第2章 雲間の光 -3-
突然で申し訳ないのですが、書きだめている分があまりに多いので消費するためにしばらくの間は毎日(17時ごろ)更新にします。
「ねぇねぇ東城君。あたしはお腹が空いたよ」
「おい、昼にあんだけ食っといてどの口が言うんだ」
「この口だよ」
アヒルのように唇を突き出してみせる宝仙。
「殴ってやろうか……っ」
普段の東城なら多少なりともドキドキしていたかもしれないが、散々宝仙に振り回された東城のいら立ちはそんなことにドキドキする余裕を与えてくれない。
「イライラしただめだよ。お腹がすくからイライラするの。だからご飯食べに行こ?」
「行かねぇよ」
「ねぇねぇ東城君。あたしはおなかがすいたよ」
――などというやり取りを十五分ほど延々と繰り返している二人がいるのは、第1階層にあるマンションのエントランス前だ。
いくら超能力者でも建造物を一から組み上げるのに一年は短いのでは、と思って先程柊に訊いたところ、取り壊し予定のマンションや住宅、研究所の研究員が住んでいた社宅などを能力者が用意した張りぼてと瞬間移動能力者がすり替えたそうだ。
だというのに、新築同様に汚れが見えない。というのも時間操作能力者で巻き戻して耐久年数を引き伸ばしているらしいから、実質まだ築一年と言ったところだろう。
「……やっぱ、すげぇな」
東城は思わず呟いてしまっていた。
能力者は九千人いる。だが、そのほとんどが未成年、それどころか半数以上が東城よりも年下だ。
そんな子供たちだけで、たった九千人。
それだけでここまでの街を作り上げている、それもわずか一年間で、だ。
そのきっかけを作ったのも、計画を実行したのも、全て自分が知らない自分だ。
(やっぱり、昔の俺の方が……)
東城は、本気でそう思わずにはいられなかった。
同時に、自分と過去の自分とのギャップにため息をついてしまう。
いまの自分なら、ここまでの大規模な事をやろうなどと口にできるのだろうか。いや、そもそも思いつくのだろうか。
それに自信を持って答えることが出来ない。
自分は自分に劣っている。
そう、思わされてしまう。
「――あら。何を暗い顔をなさっているのですか?」
そこで、七瀬の声がした。
振り向くと、そこにはやはり七瀬がいた。ピンクや黒が使われていた格好から、七瀬の服は夏らしく白や水色、イエローを基調とした涼しげなものに変わっている。
横には、全く変わらない姿で柊もいる。
「――って、その服って確か……」
「そうですわ。前に大輝様に誉めていただいたので、お気に入りの一着、という訳です」
「買ったのは横にいる柊だけど……」
東城がため息交じりに言うが、七瀬は大して気にしない様子だった。
「ですが、このイヤリングは大輝様がプレゼントして下さったものですわよ?」
その可愛らしい服とは少し合わないチタンのイヤリングを七瀬は揺らして見せた。それでもそのミスマッチ感もファッションに見えてしまうのだから不思議だ。
だが、そもそもそれはプレゼントではなく、無理やりねだられたものだったと東城は記憶している。どうも、七瀬の記憶は都合よくすり替えられるものらしい。
これ以上この話題を続けても疲れるだけだと判断した東城は、柊に話しかけた。
「それで、柊は着替えなかったのか?」
「何よ」
柊がじろりと睨んできた。妙な凄味があった。
「い、いや。特に深い意味はねぇよ。ただ七瀬みたいにあの時の格好するのかな、って……」
「あの時のは七瀬が勝手にコーデしただけで、私は別に……――」
言いかけて、何かを思い出したらしい。見る見るうちに顔が赤くなっていく。
「――ッ! うるっさいわね!」
「何で怒ってんだ!」
理不尽に怒鳴られて東城は反論するが、柊はそれに取りあうこともせず一人で顔を真っ赤にして怒っていた。
「あら。怒っている訳ではありませんわよ。どうせ柊美里の事ですから照れ隠しではないですか? ですがまぁ、彼女があの時の格好をしなかったのは照れているから、とは違う理由がありそうなのですけれどね」
「ちょっと何を言おうとしてるわけ!」
相変わらずの七瀬は東城にフォローを入れながら巧みに柊にだけ嫌がらせをしていく。東城としては、七瀬への好感度が上がるというよりは絶対に敵に回したくないポジションを独占中だったが。
「あら。あの服を着ると一つ欠けている事に気付かれてしまう。だから着替えをなさらなかった、というわたくしのただの推測を語ろうとしただけですが」
「うっ……」
柊が珍しくたじろいでいた。どうやら、図星だったらしい。
「せっかく大輝様がくれたネックレスを、失くしてしまわれたのでしょう?」
七瀬はニコニコ笑いながら、さりげなく自分の耳に触れてチタンのイヤリング(東城・贈)を見せびらかしていた。
「アンタ、本ッ当にいい性格してるわね……っ」
「あら。お誉めに与り光栄ですわ」
スカートの裾を摘まんでちらりと上げて、華麗にお辞儀までして見せる七瀬。嫌味もここまでくればいっそ清々しい。
それを睨んで歯ぎしりしていた柊は、ややあって、はっと気付いたように東城に視線を戻す。――が、何と言ったらいいのか思いあぐねている様子で視線が泳いでいた。
「あ、あのね」
「おう」
「ほら、十日前に派手に喧嘩したじゃない? ここの河原でさ」
「……あれを喧嘩で済ませるのか……」
東城の記憶が確かなら、コイルガンだかレールガンだかで左の掌と右太ももの肉を抉られたはずだ。喧嘩どころかカテゴリとしては、一般にそれは傷害事件をすっ飛ばして、殺人未遂と呼ぶのではないだろうか。
「細かいことは置いといて。で、そのときに私、な、失くしちゃったのよ。……あの、その前に買って貰ったリングのネックレスを……」
どうやら、それが気まずさの原因らしい。自分が悪いと思っているからか、柊は平素と違って随分としおらしい声を出していた。
「ち、ちゃんと探したのよ? あのあとすぐに気付いて、初めて大輝がくれたものだから――じゃなくて、せっかくくれたものだから、かなり慌てて探しに行ったんだけど、暴れた拍子で川に落ちちゃったのか砂利に埋もれちゃったのか、電磁波でレーダーを展開してもさっぱり見つからないし、ちゃんと素手で探して回ろうとしてたんだけど、すぐに襲撃騒動とかあって、それ以外にも電力の供給の仕事とかもあって、日中に時間が取れなくなっちゃって、夜だと暗くて見つかんないし、えっと、そのぉ……」
しどろもどろの言い訳を一息でした後、柊は言葉を詰まらせてしまった。指先をくりくりといじってちらちら東城の顔色を窺う様は、普段の勝気な柊らしからぬ可愛さがあった。
「そ、その、やっぱり怒ったりする、わよね……?」
「別に怒っちゃいねぇよ」
「やっぱ怒ってる……。そ、そりゃ、プレゼントした者を二十四時間も経たずに失くしちゃったのは悪かったと思うし、あんまりいい気はしないとは思うけど……」
東城は柊の珍しい可愛さに照れて視線を逸らしたのだが、どうやら、それを柊は怒っていると受け取ったらしい。
「あー、もう。別に怒ってねぇんだけど、んじゃ、アレだ。デコピン一回でチャラってことで」
「……分かったわよ」
柊は恥ずかしいのかそれとも東城に仕返しされるのがいやなのか、ぷぅっと少し頬を膨らませながらも、その小さな額を東城に突き出して眼を閉じていた。
東城はポケットのものをさりげなく拳にひそませて、デコピンを打った。
パチン、といい音がした。
「痛い……っ」
柊は少し涙目になって額を抑えた。
少し威力が強かったことに抗議をしようというのか、少し怒った様子で目を開き、そこで表情は固まった。次いで驚愕の色が広がって、最後には満面の笑みへと変化した。
柊の目の前には、東城の手が。
正確には、中指にリングのネックレスを引っ掛けて、それを見せつけている東城の手が。
「そ、れ……」
「河原に落ちてたんだよ。お前らに正座させられた時に『砂利の下に何かあるなー』って思って後で拾ったらこれだった。ま、ただのラッキーだよ」
「……、」
柊はすぐに受け取るようなことはせずに、しばらくそれを見つめていた。
「どうした? あ、汚れてはないと思うぞ。七瀬の着替えを待つ間に少し磨いといたから」
「そういうことじゃなくて……」
言いながら、柊は両手でそのネックレスを掬うようにして受け取った。
「あ、りがと……」
「どういたしまして」
柊があんまりにも嬉しそうにするから、東城も思わず笑みが零れた。
「――ずるいですわ」
既視感ならぬ既聴感のある声だった。
振り向くと、七瀬がじとっとした目で東城を睨んでいた。横で宝仙も何故か一緒になって東城を見ている。
「ねぇねぇ、七瀬ちゃん。これは“らぶこめ”というやつなの? それとも“らぶらぶ”というやつなの?」
「どちらにしてもこんな展開はわたくしがぶち壊しますわ!」
「だよね! 東城君が好きなあたしとしてもちょっとこういう展開は見過ごせないよね! でもお腹が減ったよ! ご飯食べに行こ!」
「お前は結局どうしたいんだ……」
わけの分からない宝仙に呆れながらツッコみを入れつつ、東城は出来上がりつつある修羅場からの逃亡を試みていた。
「いいから行こうぜ。ほら、地下都市は夕方になると店も閉まりだすんだろ?」
「そうね」
いざ歩きだそうとした東城だったが、ふとそこで足を止めた。
「あ、そう言えば何時に解散だ?」
「は? なに言ってるわけ?」
「いや、今日は俺が夕飯の担当だから帰って飯は作らねぇと……」
オッサンの家に居候させてもらうに当たって、東城は何もしないわけにはいかないので(それでもオッサンはそんなことはしなくていいと止めたのだが)、家事を週四日は引き受けることにしている。
そして今日は東城の担当日だ。夕飯に限らず洗濯など家事全般を済ませなければいけない。
「ちょっと。宝仙を監視するんでしょ?」
「帰ったら監視は出来ませんよ」
「……は?」
柊と七瀬が真っ直ぐ見つめてくるので東城は言葉を失った。意地悪を言っているのでも何でもなく、彼女達は本気で東城の言葉を捉えているらしい。
「いや、だって今はまだ早くても夜になったら流石に帰るぞ?」
「だから、アンタは今日、私たちと行動を共にするんでしょ」
「今日は帰しませんわよ」
七瀬の言葉はダブルミーニングな気がして怖いが、とりあえずスルーする。
「ちょっと待て。どっちにしても明日は学校があるのに帰らないわけにはいかないだろ?」
「知らないわよ。アンタが言いだしたんでしょ」
「ですわ」
「おぉ、お泊まり会だね!」
宝仙の一言のせいで、とりあえず東城は逃げられない現実を認識させられた。
「……あ、UFO」
「そんな手で逃がすと思うのですか?」
「あと、私は電磁波のレーダーを常に展開してるからその手は全く意味ないわよ」
「え、UFOどこ!?」
一人本物のバカが混じっていたが、それが足を引っ張ったとしても二人は絶対に逃がしてくれそうもない。
「まじですか……」
東城はがっくりとうなだれるしかなかった。
幸せな状況に感じなくもないが、それよりもその先に待っている修羅場をリアルに想像できてしまっているせいで、まったく躁状態になれずに鬱のどん底を一人で突っ走っていた。




