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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第13部 デッドエンド・サクリファイス
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第8章 攻城戦 -3-

 ざらついた打ちっぱなしのコンクリの上だった。

 もはやその感触にも慣れ親しみさえ覚えはじめた日向優斗は、ゆっくりと瞼を開けた。


「……始まったみたいだね」


 派手な爆発音が聞こえるわけではないし、懲罰房の周辺に人の出入りが激しくなるような設備があるわけでもない。それでも、数多の能力を獲得した優斗の知覚は鋭敏のその気配を察知していた。

 そんな優斗に答えるように、キンと澄んだ音が脳内に直接響く。


『聞こえますか、優斗』


「おはよう、瑞姫」


 呑気にそんな挨拶を交わしながら、優斗はゆっくりと身体を起こす。

 伸びをして凝り固まった筋肉をほぐすように、優斗は少しずつ体のギアを上げていく。その間にも、姫宮は淡々と状況を説明しはじめた。


『既に作戦は開始しました。今し方神ヲ汚ス愚者と霹靂ノ女帝の手を借りて、施設外周の城壁を突破したところですね』


「……相変わらず、名前だけでもすごいメンツだよね」


 なにせ、記録上は三人しかいないというレベルSが三人とも作戦に関わっているというのだ。その上、実は氷雪操作能力者のアルカナもレベルSであり彼女も地下都市側で待機している、と言われればもはや過剰戦力どころではない。

 施設側は抗戦の構えのようだが、突破されるのは時間の問題だろう。油断や隙を突かれれば逆転される恐れはあるが、そもそも地下都市側には九〇〇〇の能力者がいる。このタイミングだけ凌いだところで、いずれ数の上で押されて負けるのが道理だ。

 そう理解していながら、優斗は自らの首元にそっと指を這わせた。


『……優斗?』


「あぁ、うん。大丈夫」


 バタバタと足音が聞こえてくる。逃走を企てた矢先の襲撃だ。これが日向優斗の奪還だと考えるのは当然で、それが分かっているのなら見張りを寄こすのも至極当たり前。

 そうして、見張りとおぼしき能力者二名が懲罰房の牢の前に立った瞬間だった。


 紫電が駆けた。


 瞬間、二人の能力者の身体は跳ね、そのまま白目を剥いて崩れ落ちていた。

 日向優斗は既に二十種の能力を獲得している。レベルB以下が徒党を組んだところで相手にもならないのだから、能力さえ使えるのであれば、見張りに来た能力者など目を合せるより先に意識を奪える。


『えっと、優斗……?』


 精神感応能力者のアルカナである姫宮だ。視覚は許可を取るまで同期させないという約束になっているが、聴覚あたりは既に共有されているのだろう。だから、優斗の突然の行動は把握されている。頓狂な声を上げているのはそれが理由だろう。


「一度外せた首輪だよ。このチョーカーに検知されない微弱な能力でも、少し時間をかければ外せそうな穴は見つけといたんだ」


『あの、そういうことを聞いているんではなくてですね?』


「悪いけど、僕も暴れようと思って」


 そう言って、発火能力を発動して懲罰房の牢を容易く断ち切った。


「るりに協力を仰いでることがバレてるとは思わないけどさ。そもそも食事係にあの子を選んだのが僕をほだそうとしていたのかもしれない。だとしたら、この襲撃を止めるために人質にされちゃう可能性があるよね」


『それは、そうかもしれませんが』


「だから僕が動くよ。瑞姫たちより、内部にいる僕の方がるりとの合流は早くできる。上手く行かなくても陽動くらいにはなりそうだし、ついでにやっておきたいこともあるしね」


 決めたからには行動は迅速であった。姫宮とのテレパシーの通話を続けたまま、優斗は躊躇なく懲罰房の外へと駆け出していた。


「瑞姫たちは目的から外れるから見ないようにしているみたいだけど、この作戦も完璧じゃないでしょ」


『……それは』


「僕が逃げるだけじゃいたちごっこだよ。仮にプロジェクト・サクリファイスの能力者全員を地下都市に収容したって、根本的に解決できるわけじゃないんだから」


 それは、優斗だけでなく姫宮たちの陣営全員に分かっていたことだ。

 優斗を奪取すればプロジェクトは継続できない。そして、日向怜二の手駒となる能力者全員を地下都市に収容できれば、即座に優斗を奪い返すような手は取れなくなる。そこまでの姫宮たちの計画は正しく、ことこの作戦においてはそこまで未来を見据えていれば十分だろう。


 だが、その先は?

 命を奪うわけではなく、未来永劫プロジェクトに加担した能力者を地下都市のどこかに監禁し続けるわけにもいかない。だとすれば、プロジェクト推進派の能力者がいずれまた自由を取り戻したときに優斗を巡って争いが起こるのは目に見えている。

 それは、優斗が望んだ未来ではない。


「もちろん一度脱出できれば時間は当分あるわけだから、未来の対策はそのタイミングで取ればいいっていうのは分かるんだけどさ。でもいまこの場で打てる手があるなら、ちゃんと打っておきたいと思ったんだ」


『……優斗には具体策が?』


「やることは簡単だよ。僕に関する研究データを根こそぎ奪う。これだけでも、いたちごっこを断ち切るには十分だから」


『それだけ、ですか?』


「僕の能力ってイクセプションがベースなんだよ。能力が拡張し続けると脳の容量が足りなくなるから、本家のイクセプションはストッパーを入れていて、僕はストレージをシミュレーテッドリアリティそのものに移してる。――だから、僕にもそのストッパーっていうのを入れることが出来れば、この研究は破綻するんだよ」


 そしてそれは、実際にすぐ可能であるかどうかはそこまで重要ではない。

 ただそれが可能になる条件を抱えて、優斗が脱走を図るだけでもいいのだ。いずれ時間が経ってプロジェクトを再興しようとしても、そのときには優斗にストッパーが入れられている可能性がある。そうなれば優斗に手を出すメリットは皆無だ。

 貴重な労力を割いて日向優斗を拉致したとしても、さらに彼で研究が続行可能かどうかを確認しなければならない。そしてそこまでしてもNGだったとなるのではただの徒労だ。ならば、その労力ではじめから別の計画を打ち立てた方が建設的だろう。


『……なるほど、理に適ってはいますね』


「理解が得られたようで何よりだよ」


『でもそれ、もう動き出してから私に報告したのは?』


 ドスの利いた声だった。思わず施設内を駆け出していた優斗の足が、震えて止まってしまうほどには。

 下手な受け答えはまずいと思いつつも、嘘のつけない優斗には素直な返答しか出来ず、たらりと冷たい汗が頬を伝う。


「と、止められると思ったから、やるなら先にやらかしてから事後報告した方がいいかなって。助けてもらったらお説教があるみたいだったし、一個くらい増えても大差ないかなぁと」


 テレパシーの向こうで、姫宮瑞姫が本気で怒りの混じったため息をこぼすのが聞こえた気がした。


『分かりました、優斗のお説教には足つぼマットと漬物石を用意しておきます』


「……それはもうお説教じゃなくて拷問じゃない?」


 新手の石抱きかなにかをやる気なのだろうか、と不安がる優斗なのだが、そもそも引き返せないタイミングを自分で選んでしまった彼にはどうすることも出来ない。――人の心配を振り切った以上それは甘んじて受け入れるしかないか、と優斗自身も半ば諦めていた。


『まったく、優斗は何度言っても自分を軽視しすぎるんですから』


「こ、これでも反省はしてるよ。だけど、今回はいつものそれとはちょっと違うかな」


 そう言って、優斗は小さく笑う。


「瑞姫が言ったんだよ? 嫌だと言っても絶対に助けるって。だから、僕は安心して少しくらい無茶が出来るんだ」


 その言葉に、姫宮が『うっ』と声を詰まらせる。痛いところを突かれたというよりは、何かもっと照れや嬉しさのようなものが混じっているような気がするのだが、そこまでの細かな機微は優斗にはまだ理解できてはいなかった。


『た、たまにそういうクリティカルを出すのが優斗なんですよね……』


「どういう意味?」


『い、いえ。なんでもありません。でも、そうですね。そういう信頼のされ方なら、少しはいい気もします。――でも、お説教は変わりませんよ』


「あ、あははー……」


 そんな風ないつものやり取りに、少しだけ心が軽くなったような気がした。知らず、どこかで気負っていたのかもしれない。姫宮に相談せずに一人で動くと決めたことにも、あるいはそれが影響していたのだろうか。


 ――だから、と言うわけではないだろうが。

 そもそも優斗は見落としていた。


『……なぁ、俺たちはいったい何を聞かされてんだ……?』


 呆れ果てた少年の声だった。それも、悠希の声ではなかった。――いまの状況を考えれば、燼滅ノ王か神ヲ汚ス愚者か、作戦に手を貸してくれている能力者の誰かだろう。

 作戦の最中なのだから、テレパシーを全員に繋ぐことなど当たり前だ。それを分かっていながらこんな会話をはじめた優斗と姫宮のミスである。


『…………あの、その、忘れてください……』


 きっと顔から火が出そうなほどに真っ赤になっているのだろうなぁと、そんなことを想像しながら消え入りそうな姫宮の声を優斗は聞いた。

 別段、優斗自身は感情が薄いため思うところはないのだが、姫宮のためにと話題を変える。――そもそも、燼滅ノ王と話す機会があったのなら言おうと思っていたことだ。


「えっと、いまのは燼滅ノ王?」


『あぁ、燼滅ノ王の東城大輝だよ。好きに呼んでくれ』


「じゃあ大輝って呼ぶよ。僕も好きに呼んでくれていいから。――それでね。ここまでしてもらってるのに心苦しくはあるんだけど。もう一つだけ、お願いしてもいいかな」


『何だよ』


「瑞姫が無茶をしないように見張ってほしいんだ。もし僕と瑞姫を天秤にかけなきゃいけなくなったら、迷わず瑞姫を選んでほしい」


 いつだって彼女の傍にいた優斗だから分かる。きっと姫宮は自分を救うためなら無茶をする。あるいは、もうしているのかもしれない。

 遠方にいる優斗ではそれを止めてあげられない。佐渡だって、きっと優斗と姫宮のどちらかを選べと言われれば即座には動けない。

 だから、こんなことを頼めるとするなら絶対的な力を持った他人の協力者でなければいけない。それが、燼滅ノ王だった。


 なのに。


『悪い、それは無理だ』


 東城大輝は、即座にそう言い切った。


「……どうして」


『だってお前が無茶する限り無茶するよ、このお姫様。止めようが何しようが聞かねぇだろ。――俺だってそうやって人に散々心配かけて無茶し続けたからな。それくらいは分かる』


 呆れたような声だった。肩をすくめられているような気さえする。


『だから出来ることは一つだけだ。――心配かけて無茶させるより先に全部片付けてお前が救われる。きっとそれしかねぇよ』


『……さすが、散々人に心配かけて無茶してきたヤツは言うことが違うわね』


『えぇ。心配させるより先に、だなんて、一度もしてもらえた覚えはありませんけれど』


『…………まぁ反面教師にでもしてくれ』


 諦めがあった気がした。見放されている、と言い換えてもいいかもしれなかった。

 それはきっと、今までかの最強の燼滅ノ王が歩んだ道だ。あらゆるアルカナの頂点に立ち、研究所を壊滅にまで追いやった最強。その彼がいつだって無茶ばかりをしてきたと言った。心配ばかりかけさせられたと、そんな彼の周りが言った。


 無茶をさせずに圧倒するなど自分に出来るだろうかと、過ぎらないわけではない。

 プロジェクトの要だと言われようとも、所詮はレベルB以下の能力の寄せ集めが平和ト破壊だ。一点を極めたアルカナには遠く及ばず、ましてやそれがレベルSともなればなおさら。そんな彼でも出来ないことを、日向優斗はやろうとしているのだと気づかされる。

 そんな力量がないことなど自分が一番知っている。だからこうして無様に捕まってしまっているのだ。

 分かっていて、それでも「はいそうですか」と、そんな言葉で姫宮に涙を流させることなど、優斗には決して許せない。


 教わったのだ。

 自分一人で出来ないことなんて当たり前で、だから人は手を取り合うのだと。たった一人、自分に心を教えてくれたその少女が教えてくれた。

 だから、続ける言葉など考えるまでもない。


「じゃあ、お願いを変えてもいいかな」


『……もちろん』



「もう瑞姫が無茶をしなくてもいいように。――君たちの手を僕に貸して、燼滅ノ王」


『あぁ、分かった。――派手に暴れてやろうじゃねぇか、平和ト破壊』



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