第3章 遠き理想 -7-
「バカズキ。無事か?」
「その名前で呼ぶなって何度言ったら覚えるんだ、お前は……っ」
青葉の姿を見て、東城は状況を瞬時に把握する。
左肩にいま東城が消し去ったような金属球が貫通したのか、関節は砕けているだろう。だが痛みは大きすぎて脳が遮断したのか感じていないらしい。金属があまりの速度で表面が高温になっていたのも奏して出血もない。
とりあえず、治療に行くかどうかは青葉の判断に委ねても大丈夫だろう。
「……悪いな。無理させた」
「労ってるつもりか……? 挑発にしか聞こえないぞ、くそ……っ」
「好きなように解釈しろよ。――あとは任せろ」
東城は肩を回しながら、あまりに東城に恐怖しているのか一歩も動けずに震えている下野に近づく。その様子は、東城と下野との間にある遥かな格の差を感じさせた。
「何、出しゃばってんだよ……ッ! 邪魔すんな、大輝……ッ」
「うるせぇよ、バカズキ」
地に伏せている青葉に、東城は背を向けたまま答えた。
「いいから下がってろ。柊を拉致されて頭に来てんのは、お前だけじゃねぇんだよ」
東城の全身から、火柱が立ち上る。
それはこの世の何よりも強い、至上の業火だ。
「あいつは、俺が護る。そのことだけは他の誰にも譲らねぇよ」
東城の言葉に、ようやく芯が戻る。
どこまで行こうと、自分がどんなに弱くとも、東城が願うのはそのただ一つしかない。
だから、揺らがない。
たとえどれほど悩もうとも、東城が辿り着くことの出来る答えはそのたった一つしかないのだから。
「だからそこを退け。名前も知らねぇが、テメェごときを相手にしてやれるほど俺も暇じゃないんだ」
絶対に抗うことの出来ない威圧感だった。
これが、経験の差。
自ら死地を呼び、切り拓き、生き延び、掴み取ってきた東城だからこそ持つことの許された、絶対的な自信だ。
「そ、それは、で、出来な……」
下野が挙動不審になる。
おそらく彼は、本来は戦闘になど向かない人間だ。使っている武器も、遠隔で相手を仕留めるものばかり。自分が傷つくことだけを恐れているのだ。
だから彼ではダメなのだ。自分の信念もなく戦って勝てるほど、東城大輝は甘くない。
「……自分で判断しろ」
東城は、一歩ずつ下野に歩み寄る。
「この場で俺に叩き潰されるか、俺がテメェを支配してる奴をねじ伏せるのに賭けるか。俺は何一つ強要する気はねぇぞ。――だから、テメェで決めろ」
「あ……」
そして、下野は選ぶ。
ポケットから金属球を取り出して――
「……そうか」
下野が打ち出すと同時、それはプラズマとなって東城の手中に納まった。東城の腕にプラズマが渦巻き、猛る業火に呑まれ融合する。
「テメェの判断に俺は文句を言わねぇよ。要するに、テメェにとってその支配者は俺よりもずっと怖いってだけだ」
だがそれでも下野は東城と戦うことを選んだ。だから東城は、その思いに応える。
「けどテメェじゃ俺には勝てねぇよ。それでもやるって言うんなら、俺は容赦なくテメェを叩き潰す」
東城の圧に、下野が一歩引く。だが一度戦うことを選んだ相手をそのまま逃がすほど東城は優しい人間ではない。
東城は全力で下野と戦うべく業火を剣の形に変え、構える。
下野も諦め東城との正面からの戦いに臨もうとした、そのとき。
「――あら。こんなところで時間を浪費している場合ではないでしょう、大輝様?」
そして、また一人、現れる。
フリルのワンピースに凝ったセットのブラウンの髪。とても戦場に赴く姿とは思えず、だからこそ、自分の強さへの自信が垣間見える。
最強の液体操作能力者にして、レベルA全てのアルカナの中で、最もレベルSに近づいた一人の少女。
「後は、この波涛ノ監視者の七瀬七海にお任せくださいな」
水を生み出すのでもなく殺気を放つのでもなく、ただ街を歩くように彼女はそこに現れた。そのともすれば油断とも取れるほどの過大の余裕こそが、この場で最も驚嘆すべき七瀬の強さの証でもあった。
「……七瀬」
東城の呼びかけに、七瀬はにっこりと微笑みで返した。
「あら。先程までとは打って変わって、随分と気合の入った瞳をしていらっしゃいますわね。さてはわたくしを惚れ直させる気ですか?」
「違うに決まってんだろ……」
随分と気の緩んだ発言に、東城は頭を抱えるしかない。
「あら。素っ気ないお返事ですわ。霹靂ノ女帝の居場所、知りたくは無いのですか?」
「――っ!?」
その言葉に、青葉と東城が目を見開く。
それは、青葉はおろか東城ですら知らないものだ。だからこそ、下野を脅してでも得ようとしていた情報だ。そう容易く手に入るものではないはずだ。
「何で知って――」
「あら。わたくしの推理力を甘く見過ぎですわ。――ここから人一人をさらったとして、誰にも見つからない方法があると思いますか?」
「それは……」
七瀬の言う通り、そんな手段はほとんどないだろう。あったとしても、二個も三個もあるわけがない。
「錬金ノ悪魔との戦いでクラッキングを向こうが行わなかった時点で、クラッキングを行う人員が向こうに居ないことは明白。車で担ぎ込もうというのも、いつ目覚めるか分からない状況とは言え最強の発電能力が相手では愚策でしょう」
ただの推論だが、東城には全く否定する要素がない。むしろ、相手の思考の経緯をなぞっているようにすら感じられる。
「となれば、ここからそう遠くはない所で、且つ、大輝様を誘き寄せ、復讐を果たす事が出来る場所という事になりますわ。後は見当を付けた地点の周辺に精神感応能力者の追跡を掛けてもらえば、反応は出ます」
淡々と語るが、それだけのことが即座に出来るとは思えない。おそらく七瀬は柊がさらわれたと聞いた瞬間にここまでの予測を立てて、地下都市の能力者に探索の用意をさせていたはずだ。そうでなければ時間的には間に合わないだろう。
だから、七瀬の思考の早さは東城ですら驚愕するほどのものだった。
「すげぇな、七瀬。俺じゃそこまで気が回らなかった」
「あら。何の情報もない中で一番早く大輝様の居場所を突き止め襲い掛かったのは、一体誰だと思っているのでしょう?」
言われて、東城は気付く。
七瀬は東城が記憶を失ってから一番初めに襲い掛かってきた能力者だ。
しかも、研究所に取り残されていた能力者に与えられる自由は月に一度の一日のみ。その二十四時間をほぼフルに使おうとしていたのだから、その前の月には既に東城の発見と動向の確認を追えている必要がある。
その間の七瀬に与えられていた自由は合計で十日ほど。たったそれだけの間でどこにいるかも分からない東城の居場所を特定した七瀬にとって、これだけ情報があれば柊の居場所の特定など造作もないのだろう。
「地図に霹靂ノ女帝の居場所をポイントしておきました。メールで送信しますので、後はご自分でどうぞ」
そう言うと同時、東城のケータイがピロンと電子音を鳴らした。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
七瀬は全く屈託のない顔で笑っていた。どこまでも優しく、東城の願うこと全てを彼女は引き受け、力になろうとしてくれる。
「けどこの場をお前一人に押し付ける気は――」
「あら。随分と優しい事を仰るのですね。ですが、もうこれはわたくしが決めた事ですわ。ぐだぐだ言ってないで男らしく『任せる』とでも言って先へ歩を進めて下さいな」
七瀬はため息交じりに言って、水のランスを両手に生み出した。
全く退く気がない。それどころか、ここで東城が手を出そうものなら下野どころか東城まで切り捨てる気だろう。
それだけの殺気が、七瀬からは迸っている。
「あら。いつまで立ち尽くしている気ですか? もしかしてわたくしが道を切り拓く必要がありますか?」
「……いや、いいよ」
東城は笑って、全身から炎を消して七瀬の横に並んだ。
もう、何も言う必要はないだろう。
だから、一言だけ。
「――任せるぜ」
「言われずとも」
七瀬は笑って答えた。
だから東城は、七瀬の方を振り向くことなく下野の横を通り抜けた。
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