第2章 亀裂 -6-
「バカか、お前は!」
いつもどおり地下都市唯一の病院に来て再生治療を行っていた東城たちだったが、今回はいつもと少し違う。
東城の目の前で、柊が申し訳なさそうに立っているからだ。
「そんなに大声出さないでも反省してるわよ……」
「嘘つけ! だったらなんでそんな無茶が出来るんだよ! 躊躇なく自分の身を焼くとか、ホント万が一があったらどうするつもりなんだよ!」
「……それは大輝様が言える事ではないと思うのですが」
傍から冷静に七瀬が言うが、東城は聞かなかったことにする。
「分かってる。今回は頭に血が昇ってやりすぎた。さっきからちゃんと謝ってるじゃない」
柊がむすっとして言うので、東城もここらが引き際と思って声を普通のトーンに戻す。
「……そうだな。俺もちゃんと礼は言うよ。ありがとう。おかげで助かった」
「怒る前にその感謝の言葉が欲しかったわね」
柊は心底怒っているような口調だった。
「申し訳ない……。けど、本当に、心配したんだからな」
東城はため息交じりに言う。
彼が戦う理由は、柊を泣かせない為という、ただそれだけだ。故に彼女が傷付くなど、東城にとってはとても耐えがたい苦痛なのだ。もしかすればそれだけで東城の人格が壊れてしまいかねないほどに。
「……アンタだって両手足貫かれてたじゃない」
「それでも、俺は心配だったんだ」
「……あっそ」
その言葉に柊は眉を寄せ、ぷいっとそっぽを向いた。
「何だよ」
「何でもないわよ」
柊の怒りの原因が分からずに東城は困惑するが、とにかく今はそんなことが大事ではない。
柊のご機嫌をとるのは一旦置いておいて、状況を確認しなければいけない。
「……で、鐵は?」
「地下都市の刑務所代わりの施設に収容していますわ。研究所のシステムを利用して弱い催眠ガスで演算を阻害するので、脱獄は難しいかと」
「そうか……」
だが、とても安心はできない。それは鐵がまた暴れるのではないか、ということではない。問題はもっと根本的な部分に拡がっている。
「問題は、錬金ノ悪魔はどこであの戦い方を知ったか、という事ですか?」
「あぁ……」
五メートルのタングステンの槍。
東城へ頭上からの投下攻撃。
四肢を貫き地面に縫い付ける捕縛技。
そのどれもが、かつて二月ほど前に経験し、そして東城たちが追い詰められたものだ。
「あれを全部鐵が一人で考えた、とは思えないわね……」
「あり得ない。頭上からの攻撃とか四肢を貫くって言うのはまだ偶然で済ませられるけど、あの槍だけは絶対にない」
あのフォルムは神戸が用意したものと寸分違わず全く同一だったし、何より、鐵自身がそれを自ら思案したものではないと語っている。
「尋問しますか?」
「随分と恐いことを真顔で言うな……」
東城は思わず苦笑いする。
「ですが、必要な事でしょう?」
「……かもしれないけどさ、簡単に吐くとは思えないし、時間の無駄だろうな。裏で手を引いている奴は鐵を送りこんだ時点でこの展開は予想してるはずだ。ってことは尋問することに意味がないか、それをしている間に次の行動を起こすつもりなんだろ」
「……ですわね」
東城の言葉に七瀬も納得する。
「問題は、目的だな」
それが、分からないのだ。
鐵の目的は東城の殺害だった。だがそれは、彼の個人的な発火能力者に対する恨み辛みが原因だろう。東城大輝個人ではなく、発火能力者の頂点と見て彼を選んだに過ぎない。
となれば、それを利用して黒幕がやろうとしていることは何だろうか。東城を殺すことが目的なのか。それとも、それはただのステップで更にもう一段上の目的があるのか。
「分からねぇな……。こっちがどう動けばいいのかも」
「そうですわね。下手に動き回れば相手の罠にはまる可能性もありますが、待っていればそれこそ手遅れになる可能性もあります。もう少し手掛かりがあれば宜しいのですが……」
そんなことを言って思案している中だった。
病室の扉をけ破らんばかりの勢いで誰かが入ってきた。
「死に晒せェ!」
全力で拳を振りかぶる青葉和樹だ。
もちろん、標的は東城だろう。だが東城は四肢を貫かれた怪我の治療中。一応傷はふさがっているが、完治させるのは青葉の治療の後ということになっているせいで動かしてはいけない状態になっている。
躱せないし、防げない。それでも東城はヘッドバットで青葉を見事に迎撃した。
「頭が! 頭が割れる!!」
「何やってんだ、お前は」
東城はため息をつきながら、青葉を見る。
「今はお前の相手をしてる場合じゃねぇんだよ。かなり大事な話を――」
「うるさい、このバカ! 俺には美里が傷ついた以上に大事な話なんかないんだよ!」
額を押さえながら、青葉が吼える。
だがその青葉がまた東城に噛みつく前に、冷ややかな声がした。
「……事の重大さが分かっていないのなら退席していただけますか?」
七瀬がため息交じりに言う。
「何だと?」
その言葉に青葉が反応して睨みつけていた。
「ですから、邪魔をなさらないで下さい。今は貴方の話を聞いている場合ではありませんわ」
「だからまずは大輝との話に決着付けてそれから俺も――」
「要りませんわ」
一言で、彼女は青葉を切り捨てた。
「アルカナを手足のように――いえ、トカゲのしっぽのように使う相手にただのレベルCの貴方の助力は必要ありません。むしろ、足手纏いでしょう。この場に居る事だけは構いませんが、話の邪魔はなさらないで下さい」
「お前……っ」
かっと青葉の顔が赤くなる。
まさに一触触発の空気だ。
「待てよ、青葉。それに七瀬も言いすぎだぞ」
「言い過ぎではありませんわ。わたくしは事実を告げただけです」
「それでも、言い方ってのがあるだろ」
「……なるほど。それは円滑に関係を進めるには必要ですわね。ですが、わたくしは彼と共に戦う気はありません。関係が悪化しようと全く問題ありませんわ」
七瀬は、やはり怒っているらしかった。
東城を目の敵にして突っかかる不届き者、とでも青葉を思っているのか。――それとも、自分だけが何も出来なかった怒りを知らず知らずのうちに青葉にぶつけているのか。
「とにかく、やめろ二人とも」
「……チッ」
青葉が憎々しげに舌打ちして、そのまま病室を出ていった。
「……私もちょっと出るわ。今はちょっと気分が悪い」
柊はため息交じりに答えた。それはどこか儚げで、胸にちくりと棘を残す。
「でも、さっきも言ったけど相手の狙いが分からねぇんだ。単独行動は避けた方が――」
「うるっさい」
東城の言葉を遮ってまで、柊は唸った。
「アンタに心配なんかしてもらわなくていいのよ」
絞り出すような怒りだった。一見すれば東城に向けられているようだが、何かが違う。それは誰に向けられたものなのかがまるで分らない。
「……何を怒ってんだよ、さっきから」
「怒ってないわよ」
「じゃあ、何なんだ」
東城の問いに、柊は答えなかった。
「とにかく今は一人にしてよ」
「だから、それは危ないって――」
「大丈夫よ。私だってレベルS。今さら誰に負けるって言うのよ」
「でも――」
「いいから、今は一人になりたいのよ! ほっといてよ!」
柊は怒鳴るだけ怒鳴って、病室の扉を乱暴に閉めて出ていった。
残された東城は、ただ呆然とその扉を眺めるしかなかった。
「……また、俺がなんかやっちまったのか……?」
東城は七瀬に視線を送る。
「……さぁ。やってしまったというならやってしまったのでしょうし、そうでないのならそうではないでしょうね」
「何だよ、それ」
「わたくしがいつでも霹靂ノ女帝の味方になるとは思わないで下さいな」
七瀬はため息交じりに言った。
「……今回は、もう助けるに値しませんわ」
意味が分からない東城は困惑するが、七瀬はそれ以上補足しなかった。
「では大輝様。怪我の治療後は、今後の方針を決めながらデートと行きましょうか?」
「……この流れで、よくそんなことが言えるな……」
「あら。この嫌な空気を断ち切る為の精一杯の演技だと受け取っていただけませんか?」
七瀬は白々しくそんなことを言った。
「……まぁ、気分転換はいるかもな」
東城な苦笑いしつつも、七瀬の提案に乗った。
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