序章 十時二十八分
――目を開けたとき、辺りはまるで砂漠の中のように、砂塵に飲まれていた。
横で叫んでいる誰かの肩にうっすらと積もるそれが、本当は砂ではなく、止むことも知らずに降りしきるコンクリートの破片だったのだと教えられたのは、ずっと後のこと。
薄く硬いストレッチャーの上で、ただ少女は空を見上げる。
天を突き刺さんばかりの美しいビルは、どうしてか半ばから燃え盛り、もうもうと黒い煙を上げている。
彼女は家族と旅行に来ていて、ほんの少し前まであの高いビルの中にいたはずだった。だというのに、気がつけば彼女は地上で担架の上に載せられていた。まるで何も分からない。ずきずきとした頭の痛みが邪魔をして、何ひとつ思い出せない。
そんなかすれた記憶を更に覆い隠すように、髪が焦げるような臭いと、ガソリンスタンドに近づいたときのような鼻をつく刺激臭が、砂煙と共に少女を包む。
あぁ、そう言えば、と。
彼女は父と、母と、弟――家族でこのビルを訪れていたんだったと、ようやくその事実だけを思い出した。
自分の大切な家族はまだビルの中にいるはずだと、そう声を上げようとして。
目の前で、その空色のビルが崩れ落ちる。
轟音。
衝撃。
けれど彼女は担架の上で、微動だにすることさえ出来ず、その悲劇をただ見続けた。
大切な、大切な、彼女にとって何にも代えがたいものを飲み込んだまま、その美しい摩天楼は消え失せ、無機質な灰色の山と化す。
残るものはなにもない。
全ては瓦礫に押し潰されて、世界は色を失った。
――その日。
彼女は誓いを立てた。
あるいはそれは、呪いでもあった。
この世界からあらゆる悲劇を根絶する。
もう二度と、あの惨劇を繰り返してはならない。
だから。
その為ならば――……