第4章 閃光の向こう -3-
「あッはァ!! もう終わり!?」
動かなくなった東城を嘲笑いながら、ヒナは叫ぶ。
「大輝……?」
意識を失ったその姿が、柊の中で重なる。
十日前。
所長に命を奪われそうになったあの瞬間。
神戸がいなければ全てが台無しになっていたあのときを。
「――ふざ、けんじゃないわよ!」
柊は叫んで、東城の胸に手を当てる。
脈が弱い。いや、不整脈が起きている。
「バイタルの確認……。痛覚を遮断。除細動の開始……。これで脈拍は正常になった。輸液と血漿成分の輸血が不可欠だけど、今それをしても流れていくだけだし、四十八時間以内に治療すればどうにかなる。神経を刺激してアドレナリンとエンドルフィンの分泌と……」
柊はぶつぶつと呟いて、自身の能力で出来得る限り最大の治療を行っていく。
「――オイオイ、せっかくアタシがそこまで追い詰めたってのに、ナニ助けようとしてくれてンの? ってか素人が下手に治療めいたことして大丈夫なワケ?」
「黙りなさい」
低く唸って、柊は立ち上がった。
その眼にあるのは、怒り。
東城のように誰かを助けたいという覚悟ではない。
ベクトルとしては真逆だが、それでも圧倒的な力がそこにはある。
「素人だけど、大輝が記憶を失ったときに人体の構造は一通り勉強した。ついでに自分の身体の動かし方も徹底的にね。応急手当にいかない程度でもした方がマシ、ってことは出来るようになってる。アンタが心配する必要は欠片もないわよ」
「ふーん。で、助けてどうするのカナ? アタシってば、まだまだ殺す気満々だぞ?」
「私は大輝を護る。アンタの存在も宝仙陽菜の命も、落合たちの信念も大輝自身の覚悟も、どうだっていいのよ」
低い声で柊は睨みつける。どこまでも脆い強さが、彼女からは迸っていた。
「ただ私は、大輝に生きていてほしいだけよ。それを邪魔するのなら、私は容赦なくアンタを殺すわよ」
「ヒューっ! イイね、その眼! そーいうの楽しそうだよね!」
そう叫んだ宝仙の横を、真っ赤なラインが抜けていった。
電磁投射砲、電磁加速砲。
そんな呼び方をされる兵器を、柊は指先一つで再現する。あまりの速度で金属球がプラズマと化すほどの、絶対的な威力を持つその兵器を。
「黙れって言ってんのよ。これでも私は、堪えてんのよ……っ?」
バチバチと全身から火花を散らして、柊は必死に言葉を紡ぐ。少しでもきっかけがあれば、ただ暴力に訴えてしまいそうになる心をどうにか抑え込んで。
「大輝の為にもアンタを殺さない、大輝が目覚めるまでの場つなぎだって、必死に言い聞かせてるんだから。アンタの言葉で私の理性が飛んだらどうするわけ?」
ぎちぎちと、折れそうなほどに柊は歯を食いしばっていた。
その様子を見て、落合は冷ややかな声で告げる。
「柊美里。分かっていると思うが、俺たちは東城大輝の意見に賛同した。そうである以上、貴様が行きすぎた行為をするのは止めるぞ」
「なら、さっさと大輝が目を覚ますのを祈っててよ。私の理性が、保ててる内にね」
落合の言葉にそう答えて、柊美里は飛び出した。
「真っ先に飛び出すとか、イノシシかっての!」
ヒナが三度のフラッシュを見せる。
だが、レーザーが来る前に難なく柊は躱す。
「――そこで終わりとか思われるのも、いい加減にヤんなってきちゃうな!」
ヒナが躱されたレーザーの柱に、自身の両手を突っ込んだ。柊たちが驚く間に、ヒナはその状態から両出を広げた。――まるで、レーザーを引き裂くかのように。
同時にレーザーが消え、ヒナの両手の十指から太さは一センチ程度、しかし長さは五メートル近い真っ赤な棒が伸びていた。
「何、それ……?」
「俺たちも見たことないぞ……っ」
「そりゃそうだよ。だって、いま思いついたンだもーん」
ヒナはそう言って、ぶんぶんと指先を振った。空気がその熱に耐えられないのか、振る度に焼けるような音がした。
「アンタが最速だって言うからさァ、もうちょっと変則的な攻撃してやろうと思って」
ヒナは手をだらりと下げた。ジュッ、という音がしてアスファルトが切断される。
「出力落としてるから、レーザー砲よりは保ち時間長いンだよね。あれは数秒しか保たないけど、コレだと数分は保ちそうだなー」
ヒナは笑いながら手を振り回す。長さのせいで正確な軌道が読みづらく、しかも十本が同時に動くせいで回避の余地が極端に狭くなっている。
「どーする、これでも勝つ気? オニーチャンを殺さしてくンないと、アンタらから先に殺っちゃうよ?」
「――あのさ、これくらいの策で調子に乗りすぎなのよ」
柊の周囲の空気が、青白い閃光で弾けた。退く気など、あるはずもない。
「あっそ。なら、さっさと切り刻んじゃうぞ」
宝仙が両腕を広げ、その延長戦で柊を挟むように手を大きく振って叩く。
だが、柊は上空へ跳び上がってそれを容易く回避してみせる。
「甘ェよ! 持続時間が長いってコトは、屈折が有効的に作用するってコトなんだっての!」
ヒナの言葉に呼応するかのように十本のレーザーが蛇のようにうごめき、柊へと向かって屈折する。
十本の槍が、柊に襲いかかる。
だが、柊はそれに恐怖するでも驚愕するでもなく、ただ冷静に空中を蹴った。何もない場所から放電の衝撃波とリニアの原理での加速。レーザーの追撃を掻い潜り、どうにか回避する。
「――空中を疾駆するとか、マジで反則だろ」
「はじめっから五対一で戦ってたんだから、今さらそんなことに文句言ってもしょうがないでしょ」
柊はリニアの加速で文字通り縦横無尽に辺りの空間を駆け巡り、ヒナを翻弄する。これで、ヒナは柊の位置を正確に捉えて攻撃することは難しくなる。
「あー、ならこうだな!」
宝仙は捻じ曲げたレーザーを編んで、空に掲げる。それは、巨大な網のような形をしていた。
「ハエみたいにブンブン飛び回ってンだし、ハエ叩きとかお似合いだろ!」
そしてヒナはそれを叩きつける。横幅が五メートル近いレーザーでの面攻撃だ。いくら柊でも、回避が出来ない。
「させない!」
三田が叫ぶ瞬間、あらゆる方向からアスファルトが隆起し、幾重にも重なって柊を囲む。レーザーの網がそのアスファルトの表層を切り裂き、しかし、奥まで到達する前にエネルギーを失って消えさる。
「チッ!」
舌打ちして、宝仙がもう一度レーザーを指先に集めようとする。
「東城が目覚めるまでは、時間を稼ぐぞ」
だが、一瞬でも無防備になったヒナへと落合が突進する。
「そーいうのを、他力本願って言うんだって!」
ヒナの全身からまた三度のフラッシュがある。その瞬間、今度は初めからヒナの十指にレーザーの刃が生み出される。
「させるわけない! 私だって、もう誰も仲間を失いたくないんだから!」
だがそれを防ぐように、地面が隆起する。
散々盾に用いられ、もう周囲のアスファルトのほとんどは瓦礫と化している。これ以上の地形操作は、地下都市の基本構造自体を歪めかねない状態だ。既に三田は限界が近い。
それだけでなく、柊も落合も絶対に一撃たりとも掠められない状況が続いて、集中力が途切れかけている。
敗色が、濃くなり始める。
「――ヒナ、何が目的だ」
「あン? 何を今さら聞いてんだよ。言ったろ、アタシが宝仙陽菜になるってさ」
少しでも時間を稼ごうと、落合は問いかける。だがヒナはそれに気付いているからか、それとも東城以外に興味がないのか、心底面倒そうな顔をしていた。
「そうじゃない。貴様は表に出て、何をするつもり――」
「アンタさ、もっと考えてから話せよ。時間稼ぎのつもりだろうけど、そんなの答えが出てンだろーが」
十本のレーザーの内の半分が、落合を囲むように襲う。
だが引力と斥力を巧みに変化させて、落合は周囲の瓦礫を盾に突破口を生み出し、回避する。
「アタシは陽菜の中の、陽菜が自分と認めたくない醜い感情を濾し取って生み出されたって言ったろ。じゃー、質問だ。陽菜が一番嫌うものは何でしょう?」
隙を見つけて襲い掛かる柊をレーザーで牽制しながら、ヒナは落合を見て笑う。
「決まってンだろ。陽輝を奪った暗黒期、だ」
「な、まさか!」
「そう。アタシの思考も欲求も全部、暗黒期の思想に寄ってる。自分の強さの証明、戦闘への快楽、憎しみの発散、やりたいことは山ほどあるンだっつの」
ヒナは高く笑う。
彼女の言ったそれは、この地下都市において最悪の状況をもたらす。
今の地下都市は、研究所から解放されたことでストレスがない。だがその自由の先に、物足りなさを抱く者が現れたら? 暗黒期の負の方に属しながら生き延びた者がいれば、いずれこの安穏とした生活に耐えられなくなる可能性がある。そこにもしアルカナでありながら負に君臨する者が現れでもすれば、その瞬間に、この地下都市は暗黒期の再来と化すだろう。
それだけの能力者が、この街にはいるはずだ。
「アタシは自分の欲求が満たされンなら何だってする。だから、暗黒期がもう一回来るンならそれはそれで楽しそうだよねェ!」
「貴様には、善悪の概念はないのか!」
「だから言ってんだろ。アタシは負の感情の寄せ集めだって。善も理性も何もかも、陽菜の方が持ってンだよ! アタシに在るのはこの破壊衝動だけだっつの!!」
ヒナが右手を振るう。それだけで落合が防御に使っていた瓦礫の一角が崩れる。
「止めたいなら止めてみれば!? まーぶっちゃけた話、オニーチャン以外に負けたってアタシの精神状態は変わンねーから、状況は何にも変わンねーンだろうけどさァ!」
ヒナが叫んで、十指を振り回す。何の狙いもなく、ただ破壊衝動を満たすために。
「止められるのは、東城だけか……ッ!」
三田の手助けがあって、どうにか落合は回避する。だが、それ以上は何も出来ない。
ただ一人、それだけの力を持つ少年に頼る以外には。
「いつまで寝ているつもりだ、東城大輝!」
東城はまだ気を失っている。いつ目覚めるか、まだ分からない。だがもう時間はない。
ヒナの出力が、戦闘の経験値を得て急激に上昇している。フラッシュの時間差も、レーザーを物質的に扱っているのも、それが原因だろう。
これ以上進化されれば、落合たちだけではもう保たない。
「両方を選べと! 手を貸すと、貴様が言ったんだろう! 何を呑気に寝ている!」
落合は腹の底から、心の底から、叫んでいた。
自分が宝仙を助けたいはずだ。
何よりも大切な仲間で、誰よりも憧れている者の、たった一人の家族だ。助けたいと、思わないはずがない。それでも自分じゃ出来ないから、東城に頼るしかないのだ。
その東城がここで終わるなど、あってはならない。
「目を覚ませ、東城大輝!」
「起きて、東城!」
「アンタじゃなきゃ、ここは抑えらんないのよ!」
三人が、必死に叫ぶ。
宝仙のあざ笑う声がする中で、東城の身体がピクリと動いた。
声がする。
それだけを感じて、また意識が闇の底へと沈みそうになる。
もう十分やったはずだ。
何度も何度も立ち向かって、それでも届かなかった。
なら、もうそれで終わりでいいはずだ。
――違う、そうじゃない。
そんな声が、熱となって体中に拡がっていく。
――ま、だだ……ッ!
必死に意識を繋ぐ。
あれからどれだけたったのかも、今の自分がどんな状況なのかも分からない。
それでも東城は、闇の中で吠える。
誓ったのだ。
柊が戦う限り、その横に立って護り続けると。
――足掻き続けろ。
――まだ、諦めるな。
――だから、立ち上がれ。
どくり、と心臓がうずく。
ただ一人の少女の為に、全てを手に入れる為に。
それを阻むありとあらゆるものを、その紅蓮の業火が焼き尽くす。
「無駄無駄ァ! あのショックでそんなすぐに目を覚ますわけ――」
ざっ、と、何かを踏み締める音がした。
ゆらゆらと、陽炎のように立ち上がる何かがあった。
「うる、せぇ……ッ!」
か細い声だ。だが、それでもその声は全員の鼓膜を揺さぶった。
「大輝!」
柊の笑顔が見えた。
それだけで、東城は思わず笑みがこぼれる。
だが、もう限界だ。
どうにか意識を取り戻して立ち上がったが、頭はまだ重く、自分がまっすぐに立っているのかどうかも分からない。
もう、東城に力は残っていない。
それでも、だからこそ東城はあと一撃に全てを懸ける。
「――終わらせるぞ」
東城は、そう宣言する。
虚ろな意識で、それでも話は頭に入っていた。
ここでヒナを止めなければ、この地下都市そのものが崩壊する。
かつて、自分があらゆるものを捨てて作り、護ったこの地下都市が、無駄になってしまう。それは、あのとき流した柊の涙すら無駄にしてしまうということだ。
たった一つ東城が諦めたそれを、こんなところで無駄になんてしてはいけない。
「ヒナ。テメェのそのふざけた人格は、俺が燃やし尽くしてやるよ」
「カッコイイねェ、オニーチャン! シビれてそのまま手が滑っちゃいそうだよォ!」
宝仙立ちを攻め続けた十本のレーザーが、一斉に東城へ襲いかかる。だがそれを、三田の残り少ない防御壁が防いだ。
「ヒナへの突破口は俺たちが作る!」
「もう二度と、誰かを犠牲にして終わらせない為に!」
落合と三田が叫ぶ。それに東城は頷いて、脚に力を込める。
途端に、浮遊感があった。落合の重力操作で、東城の体重が軽減しているのだろう。これなら、東城の爆発と合わさって相当な速度に達するはずだ。
そして、大地を蹴る。
かつてないほどの速度で、東城が砲弾のように打ち出される。
ヒナの顔が驚愕に染まる。だが、まだインターバルの途中でレーザーは撃てない。
一撃で意識を奪う。それで、全てを終わらせる。
今までにない浮遊感と共に疾駆する東城は、ヒナまでの距離を一秒もかけずに詰める。そしてヒナの眼前まで迫った瞬間、東城の身体に重さが戻る。インパクトの衝撃をしっかりと伝える為に、東城は地面を踏み締める。
――だが、何かがおかしい。
五人のアルカナを退き続けたこのヒナが、最後の最後にこんな単純に負けるなどあるのか。
それに気付くかどうかという瞬間、柊が叫んだ。
「違う大輝! そっちじゃない!!」
柊の言葉は間に合わず、東城は拳を振り抜いた。ヒナの顎に拳は当たり、そして、そのまますり抜けてしまう。
「――ッ!?」
虚像。
一度使った奇策を、この極限の状態でヒナは選んだ。その普通は選ばないような手だからこそ、東城はその可能性を排除してしまっていた。
そこまで見越した上での、一番効果のある妙手だった。
「終わりだぜ、オニーチャン!」
右、それも一メートルも離れていない場所から、ヒナの笑い声が聞こえた。
真横にヒナの姿が現れる。瞬間、全ての動きがやけにスローに映った。
――フラッシュが、ゆっくりと数を刻んでいく。
(終わり? この場で、死ぬ?)
それだけは駄目だ。
宝仙陽輝が死んで、落合たちは歪んでしまった。それでもどうにか活路を見出したのだ。それが他人に頼るなんて到底納得できないような方法でも、彼らはそれを受け入れてくれたのだ。
ようやく掴んだはずなのだ。その希望が、こんなところで打ち砕かれていいはずがない。
――最後のフラッシュが、ゆっくりと光る。
そして、何より。
柊美里は、どうなる。
東城大輝を護る為に、そして東城大輝に憧れている為に、戦い続けるその彼女が、こうしている今にも、絶望に顔を歪ませているというのに。
何度も失いそうになった彼が、また消えようとしている。
そんなの、耐えられるわけがない。
これ以上傷つけないと、誓ったはずだ。
東城が柊を傷つける唯一つの理由は、自分がかつての記憶を有していないという、ただそれだけのはずだ。
それ以外は認めないし、それ以上の涙など絶対に流させたりはしない。その為に最強であり続けると、その為に全てを懸けると、かつて東城は決めたのだ。
だから、終わらせない。
こんな結末で、終わっていいはずがない。
「うぉぉぉおおおお!!」
叫ぶ。
ただひたすらに、全てを覆す為に。
ヒナのレーザーが射出された瞬間、東城は裏拳でレーザーを弾いた。
どうしてか拳は焼けない。ただその熱線と東城の拳が、せめぎ合っていた。だが莫大なエネルギーの塊であるレーザーが重く、とても逸らし切ることは出来ない。
それでも東城は必死に、腕に力を込める。
「――俺は死なねぇよ、ヒナ」
莫大な熱量に競り負け、拳に徐々に焼けつく痛みが走る。それでも、東城はその一歩踏み締めた。
激しい衝撃があった。拳がヒナのレーザーを完全に弾く。レーザーが東城の真横をすり抜けて、後ろへと抜けていく。
その光景にヒナは目を見開き、そのショックで全ての動きが硬直していた。
「お前のその歪んだ欲望は、俺が全部焼き尽くす!!」
拳を振り抜く。
ヒナの下顎に拳が命中し、凄まじいインパクトが発生する。
華奢な身体を軽々と吹き飛ばし、その負の人格を、真正面から叩き壊す。
あとエピローグの2話で第二部クロス・ライトは完結です。




