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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第15部 ブレイク・ダウン

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第1章 湯あたり -3-


 ――そして、時は現在に戻る。


「いや、思い返してはみたけれどなんも繋がってないな?」


 そんなことを独りごちながら、このだだっ広い大浴場を東城は眺める。――その隣に、体を洗い終えた神戸がちゃぷりと湯につかった。


「そうですか? 水に流すこととお風呂をかけた、七瀬先輩らしいジョークだなぁと思いますけど」


「まぁそれは分かるけど。――それがなんでいきなりスパリゾートなんだよ……」


 東城の僅かに辟易とした様子の声が、この広い空間にうっすら木霊する。風呂というよりほとんど温水プールであった。


 ――地下都市・第4階層。

 様々な経緯があり、いまでは地下都市唯一のテーマパークを有する、娯楽施設が軒を連ねる深層である。その一角に新たに建設されたスパリゾートを、東城たちは訪れていた。


 いつの間にこんな施設が出来たのか、そしてなぜこんな夜更けにいきなりスパなのか。何もかも荒唐無稽すぎて訝る東城の横で、しかし神戸は呑気に「僕はただの役得なので何でもいいですけどー」とちゃぷちゃぷ浮かんでいる。


「あら。楽しんでいただけているようで何よりですわ」


 そんな中によく見聞きした声がして、東城は振り返る。――そこには、黒のタイサイドビキニを身にまとった七瀬が、少し恥ずかしげな様子で佇んでいた。


「…………、」


「あら。顔を紅くされてどうかされましたか?」


「男子高校生には刺激が強すぎるんです……」


 まさかのヒモ、しかも黒という扇情的な装いに、東城は視線を逸らしながら顔を湯船に沈め、何かを紛らわすようにぶくぶくと息を吐く。きちんとした褒め言葉ではなかったが、それでも十分だったのか七瀬がふふんと得意げに鼻を鳴らすのが聞こえた。


「……大輝、もしかしてこういうドストレートなのに案外弱い?」


「まぁ弟くんだってちゃんと男の子だしねぇ」


 どこか呆れ混じりの声がして、東城は視線を戻す。

 勝ち誇ったようにポーズを取る七瀬の後ろに、ストラップレスのターコイズカラーのバンドゥビキニを着た柊と、クロスデザインの純白の水着を見せつける西條がいた。


 みな男女別の洗い場で先に体を磨いてきた後だからか、その濡れた髪や柔肌に、ただの水着姿とは違った艶やかな印象があった。平静を装おうとする東城のちっぽけなプライドを破壊するには、十分すぎる威力である。


 何か気の利いたことを言うべきなのだろうかと思案するが、そもそも水着姿を拝むことになるとは数十分前までは想像だにしていなかったのだ。適当な褒め言葉もとっさに出てこず、視線だけが右往左往するばかりであった。


「……大輝、目がイヤらしい」


「その言いがかりすげぇ覚えがあるな……」


 去年もそう言えばプールに行ったなと思い出し、ジト目の柊の非難に東城は思わず吹き出してしまう。慣れない状況にドギマギはしているが、そんなやりとりで少しばかり平静を取り戻せた東城は、一度深く息を吐いて七瀬の方を見る。


「それで、このスパはなんなんだよ? こんな時間とは言え他の客もいないし。っていうかそもそも従業員さえいなかったけど」


「あら。それは当たり前ですわ。ここはオープン前ですもの」


 しれっとそんなことを言いながら、七瀬はちゃぷんと湯船に足を沈める。


「そんなとこに入っていいのかよ。っていうか、そもそもなんでオープンもしてないのに、こんな風にちゃんと湯が張ってあるんだよ」


「構いませんわよ。――なにせ、ここはわたくしが経営する施設ですもの」


 あっけらかんと言う七瀬の言葉に、東城は一瞬理解が追いつかず目を丸くしていた。


「け、経営……?」


「えぇ。能力者だけが暮らす地下都市とは言え、生活するにはお金を稼がなくてはなりませんから。元々は水道施設で働いていましたが、いわゆるインフラ関係は収入が一定でうまみがありませんし。こうして第4階層に娯楽施設を作るという流れに便乗して、もう少し稼いでみようかと」


 元よりアルカナ級の七瀬が手ずからに作るスパリゾートだ。その触れ込みだけでも地下都市では十二分。その上、彼女の地頭の良さを十全に発揮すれば、経営だって簡単だろう。人の心を掌握することに関して、彼女の右に出る者はいない。人気と知恵が物を言うこんな舞台は、まさしく彼女の独壇場に違いない。


「本当はこういう形ではなく、きちんとプレオープンに招待したかったところではありますが。――ともあれ“白イ竜”を探していた都合で大輝様もお義姉様もとても汚れていらっしゃいましたしね。お披露目も出来る。綺麗にもなる。ついでに“白イ竜”の武器の有無も確認し、裸の付き合いとして腹を割ってお話も出来る。一石二鳥どころか四鳥のいいアイディアではありませんか?」


「さすが七瀬先輩、合理的ですね」


「いや、いま絶対についでにしちゃいけないことをついでにしなかったか?」


 どう考えても“白イ竜”にまつわることこそが最優先事項だろうが、しかし七瀬はわざとらしく小首を傾げるばかりであった。


「――そもそも、初対面の男性の方の前でこんなに露出の高い格好をしろ、という時点で間違ってはいませんか……?」


 からからと奥の戸を引いて、恥ずかしそうにワンピースタイプの水着をタオルで隠しながら現れたのは、明るい栗色の髪を一つにまとめた女性――マリー・オリーブだった。


「あら。この程度のことで拘泥するのであれば、所詮はその程度の事情だった、ということでしょう? そんなことのためにわたくしたちが命を懸けるわけにはいきませんもの」


 笑顔のまま冷たく言い放つ七瀬に、マリー・オリーブは少し面食らった様子で、しかし少し口角を上げて頷いた。


「そうですね。えぇ、これくらいのことで躊躇している場合ではありませんでした。裸で燼滅ノ王に迫るくらいは――……」


「誰もそこまで求めていませんわ!?」


 珍しく七瀬が慌てふためきながら、タオルどころか水着にまで手をかけたオリーブを全力で制止する。しかし、オリーブはくすりと笑うだけであった。


「冗談ですよ」


 ぱっと手を離し「そんなことするわけないじゃないですか」などとのたまう彼女に、七瀬は荒い息を吐きながら、東城へ助けを求めるような視線を向ける。


「……大輝様、わたくし、彼女が嫌いになりそうですわ」


「…………うん、仲良くしようね」


 脳裏に浮かんだ「同族嫌悪」という言葉は飲み込むことにして、げっそりとした様子の七瀬に温かな目を向けることしか東城には出来なかった。他のメンバーには白い目で見られたあたり、見透かされていたような気もする。


「んん。――ともあれ、そろそろ本題に入りましょうか」


 額の汗を拭いながら、湯船の縁に腰をかけた七瀬は気持ちを切り替えるように続ける。


「こちらが聞きたいことは、主に二点です。――ブレイズ・ミラーと名乗った人物をはじめとする敵の目的は何か。そしてなにより、なぜあなたが狙われているのか」


「そうですね。端的に言えば、敵の目的は『世界を変えること』であり、そのためのピースとして“白イ竜”が必要だったというあたりでしょうか」


 その説明はあまりに簡素が過ぎた。それを彼女も自覚しているからだろう。七瀬に続くように湯船につかりながら、オリーブは指を開いて何かを示した。


「順を追って説明しましょう。――まずは敵とする一派のメンバーから。一人目はもうご存じですよね。神炎を操るブレイズ・ミラーです」


 開いた指がその五人を指しているのだろう。一つずつ折りながら、彼女は続けた。


「二人目は、ソル・バレルフォード。有する権能は神如(ミカエル)。これは、事象の改竄を行う能力です。簡単に言えば『起きたことをなかったこととする』という能力ですね。これがある限りあらゆる攻撃ははじめから『なかったこと』になりますし、防御や回避を『なかったこと』とすることで、向こうの攻撃は必中にすることが可能になる」


 ぞっとしない能力だった。神炎もそうだが、権能を相手取ったときにどうすれば勝てるのか、そのビジョンがまるで見えてこない。このシミュレーテッドリアリティで演算された結果に縛られるしかない人間には、到底叶わないのではないかと、そんな恐怖さえ覚える。

 そんな東城の不安に気づく様子もなく、マリー・オリーブはさらに指を折る。


「三人目、四人目については、すみません。私も情報を持っていません。神癒(ラファエル)神人(ガブリエル)という権能を与えられていることだけは分かっていますが、その使用者も能力の詳細も不明です。ですが、五人目――彼らの中心となる人物については、少しだけ知っています」

 そして残った人差し指に、皆の視線が集まる。

「本名は決して名乗りませんでした。教授、あるいはビーダーマイヤーと自称するその男が、権能を彼ら四人に授けた人物です」

「……権能を、授けた……?」

 その言葉に引っかかりを覚えた東城は思わずその疑問を口に出していた。


 超能力はその発現に遺伝子操作と薬物投与を必要としている。つまりはほとんどが先天的に与えられる能力になる。一方で異能力は、薬物投与のみの後天的な発現に成功した事例だ。


 だがいずれも、本人の性質によるものが能力に影響する。調整体(デザイナーズ)と称された“赤イ竜”も、あくまでその能力を発現する土台となる精神構造を持つ人を探していたという話だ。特定の能力を『授ける』などというのはとても考えられるものではない。

 もしもそれが出来るとするなら――……


「何もおかしなことはありませんよ。だって――……」


 驚愕する東城たちに、マリー・オリーブはその湯が微かに滴る指を突きつけるようにして言った。



「全ての能力の基本、シミュレーテッドリアリティの存在を最初に観測したのが、この教授なのですから」


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