第1章 まつり -4-
「――それで、レインウォーターから自慢のメッセージが絶えない、と」
シャーペンをくるくると回しながら、東城は少し呆れの混じる笑みをこぼす。
その対面では未だにヴーヴーと震え続ける携帯を眺めて辟易した様子の柊がいて、そんな彼女へ労いを込めるように温かな紅茶をティーカップに注いでくれたのは、雪のように白いボブカットの西條真雪であった。
――何のことはない、ただの中間考査対策の勉強会であった。
白川がいる場では彼の介護になってしまうが、そもそも文系科目の危ない東城にも勉強する時間を作った方がいい、という柊の至極まっとうな指摘を受け、それに東城の姉を自称する西條が乗っかって開催されたのがこの会だ。
日曜の朝から集まり昼休憩も挟んだあとの午後三時。軽い息抜きの雑談タイムだった。
「体育祭の話がよっぽど羨ましかったのか、自分たちも祭りが出来るってなった途端もう止まらないのよね……。時差とサマータイムがあるから今頃朝の七時とかだと思うんだけど……」
「あなたが自慢なさるからでしょう? ローザの境遇、美里も聞いたでしょうに。お祭りはもちろん、育児放棄でまともな教育も受けていないのですよ。体育祭などという響きに憧れを感じないはずがないでしょう」
そんな柊に自業自得だとわざとらしいため息をつくのは、セミロングの茶髪を丁寧に編み込んだ少女――七瀬七海であった。
「……私たちだって研究所育ちでそんな教育受けてないけど、そこまでお祭りに執着とかないじゃない?」
「人によりけりですわよ。――でなければ、あの大した広さのない地下都市に率先してテーマパークなんて出来るわけもないでしょう? 塾程度の個人経営のものはともかくとして、学校のような大規模な教育施設が出来るより先ですわよ、あれ」
「それもそうね……」
そう言って、柊はもう諦めたのか鳴り続ける携帯に優しい目を向け、渋々のように一言、二言の返信をしていた。
「――で、だ」
「はい?」
東城の切り出しに、分かりきっているであろうにわざとらしく小首をかしげる七瀬。白けた目を東城に向けられても微塵も気にした様子はない。
「これ、一応学校のテスト対策の勉強会なんだが。なんでお前がいるの?」
「あら。大輝様がいらっしゃるのにわたくしが来ない理由の方がありませんわ」
断言されてしまった。
「まぁまぁ、大輝くん。仲間はずれも可哀想だしいいんじゃない? それに家主はわたしだし?」
「だそうですわ」
「真雪姉がいいって言うんなら俺が文句を言う義理はないんだけど、高校のテスト勉強には向いてないんじゃ――……」
「あと大輝様。その空欄にしている問三の答えはケスタかと。有名なのは先ほど話している英国繋がりで、ロンドン盆地ですわね」
「……なんで学校のない地下都市暮らしの七瀬に、地理の構造平野の問題が解けてるんですかね……? 演算能力にものを言わせられる理系なら分かるんだけどさぁ……」
もはや教師役としても申し分ない七瀬の言葉に文句を言うことも出来ず、ただただ疑問を呈するばかりであった。
もともと雑談タイムであったこともあり、やる気の削がれた東城はそのまま回答だけ書き込んでシャーペンを投げ出した。
「しっかし、あのグレンフェルがお祭りねぇ……。似合わねぇな」
「それ向こうも同じ感想抱いてると思うわよ? 自分とあんな風に互角に戦いあった相手が高校に通ってて、しかも地理の問題も解けないで苦しんでるとか」
「やめろよ、俺の心を傷つけて楽しいか?」
「それなりには」
即答する柊に、レベルSのSはサディストの略なのかもしれない、などという益体もないことを考えながら、東城はずずと西條から差し出された紅茶をすする。
「てか、イギリスのお祭りって何するものなんだ? 日本とおんなじで屋台とか並ぶのか?」
「屋台は並ぶだろうが、射的やくじ引きといった娯楽よりは、日本で言うバザーやフリーマーケットのようなものの方が近いだろうな。ドッグレースがあったり、日本のヨーヨー釣りのようなおもちゃのアヒル釣りなんていうのもあるらしいが」
ひょいと顔をのぞかせた黒髪ゴスロリの少女――黒羽根美桜が机上のクッキーの山に手を伸ばしながら東城に答える。数多の本を読みあさった彼女の流石の知識量には東城も脱帽するばかりだ。
「そういう都合で、基本は昼間の方が賑わっているらしい。日本だと夕方からがメインだが」
「お前、本当に詳しいな……」
「ただ本で読んだけだ。――さすがに、この前の文化祭のように、行きたいとまでは言わないから安心しろ」
「言われてもパスポート取れねぇから無理だよ……」
もしそのときが来るようなら西條を使って東城たちの高校の体育祭の見学で我慢してもらおう、と密かに考えつつ、東城もつられるようにクッキーをつまむ。
「あくまで町のコミュニティセンター……自治体や町内会のようなものだな。それが主催の祭りらしいし、大規模で伝統的な祭りというわけでもないだろう。大人たちが昼間から体よく酒をあおるための集まりだ」
「身も蓋もないこと言うなよ……。ってか、お前も今回の祭りの内情に詳しそうだな」
「下準備も自分たちでしている上に、看板製作まで丸投げされたとアズールが嘆いていたからな。詳しくもなる」
「……え。レインウォーターと柊たちは分かるけど、ルークとお前もつながってんの……?」
「ヤキモチか?」
ふふんとなぜか得意げに鼻を鳴らす美桜に対し、他三人が東城へ冷たい視線を向ける。完全なとばっちりなのだが、下手に反論しても無意味であることを学んだ東城は、黙殺することを決め込んだ。
「仲良かったのか」
「まぁ日中暇な私の遊び相手を担ってくれている貴重な相手だ。時差もあるから大したやりとりが出来るわけでもないし、基本はあいつの愚痴を聞くだけなんだが」
そんな美桜の言葉に「あぁ……」と東城はどこか納得してしまった。
異能力者のメンツを考えても、ルークの愚痴を聞いてくれそうな相手に心当たりがまるでない。それどころか三者三様に無理難題を押しつけられている様が目に浮かぶようであった。
「あいつも大変なんだな……」
「シンパシーを覚えている場合か? ちなみに問四の答えは三日月湖だぞ」
「とうとう中学生にまで勉強を教えられるのか、俺は……」
もはや取り繕う体裁もない東城は、素直に年下の先生が教えてくれた答えをそのまま問題集に書き込むばかりであった。プライドで課題は終わらないのである。
「けど、ルークが看板製作すんのか。そういうの得意なのか?」
「アズールは元々、美術系が趣味だぞ。その辺りを買ってフェニックス・グレンフェルが任命したんじゃないか?」
「まぁ仮にも王様だから、そのあたりの采配は間違いないんだろうけど。――グレンフェルに命じられた時点で生半可な看板作ったら殺されそうじゃねぇか?」
「だから愚痴が止まらないんだろう。――私の携帯も先ほどから夥しいほどメッセージを受信しているんだ……」
「十三歳に縋り付かないとメンタル保てないのやばくないか……? もう末期だろ、それ」
「――大輝。それ割とブーメランになってる自覚ある?」
なんのことだ、と嘯きながら美桜に解答をうかがう東城に、柊をはじめ女性陣はため息を吐くばかりであった。




