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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第2部 クロス・ライト

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第4章 閃光の向こう -2-


「さて、話は後だ」


 東城はちらりと日高の怪我を見る。その怪我の程度に一瞬顔をしかめて、それでも今は戦闘中だと気を引き締め直す。


「今すぐ日高を病院に連れてってくれ。肉体操作能力者の治療なら、これくらい酷くてもどうにかなるんだろ?」


「もちろん。その役目は僕がやるよ。どっちにしても、僕も戦えるような体じゃないから」


 そう言って、榊が日高を念動力で持ち上げた。それから彼は落合を見据えて、


「……絶対に勝ってよ」


「当たり前だ」


 落合は短くそう答えた。

 だがそれでも十分だったらしく、榊は少し微笑みすら浮かべて戦線を離脱した。


「……ところで七瀬」


「何ですか、大輝様」


「お前、榊に何したんだ?」


 合流した直後の榊は、がくがくと震えて虚ろな目をしていた。さっきまでも、七瀬が少し動く度にびくっと身体を震わせていたくらいだ。


「嫌ですわ、大輝様。わたくしはきちんと調きょ――ではなくて、戦闘をしていたのですわよ、そう、戦闘です」


「……深くは追求しねぇでおく」


 東城は少し七瀬と距離を取りながら、ヒナの方に目をやる。未だそのアスファルトの檻から出る気配はない。


「……策はあるのか、東城大輝」


「あるわけねぇだろ」


 落合の問いに東城は即答した。全く格好よくないが。


「理想はヒナが悔い改めてくれることだろうけどな。それは期待できそうにねぇ」


 今の日高の怪我を見れば、それは一目瞭然だろう。ここまでのことをして笑っていられる人間が、そう容易く改心するはずがない。


「ならばどうする気だ」


「俺に策はねぇ。が、向こうは何か計画してるはずだ」


 東城はここ最近起きた襲撃事件を思い浮かべていた。

 ヒナは出力調整だ、などと言っていた。それも確かにはあるだろう。だがだとすれば疑問が一つ浮かぶ。

 ヒナはその調整した能力を使って、何がしたいのか。

 そこを解き明かすことが出来れば、自ずと状況は変わってくる。


「だから、その計画を潰す。その為にもまずは戦いながら時間を稼いで計画を浮き彫りにする必要があるんだけど――」


「あのレーザー相手じゃそれもままならない、ってわけね。でも、要は追い詰めればいいわけでしょ?」


 そう言いながら柊はちらりと全員の顔を見渡して、


「落合がヒナを重力であの場に縛る。私と大輝が高速移動で陽動、七瀬が隙を見て遠距離から水のランスで攻撃、反撃は全部三田が盾を作って受け止める――くらいでいいわね?」


「十分だ」


 即席で作った役割分担にしては、個々の性能を活かしきっている。こういう機転の早さも、“最速”の能力者たる所以なのだろう。


「――ねェ、いつまでくっちゃべってりゃ気が済むのー? こっちも我慢の限界だッてーの!」


 短い間隔のフラッシュが、ドームの中から漏れる。その直後、ドームが溶けるように倒壊し、ヒナが姿を現す。


「ナニ、五対一? どこの戦隊ヒーローだっての。アタシ、ライダー派なんだよねェ。そーいう大勢で滅多打ちにする感じが気にくわねーから!」


 また三回、閃光があった。

 それとほぼ同時に、三田が地面に手をついて東城たちを囲む分厚いアスファルトの壁を生み出した。

 凄まじい熱量が囲まれた中にまで伝わってくる。だがどうにか持ちこたえてくれたらしく、レーザーがそれを貫くことはなかった。


「ヒナはレーザーを打つとき、相手との距離を正確に把握する為と出力を調整する為に三度のフラッシュを必要にしている。おまけに一度レーザーを打つと一秒間はインターバルが必要だ。それに気を使えば、どうにか避けられる」


「分かった!」


 落合の言葉に答えて、東城と柊はほぼ同時にそのアスファルトの壁の外へ跳び出した。

 左右から、挟みこむように宝仙の元へ。


「お、挟み打ち? なかなかアタシの気にくわない戦い方するね、オニーチャン!」


 笑いながら、迷わずヒナは東城に狙いを定めた。だがその瞬間に、落合の能力による補佐でヒナが地面に押さえつけられる。

 僅かに生じた、硬直。

 その隙に東城は迷うことなく宝仙に突っ込んで――


「――ッ違う大輝!」


 柊が叫ぶ。


 それと同時に、三度のフラッシュがあった。――東城の、背後から。


「何――ッ!?」


 とっさに真横に跳ぼうとする。だが、正面への加速が強すぎて方向転換に時間がかかってしまう。これでは回避が間に合わない。


「あっけないね、オニーチャン!」


「間に合って!」


 ヒナと柊の叫びが重なった。

 瞬間、東城のいる場所を真っ赤な閃光が薙ぎ払い、辺りに白煙が立ち込める。


「――女の子に助けられるとか、マジで情けねーなァ、オニーチャン?」


 楽しいのか残念なのか、曖昧な感情が乗ったヒナの声がした。

 東城はレーザーが薙ぎ払った場所とは大きく逸れて、今は柊に抱きかかえられていた。


「ゴメン、時間なかったから無理やり磁力で引っ張った。ブラックアウトとかしてない?」


「あぁ、大丈夫だ。ちょっとクラクラするけど……」


 東城は軽く頭を振って、立ち上がった。


「……ヒナは今どこだ?」


「アタシはずっとここにいるよーん、オニーチャン」


 声がするのは、右から。だが、ヒナの姿は東城の左だ。


「左手の方。アンタの視線から四十五度くらい左、距離は五メートル弱ね」


 柊には正確なヒナの位置が掴めているらしく、教えてくれた。

 だが、そこに目を凝らそうとヒナの姿は見えない。


「やられたわね。私が電磁波のレーダーを展開してなかったら気付けなかった」


「やっぱり、蜃気楼みたいなやつか?」


「そうでしょうね。それも自分には光学迷彩みたいなのを使ってるんじゃないかしら。正直、これじゃ目が役に立たない。おかげで落合の重力増加もまるで働かないみたい」


 柊は舌打ちしていた。現状、あれに対抗できるのは柊と七瀬の索敵能力だけだ。東城はもちろん落合や三田の知覚では、ヒナの位置の把握は難しいだろう。


「ねェねェ、オニーチャン。もっと遊んでよー」


 ヒナがからからと笑う。

 だが、少し妙だ。

 宝仙の目的が戦闘を楽しむことなら、五対一であれこの状況は喜ばしいもののはずだ。

 それなのに、呼びかける相手はオニーチャンと呼ぶ、東城だけ。


(……そう言えば、一人で追って来い、とか言っていたな)


 そして、今の攻撃。電磁波を展開できる柊ではなく、真っ先に東城を狙っていた。普通なら、後方支援をする厄介な方を奇襲で攻撃するのが定石だろう。そうすれば、もう自分の居場所を知られずに悠々と東城たちを甚振ることが出来る。

 ……まるで、東城を殺すことを焦っているかのようだった。


「何を考えてるのかなァ? 何度も何度も女を待たせンじゃねーよ!」


 その思考を妨害するように、左手の方からまたフラッシュが起こる。


「柊!」


「分かってる!」


 東城と柊が、左右に分かれて跳んだ。


「あんまり舐めンなっての!」


 赤い閃光が、二人の居た位置を抉る――だけでは、済まなかった。

 その光の柱が、東城を追って曲がったのだ。


「――ッ!?」


「大輝!」


 柊の悲鳴が聞こえるが、間に合わない。

 三十センチ直径のレーザーの余波が、躱そうと身を捩った東城の脇腹を抉った。あまりの高温に、出血すらない。


「――っがぁああ!?」


「あッはァ! イイね、そーやって悶えてくれるの、堪ンないよ!」


「ア、ンタねぇ!」


 柊が叫んで、全身から放電を始める。理性が吹き飛びかけている。


「ナニ、アタシを殺す気なワケ? カワイイ陽菜も巻き添えだよーん?」


「関係な――」


「待てよ、柊……」


 咳きこみながらも、東城は激痛に耐えた。でなければ、柊がヒナを殺してしまいかねない。


「俺なら、大丈夫だ……」


「……っ。大丈夫だっていうんなら、ちゃんと避けてくれる……?」


 痛ましい東城の姿を見て怒りが爆発しそうになるのを、柊はどうにか堪えていた。東城がどうして痛みを堪えているのかを分かっているからこそ、必死に耐えてくれている。


「アンタは一旦下がって、七瀬の水でその火傷を冷やしてきなさいよ。それくらいの手当てはしないとマズイ」


 柊が七瀬に合図すると、七瀬はこくりと頷いて三田の作った盾から出て東城へと駆け寄った。


「そんなコト、アタシがさせるワケ――っ!」


 言いかけて、ヒナの声が途切れる。

 何も言ないように見えず空間に、柊は蹴撃を放っている。だが、当然のように何かに当たるでもなく振り切られていた。


「よく躱すわね」


 軽く舌打ちして、柊は一度間合いを取り直した。

 あまりの速度の奇襲に演算が乱されたのか、ヒナの姿が現れる。


「やっと見えたか!」


 落合の声がして、ヒナの身体が沈む。二倍の重力に晒されて動きを完全に制限された。

 だがそれでも、それを感じさせないような口調でヒナは言った。


「奇襲とか、イヤな戦い方するねェ。そういうの、嫌いじゃないけどさァ」


 柊の蹴りは額を掠めていたらしく、流れた血をヒナは拭って舐めた。


「次、大輝に傷つけたらただじゃ済まさないわよ」


 柊の眼が据わっていた。冗談や脅しではなく、完全に本気だ。


「コワーい。じゃー、殺られるまえに殺るってコトで、さっさと死ンでよ!」


 三度のフラッシュ。だが、そのとき既に柊はヒナの背後に立っていた。


「鈍いわね。アンタ、自分の攻撃の速さに過信しすぎなのよ」


 瞬間、レーザーを放つ前に柊の拳がヒナの背を抉った。

 落合の重力増加で重くなっているヒナは、容易に吹き飛ばない。だからこそ、衝撃の全てがヒナの身体に伝わる。柊が完全に拳を振り抜いてから、ようやくヒナが吹き飛んでごろごろと転がっていく。


「最速は私よ」


「そーいう自慢、マジでウザいンだけど」


 そのダメージをまるで感じさせない動きでヒナは立ち上がり、またあのフラッシュを起こす。


「当たるわけないでしょ」


 柊が自慢の高速移動で、ヒナの左側の死角へ移る。


「狙いはアンタじゃないってーの!」


 ヒナが高笑いした、その瞬間。真っ赤なレーザーが、東城へ襲いかかった。


「しま――ッ!」


 声を出すが、もう遅い。


「大輝様!」


 冷水で冷やす、という原始的な手当てをしていた七瀬が、東城を突き飛ばす。

 ぎりぎりで東城は、レーザーを逃れることが出来た。

 だが。

 そのせいで、七瀬の右腕をレーザーの余波が掠めた


「――っぁああああ!」


 七瀬がうずくまる。その腕は、そこまでは酷くないにしても焼け爛れていた。


「七瀬!」


 思わず東城が駆け寄ろうとする。だが、そんな状況ではなかったことにすぐに気付く。


「人の心配してる場合じゃねーだろ、オニーチャン!」


 また、フラッシュがあった。


「させないよ!」


 直後、三田がヒナを囲むように壁を生み出してレーザーを防ぐ盾にする。


「見飽きたんだよ、その技は!」


 直後放たれたレーザーが、横へ動く。それだけで容易く、その盾は切り裂かれた。

 容易く盾は崩れ落ち、二撃目の射撃線を確保される。

 だが、その僅かな隙に柊はヒナとの間合いを詰めていた。


「動かないで」


 ヒナの首へ手を回し、そのままバックチョークで絞める。


「動けばそのまま落とすわよ。三度のフラッシュも同じ。間に合いそうにないなら、このまま感電で落とす」


「やるねェ。でもちょっと場馴れし過ぎじゃね? 能力なしで拘束するとか、暗黒期でもそこまでのヤツいなかったと思うンだけど」


「十日くらい前に能力戦で痛い目見たから、ちょっとこういうのも研究してみてるのよ」


 柊は言いながら、徐々に力を込める。一気に締め落とすのも可能だが、それが得策なのかどうかがまだ判断できないのだ。


 なぜなら、目的は勝利ではないから。

 ヒナという人格の破壊衝動を止める、あるいは、身体の支配権を完全に宝仙陽菜に移す。この二つが考えられる成功だ。

 このまま落としても、またぐるぐると同じことを繰り返しかねない。


「――七瀬、お前は病院に行け」


 東城は柊の状態を見て、少し時間が使えると判断した。

 その間に出来るのは、仲間の安全の確保だけだ。


「ですが大輝様……」


「ここに来る前に榊に左腕を持ってかれてた。今のお前はもう両手は使えなくなったんだ。それじゃ水のランスも握れねぇだろ」


「それでも、能力で直接振るえば――」


「それで威力があるんだったら、お前は初めからそうしてるだろ。それじゃ威力が足りないから、お前は自分の細腕でもランスを振るう形を取ってるんじゃないのか」


 東城に言われて、七瀬は何も答えなかった。それは、おそらく事実だからだろう。


「いいから離脱しろ。女の子に火傷の痕が残ったら困るだろ? せっかく地下都市の病院は肉体操作能力者の再生医療なんだ。取り返しがつかなくなる前に行ってこい」


 わざと少し軽めの口調で言ったが、それでも七瀬の表情は緩まない。


「……この場で、わたくしに退けと? この借りを返さぬままに――」


「あぁそうだ」


 冗談めかそうと気を使おうと、おそらく七瀬は退いてはくれまい。だから、あえて東城は本心をそのまま口にする。


「はっきり言うぞ。戦えないやつがいられるのは足手まといだ。俺も柊も落合たちも、自分の身を守るので手いっぱいどころかギリギリで出来てない。だからお前は退け、七瀬。お前を守れないのは、嫌なんだ」


 東城は言い切ってから、くしゃくしゃと七瀬の頭を撫でた。


「そう恐い顔すんな。お前が腕を犠牲にしてでも助けてくれなければ、もう終わってた。だからお前の頑張りの分は、しっかりやってやる」


 その東城の言葉に、七瀬はようやく肩の力を抜いてくれた。


「……では、この助けた分の借りはいずれ返してくださいね? そうですわね、わたくしのお願いを何でも聞いていただくという方向で」


「……おう」


「何故そこで間が生じるのか、嘆息したくもなりますが。まぁ、とりあえず言う通りにして離脱しますわ」


 それから七瀬は柊の方をちらりと見た。


「代わりに、大輝様は護って下さいね」


「アンタにその役目を譲った覚えは初めからないわよ」


 柊の変わらない口調にくすりと笑ってから、七瀬は俊敏な動きで路地裏へと消えた。


「あーあ。逃げられちゃったなァ」


 七瀬の背を見ていながら、ヒナは残念そうな素振りも見せずに言った。


「アンタ、どういうつもりなわけ? わざわざ七瀬が逃げるのを見逃すような性格じゃないでしょ?」


「ンなコトはどうでもいいから離れてくンない? こんな夏場に密着されるとイライラして、レーザーで焼き殺しちゃうぞ」


 ヒナの言葉は、おそらく本気だった。

 この状況は、ヒナにとって圧倒的に不利だ。このまま行けば、確実にヒナが負ける。だから、柊がヒナを落とすのが先かヒナが柊をレーザーで打ち抜くのが先か、そんな大勝負に出る可能性がある。そうすればヒナの勝機は五分五分にまで引き上げられる。

 もし柊が負けたときは、この密着状態なら確実に死だ。


「く……っ」


 仕方なく、柊は締め技を解いて離れるしかなかった。


「ったく、どいつもこいつもアタシを悪者扱いしちゃってさァ。そのくせ、アタシを殺すのには躊躇する。そんなに陽菜が大事なワケ?」


 こきこきと首を鳴らしながら、ヒナは言った。


「こっちだって、生きてンだっての」


 直後、レーザーの予備動作である閃光があった。とっさに横へ跳んだ東城の真横を、掠めるかどうかという距離でレーザーが抜けていく。


「イイね、よく躱すねェ! 三度のフラッシュがあるって言ったってこっちは光速なンだよ? 発動してからじゃ絶対に避けられないんだけどなァ」


「……さっきから、俺ばっかり狙ってねぇか?」


 明らかにおかしかった。

 東城を狙うメリットもあるが、それよりもまずレーダーで感知できる柊や霧による知覚と簡易的な治療までできる七瀬を落とすのが定石、それから、バックアップをする三田や落合を仕留めるものだろう。攻撃部隊よりも回復部隊その他の厄介な方を先に潰すというのは、ゲームでもよくある普通の手のはずだ。

 だが実際、ヒナは柊も七瀬も落合も三田も無視して、ただ愚直なまでに東城だけを狙い続けている。


「あー、バレた? いやー、結構これでも我慢してるンだけどさァ」


 ヒナは堪えきれなさそうに、腹を押さえて笑っていた。


「やっぱり、オニーチャンを前にすると抑えきれないンだわ」


 ヒナはそう言って、全身から発光する。


「なんたって、二年も探してたんだからさァ!」


 そして、もう見慣れた三度のフラッシュがあった。

 そこから、東城は回避しようと跳ぶ。

 だが。


(レーザーが出ない……っ!?)


「何をさっきの晃とおんなじ手に引っ掛かってくれちゃってるのかなーっ! 分かりやすくて楽しいよ、オニーチャン!」


 着地のほんの僅か手前に、本命のフラッシュが起こる。そして、驚愕し回避を僅かの間忘れた東城に、着地と同時にレーザーが――


「いい加減に、こちらも慣れた」


「そろそろ決めるよ」


 落合と三田の声がして、ヒナの立つ場所が隆起する。自身を発射台としているからか、それだけでヒナの攻撃は遥か彼方へ逸らされた。だがそれだけではなく、落合の重力操作で、立ってこそいるがヒナはその地面に縫い付けられている。


「今だ、柊!」


「分かってるわよ!」


 東城が叫ぶ前に、柊は動いていた。電気的な加速でヒナの元まで一足で跳ぶと、驚くヒナが攻撃する前に両手でその襟を掴んで腕を交差させてその襟で締め上げ、馬乗りになった体重でヒナを押さえつけた。


「形勢逆転ね」


「動くなよ。お前が動いた瞬間、ここにいる四人が同時にお前を攻撃する」


 東城も落合も三田も、ヒナを囲むように立っている。

 誰か一人を攻撃しようとする間に、残った三人がヒナを全力で押さえつける。こうなっては、さっきの柊に対してやったように大勝負に出るという脅しで切り抜けられる状況ではない。


「話してもらおうか。お前の狙いは何なんだ」


 東城が訊く。

 ヒナは一瞬東城を酷く睨んだが、すぐに観念したように口を開いた。


「……アタシさぁ、この身体っておかしいと思うンだよ」


「二重人格のことを言ってるのか」


「そ。だってさ、身体一つに人格二個だよ? 数があってねーじゃンか」


 ヒナは絞められたまま、それでも滑らかに口を動かしていく。


「それも表にはずっと、あの天然の陽菜の方が出てる。でもさ、それってズルくない? 陽菜がアニキ殺されて病んで、勝手に感情を切り取ってアタシを作ったンだろ。そのクセにアタシには身体を明け渡さないなんて不合理じゃん」


 間違っているのかどうか、東城には判断できなかった。そう思うことは、東城としても当然だとすら考えてしまう。

 もし東城に過去の記憶が戻ったとして、その人格と今の人格が分かれてしまったら。

 そうなったとき、自分じゃない東城大輝が表に出ていて、果たしてそれでも自分は笑っていられるのか。自分の身体を使って、自分じゃない自分と誰か――いや、柊が楽しそうに話しているのを見て、素直に自分のことのように思えるのか。

 それが分からないから、東城はヒナを否定するような言葉を口には出来なかった。


「だから、アタシは決めた。もう陽菜は十五年も表にいつづけたんだから、今度はしばらくアタシが表になってやろう、って」


 ヒナは笑いながらそう言った。その笑いは酷く不快に耳に障る。


「でもさァ、やっぱ寄せ集めの感情を人格に昇華させただけじゃ、体の支配権が足りないンだよねェ。陽菜が寝てる間に支配権を奪っても、せいぜい三、四時間で陽菜が戻ってくる。なら、どうすればいいンだろーなー」


「テメェ……ッ!」


 最悪の可能性が、東城の脳裏を過る。


「お、気付いた? そうだよ、陽菜を殺せばいい。陽菜の人格を徹底的に破壊して破壊して破壊して、二度と表に出て来ないようにする。そうすれば、この身体はアタシのモンだ」


 ニタァ、と粘ついた笑みをヒナは浮かべた。


 酷く不気味で不快で、それでいて、何かある種の強さのようなものがあった。


「じゃー、どうすれば陽菜は死ぬのか? 簡単だよ。もう二度とリアルは見たくないって絶望させればいい。――陽輝が死んだときのように、いや、それ以上に」


「……それで、ずっと人を襲っていたのか。罪悪感を植えつけて、心を鎖させるように」


「あー、惜しい。確かにそれもあるんだけど、どっちかって言うとそっちはサブの目的だよ。本命は前も言ったとおり出力調整と、人探し」


「探す? 誰を?」


「さァ。誰かなんてアタシも考えてなかったなァ。でもま、見つかったからイイんだけど」


 謳うような口調で、ヒナは言った。

 だがその軽い言葉で柊は気付いたようだった。


「――アンタ、まさか!」


「そう。アタシが探していたのは陽輝だよ」


 どくり、と心臓が震えたような気がした。

 まるで欠けていたピースが見つかったかのように、東城の中で何かが繋がっていく。


「陽輝をもう一度、そして今度はこの身体で殺す。その瞬間、きっと陽菜の心は完全に崩壊する。より強く生まれた負の感情はアタシの人格を増大させて、同時に陽菜は消えていく」


「馬鹿なことを言うな! 陽輝はもういない!」


 落合が叫ぶ。

 だが、東城は否定しなかった。

 否定できないのだ。

 もう、気付いてしまっているから。


「知ってるってーの。だけど、アタシは見つけたんだよ、オニーチャン?」


 そう言ってヒナは、東城に笑いかけた。


『東城君のこと、好きになっちゃったかも』


『しっかし見れば見るほど似てるねー。陽菜が懐くのも分かるわ』


『……似ているな。顔もよく似ているが、そうやって立ち上がる姿はもう陽輝を見ているみたいだ』


『オニーチャン』


 いくつもの言葉が、フラッシュバックする。

 そしてそれは、東城を答えに導く。


「……俺が、陽輝の代わりってことか」


「そうだよ。大正解だね、オニーチャン」


 ヒナは抑えられた状態でそれでもなお笑う。

 心の底から、歓喜に打ち震えているかのように。


「まさかここまで似てる人間がいるとは思わなかったから、宝くじくらいの気分でいたんだけどさー。いやァ、アタシってツいてる?」


 そして彼女は、吠える。



「アタシはオニーチャンを殺して、陽菜の心を壊す。そうして、アタシは宝仙陽菜になる!」



 叫んだ瞬間、ヒナの姿が消えた。


「――ッ!?」


「違う! まだヒナはここに――」


 柊が叫ぶ。だが、その背後に跳びかかるヒナの姿が映る。

 全員が、それに反応を示してしまう。


「バーカ!」


 今までと同じように、何度も見せつけられた三度のフラッシュがあった。

 直後、莫大な熱量が周囲に撒き散らされる。

 その瞬間に、ヒナを爆心地にでもするかのように何本ものレーザーが彼女の周囲を焼き払った。――いや、一本のレーザーを自在に捻じ曲げたのか。

 どうにか全員察知して回避できたが、チェックメイトまでいった手が振り出しに戻されてしまった。


「――っく、どうするつもりだ、東城大輝」


「決まってんだろ。俺がヒナを倒す」


 次々と襲いかかるレーザーを躱しながら、東城は変わらず宣言した。


「馬鹿を言うな! いくら貴様が強くとも、一人でヒナを倒すのは――」


「俺は冷静だ。要するに、これは俺が決着を付ければ全部終わらせられるってだけだろ」


 東城は、爪が食い込むほどに拳を握っていた。

 フラッシュがある度に、その場からランダムな動きで躱していく。


「ヒナの目的が俺を殺して表の宝仙陽菜を殺すことなら、俺が死なないことを見せつければいい。真正面からぶつかって、それでも俺は絶対に殺せないことを見せつけて、ヒナをぶちのめす。おそらく、それ以外にヒナを止める方法はねぇぞ」


「そんな危険な真似、出来るわけが――」


「出来る出来ないじゃねぇよ。やらなきゃいけない。それに、そうやって俺の姿を陽輝と重ねさせれば、もしかしたら表の陽菜の方が立ち直るきっかけになるかもしれない」


 だから、東城は戦うと決めた。ただそれだけの可能性に全てを賭けると。


「ここで俺が、終わらせてやる。バックアップは任せたぞ」


 そしてレーザーを躱した瞬間、東城は飛び出した。

 インターバルは一秒弱。余裕はないが、絶対に覆されない安全地帯であることは確かだ。


「イイね、オニーチャン! 最ッ高に、楽しめそうだよ!」

 インターバルを終えて三度のフラッシュがあった。だがそれでも、東城は僅かに視線を上に向けて重心をずらした程度で、決して避けない。


「な!?」


 上空への回避を予想していたのか、ヒナのレーザーは上を向いていた。それを見越しての、避けないという選択とそのフェイントだ。


「いい加減に見飽きたのは、こっちだって同じなんだよ!」


 拳を振りかぶる。骨が軋むのを感じながら、肘からの火炎のブーストで拳速を加速させる。


「舐めないでもらおうかな!」


 そのまま、ヒナがレーザーを振り下ろす。だが突進を選んだ東城は回避が出来ない。このままでは、東城の身体が縦にレーザーで裂かれ蒸発する。


「大輝!」


 柊の声がして、横へと身体が引っ張られる。

 瞬間、東城がいた位置をレーザーが焼き払う。


「磁力の回避とか、セッコイ避け方してんじゃねーよ、オニーチャン!」

 その隙に、インターバルは終わっていたらしい。だが、東城は緊急回避のせいで体勢が立て直っていない。またフラッシュが――


「まだ!」


 三田が叫んだ瞬間、アスファルトが柱のように盛り上がって、両サイドからヒナを押し潰さんと迫る。


「チッ!」


 ヒナがレーザーの放出を止めて、バックステップで回避する。だがその瞬間、重力の増加でヒナの身体が回避した状態で静止させられる。


「これで決めてやる!」


「――なワケ、ねーだろ!」


 東城がそのまま突進し拳を振り翳した瞬間、ヒナの口が吊りあがる。だが三度のフラッシュはまだ――


「――ッ!」


 そこで東城は気付いて、全力で後退する。だが、間に合わない。


「いい加減に鬼ごっこも終わりだぜ、オニーチャン!!」


 三度のフラッシュを省略して――いや、既に三度のフラッシュはあったからこそ、予備動作のタイミングをずらしてレーザーが放たれた。

 莫大な熱量で凶器と化した空気が、東城の左腕を焼き払う。


「――っがぁぁあああ!?」


 最強の発火能力者である東城ですら何の問題にもせず、ヒナのレーザーは東城の左腕を肩から焼き、爛れさせていた。


「大輝!!」


 柊が駆け寄るが、既に東城に意識はなかった。

 その瞬間に、東城の敗北は決していた。

 最後の砦が、崩れ落ちる。



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