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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第2部 クロス・ライト

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第2章 雲間の光 -2-

 突然で申し訳ないのですが、書きだめている分があまりに多いので消費するためにしばらくの間は毎日(17時ごろ)更新にします。


「で、何で病院に連れてきたんだ? あれか、俺の手当てか」


「あ、そう言えばアンタの手当てがまだだったわね」


「おいコラ。素で忘れんじゃねぇよ」


「まぁまぁ大輝様。それとその台詞は十日もの間、音沙汰の無かった貴方が言えるものではありませんわよ」


 そんな東城は何の説明も受けることなく、地下都市唯一の病院へと連れて来られた。


 これでも建物の作りはしっかりとしていていかにも街の病院、という感じがあるのだが、つい先ほどオッサンの経営する病院から出てきたばかりの東城からすれば手狭に感じてしまうのは否めない。比較対象が大き過ぎるのもあるだろうが、やはり地下都市の人口を考えてこちらがそもそも小規模に造られているのだろう。


「さて、アンタの手当ては後でいいかな」


「おい」


 そんなやり取りを何度か交えつつ、東城たちは中に入ってある人物の下を目指した。


「――あ、東城君!」


 階段を上がると、廊下のベンチ状のソファーに座っていた目的の人物――宝仙が何の前触れもなく東城に抱きついてきた。


「やぁ、久しぶりだね!」


「さっきまで一緒にいたけどな!」


 東城は受け答えしながら必死に宝仙を振りほどこうとする。だがやたらと力が強くなかなか離れてくれない。


 宝仙がくっついている間じゅう柊と七瀬が向ける冷たい視線がいやに怖かった。


「大輝様、その光輝ノ覇者(ザ・ムーン)とはどういうご関係で?」


 ごごご、という効果音が聞こえるようなオーラを再度まとって七瀬が問い詰めてきた。だが、東城はあえてそのオーラは見えないふりをして会話する。


「ザ・ムーン?」


 そんな名を聞いたのは初めてだった。名前から察するにアルカナの一人だろうが、東城の目に映る限りそんな強そうな能力者は見当たらなかった。


「そこの宝仙陽菜の能力名よ。発光操作能力者のアルカナ。――あと、宝仙は助けられたから大輝に惚れた、ってアンタと同じ関係なんだから、アンタが文句言うのは間違ってるわよ」


 柊が簡単明瞭に説明してくれた。


「ってアルカナ!? このバカが!?」


「面と向かってバカって言われた!」


 宝仙が心外そうな顔をするが、東城の中の位置づけは“白川と同類”だった。

 アルカナというのは超能力者の頂点に立つ二十二人を指す。その上、能力は、感覚や筋力ではなく脳の演算に頼るもの。その頂点となれば必然的に知能が高いはずだ。

 そうなると東城が驚くのも無理はないのかもしれない。


「……その様子じゃ、アンタ何も知らずに宝仙を助けたわけ?」


「お人好しだとは思っていましたが、そこまで相手の事情に無頓着ですとわたくしとしても、貴方の事をバカだと言わざるを得ない気がするのですが」


「……なんかすいませんでした」


 二人の冷たい視線に耐えきれず、東城はとりあえず頭を下げた。


「ところでさ、その様子だとお前達は何か知ってるのか?」


「それは、今から本人に確認するところですわね」


 七瀬はそう答えて、柊が何かを察知するより先にポケットから数枚の写真を取り出して宝仙に突き付けた。


「ここに映っている人間に見覚えは?」


「……、」


 問いには答えず、ただ宝仙は青ざめていた。

 それもそのはず。写真に写っている人は皆、体中に包帯を巻いてベッドの上で寝ている――いや、意識不明の状態だったのだから。


「おい、いきなり過ぎて全然ついていけねぇよ。だいたい、宝仙がビビってんだろ」


「あら。わたくしには怪我の程度に血の気が引いた、というよりは後ろめたいものがバレた子供のように見えますが?」


 こういうときの七瀬は、ずばりと真実だけを突き付けて人が逃げ出したくなる心を根底から徹底的に潰そうとする。

 目的の為には七瀬は手段を選ばない。味方になって落ち着いていたから忘れていたが、それをもう一度強く意識させられる。


「……知らない」


 宝仙は震える唇で呟いた。だがその声は、さっきまでとは打って変わって酷く掠れていた。


「あら。貴女が知らない訳が無いでしょう? この方々の負った怪我は皆、火傷の一つのみ。それも皮膚組織の深部にまで――」


「あたしは、何にも知らない!」


 宝仙は怒鳴る。

 飄々と何を考えているのかすら分からない宝仙が、ただ腹の底から叫んでいた。


「……柊」


「分かってる。ちゃんと説明するし、それまではアンタも勝手に進めないでよ」


 柊は七瀬に釘を刺しながら、宝仙を一度近くの空いている病室に連れていきそこで待機させた。


「まったく、だからアンタのやり方は好きになれないのよ」


「あら。性急に事を進めなければ被害は拡大するばかりですわよ」


 二人がまた何か言い争いそうな雰囲気を醸し出し始める。


「いいから、まずは俺に説明しろ」


 いら立ちを隠すことなく、東城は問うのではなく眉間にしわを寄せながら命令した。


「……そうね。まず一つ。さっき話した襲撃者に襲われたのが、この写真の人だっていうのはいいわね?」


「あぁ」


「そして、その怪我はさっき七瀬が言ったけど火傷だけだったの。それも、局所的でかつ深部まで焼けるほどの高温によるものだった」


「……レーザーだって、言いたいわけか」


 そこまで聞いて東城は納得した。

 宝仙の能力は発光能力。それもアルカナだ。となれば、容疑者となるには十分だろう。


「けど、他にも可能性はあるだろ。発火能力者の線だってあるはずだ」


「そうなんだけどね。でもいまいる発火能力者じゃこんな局所的な破壊は出来ないのよ。出来るとしたら日高かアンタくらいだけど」


「もちろん俺じゃねぇぞ」


「そんなのは分かってるわよ。それと日高と戦って分かってると思うけど、発火能力者のトップの日高は掌以外で火炎の操作が出来ない。他の能力者じゃこんな細い火炎の操作は無理でしょうね」


「ここまで全身を焼きつけるには、日高でも手が足りねぇってことか」


 柊は頷いていた。


「他の発光能力者は?」


「いるけど、軒並みレベルが低いの。二十二種ある能力の中でも、性質がいまの科学で解明されている現象の能力ほど扱いやすいって言ったら分かるかな。光量子なんて研究途中のものを操る発光能力者は、どうしてもレベルが低い傾向にある。レーザーなんて高度なものを自在に操れるのは、現状レベルBに達している宝仙だけよ」


「なるほどな……」


 ならば、宝仙が疑われるのも無理はない。むしろ、自然な流れだろう。

 他に容疑者がいないのなら、宝仙しかあり得ないのは確かだ。


「共犯の可能性は? 例えば金属を操る能力と発火能力者が合わされば、その怪我は再現できねぇか? それか、何か道具を用いたとか」


「目撃証言が複数犯じゃないって言ってるの。それに、道具を用いてまでこんな怪我にする必要性がないわね。メッセージ性があるわけでもないし、向こうには能力者全員のデータベースを閲覧する権限はないから罪をかぶせる、なんて理由にはならない」


「そうか……」


 東城はそう言って、歯噛みするしかなかった。このままでは宝仙が犯人になってしまう。


「けど、俺にはそうは思えねぇんだよ」


 東城と宝仙はほとんど接点がないが、あの短い間のコミュニケーションで宝仙の人となりは分かっているつもりだった。

 その上で彼女は『あたしのせいで誰かに傷ついてほしくない』とまで言った。その宝仙が、こんな残虐な襲撃などするとはとても思えない。


「でしょうね。私も本人とはいま会ったばっかりだけど、そうは全然見えないわ」


「ですが、写真を見せつけられた時の彼女の反応を見たでしょう? あれで彼女が無関係とは到底思えませんが」


 七瀬の言う事も真っ当だ。あの時の宝仙のリアクションはただ重傷の人間の写真を見せられた、と言うには確かに過剰なものがあった。


「……なら、監視はどうだ?」


 だから東城はそう提案した。


「その襲撃ってほぼ毎日起こってるんだろ? 今日の被害がまだなら、今日一日あいつと一緒に行動して、その間に事件が起これば無罪、起こらなければ可能性大ってことだ」


「……なるほどね」


「それはよろしいですが、もし仮に彼女が犯人だった場合、わたくし達三人ともが背中を刺される可能性もありますわよ。その場合は、いったいどうなさるおつもりで?」


「……気合と根性?」


「すんごい既視感あるセリフなんだけど……」


 柊が頭を抱えて深いため息をついた。


「まぁいいわよ、それで。そんなこと言いながらホントにどうにかしちゃうのが、いつものアンタなんだし」


「……誉めてくれてるのか?」


「果てしなくバカにしてる」


 即答だった。


「まぁいいでしょ。さて、んじゃ宝仙陽菜を引きつれて、ぶらぶらウィンドウショッピングでいい?」


「おう」


「あと、アンタは一応宝仙に謝っときなさいよ。どんな事情があっても、ああいうことはいきなりやるのは絶対によくないわ」


 びしっと柊は七瀬を指差した。


「嫌です」


 だが、柊の言葉に七瀬は作り笑顔をもって答えた。

 ぴくぴくと柊がこめかみのあたりを震わせている。このままではまた柊と七瀬の喧嘩という名の殺し合いが勃発してしまう。


「七瀬、そういう謝罪とかはちゃんとやれよ」


「はい、分かりましたわ」


 相も変わらず、凄い変わり身の早さだった。

 ため息をつきながらの東城を先頭に、三人で宝仙のいる空き病室に入った。


「あ、東城君!」


 満面の笑みを浮かべた宝仙は、そのまま押し倒しかねない勢いで東城に抱きつこうとしてきた。もちろん、そのまま抱きつかれて柊たちに無駄な折檻を受ける気もないので、東城は宝仙をしっかりと押さえつけていたが。

 宝仙の額を手で抑えながら東城は七瀬に目をやった。


「ほら、七瀬」


「……光輝ノ覇者。先程は唐突に無礼を――」


 渋々、慣れない謝罪を口にしようとした七瀬だったのだが、


「先程? さっきって何かあった?」


 返ってきた返事は、ある意味で予想通りのものだった。


「……大輝様」


「あぁ、お前の気持ちも分かるぞ。俺がやれって言ったから慣れない上にプライドが邪魔しても謝ろうとしてくれたんだな、ありがとう。けどこいつは人をいらだたせる天才だったって言うのを忘れてただから俺が悪かったからまずはその水のランスをしまおうか!」


 東城は早口で捲し立てて、必死に七瀬をなだめた。

 七瀬を怒らせると恐いのは十日前に色々な場面で経験済みだし、その七瀬が怒りっぽいのは初めて戦ったときに怒鳴られたので身に沁みている。

 ちっ、と七瀬は聞こえないように(それでも東城には聞こえてしまったが)舌打ちして、水のランスを収めた。


「アンタねぇ……」


 怒りっぽさで言うと七瀬の数段上を行く柊でさえ、この好戦的な態度には流石に辟易している様子だった。


「まぁまぁ。とにかく、みんな仲良くだな……」


 どうにか仲を取り持とうと東城は三人の顔色を窺うが、誰も彼も無関心だった。

 そもそも考えれば、それぞれの接点は主に東城に対してであって、彼女たちがそれぞれ別段に仲良しなわけではない。友だちの友だちは友だちと限らないものだ。


「ま、まぁとりあえずどっか遊びに行こうぜ。第0階層でいいんだよな?」


「あら。そうでしたら着替えて来てもよろしいですか?」


 七瀬が先程までの舌打ちなどを隠すような綺麗な笑顔で東城に言った。


「別にいいけど、汚れてるわけでも部屋着だったわけでもないだろ、それ?」


「あら。女性の服装は一日と経たずに変わるものですわよ」


「……そうなの?」


「私に訊かないでくれる? 嫌味なわけ?」


 私服に制服を選ぶ柊が睨みを利かせるので、東城は大人しく何も言わずに引き下がった。


「ところで、大輝様は、女性のどういう服装がお好みですか? 清楚とセクシー、大人な雰囲気と少し幼い雰囲気、などイメージだけでもいろいろご用意はありますわよ?」


「……なぜにそんな事を訊くの?」


「あら。大輝様のお好みに合わせようと思ったのですわよ。ちなみに夏場ですので多少の露出は全然構いませんわよ。シースルーはやはり男の方は好きですわよね?」


「……、」


「何を想像してるわけ?」


「耳がもげる!」


 ただ東城はリアクションに困っていただけだというのに、言いがかりで柊に思い切り耳を引っ張られた。


「あら。ご自分の所有する服が貧困だからと言って、大輝様に八つ当たりするのは宜しくないですわよ」


「誰が貧困よ」


「貴女だと申しているでしょう」


「そんなことは分かってるわよ。今のが反語だってことくらい分かるでしょ。それも分からないくらい馬鹿なわけ?」


「あら。もちろん分かっていますわよ。もしかして貴女は莫迦にされている事も分からないのですか?」


 いつも通り、二人は言い争いだした。

 それが少しばかり久しぶりで懐かしくもあるのだが……。


「ちょっと!? お前ら何を本気で能力解放してんだ!?」


 目の前で柊は全身から紫電を撒き散らし、七瀬は両の手に二本ずつの水のランスを生み出して構えている。


「あら。止めないで下さいな、大輝様。女には戦わなければならない時があるのです」


「絶対にそれは今じゃないと思うんだけどな!」


「何よ。アンタ、私が七瀬に負けるとでも思ってるわけ?」


「思っちゃいないがそういうこっちゃねぇ!」


 東城が叫ぶが、既に二人の耳には届いていない様子だった。


「あら。十日前に負けたっきりの分際で随分と吠えますわね?」


「うっさいわね、三下。過去の栄光にばっかりすがってるのは惨めに映るわよ?」


 バチバチと視線で火花を散らしながら……というか、柊に至っては実際に放電で火花を散らしながら、睨み合っていた。



 ――必死に止めようとする東城だったが、当然のごとく、健闘むなしく病室一つを吹き飛ばして病院から追い出されるまで、二人のアルカナの洒落にならない殺し合い、いや、戦争は続いた。

 ちなみに、東城の手当ては結局柊がぶつぶつ文句を言いながらも引き受けてくれた。



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