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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第2部 クロス・ライト

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第2章 雲間の光 -6-

 突然で申し訳ないのですが、書きだめている分があまりに多いので消費するためにしばらくの間は毎日(17時ごろ)更新にします。



 そんなこんなで夕食も済み、東城は自室にいた。

 今は七瀬が台所で洗い終えて乾燥機にかけていた食器を棚に戻していて、宝仙は隣の部屋で早くも爆睡している。柊は横で髪を乾かしている状況だ。


「……なんか、めっちゃ疲れた……」


 既に風呂を済ませたし食器は七瀬に位置だけ伝えるとすべて完璧に把握してくれたので問題はない。が、東城は精神力をかなり削られていた。

 問題の風呂だが、覗くか覗かないかなど白川ではないので迷うことさえなく後者の一択だ。シャワーの音が聞こえても、その程度は残ったメンバーの騒々しさで気にもならなかった。


 だが問題は思わぬところにあるもので、軽く掃除する為に最後になった東城は女子が使った後の風呂に入らなければいけないのだと風呂場に来てから気付いた。

 下手に考えを巡らせるとかなりマズイ気がしたので懸命に何もなかったと自分に言い聞かせていたのだが、七瀬持ち込みの甘いシャンプーのにおいがそれを徹底的に妨げていたりで、もう東城の精神力はがりがりと削られていた。

 おまけに念のために自分が風呂に入ったときに、ドアの内鍵をかけておいたのだが、シャンプーをしている途中で「か、鍵がかかっていますわ!」とか声が聞こえたりするから恐い。一歩間違えば精神力どころか怒った柊に命まで奪われていたかもしれない。


「寝よっかな……」


「何よ、アンタまだ宿題ってヤツ終わらせてないんでしょ?」


 ショートパンツに大きめのTシャツ姿の柊はドライヤーを片づけながら言った。部屋の中に甘いシャンプーか何かの香りが漂っていて、東城としてはそれだけでも精神力がじわじわと減らされている。

 早々に自室に入ったのは七瀬や宝仙の同じような攻撃から逃れる為だが、そうすることで柊と二人きりになってしまって事態が悪化しているのは気のせいではないだろう。


「俺、英語苦手なんだよ。どうせ当てられねぇだろうし、パスするか」


 英語の授業ではその日の日付と同じ出席番号の人をスタートに席順で当てられる。経験上、かなり席の遠い自分にまで回ってくることはほぼないと決めつけて、東城は早々に予習を諦めスクールバッグに取りだしただけのノートと教科書を突っ込んだ。


「それに、俺が起きてるとお前も寝れないだろ?」


「気遣ってくれてるの? それとも、勉強をサボる言い訳?」


「気遣ってるに決まってるだろ。疲れたとか言って予習をサボった日なんて週に二回くらいしかねぇよ」


「結構あるんじゃない……」


 そんなやり取りをしながら東城は机の上の明かりを消した。


「……ねぇ」


「ん?」


 ぽすん、と柊は東城のベッドに腰掛けていた。


「アンタ、宝仙をどう思ってるわけ?」


「……ど、どうって? 別に好きとか嫌いとか――」


「そういうことじゃないわよ。そうじゃなくて、宝仙が犯人かどうかって話」


「あぁ。そっちか……」


 東城はほっとして、それから考えた。


「いま地下都市で被害は起きてないんだよな?」


「うん。もしあったら連絡来るようにしてあるから」


「状況的には揃ってる……てか、もう確定的なんだけどな。でも、犯人には思えない。性格っていうか、雰囲気の話だけど」


「そうなのよ。私もそう思う。正直、演技って可能性がないとも思わないんだけどね。だとしたら、余計にわけが分からなくなっちゃう」


「どうしてだ? 俺たちと一緒だと犯人は動けなくないか?」


「逆よ。あの襲撃犯は、襲うことじゃなくて戦うことを楽しんでた節があるの。それも、高レベル者限定で」


「……アルカナ級の能力者三人がいるのは、向こうとしては願ったりかなったりってことか」


「そういうこと。なのに動きがないどころか、その気配がまるでないってなると、もう意味が分からない」


「……もう少し、様子を見ないと分かんねぇな……」


 東城はため息交じりに言った。これで明日も面倒ごとに巻き込まれるのが確定したようなものだ。気が重い。


「ま、明日、学校から帰ったらまた合流する。それまで、宝仙の監視を頼んでもいいか?」


「分かった」


 柊が頷いて話は終わった。東城はクローゼットからシーツを取り出し床に敷いて寝る準備を整える。来客用の布団など常備していない上に、予備の布団の二枚を七瀬と宝仙に貸し出しているのでこれが今日の東城の寝床だった。


「あ、私がそっちで寝るわよ」


「あほ。女子を床で寝させられるわけねぇだろ。ベッドのシーツとかは取り換えたんだから、そっちで気兼ねなく寝てればいいんだよ」


 東城は答えながらエアコンを操作し、スリープモードに切り替える。


「……ありがと」


 柊が少し笑って言ったような気がしたが、明りを消してしまったので顔は見えなかった。


「おやすみ」


「うん。おやすみ」


 そう言葉を交わして東城もシーツを被る。

 だが、


(――寝れるわけねぇ!)


 いつもと違って堅い床の上だから――などではなく、すぐ傍で女の子が薄着で寝ているのに寝れるわけがない。

 それも、たった十日ほど前に好きだと言ってしまった女の子だ。

 あの時は自分の頭は朦朧としていたし、以降、柊もそれに触れて来ないからあれが現実だったかどうかという点から東城にとっては怪しいのだが、それでもそのことを思い出すと顔が燃えそうなくらい赤くなっていくのが分かる。


「ねぇ」


「はひ」


 そんな中で急に声をかけられたものだから、東城の声が裏返ってしまったとしても仕方のない事だった。


「……何かやましいことでも考えてたわけ?」


 夜だから隣の七瀬たちに気を使っているのか、柊は小声だった。が、それでもじとっとした怒りのようなものが声に乗っている。


「何でもないから気にしないで下さい。――で、何かあったか?」


「……えっとさ、今から言うのは寝言だと思って気にしないでね。あと、こっち向くな。反対側を向いてて」


 柊はそんな前置きをしてから言った。


「その、ゴメンなさい」


「……何が? 全然脈絡がなくて分からねぇんだけど」


「脈絡はないわよ。ずっと言おうと思ってたんだけどなかなか言うタイミングがなくて、顔見ながらだったら絶対言えないから、今になっただけだから」


 柊がそう言うが、それでも東城は柊に謝られるような理由は思い当たらなかった。

 たまに彼女は理不尽に怒ったりするが、それでも怒るには何かしら、そしてそれなりに真っ当な理由があって、その表現が理不尽なだけ――と東城は感じている。


「……俺、何かされたっけ?」


「十日前。私、大輝に酷いことを言った。『何も覚えてないくせに』『アンタは大輝じゃない』『私の居場所から出ていって』――いま思い返すだけで、本当に醜いことを言ったと思う」


 それは十日前、神戸に負け己の無力さを痛感し、絶望し、東城大輝でありながらそうでない部分を晒してしまったときだ。


「……あれは、お前が悪いわけじゃない。そこまで追い込まれてたってだけだし、一部は確かに事実だ。むしろ悪いのは、そこまで言わせた俺の方――」


「違う。上手く言えないんだけど、それは絶対に違うわよ」


 柊が、力強い声で言った。


「だから、ゴメンなさい。私を助けに来てくれたときの大輝は、最高にカッコよかった。昔とかそういうの、全然関係ないくらいね」


 柊の声に、照れと一緒に喜びのようなものが混じっているのを感じて、東城は余計に気恥ずかしくなった。


「……そういうの、面と向かって言わないでほしい」


「直接は伝えたけど、正面切ってないでしょ。だから反対側向いてろって言ったのよ」


 くすくすと柊は笑っていた。

 それからややあって、柊は切り出した。


「だから……」


 少しそこで、柊は言葉を詰まらせていた。


「だから、今のアンタは今のアンタとしての生活があるわけだし、本当はアンタが私たちに協力する必要なんてないのかもしれない」


「……どういう意味だ?」


「もし、誰かと戦うことになったとして。アンタは引き下がった方がいいかもしれないって言ってるの。そうした方が――」


「ふざけて言ってるなら怒るぞ。本気だったら殴る」


 東城は柊の言葉を遮った。その声色には、少なくない怒りの色が混じっていた。


「俺だって少なからず覚悟決めてんだよ。人を見くびってんじゃねぇよ」


「……覚悟?」


 柊の問いに、東城はどう答えようか一瞬迷った。


「聞かせてくれるわけ?」


「……今から言うのは俺の寝言。もう俺は寝てるから、完全に聞き流してくれ」


 東城は柊をまねて、そう前置きした。戦っているうちは勢いで言えるが、こうして普段に言おうとするのはいささか以上に勇気が必要だった。


「昔、一年前の東城大輝は誰でも救うようなヒーローだったんだろう。そんで、柊はそれに憧れてくれていた」


「そう、だけど……」


「だから柊は俺を護ってくれていたし、今でも能力者のいざこざをどうにかしようとしている。昔の俺だったらそうしようとしただろうから、みたいな理由だろうと俺は思ってる」


 東城は柊が何も返事をしなくとも続けた。


「で、俺は思うわけだ。本当は柊にはそんな危険なことをしてほしくはないけど、俺に止める資格はない。でも柊がそうやって危険に首を突っ込んでいるのに、最強の名を持つ俺がのうのうと生きていられるわけもねぇ」


 柊はずっと黙って、ただ東城の言葉を聞いていた。


「だから俺は、戦ってやる。お前が戦おうと思う限り、俺はお前の横に立ってやる。二度とお前が傷付かないように、俺が全力でお前を護る」


「……それが、戦う理由?」


「悪いか」


 東城はシーツで顔の半分くらいまで隠す。


「悪くはないけど……。――よくそんな恥ずかしい台詞言えるわね」


「寝言だって言ってんだろ。気にすんな。忘れろ。俺にそんなことを言った覚えはない」


 そう言って、東城は寝ようとする。顔が赤くなっているであろうことは気のせいという事にして、うるさい心臓をどうにか鎮めようとする。


「……忘れるわけないでしょ」


 ぼそりと柊は呟いたのが、遠くで聞こえる。

 そうして夜は更けて、まどろみが東城を呑み込んでいく。




 しかし、その夜。

 宝仙陽菜は姿を消して、

 地下都市で、また一人の被害者が出た。



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