第6章 二人の交点 -1-
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プロジェクト・サクリファイス。
二十二種全ての超能力を発現しうる唯一無二の能力者、日向優斗/平和ト破壊を育成し、理論上最強の能力者を生み出すことを目的としていた計画。
それは本筋であった黒羽根大輔率いる超能力研究開発が頓挫したいまも、アルカナ六名を含む百余名の能力者を用いて秘密裏に続けられていた。
そしてその計画は、自由を得た九〇〇〇の能力者の虐殺という非道なステップへと進もうとしていることを日向優斗は突き止めてしまう。
それを阻止すべく、姫宮瑞姫/天空ノ女教皇、佐渡悠希/最後ノ裁判官の力を借り研究所からの脱走を試みた優斗だったが、それは失敗に終わってしまう。
――そして。
日向優斗を残して外へ出ざるを得なかった姫宮と佐渡は、地上にて一人の能力者と邂逅する。
万象を燼滅へと導く、九〇〇〇の能力者の頂点――燼滅ノ王と。
*
地下都市・第0階層
研究所から解放された能力者たちが作り上げたその街は、地上で生活を送っている東城にとってももはや見慣れた場所になっていた。
ほとんど常連と呼んでも差し支えないいつもの喫茶店、いつものボックス席で、東城大輝は長い息を吐く。
「――なるほど、な」
対面には、セミロング程度の薄い茶髪のスレンダーな少女と、猫背がちで気怠そうな少年――姫宮瑞姫と佐渡悠希が座っている。その彼女たちの口から、プロジェクト・サクリファイスについての詳細の説明をちょうど聞き終えたところだった。
「……大輝様。デートの最中に件のプロジェクト・サクリファイスの問題を呼び込むとは、もしやわたくしのことがお嫌いなのですか?」
「デートじゃねぇって結論になってただろ……。あと俺の意志で問題を呼び寄せたり出来るんならもうちょっとタイミングを選んでマシな生活を送ってたよ」
東城の横ではジト目で七瀬が睨んでくるが、東城としては言いがかり以外の何ものでもないのでため息をこぼすほかなかった。
余談だが、脱走するため佐渡の能力で瞬間移動能力した際に彼女たちは海に飛び込んでいたのだが、東城の横に座っているのは最上位の液体操作能力者、波濤ノ監視者の七瀬七海である。海水など彼女たちの髪からも服からも一滴も残さず、まるで糸でもほどくようにするすると水分だけが引き出されていき、渇いたと言うよりそもそも濡れていたという事実自体をなかったことにされていた。
「その、こんなによくしていただいて、私たちにはなんのお礼も出来ないのですけれど……」
「いいよ、別に。俺が出してるのはコーヒー代くらいだしな」
「えぇ。ずぶ濡れではお店にも入れませんし、あの程度ならわたくしにとっては寝ていても出来ますから」
そう答えても、姫宮の表情はどこかまだ固かった。
それも当然のことかもしれない。いま彼女が言ったお礼は、服や喫茶代の話だけではない。――もっと大きな、プロジェクト・サクリファイスというものに無関係な彼らを巻き込んでしまうことについて、だ。
「……けど、それは別に完全に無関係ってわけじゃないからな」
東城の脳裏には、あのピンクの可愛らしい一冊のノートが過ぎっていた。
苛烈なほどに東城大輝を愛していた彼女が遺したそのノートには、これからも彼やその周囲へ降り注ぐ災いとなるであろう大小様々な能力に関した施設や計画が列挙されていた。
その中に、特に注意を引くように記されていたのが『プロジェクト・サクリファイス』だ。
林道愛弥の全てを否定した以上、東城はそれを見なかったことになど出来ない。
彼女の不安や心配の全てが杞憂であったと、そう証明することでしか、もう東城には彼女に報いることが出来ないから。
「なにやら浮気のにおいがいたします」
「気のせいだな」
横でむぅっと膨れている七瀬はスルーする。そもそも本気が誰なのかとか、色々突っ込んでしまえばどう考えてもやぶ蛇にしかならない。
「申し訳ない、とは思うのです。ですが、出来るなら今すぐにでも優斗を……っ」
「いやいや落ち着けよ、瑞姫」
いまにも身を乗り出しそうな姫宮を、佐渡は少し呆れたように制していた。日向優斗一人を置いてきてしまっているということで罪悪感と焦燥感に押し潰されそうになっている姫宮に対して、彼はきちんと冷静さを保っていられているように見えた。
「そうですわね。話を聞く限り、一分一秒を争うという事態ではないでしょう。プロジェクト・サクリファイスは件の平和ト破壊を中心にしか動けない。であれば、どんなことを企てていたとしても彼自身に危害が及ぶことはあり得ません」
「そういうことだ。いま俺たちが焦ったってしょうがねぇよ」
「で、でも、優斗が厳しい折檻とか……っ」
「それは折り込むしかねぇって話だ。優斗を怪我させないために他の人に怪我をしてくれっていうのは、筋が通らねぇんじゃねぇの?」
「そう、ですね……」
気持ちで言えば、それでも日向優斗に少しでも傷を負ってはほしくないのだろう。あるいは、彼らが脱走する直前に既に負った傷に対しても不安があるのかもしれない。
「すみません、気が急いていました」
「いえ、当然のことですわ。――それほど、彼のことが好きなのでしょう?」
ほほえみながらそう答えた七瀬に、姫宮は次第に顔を赤くして呟く。
「……あ、あの、そんなにあからさまでしょうか……?」
「隠せてるつもりだったのかよ……」
心底からため息をついて隣で佐渡が呆れ返っていた。なにやら彼も色々と苦労させられているらしい。
「まぁすぐにでも助けたい気持ちは分かるよ。ただ、姫宮たちが逃げた時点で向こうも俺たちの介入は想定しているはずなんだ。さすがに無策で飛び込めば共倒れになりかねない」
「迅速に動き出し、向こうの準備が整う前に、というのも手の一つではありますけれど」
「それじゃ賭けの要素が大きすぎる。そもそも、いまの時点で俺たちの方が出遅れてるのに」
分かっていて言っているであろう七瀬の案を東城はため息交じりに否定した。東城が頭首というわけではないからその全員を動かせるわけではないが、数の上で言えばこちらの戦力は九〇〇〇、向こうは一〇〇だ。それだけの差があるのなら、きちんと時間をかけて策を練り、精鋭を選んで挑んだ方がいい。焦燥に駆られていまの手駒だけで勝負するなど、こちらの利を自ら放棄しているようなものだ。
「……悠希は、冷静なんですね」
「逆だ、逆。――俺がもっと上手くやれてれば、今頃は三人で逃げられてたはずなんだよ。だから俺は俺にブチ切れてるし、なおさらもう手を間違えたりしたくねぇってだけ」
佐渡もまた、日向優斗の身は案じている。だが、一度失敗した以上、二度はない。それを理解しているから、自分の感情さえ理性で抑えつけているのだ。
「愛されてるな。その日向優斗って」
「あら。大輝様は親近感を覚えますか?」
「……俺の場合、敵もろとも俺に対して『心配かけるような真似するな』って半殺しにしてくるような連中にしか心当たりがないんだけど」
「それも愛の形ですわ」
だとしたらもう少しかわいげのある形がよかったと思う。
「まぁ、これだけ待ってくれてる人がいるんだ。そいつが助からないで誰かに利用されるなんていうのは間違ってる」
「……そうですわね」
続く東城の言葉を理解しているから、七瀬は穏やかなほほえみで返す。
「だったらそれは救われなきゃいけない。その為に俺たちの手が必要だって言うなら喜んで貸すよ。――俺の炎は、きっとその為にあるんだから」




