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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第3部 グレア・ガスト

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第4章 再び -1-


 夏の暑い日差しも分厚い雲の向こうにあり、季節を無視してやけに涼しかった。

 東城が柊を追って来たのは、建設途中の五階建てビルの二階だ。

 外からは一階が店舗予定なのかシャッターが下りていて入れないつくりだった。外装のほとんどは出来ているが、内装は余り出来ていない。ただのコンクリの塊で、建造途中ではあるが雰囲気は廃ビルにも似ているように思う。


「……ここか」


 この灰色の空間に、虚しく東城の声は響く。

 どうやら日照権の都合で訴訟が起きているらしく、業者は出入りしていない。これなら七瀬の推理通り、柊を拉致しても誰にも見つかることもないだろう。

 おまけに今は七瀬が周囲にクラッキングを張ってくれている。いざ戦闘が始まっても周囲への影響などの問題はないだろう。


 だが東城はこうして乗り込む、という戦いをしたことがない。今までほとんど受動的に、あるいは、事前の流れに則した結果での戦闘ばかりだ。

 だから、なのだろうか。

 今までにないほど東城は感じていた。いまこの空間を押しつぶすほどのおぞましい敵意や悪意、そして殺気を。


(何なんだ、この雰囲気は……)


 かつて戦った誰が放ったものよりも重く、突き刺さる。

 背筋が震え、足が竦む。

 最強の能力者と称され、それなりの自負もある東城ですら、未だ姿が見えない相手にこれほどの恐怖を与えられていた。


 一度深呼吸して東城はそのおぞましい者の正体からは目を背け、必死に自分を奮い立たせて踏み出した。

 だがその一歩に、違和感があった。プツッと何かが切れる音がする。

 同時。



 何かが爆発し、視界を埋め尽くす。



「――っ!」


 それが何かを判断する前に、東城はプラズマをカーテンのようにして、自分の周囲に防護壁を展開する。だが、それでもそれを突き抜けてくるほどのものがいくつかあった。

 鈍い痛みが、左腕や足、脇腹を突き抜ける。


「――っがぁ……ッ」


 爆発も終わりプラズマを解いてうずくまる東城は、痛みに顔を歪めながら自分の足元に転がっているそれを見る。

 溶けて血が付いているが、それは間違いなく金属でできた何かだ。


「……地雷かよ」


 詳しい種類は知らないが、ゲーム好きの白川やSFや洋画が好きな四ノ宮からそういう知識は得ている。おそらく、ワイヤートラップやリモコン操作で起爆する、金属球を大量に打ち出すタイプだろう。


「一歩踏み込んだだけでこれか……」


 血が噴き出す脇腹を押えながら呻く東城。

 怪我をしたのは左の肩口とくるぶしに近い脛、右の太ももと脇腹をそれぞれ掠めた程度。幸いにも、貫通するほどのダメージはない。

 しかし逆に言えば僅かでも威力や射程を拡げられていれば、それだけのダメージを与える罠であったということだ。


「この様子じゃ、柊は最上階。そこまで辿りつけるか挑発してる、ってトコか」


 ぬちゃ、と左腕を滴った血が指先にまとわりつく。

 その感触は確かに不快だったが、ただ足を踏み入れただけでこれだけのダメージを負わされたという事実の方が、東城の思考を占めていた。

 このままでは柊を助けに行くまでが危険すぎる。この階層をくまなく火炎で蹂躙した後に進む、という選択肢もなくはないが、トラップの種類に疎い東城にはそれが安全かどうかも分からない。相手次第では、その東城の攻撃が柊の命を奪いかねないようにセッティングされている可能性もある。


「とにかく進むしかねぇか」


 残された選択肢などそれしかない東城は、細心の注意を払いながら一歩踏み出す。幸い、今の地雷で暴発しないようにこの区画にはこれ以上のトラップはないらしい。

 少しずつ東城は進んでいく。

 途中にあるワイヤートラップや地雷、赤外線センサーなどは、ここがまだ建築途中のビル内ということもあって警戒さえしていれば見落とすことはなかった。

 見つける端から能力を使って少し離れた位置から爆破。迫る破片などは全てプラズマのカーテンで叩き落とし、無力化する。


 そうしてたった十五メートルもないような距離を十分も二十分もかけて進み、東城はようやく二階へと繋がる階段に辿り着いた。

 そこで一呼吸置き、逸る気持ちを抑えて冷静さを取り戻す。

 足元には、艶消しされたテグスが張られていた。何かのトラップなのは明白だ。

 熱線を放ち、東城はそれを随分と手前で断ち切る。それと同時、防火シャッターを改造したギロチンが、そのテグスの頭上から落ちた。もし足で切ってしまっていれば、胴体が縦に裂けていただろう。


「……これで、一安心か」


 そのシャッターをプラズマで切り裂いて先へ進もうとした東城。

 だがプラズマの刃を突き立てると同時、シャッターの向こう側で何かが爆発し、無数の散弾がばらまかれた。


「――っ!」


 プラズマのカーテンでそれらを叩き落とすが、間に合わない。左腕の二の腕を完全に撃ち抜かれ、砕けたシャッターの破片が全身に突き刺さる。


「っがぁぁ!?」


 その場でうずくまり、東城は悶えるしかなかった。相手がその瞬間に襲ってくる可能性も全くないとは言えないこの状況で、それでも東城は即座に退避できないほどのダメージを負わされてしまっていた。


(見透かされて、やがる……っ!?)


 東城の行動の全てが、読まれている。

 ここに張り巡らされた無数の罠で得た経験から東城が警戒するであろう箇所を予測し、それらの配置で思考を誘導し、そうやって生じた死角に的確に致命的なトラップを敷いている。

 相手の顔すら見えていないというのに、ここまで東城は圧倒されていた。

 それも、相手は何一つとして能力を使っていない。ただのブービートラップだけで、その相手はここまで東城を追い詰めているのだ。

 その奥にいる相手の、嘲笑う姿が見えるようだった。


「まだ一階分も進んでねぇぞ……」


 既に東城はいっぱいいっぱいだ。このまま進めば、柊に辿り着いたとしても助け出す体力が残らないだろう。

 それでも東城は、彼女を護るためにゆっくりと立ち上がり階段を上ろうとする。


 ――だが。

 そこで東城は足を止めた。

 そもそもの疑問がある。

 これほどの戦略を張り巡らせる相手が、誰なのかということだ。


(神戸、なのか……?)


 神戸ならば、東城と同等かそれ以上の思考力がある。これほどの戦略を張り巡らせることも容易いだろう。彼の能力は七瀬や柊と違い、己の肉体を操作してこそ真価を発揮する。能力による罠を用意できない以上、こうしたブービートラップを敷いた理由も納得できる。

 それに、神戸でなければ鐵の戦い方の説明がつかない。

 だから東城は神戸だと思っていたし、それ故にそのことを否定したくて犯人のことから目を逸らそうとしていた。


 だが、この胸騒ぎは何だ?

 神戸がまだ自分の死を望み、東城たちを狙っている。それでつじつまは合う。合うが、ただそれだけではないのか。

 もっと見落としていることが、あるのではないのか。


「何だ、何が引っかかってる……?」


 冷静に自分の閃きに置いていかれた思考を紡ぎ、自分の直感に思考を繋いでいこうとする。

 まず一つの疑問が浮かぶ。

 なぜ、下野は自分と戦おうとしていたのか。

 彼は痛みを恐れ、戦いを拒む人間だ。だから東城は、彼が自分に立ち向かおうとしたのを単純に下野は黒幕の存在に怯えているからだと思っていた。

 だが、下野だって東城が最強の能力者であることは知っているはずだ。

 目の前に立つ東城の放つ殺気には確実な死のビジョンが見えたはずだ。しかしそれでもなお、彼は東城の側に着くことを拒んだ。


 ――それはつまり、東城がその黒幕を倒すという可能性を万に一つもないと、彼が思ったからではないのか?

 果たして、それが神戸で務まるのだろうか。

 東城と同じレベルSだというだけなら、下野の抱く恐怖は東城からもたらされたものとその黒幕からもたらされたものが等価であるに違いない。

 人というのは往々にして、目の前にあるものと未来にあるものであれば、目の前の方がより身近に感じてしまうものだろう。要するに、同じ恐怖であるなら東城に対してより強く意識されるべきなのだ。

 それを覆されるほど東城と神戸に格の差があるとは思えないし、それを可能にするだけのトラウマを植えつけるには期間が短すぎる。


「それだけじゃねぇ」


 なぜ、鐵と下野を味方につけたのか。

 下野の方はまだ理由が分かる。柊を連れ去るのに磁力操作能力者のアルカナは非常に有用、あれほど小心者なら御するのもわけはないだろう。

 しかし。

 鐵まで味方につけた理由はどこにある?

 鐵にあの戦い方を教えれば、黒幕の存在がバレるのは明白だ。そして、下野と違い無理に鐵を使用する必要はどこにもない。


「――ま、さか」


 鐵は発火能力者を憎んでいる。最も東城を憎み、自分に対して残虐な戦い方を尽く選べる能力者がいるとしたら、彼を置いて他にはいないだろう。

 そして、今。

 顔の見えない黒幕は、トラップを仕掛けて東城を追い詰めるなどという卑劣極まりない戦い方を選んでいる。


 ――もしも。

 そうやってあらゆる卑劣な手段を用いてでも東城を追い詰め、甚振り、東城の全てをボロボロに引き裂いて殺害することこそが、彼の望みだとしたら?

 それほど東城を憎み、そして、ふた月前の戦いの全てを知る者。

 その残された人物こそが、この騒動の裏で糸を引いている唯一の存在だ。



「久しぶりに会ったってのに、何だァ、その様はよォ」



 背筋が凍る。

 歪み狂ったその声が、東城の鼓膜の上を這いずり回る。

 階段を一歩ずつ降りる足音。

 そして、彼は東城の目の前に立った。


「――テメェか」


 目に付くのは、その内面の黒さとは全く正反対の白衣。

 胸に輝く金色のバッジ。

 服の上からでも分かる筋骨隆々の肉体。

 掻き上げた髪は前とは違い左側だけそり込みが入っている。

 だが、間違いない。

 見間違えるはずがない。


「所長」


 それはもっとも果たしたくのない、再会だった。


ぜひ、評価していってくださいm(_ _)m

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