第3章 遠き理想 -1-
翌日、昼休み。
弁当を食べる手を止めて、白川がいい加減に呆れたような声で言った。
「……なぁ、東城よ」
「何だ」
「そんな恐い顔で睨むな。クラスメートどころか先生までビビっとったやろ」
白川がそう忠告するのも無理はないほど、東城は眉間にしわを寄せ視界に映る全てを睨みつけていた。
「何で今日はそんなに不機嫌なの?」
後ろの席にいた四ノ宮でも分かるくらい、東城は全身から不機嫌オーラを放出しまくっている。これでは誰も東城を恐れて近づかないどころか、妙な緊張がクラスに漂ってしまう。
「生まれつきの顔だ」
「いや、そんなわけないでしょ……」
いつも冷静で済ましている四ノ宮も、流石に苦笑いで答えるしかなかった。
東城がいら立っている原因は一つ。
隣の席、二日前に編入してきた柊の席だ。いまそこは空席になっている。
「柊さん、もう休みか?」
東城の不機嫌さをいつまでも取り合っていても仕方ないと思ったのか、白川は適当に話題をチェンジした。四ノ宮もこれ幸いとそれに乗る。
「昨日のプールでも風邪でも引いちゃったのかな。一人暮らしだと起きれなくて連絡も出来ないだろうし。帰りにお見舞いでも行こうか」
ちらり、と四ノ宮は機嫌を窺う意味でも東城を見る。
「家を知らねぇよ」
背後からの視線ではあったが言葉のニュアンスでそれを感じ取った東城は、むすっとしたまま答えた。
「東城、顔が怖い言うとるやろ」
「生まれつきだと言っているだろ。文句は親に言ってくれ」
「いや、大輝の親は僕どころか大輝も知らないでしょ……」
四ノ宮がツッコむのも気にせず、東城はぼそぼそと購買で買ったパンを食べていた。
「よし。ここは一発俺のボケで東城に元気を――」
「死ね」
「まだ何もしてないのに!?」
白川が涙目になるが、東城は全く取り合わない。
「……ホントにどうしたの?」
「別に、何でもねぇよ」
昨日、柊と別れてからというもの東城の機嫌は悪くなるばかりだった。
最初の内は怒らせてしまったことに罪悪感のようなものを感じていたのだが、だんだん、どうして怒られねばならないのかと腹が立ってきた。
自分は何も悪いことはしていないし、もし気に障ることをしたのならああいう態度で示すべきではない。そんな風に思いだしてだんだん怒りが沸騰しだしていた。
結局あの後の七瀬と地下都市をぶらついたものの、七瀬の方から「今日はやめておきましょう……。大輝様が怖いですわ」などと若干顔を引きつらせて言わせてしまう始末だった。
(俺は絶対に悪くねぇだろ……。何だってんだよ、柊)
そんな中で、東城のポケットでケータイが震えた。
思わずばっとケータイを取り出して着信画面を見る。
そして、非通知になっていることに東城はがっかりする。
(って、何でがっかりしてんだよ)
誰だと思ってケータイを取ったのか自己嫌悪気味に自分に問いかけながら、通話に出た。
「もしもし」
『もしもし、じゃない! この大バカ野郎!』
あまりの大声にキーンとスピーカーで音割れが起きていた。そんな悪い音声の上に怒鳴られていて分かりづらいことこの上ないが、おそらく青葉の声だろう。
「耳元で騒ぐなよ。切るぞ」
電話を当てていた右耳がキンキンするので持ち替えて、東城はいらいらしたまま言った。
『うるさい! とにかく今すぐ来い!』
「昼休みでも校外には出ちゃいけねぇ決まりだ。つか、どこにだよ」
『んなもんは破れ! とにかく、今すぐだからな! この前のケーキ屋にいるから!』
ぶつりと、乱暴に通話が切れた。耳元にツーツーという空しい電子音だけが残る。
「何だってんだよ、クソ」
一度かけ直したが、もう青葉は電話に出なかった。東城はいら立ちに任せて乱暴にケータイをカバンに叩きこんだ。
だがそのまま無視するにはまりに青葉の声は切羽詰まっていたし、このまま大人しく授業を受ける気分でもない。渋々だが青葉の指示に従うことにした。
「悪い、ちょっと出てくる」
「は? 校外に出るのは校則違反やぞ? まぁ勝手にコンビニで飯買ってくるやつもおるけど」
「でも大輝はいまパン食べ終えたよね」
二人の疑問や忠告はもっともだが、そんなことにいちいち構ってられる気分ではなかった。
「とにかく急用だ。授業が始まるまでに帰ってこれねぇと思うから、また適当にごまかしといてくれ」
「そう何度も通じるほど僕の口も器用じゃないんだけどねぇ……」
四ノ宮の溜め息を東城は聞かなかったことにして、気だるそうに教室を出た。