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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第1部 アーダー・ティアーズ
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第1章 焼失の先へ -3-


 目の前には、小皿に二つの球が重なるように盛られたアイスがあった。


 別段デコレーションされているわけではなく、ただの真っ白なバニラアイスだ。

 トッピングも選べたのだが、先程襲われたばかりでそんなに楽しめるほど東城の心も図太くはない。

 そう言えば買ったアイスは七瀬に無残な姿に変えられアスファルトの染みにされてしまったなぁ、などと思いながら東城はそのアイスをスプーンですくい、口に運ぶ。

 当然冷たいし甘い。特に高級品でもないので、それほど何かを思う程香りも何も無いが、それなりには美味しい。


「……普通にうまい。なに? 地下都市って言ってるけど地上じゃねぇの?」


「そんなわけないでしょ」


 ため息をつきながら、柊はパフェを食べ進める。三十センチほどの高さの逆円錐型のそれを一人で食べようというのだからよほど空腹なのだろうが、それを言及したらまた蹴られるか殴られるかするのは目に見えているので東城は黙っておく。


「でも、喫茶店のアイスとか業務用に売ってるやつを皿に盛ってるの多いし、同じような味ってことはこれも買ってるってことだろ? こんな風に店を経営する金がどこにあるんだよ」


「逃げ出した時にその時の残り半期分と来期分の研究所の予算をかっさらってきたから、ざっと三百億くらいかな。それで能力じゃ補えない設備はだいたい買っちゃった」


「……それは泥棒では済まないだろ……」


 笑って答えていい額ではないと思う。


「ってか、元々どこからそんな資金が出てんだよ」


「さぁ。噂じゃ研究所は爆撃機メーカーの秘密部署だとか、その伝のM資金がどうとか言われてるけど。別にいいのよ、そんなの。どうせ私たちに消費する予定だったお金なんだから」


 胡散臭過ぎる上に無茶苦茶な理屈だった。


「それに金属操作能力者が金を生み出してそれを外に売ったりして、お金は結構作れるしね。町としては裕福じゃないけど、全体としてお金が回らないほどじゃないわ」


「なるほどな」


 と言っても、(きん)を売るのも外の市場に影響を与えてこの存在がばれたら元も子もないようなものだ。

 出来る限りばれないようにすれば利益は微々たるものだろうし、初期の三百億だっていくら残っているかも分からない。いつまでもここで暮らし続けるわけにはいかないだろう。

 だがそれは東城が心配するまでもなくこの都市に住む誰もが分かっているだろうし、それを解決する方法くらいは準備しているに違いない。

 要するに、心配は無用という事だ。


「まぁ、アイス食いながら考える内容じゃないか」


「そうね。それにどうせアンタが追われてるのはアンタにはどうしようもないし、いっそ楽しんだら?」


 パフェに舌鼓を打ちたいだけなのか、素っ気なく言って柊はスプーンを運んで顔をほころばせていた。

 ぞんざいに扱われて東城はいらっともするが、それでもこんな可愛い笑顔を見せられれば怒る気も失せる。


「楽しむのは別にいいんだけど……。お前って、金あるの?」


「あるわよ。地下都市の運営に関わると業績に応じて給料が出る仕組みだから、働けば普通に儲かるわ」


「……柊は何してんの?」


「発電所。巨大なバッテリーに一気に充電するからめちゃくちゃ短期の仕事だし、私がそれで地下都市の月の消費電力の七割くらいは賄ってるから、大金持ちよ。何なら、アンタのそのアイスもおごってあげようか?」


「男にはプライドがあるんだよ。つーわけで、アイスくらいは自分で出すよ」


 アイスを食べながら答える。それほど高いアイスでもないのでおごってもらうに抵抗はないが、それでも些細なプライドは保たなければならない。


「それよりもさ。俺って帰れるのか?」


「……何、泊まる気だったの? 言っとくけど私の部屋にはあげないからね」


 ブラウスの胸のあたりを両手で手隠すようにして、柊は椅子を引いて東城と距離をとった。正直、ちょっと傷ついた。


「そうじゃねぇよ。ただ、俺が追われてる身ならこれから先も逃げなきゃいけねぇのかな、って思っただけだ」


「あぁ、そういうことね。大丈夫よ。明日の午後三時まで逃げきれば私たちの勝ち、最低でも一か月は安全だから」


 柊はさらりと言った。


「何で言い切れるんだよ」


「アンタ、襲われたのは今日が初めてでしょ。つまり七瀬以外に誰もアンタの足跡を追えてなかったってことよ。そしてその七瀬も、ストレス発散とアンタを殺す指令を兼ねた月に一日の自由以外は外に出る事が出来ない。要するに七瀬が帰る明日以降は安全、ってことね」


 緊張感の欠片も無く、柊はパフェを食べながら答えていた。


「でも他の能力者に情報を提供とか……」


「九千人の能力者が脱出した経緯、言ったでしょ? 同じ轍を研究所が踏むはずないじゃない」


 そう言われて、東城は柊の台詞を思い出していく。

 一人の能力者が全員とコンタクトを取ったことが、能力者の脱出の始まりだったはずだ。

 となれば、再発防止に研究所がまずする事は能力者同士の意志疎通の阻害だろう。いくらターゲットを殺す事が目的であろうと、情報交換の場を設ける事は心理的にも出来ないはずだ。


「……なるほど。勝利条件が見えてるならやりやすいな」


「それに今から一か月以内に能力者全員助けだせば、もうアンタを追う人材がいなくなるしね。万事解決よ」


 得意げな顔をして、柊はパフェの最後の一口を食べ終えた。


「……ん? 明日の午後三時まで?」


「そう。七瀬の動きを監視してたけど、たぶん七瀬が研究所を出たのはその時間だと思うわ。ひょっとすると早くなるかもだけど、そんなのただの希望的観測だし」


「いや、俺って学生だぞ?」


「制服着てるからね。――まぁ、私の場合は学校行ってなくても着てるけど。地下都市に学校ないし」


「でもって、今は期末テストの途中だぞ。休む事は出来ねぇ、単位を落としかねない」


「……生きることと進級すること、どっちが大事?」


 にっこりと柊は微笑みかける。その笑顔には有無を言わせない力が込められていた。


「それにどうせ中学以前の勉強は出来てないんだし、ここでこうして遊んでたらそのテストっていうのも散々たる結果でしょ?」


「っぐ……。本当の事だからまるで反論できねぇ……っ」


 東城の成績は理系科目以外がほぼ赤点状態。代わりに理系科目は全て三桁などというアンバランスなものだ。

 ――が、その原因は東城が能力者だからで、能力を行使するだけの演算能力を植えつけられたからだろう。要するに、東城自身の力ですらない。

 もしや本当は自分って馬鹿なのでは? と湧いた疑問に東城は鍵をかけて心の奥底に埋めてしまう。


「……でも、養われてる身で留年っていうのは辛いわよね」


「そうだよ、だから必死に勉強してて糖分補給に外出しただけなんだよ。なんで勉強時間どころかテスト受ける時間すら削られんだよ。いや、生きる方が大事だけども」


 東城の抗議に柊はうーんと考え込んでいた。


「……分かった。どうにかテストまでにどうにか出来ないか訊いてみるわ」


「誰に?」


「私の仲間よ。まぁ、アンタの仲間でもあるわね」


 柊はそう言いながらケータイを開いて電話をかけた。だいたいツーコールくらいで、相手は出たようだ。


「もしもし? 今どんな感じ? あ、七瀬はこっちに感づいてる? まぁ入る術が無いから大丈夫でしょ。それで相談なんだけど……。大輝が学校に行かなきゃいけないから、それまでに七瀬を送還させるか、七瀬を無力化する方法を考えてんだけど」


 柊の言葉の後、電話の向こうで色々と案が出ているのか柊は「うんうん」とか「それちょっと厳しいかな」とか相づちを打っていた。


「は? 大輝と話したい? 別にいいけど、今の大輝は役立たず――じゃなかった。役に立たないわよ」


「言いなおしておきながら、ほとんど変わってないってどういう事だ……」


 落胆する東城にフォローを入れることはなく、柊はケータイを差し出した。


「なんかとりあえず話がしたいんだって」


 東城はそれを受け取って、耳に当てた。


「もしもし」


『もしもし! 東城先輩ですか!?』


 やけに元気な少年の声だった。まだ声変わりするかしないか、と言ったところだろうから、だいたい十二、三歳だろう。


「そうだよ。――で、誰?」


『あ、すいません。僕は神戸拓海(かんべたくみ)、レベルAの肉体操作能力者(セルオペレーター)幻想ノ人(トリックスター)です』


「はぁ。それで、何の用? 言っとくけど記憶喪失の俺にアイディアとか求められても役立たずだぞ? 役に立たないんだぞ?」


「アンタ、そんなに連呼するほど傷ついたわけ……?」


 横で柊が可哀そうな子を見る目を向けていたが、東城は気にしないことにする。


『いえ。一年ぶりに東城先輩の声が聞きたかっただけなんです。元気そうで、本当に良かったです』


「記憶障害って元気って言っていいのか……?」


『それもそうですけど、まぁいいじゃないですか。……とりあえず、こっちでも先輩が学校に行けるような手を考えておきますね』


「あぁ、頼む」


『最悪の場合、学校自体を休校にするっていう手もあるんですけど』


「待て。何をする気だ、何を」


 随分と物騒な声音だったのは間違いなかった。その上、神戸は「ジョークですよ」とかそう言った事を言わずにただ笑っているだけだった。


『じゃあ、先輩は柊先輩とデートを楽しんで来て下さいね。七瀬さんはこっちで上手くやっときますから』


「は? デートってお前――」


 東城が反論する前に、通話は切られた。ツーツーという無機質な音が耳に残る。


「神戸は何て言ってた?」


「いや、こっちで手を考えながら七瀬も上手くやっとくから、デートを楽しんで来てだとか何だとか……」


「デ、デート……ッ」


 その単語で、火でもつけたのかと言うくらい柊の顔が真っ赤になる。


「ば、バッカじゃないの!? そそそ、そんなわけないでしょ!」


 柊はばっと立ち上がってさっさと店を出ていこうとしたが、テーブルやいすやらに足をぶつけまくっていた。


「テンパり過ぎだろ……。大丈夫かよ」


 こんな普通の少女に護ってもらわなければならないという事実に、ちょっとだけ不安になった東城だった。


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