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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第2部 クロス・ライト

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第3章 濃霧 -6-


「――だいぶ、慣れてきた」


 落合のかける重力に対して、東城はそう言った。


「せいぜい二倍ってところか? 手加減し過ぎなのか、それとも、対人じゃあ無意識にブレーキがかかっちまうのか……。少なくとも、地球と結び付ける分はそこが限界だろ」


 この短時間で、既に東城は落合の能力を見破っていた。


「ならば、すぐに終わらせる」


 落合はそう言って自身の重力を減少させて、東城に突進しようと――


「遅ぇよ」


 その落合に反応すらさせぬほどの速さで、東城は落合に拳を振り下ろしていた。

 振り抜くのではなく、振り下ろす。

 インパクトを抑えるために重力操作で軽量化していた落合は、そのまま堅いアスファルトに全身を打ちつけられる。


「――……ぐっ」


 しかしその状態から、落合は東城の足首を掴んで投げ飛ばした。

 東城が反撃しようとした瞬間に、重力が増加される。体勢を立て直す余裕すら与えず、見えない力によって東城も地面に叩きつけられる。


「たかだか一つ、俺の弱点を看破しただけでいい気になるな。その程度で起き上った奴は、二年前は腐るほどいた」


 呼吸を整えて、落合は立ち上がる。


「なるほど、経験が違うってことか……」


 衝撃にむせながら、東城も機敏に起き上がる。


「――何故、貴様は戦おうとしている」


 その行動に、落合は眉根を寄せた。


「貴様は確かに最強の能力者だ。それは研究所が認めた周知の事実。だがそれは、全ての能力者の中で最も戦争で威力を発揮する能力者でしかない。貴様は、全ての能力者と戦って勝てるわけでは決してないぞ」


「知ってるよ、そんなことは」


「なら何故だ。貴様の能力は物質を溶かし、蒸発させ、電離させ、プラズマとして使役してこそ真価を発揮するはずだ。そもそも物質を必要としない俺の能力を前に、貴様の能力は何の脅威にもなりえないんだぞ」


 落合の言うとおりだった。

 東城の能力は対物戦闘においては絶対的な威力を発揮する。だが、物質を掌握するのではなく現象を掌握する能力者が相手だった場合、東城は途端に弱体化してしまう。


 十日前の、柊との一戦――彼女は喧嘩と言い張っていたが――がいい例だろう。

 東城の炎、爆発、プラズマ、どれを使っても柊の放つ放電一つ止める術がない。それはもちろん柊も同じはずだったが、そもそもの機動力で東城は負けている。おそらく本気になってあのまま続けていても、負けたのは東城だっただろう。


「俺は、重力操作能力者だ。貴様が最も嫌う、現象を操る能力者だ」


「――だから、俺は諦めてしかるべきだ、ってか?」


 落合のその言葉を、東城は嘲りさえ込めて笑い飛ばした。


「ふざけんじゃねぇよ、落合。自分が諦めたからって、他人までそんな簡単に挫折するとでも思ってんのか?」


「……なるほど。ならば、貴様では俺にすら勝てないということを徹底的に教えてやろう」


 落合はそう言って、自身の重力を切って東城に突進した。いや、自身にかかる重力を軽減させただけではない。足元に斥力を生み出して、それを加速に使っている。

 圧倒的速度で迫った落合が、激突の瞬間東城の目の前で止まる。先程と同じ、僅かな隙。おそらく軽重量のまま殴っても威力がないからだろう。

 そう判断して、東城がカウンターを決めようと拳を突き出した瞬間。

 身体の重心が、前へとずれた。


「――っ!」


 とっさに反応しようとするが、体が言うことを聞かなかった。

 そのまま落合の拳に引き込まれ、鳩尾に拳が突き刺さる。なのに、身体が吹き飛ばされない。みちみちと拳が身体を圧迫する感覚がいつまでも続いて、ようやく、東城は重力に従って地面へと落ちた。

 引力の増加。

 単純な落合の攻撃だ。だがそれだけで、内臓にまで衝撃がいった。


「まだだ」


 落合の声がした瞬間、東城が地面に押さえつけられる。みしみしと骨が嫌な音を立て、肉にアスファルトが食い込んでいく。


「っぐぁ……ッ!!」


 身動きが取れない東城は、そのまま押し潰されていく。


「これで終わりだ」


 ゆっくりと落合が東城に近づく。そして背中から、拳を振り下ろす。


「――っがぁあああああああ!?」


 身体の内側で痛みが爆発し、不快な音が鼓膜に届く。


「重力増加は二倍が限度? 確かにそうだ。だがそれはあくまで瞬間的な問題だ。多少の時間を割けば、その上限はクリアできる」


 落合はそう言って、東城に背を向けた。

 重力増加と斥力、引力を巧みに操作した、考え得る限り最も重い一撃だ。たとえ急所でないとしても、まともに動けるはずがない。そもそも、もう意識すら保っていないはずだ。


 ――そう、そんなはずがないのに。


「こんな、もんかよ……っ」


 か細い声で、それでも吐き捨てるように東城は言った。


「――っ!?」


 驚愕と共に落合は振り返る。

 そこには、既に立ち上がっていた東城がいた。


「テメェの攻撃は、足りねぇよ」


 かつて東城が戦った全ての人間が持っていた、苦痛や悲痛さ、絶望や渇望。そう言ったものが、まるで落合からは感じられない。


「テメェには、全然足りねぇ」


 だから、東城には効かない。最強の名を冠するこの東城には、届かない。


「別にテメェが弱いとか、テメェの背負ってるものがちっぽけだ、なんて上から目線でものを言ってるわけじゃねぇ。ただ、いい加減にテメェも間違いだって気付いてんだろ? だから足りねぇんだよ」


 口の中に溜まった血を吐き捨てて、東城は言う。


「何を言っている……ッ」


「日高晃。あいつも、テメェの仲間だろ。どうして、あいつは一人だった。どうして一人でも宝仙を護ろうとしたのか、分かってんのかよ」


 燃えるような眼光で、東城は落合を睨みつける。


「あいつは、はじめっから宝仙陽菜を助けたかっただけなんだろ。仲間のテメェらが狂って殺そうとしている宝仙を、あいつだけは守ろうとしてたんだ。何にも頼れないと知っていても、何の策もなくても、それでも護りたかったんじゃねぇのか」


 だからどうだ、というわけではない。結局は頭の足りない日高は東城とぶつかりあっただけで、何の意味もなかったことは確かだ。


「なんで、日高の言葉に耳を傾けなかった。どうして、まだあいつが諦めてねぇのにテメェが先に諦めちまったんだよ」


 東城の言葉に、落合は歯を食いしばる。それくらいしか、出来ないのだ。


「もっと、周りを見ろよ。テメェらは、陽輝なんて大きな存在よりも、もっと大事なものを失くしちまってんじゃねぇのか」


「たとえそうでも。ヒナを放っておけばどうなるかくらい、貴様にも分かるだろうが!」


 落合は東城を殴り飛ばす。もう限界に近かった東城はそれだけで吹き飛ばされた。


「理想論ならば好きに語ればいい! だがそれは、絶対に叶わないことだ!」


 落合は怒鳴りながら、空高くに何かを放り投げた。

 きらきらと光るそれは、数十枚のコインだった。

 そして東城は、それだけで落合の意図を察する。

 だがそれよりも速く、それは動く。コインが放物線の頂点に達する。

 瞬間、コインが射出される。銃弾のようなスピードで、大量のコインが東城の全身に突き刺さる――はずだった。


「な、に……っ」


 落合の目の前で、東城は笑っていた。降り注ぐ全てのコインをプラズマにして、彼は全て支配したのだ。


「どうした、落合……っ。心が揺さぶられて血迷ったか? 確かに今の攻撃は他の奴らには最高の必殺技になるだろうけど、物質を使った攻撃は俺には一切効かねぇよ」


 それが効くのは柊の能力のように融解が間に合わないほどの加速を与えるか、神戸がやったようにそもそも溶かせないものを用意されたときだけだ。

 それを、本来の落合なら失念するはずがない。


「やっぱり、気付いてんじゃねぇのか。確かにそれは叶わない。でも、叶えたいんだろ? だからお前は今、揺れてるんだ」


「子供じゃないんだ! 出来ないことは出来ないと、俺たちはもう分かる! 俺たちにはこうする以外に道はないはずだ!!」


「……誰も“するしかない”とかそんなどうでもいいことなんか聞いちゃいねぇ。俺が聞いてんのは、お前がどうしたいかだ」


 その言葉に落合は何も言えなくなった。


「宝仙陽輝のことは確かにお前たちの中では、大切なことだっただろう。そいつは俺みたいな赤の他人がどうこう言えることじゃねぇ」


 ぐっと、拳を握り締めて東城大輝は落合を睨みつける。


「だけどそれでも言うぞ。陽輝の理想はこんなことじゃねぇはずなんだ」


「貴様が、陽輝を語るか……ッ!」


 落合が詰め寄り東城の胸座を掴む。その眼には、友を侮辱する者への怒りだけが滲んでいた。


「あぁそうだ。さしでがましいとか無遠慮だとか、そんなことはどうだっていい」


 それでも東城は臆さず、背から炎を滾らせていた。


「自分の命を捨ててまで全部の能力者を護ろうとした双光ノ覇王の陽輝が、宝仙陽菜を見捨てるとでも思ってんのか」


「ふざけるな! 俺たちだって、陽菜を選びたかったさ! けど、それが出来ないから、だから、陽輝の愛したこの世界を護ると決めたんだ!」


「それが、お前のしたいことなんじゃねぇかよ」


 東城はそう言って、笑っていた。心の底から嬉しそうに。その言葉を讃えるかのように。


「確かに、選ぶことは必要だよ。その為には何かを切り捨てなきゃいけねぇよ。そのことを、俺はつい最近教わったばかりだ。――けど、忘れてるぞ。もう一つの選択を」


「黙れ!」


 口を塞ぐ為か、殴ろうと落合は拳を振り上げた。だが東城の額がそうさせる前に、落合の顔面をぶっ叩いた。


「両方選べよ。そうしたいんだろ。なら、前を見ろ。自分の手札にビビってんじゃねぇよ」


 鼻から血を流している落合の瞳が、東城を真っ直ぐに捉えた。

 ようやく、東城の言葉が届くのだ。


「俺が手を貸してやる」


 はっきりと、東城は言った。

 迷いも何もない。

 彼は自ら戦うことに、一切恐怖しない。


「だから、俺はまだ宝仙のことは諦めねぇ。お前らを諦めさせたりもしねぇ」


 そして東城は、宣言する。



「恐怖も理屈も不条理も、俺がまとめて焼き尽くしてやる」




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