第2章 雲間の光 -5-
突然で申し訳ないのですが、書きだめている分があまりに多いので消費するためにしばらくの間は毎日(17時ごろ)更新にします。
そんなわけで一通りの前準備も終わったところで、問題は夕食だ。
「それで、さっきも訊いたけど夕ご飯はどうするわけ?」
「あぁ、デリバリーとか高いし作るつもりだけど。どうせ二人分も五人分も量が増えるだけで作業は変わらない……いや、やっぱりちょっと大変だけど、まぁいいんだよ」
東城はそんな風に答えながら冷蔵庫を開ける。
「材料はあるの?」
「あると思う。俺が怪我してて買い物しづらかったから、オッサンが休みのときに車で買い出しに行ってくれたから」
「それじゃ明日とかのがなくなるんじゃない?」
「それはなくなりそうになったときに買いに行く。お前らを家に残すのも不安だし、全員連れてスーパーに行く勇気もない」
そこで白川に出会ったが最後、学校で白川は二度と口をきいてくれなくなる気がする。まぁ内心、東城は白川と口がきけなくなったところで困るところはないので別に構わないか、と思っているのだが。
「ねぇねぇ、何作るの? あたしは肉が食べたいよ。お肉! ミート! あたしと!」
「ざっくりとしたリクエストだな。あと最後の変換の意味が分からねぇ」
東城は答えながら、冷蔵庫の中から鶏肉を発見する。
「唐揚げでいいか。あとは冷ややっことか楽でいいんだけど……」
運よく、豆腐もかなりの量があった。みそ汁にでもするつもりだったらしいが、ここはありがたく頂戴して、みそ汁の具は別のものにしよう。
「後は適当にサラダとみそ汁でも作ればいいか。シーザーサラダって、凝ろうとしなけりゃドレッシングかけるだけだから楽だし」
「……アンタ、料理できるわけ?」
「上手くはねぇよ。けど別に今日の料理なんて唐揚げ以外はほとんど切って盛り付けるだけだぞ。みそ汁のだしとかインスタントで済ませるし」
「……出来るんだ……」
どうしてか柊ががっくりとうなだれていた。
「?」
東城は首を傾げながらも、鶏肉のパックを取り出してまな板に載せた。
一時間後。
テーブルの上には三人分とは思えないほど山積みされた唐揚げと、ボウル二つに山盛りのサラダと、一人分ずつのみそ汁と冷ややっこが載せられていた。
「オッサンの分はもう別にとってあるから好きなだけ食え。――宝仙、好きなだけっつったけど唐揚げの大皿を自分のものにするな。それは全員分だ」
よだれを流して目を輝かせている宝仙から東城は唐揚げを引き剥がす。と、そんなことをしている間に七瀬はじっとテーブルの上を見つめていた。
「どうかしたか?」
「……これを全部、大輝様が? 女子力がお高いですわね」
「誉めてるつもりかもしれないけど、ものすごい逆効果だからな?」
なんだか馬鹿にされているようにしか感じられなかった。
「ですが、唐揚げというとニンニクを使っているのでしょう? 女子に振る舞う料理としては減点ですわ」
「別に点が下がったって俺としてはどうでもいいんだが……。てか、ニンニクは使ってねぇし。うちの保護者は病院の院長だから、臭いのつくものは入れてない。これはにんにくの代わりに下ろしたショウガを使ってる。ちなみに残ったショウガは冷ややっこの上に乗ってるから」
「……流行りの生姜を使いつつさりげなく残りものを減らす発想力……。やはり女子力がお高いですわ。ぜひお嫁に来て下さい」
「行かねぇよ」
東城はため息をつきながら、自分の取り皿に唐揚げを取った。
「ほら、いいから食え。皿洗いとかもしなきゃいけねぇし、明日の英語の予習とかもあるし、俺に時間は無いの」
「あら。そうでしたら食器の後片付けはわたくしが引き受けますわ」
「……お前が?」
「えぇ。波涛ノ監視者の見せ所ですわ」
「そんなことに能力を使うんじゃねぇよ……」
「大丈夫ですわよ。わたくしの能力は化学的な“水”を操るのではなく、仮想の液体を具現化し使役する事ですわ。つまり、量や形状はもちろんの事、水圧や粘度も自在に操れますわ」
「そういうことじゃねぇが……。まぁいい。とにかく、いただきます」
東城は箸を持って手を合わせる。それにならって三人も挨拶して、各々食べ始めた。
唐揚げを一口かじり、七瀬が顔をほころばせる。
「まぁ、美味しいですわ!」
「そりゃよかった。つっても俺のオリジナルじゃなくてどっかのレシピ本どおりの味だとは思うけど」
「それでも美味しいものは美味しいよ!」
「誉めてくれるのもそんだけ美味そうに食ってくれるのも嬉しいが、お前は真っ先に半分くらい唐揚げ持ってったんだからそれ以上は食うんじゃねぇぞ」
宝仙から唐揚げの皿を体格の位置に移動させる。少しでも気を抜けば唐揚げが全部なくなってしまいかねないと思う。
「……おいしい」
柊が唐揚げを一口食べて、小さく呟いていた。
「何で悔しそうに言ってるんだよ」
「うっさい」
もぐもぐと柊が頬張りながら、深いため息をついていた。
全くよく分からない反応だが追及すると本気で怒られそうだと察した東城は、別の話題を探すことにした。
「そう言えば、地下都市って食事とかってどうなってんだ?」
「ガスは流石に無いですが、電気は通っていますから、IHのコンロは使えますわ。ですが、それでも能力者経営のレストランなどを多用しますわね。もしくは地上に出て外食するか、でしょうか」
「何で?」
「料理のスキルを持っている者が閉じ込められていた能力者にいると思いますか? そういった事が出来る能力者は極めて稀、ですから彼らがレストランを経営するのですわ」
「なるほどなぁ……。でもなんか、それだと金がかかって大変そうだよな」
「はい。ですから料理が出来る男性というのは良いですわね」
「そうか?」
「えぇ。わたくしなんて最近まで千切りは本当に千等分すると思っていたくらいですから、ここまでの物を作る大輝様はむしろ崇拝の対象と言い換えても――」
「誉めたいのは分かったけどベクトルが凄い明後日の方を向いてるぞ」
ツッコみながらもぐもぐと箸を進めていく。
「なぁ、柊は料理できるの?」
「……何でそんなこと訊くわけ?」
あからさまに不機嫌になったのが分かるくらい、その綺麗で鋭い――鋭すぎる目で睨まれた。
「い、いや。七瀬たちが料理できないのは最近まで研究所に閉じ込められていたからだろうけど、お前は一年前には地下都市に来てたわけだし、自炊とかしてるのかなと思って」
「……頑張ってる途中よ」
「そ、そうか……」
蛇さながらに睨んだかと思えば、唐揚げを口に入れて「……おいしい」とか「……これ食べた後に『料理できる』とか言えるわけないじゃない」とか、憎らしそうに誉めてくれるからよく分からない。
「……ま、食ってくれる人がいるのはいいよな」
いつもオッサンは帰りが遅い。日本一、いや、世界有数の名医と名高いオッサンが忙しくないはずがない。この一年で海外に出張に行った回数など百に近いほどだ。
だから一人で食べることも少なくはなかったし、白川などがいるときは振る舞うのではなく遊んだ帰りの外食ばかりだった。
こうして面と向かって自分の料理を食べる人がいるのは、何だかあったかかった。
「……で、人が感慨にふけってる間にお前はどんだけ唐揚げ食うんだ! せめてサラダを食えよサラダ! それすぐ作れんだから!」
宝仙がリスのように唐揚げを頬張り続けるので、気が付けばメインの唐揚げはほとんど残されてはいなかった。
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