲームのある奴の選択肢や」


「泣いてるじゃねぇかよ」


 東城はもう面倒になって視線も向けずに冷たい水を飲んだ。

 ――懐かしさすら感じる程の、日常の風景だった。

 超能力、研究所。そんな単語が存在しない、今まで通りの風景だった。

 昨日の午後のあの出来事がまるで夢だったのではないか、と思ってしまう。


(あぁ、やっぱり俺の居場所はここなんだろうな……)


 そんな事を思いながら箸を進める東城だったが、不意にポケットが震えていることに気付く。

 ケータイが鳴っているのだと気付いて取り出すと、そこに表示された名前は東城をまた非日常へと引きもどすものだった。

 柊美里からのメールだ。


(いつの間にメアド交換してたんだよ、あいつ……)


 人のケータイを使ってアドレスを得るだけでなく、しかも名前が表示されたという事は勝手に登録までしている。

 とりあえずその事に文句を言おうにも相手はいないので、開いて文面を確認する。


『地下都市に来て。今から次の予定を話すから』


(いや、地下都市への行き方なんて知らねぇよ)


 昨日東城が地下都市に入れたのは柊について行ったからだ。瞬間移動能力者との連絡手段が無い東城ではもう一度入ることは出来ない。

 その旨を適当な文章にして返信する。


「どうかした、大輝?」


「何でもねぇ。ただの迷惑メールだ」


 そう言って東城はポケットにケータイをしまう。


「何や? 彼女か? リア充は死んでまえ」


「違ぇっつの」


 東城は深いため息をつく。


「はっ。お前みたいなイケメンをリア充と呼ばずに何と呼べ言うんじゃ」


「は? 別に普通の顔だろうが」


 素っ気なく東城は言うが、客観的に見れば東城は多少だが見栄えする顔立ちをしている。平凡だが、内に持つ独特の雰囲気から何割か美化されて映るのだ。

 体格は標準的で高身長というわけではないのに、そういう独特の雰囲気から女子の人気も本人の知らないところでは高かったりもしている。


「聞いたか四ノ宮。こいつイケメンのくせに……――」


「なに?」


 ちなみに、再度言うまでもなく四ノ宮は端正な顔立ちをしている。東城と比べたところで、四ノ宮の方が確実に美少年だ。


「……ちくしょう」


 平均的な顔立ちの白川は、砂糖を入れ忘れた食後のコーヒーをやせ我慢してすすった。



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