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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第1部 アーダー・ティアーズ
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第1章 焼失の先へ -2-


 数分後、東城が話をする為に案内されたのは近所の大きな公園であった。


 グランドや子供用の遊具はもちろん、野球場やテニスコートまである。近所にはマンションも多く、さらに小中学校が一つずつ、高校は三つもあるため、夕焼け手前くらいの今の時間帯はとても大勢の人で賑わっていた。

 急に日常へ戻ってきた感覚があったが、だからこそ、不思議に思う。


「……何でこんな所なんだ? さっきのあの不思議な現象って、人前で話していいのかよ」


「あんまりよくはないけど、騒がしければ誰も私たちの話なんて聞いてないし、それにここの利点は七瀬が強襲できなくなるところよ。これだけ人がいれば暴れられないし、その前にクラッキングを仕掛けようとしたら不自然さで私たちが気付ける」


「クラッキ……? それってPCの用語だよな?」


 東城に聞き覚えのあるのは、いわゆるハッキングのことだ。どちらが正しい呼び方だったか定かではないが、日常会話ではほぼ同義に扱っている。


「同じ言葉ではあるけど別物よ。ま、それは後で説明するわ」


 柊はそう言いながら人が少なそうな端のベンチへ歩いてき、そこに腰かけた。

 彼女が手招きをして横を指さすので、横に座れということなのだろうと判断して東城も並んで座る。

 ふわりと漂う甘い香りに東城はドキッとしたのだが、彼女がそれに気づいた様子はない。


「改めて。私は柊美里よ。よろしく」


「よろしく。俺は東城大輝――でも、もう名前は知ってるみたいだったけど」


「護衛対象の情報収集は基本よ」


 さらりと護衛という単語が出てきた時点で、あまり穏やかな内容でなないらしい。


「……つまりストーカーか?」


「蹴り殺すわよ」


 宣言と同時、柊は東城のすねを思い切り蹴飛ばした。


「お、俺は少しでも場を和ませようと……」


「修羅場に変えてどうするのよ」


 もっともな事を言われて、東城はわざとらしく咳でごまかした。


「まぁいいわ。まずは何から説明しようかしら……。そうね、例えば――」


 彼女はそんな前置きをして、じっと東城を見つめた。


「私たちは超能力者だ、って言ったら信じる?」


「信じない」


 即答だ。

 その返答を聞いた瞬間、柊のつま先が東城のすねの先程と全く同じ位置を打った。女子だからとは侮れない脚力で、東城は足を抱えてその場にうずくまる。


「信じなさいよ、そこは。じゃないと話が前に進まないでしょ」


「いや、お前、そんなのどうやって信じろっていうんだよ……」


 すねをさすりながら、東城は涙目で返事をする。


「……じゃあ、訊くけど。七瀬の手には水で作られたランスがあって、実際にアスファルトだって切り裂いてる。私は放電してみせて、それで実際にアンタの窮地を助けたわ。これは事実でしょ。信じないわけにはいかないんじゃないの?」


 その言葉に、東城は何も反論できなかった。

 名称は何であれ、東城の目の前で起きた現象だけは事実だ。それはこの目で見て、耳で聞いて、肌で感じたのだから。


「……確かに、そうだよな。名称はなんであれお前たちがその不思議な力? を使えるのは本当なんだもんな」


 その力を端的に超能力、と言い表しただけだ。本来はもっと専門用語が存在するのかもしれないが、それはただの飾りで必要ないだろう。


「分かった。信じる……っていうか、ちゃんと認識しなおす。――で、一つ聞きたいんだが」


「何?」


「超能力って、具体的に何なの?」


 そこが一番の疑問だった。

 漫画の中ならば気にも留めずにスルーしただろうが、目の前で起きた現象となると話は違う。ヒトはそういった不可解な現象を前にすれば好奇心が働くものだ。

 その東城の問いは予想していたのか、柊は少し考えるそぶりは見せたが、滑らかに口を動かし始めた。


「そうね……。まず知っておいてほしいんだけど、この世界には『シミュレーテッドリアリティ』っていう情報・演算の塊みたいな世界があるの。そしてこの現実は、そのシミュレーテッドリアリティの演算結果を映し出している、って考えられてる」


 そう言われてもすぐには理解できなかった。ゆっくりと柊の言葉を反芻しながら、自分の中に落とし込んでいく。


「……つまり、この世界とは別のデジタルな世界がもう一個あって、それをこっちの世界がトレースしてるってことか? 例えばパソコンの本体とディスプレイの映像の関係みたいに……」


「そういう事。意外と呑み込みが早くて助かるわ」


「いやそれほどでもねぇ……って意外と?」


 そのフレーズは耳ざとく聞いていた東城だったが、柊のほうは特にフォローするでもなく無視して続けた。


「私たちの超能力っていうのは、そのシミュレーテッドリアリティに脳だけでアクセス・改竄してそこからの現実を捻じ曲げる力の事よ」


「……つまり?」


「例えば、そこに存在しないはずの『放電』の情報を演算の世界に挿入する事で、この現実に放電を起こさせるって感じね。過程すらなく、結果だけを生じさせるの」


 電気量や質量、エネルギーの保存といった物理法則を無視して、そこに初めから存在していたかのように扱う能力。

 それが、超能力というものなのだろう。


「……理屈は分かった。まぁ、正直なことを言えばまだ半信半疑ではあるんだけど」


「初耳で五割も信頼を得たんなら十分よ」


 柊も意外とあっさりと受け入れてくれた。


「さっき言ってたクラッキングっていうのは精神感応能力者(テレパス)だけが使える特殊技、みたいなものね」


 柊は指をくるくるとまわしながら説明してくれた。


「精神感応力者が指定された場の人間の脳に『何となく近づきたくない』とか『仕事はもう終わった』とか誤認を促して人気を失くす、ちょっとした裏技みたいに思っててくれればいいわ。あれ使えば大体どんな事してもごまかせるから」


 つまり簡単に言えば、超能力を駆使した人払いといったところだろうか。道理で東城が襲われたりアスファルトが裂けたりしていたというの人気が少なかった訳だ。


「なるほどなぁ……。でもまだ疑問があるんだけど」


「それは超能力者ってどういう存在なのか、ってこと?」


 柊の確認に、東城はこくりと首肯した。


「超能力は、自然に発生する事はまず無いの。もちろん努力でどうこうなるものでもないから、一般人じゃどう足掻いたって超能力を発現する事はあり得ないわ」


 柊はそう言いながら、自分の頭を指差した。


「私たち超能力者はシミュレーテッドリアリティへのインターフェースと、それを改竄できるだけの演算能力をこの脳に宿してる。その為に遺伝子操作を受けてるの。今の時点でそんな方法で生み出された能力者は、九千人もいるわ」


「九千……」


 九千という数が多いのか少ないのか、それも判断できなかった。日常の数とはかけ離れ過ぎて、感覚が少し麻痺しているのかもしれない。


「一体、何のためにそこまで――」


「こんなにも凶悪な力よ。なら、その目的なんて分かりきってるでしょ」


 確かに、あれは日常を便利にするなどという幸せで平凡な発想から生まれはしないだろう。

 こんなにも華奢な少女の思考一つで、容易く人の命を奪えてしまうのだから。

 重い空気が、漂い始める。


超能力者(わたしたち)の正式名称はInfantry with Intangible Arm略してIIA、っていう軍事兵器なのよ。違法な遺伝子操作によって生産されて世界中に売りさばく為の物だった、てわけね」


 予想を遥かに超える重い言葉に、東城は一体どういう顔をすればいいのか分からなかった。


「……まさか、人体実験とか――」


 口の中に、どうしてか苦みがあった。


「それは確かにあっただろうけど、そんなに怖い顔しないでよ。もう私が生まれた頃にはそういうのはとっくに落ち着いてたみたいだし、私たちは能力向上のためのカリキュラムを押し付けられる程度だったんだから」


「辛くはねぇのか」


「だった、って過去形にしたでしょ。今はもう、自由だから」


 そう言って笑う柊は、真っ青な空を仰ぎ見ていた。そのかわいい横顔には、屈託など感じられなかった。


「あんなふざけた思想のせいで生み出されたのは九千人もの能力者よ。そしてその全員が閉じ込められていた。それも、本来の人間はどういう扱いを受けるのかさえ教えられずにね」


 柊は真っ直ぐに東城を見た。それ以上言葉を続けなくとも、東城にも少しは分かる。

 自由を奪われたのなら、それを手に入れるためにもがくだろう。一度でも完全な自由を知ってしまったのなら、それを欲してやまないはずだ。

 そして彼らにはそれを成し遂げるだけの力がある。

 だが、彼らはそうしなかった。いや、そうしようという思考自体が、起こらないようにされていたのだ。

 生まれてから一度も自由を与えられてこなかった人間は、そもそも外に出たいとさえ思わない。今いる場所が世界の全てだと教えられれば、真剣にそう錯覚してしまうからだ。

 たとえ超能力という圧倒的な力を有していたところで、自由を得るためにそれを使おうなどと思う事はない。


「それでも私に不満はないわ。私の仲間が長い年月を掛けて九千人全員とコンタクトを取って、研究所を壊滅に追い込んで全員の脱出を計画してくれた。だから私たちはもう自由の身だし、辛い思いもしていないの」


 そうやって向けられた笑みは、その言葉とは裏腹にどこか悲痛さがあった。

 だが東城はそれを聞いてはいけない、と直感した。それは東城が踏み込んでいい場所にはないと思ったのだ。

 だから、東城は目に焼き付いてしまったその痛々しい笑みを振り払うように、先ほどまでと同じような質問を繰り返した。


「七瀬とお前は、どういう関係なんだ?」


「――七瀬は、取り残された側の能力者よ」

 苦々しげに柊は答えた。その顔は、先度までの痛みとは別物だったが。


「数にして千七百人程度。それが取り残され研究所に従わざるを得ない能力者。七瀬がアンタを襲うのは、おそらく研究所の命令でしょうね」


「あいつらも、被害者の方かよ……」


「そうね。研究所の提示する条件が報酬か脅迫かは知らないけど、でも七瀬だって仕方がなしにやってる事のはずなの。だから私は、アイツらも助けたい」


 その言葉は意外だった。七瀬が東城に牙を向いたとき、柊は確かに怒っていたからだ。


「……俺を襲うような奴でも?」


「それが私の思う通り仕方なしにやってるっていうなら、そんな事をさせちゃいけないと思う。たとえ相手がいけ好かなくてもね」


 一度研究所から逃げだし安穏とした生活を手に入れてなお、危険に飛び込んででもその能力者たちを救おうとする。強い少女だ、と東城はただ感服する。


「さて。質問はそんなところ?」


「いや、まだ一つ訊かなきゃいけないことがあるだろ」


 立ち上がろうとした柊を東城は少し慌てて引き止めた。


「俺は、どうして襲われたんだ?」


 それは、まず初めに東城が思ったことだ。

 七瀬に襲われたその瞬間から、ずっと考えても答えが出ない。


「……本当は、分かってるんでしょ?」


 その柊の声はどこか諦めたように東城には感じられた。そうやって向けられた笑みは、さっきと同じ、あの痛ましい作った笑顔だったから。


「……分からねぇよ」


「そうね。じゃあ質問を変えましょうか」


 柊のその口ぶりで、東城は分かってしまう。

 彼女は、知っていると。


「超能力者に襲われなきゃいけないような心当たりは無いと、アンタは断言できる?」


 柊の問いは、おそらく本当の意味での疑問ではないだろう。


「……出来ねぇよ。だって俺は――」


 あまり言いたい事ではない。だが、言わずに済ませるわけにもいかないのも事実だ。


「俺は、記憶が無いんだから」


 その言葉を口にした瞬間の柊の様子は、とても見ていられなかった。

 彼女もそれは知っていたはずだ。だが、どこかでその事を否定したかったのかもしれない。

 東城の口から逃げられない事実を突き付けられて、彼女は一瞬とても悲しそうな顔をして、それをすぐに立て直してしまった。


「――そういう事よ。アンタは一年前に記憶を失って、今はどこかのお医者さんに拾われて養われてるんでしょ? その前の生活が超能力者(わたしたち)に関わっていたとしても、それは否定できることじゃない」


「……つまり俺は、昔は能力者だったって事でいいのか?」


「そうね。アンタは一年前、能力者が逃げ出した時に行方不明になった能力者なの。さすがに記憶喪失の経緯までは知らないけれど、研究所としては能力者が社会に出て自由にされるのは困る。だから、追われてるのよ」


 その言葉を聞いても、東城は何も思う事が無かった。過去の自分に恐怖するどころか、驚く事さえも。


 信じる信じない、などという次元ではない。


 七瀬に襲われても恐怖一つ感じる事が無かったように、東城の培った常識や理性という部分よりももっと深い、彼の根本が超能力者であるという事実を受け入れてしまっているのだ。

 本人がどれほど常識的に振る舞おうとしても、その根幹だけは覆らない。

 その事実こそが、東城が能力者であったという事の証明だろう。


「……とりあえず、柊の話は納得した。それを受け入れてこれからどうするか、までは考えらんねぇけど」


「それでいいわよ。私だってアンタに今の生活を捨てろなんて言う気は無いし、後でゆっくり考えて選んでいけばいいわ。ただ今は事実を事実として知っておくだけでも、少しくらい心は軽くなるんじゃない?」


 柊はそうやって東城を気遣う余裕までみせて、また儚げに笑った。

 胸が、痛む。

 柊の言葉には、一つの説明が抜けている。それはつまりかつての東城は柊と親しかったという点だ。


(だからって、なんて声をかければいいんだよ……)


 東城は彼女の事を覚えていない。それでも、こうやって一般人としての生活を送ってきた。そんな東城からの言葉など、彼女が望むものではない事くらい分かる。

 だが本当の事を言えば、東城は僅かにかつての記憶を残している。

 猛り狂う紅の業火とその中に立つ自分。そして、瞳に映った金髪の少女。

 あの情景だけは、全てを失った東城にもずっと残っていたものだ。あの金髪の少女が目の前の柊美里であることに間違いはないだろう。


 しかし、それを口にしたところでどうにかなるわけではない。

 現に東城が覚えているのはたったそれだけしかないのだ。下手に期待を持たせることは、彼女をただ傷つける事と同じだ。

 どうしようもない東城は、ただ唇を引き結んでいた。

 またしても、空気が淀んでいく。


 だが。


 くぅぅ……。


 東城の言葉に割り込んできたのは、消えてしまいそうにか細い、そして可愛らしささえ感じられる珍妙な音だった。

 重いはずの空気が、途端に綿あめの如く軽いものに変わった気がした。


「――何、今の音?」


「な、何でもないわよ!」


 あっという間に真っ赤に顔が染まっていく柊は、その美しい金髪を振りながら否定する。

 だが、く、くぅうきゅぅ……。

 少しだけ音量の上がったそれは、もう間違いなく柊のお腹から聞こえていた。金髪とは対照的に、柊の顔が烈火の如き真紅に染まっていた。


「……腹減ったのか」


「違うわよ!」


 くきゅう。


「何にも違わねぇじゃねぇかよ」


「うるっさい!」


 女の子らしい可愛い照れ隠しを込めた、全く可愛げのない鉄拳が東城の腹を抉った。

 しかし、くう……、と腹は鳴る。いくら体裁を保とうとしたところでお腹は正直だった。


「……あ、あのですね。今後俺がどんなふうに生きていけばいいのかとかもろもろ話し合う為にももう少し時間がいるわけだし? 俺もおやつ買う帰りに襲われてちょっぴりおなか減ってるかなーとかそんなわけで、とりあえず何か食べに行く?」


 腹を押さえて悶絶しながら、どうにか東城は提案を口にした。


「お気づかいどうも。でもそんな『別にお前に気を使ってるわけじゃないよ』って言い訳並べられて、逆に素直に行けると思う?」


 くるきゅう。


「……、」


「……さて。話を続けましょうか」


「おい、もう強がる意味ねぇだろ。なんか可哀そうになってきちゃったよ」


 顔を赤くしながら強がるその様は、さっきまでと違う意味で見ていられない。


「…………、」


 柊に断られながら殴られるのかと思って身構えた東城だが、柊は東城のシャツの裾をちょっと摘まんだだけだった。


「……分かったわよ」


 上目遣いになってほんの少し頬を膨らませた柊は、羞恥心からかほんの少し瞳がうるんでいて、蚊の泣くような小さな声で言った。


「ど、どこに行こうか」


 そんな可愛らしい所作に心臓が跳ねたような感覚があったが、東城はどうにかそれをごまかそうとする。


「そうね……。能力の話は受け入れてくれたみたいだし、あそこに行ってもパニックにはならないかな」


 柊はあえて東城にも聞こえるような声で独り言を言っていた。


「どこだよ」


「まぁ、言ってみてのお楽しみかしら。あそこなら七瀬も追っては来れないし、今のところ一番安全だと思うわ」


 そう言って柊は東城の手を引っ張って立ち上がった。手を握られてどきりとしたことは東城の顔には出なかったと思う。

 そんなわけで連れて来られたのは、公園の隅にある物置の裏だった。


「……何なんだよ。なに、物置の中にお菓子でも隠したの?」


「隠してないわよ。いいから黙ってついてくればいいの」


「ここが終点じゃねぇのかよ。まさかここを開けたら階段にでもなってるのか? てか、あったとしてもどこに繋がってんだよ」


「開けてみたらいいけど、ただの物置にしかなってないと思うわね。ていうか鍵掛ってるし」


「じゃあ何なんだよ」


「こういう街の死角を特定の基準点にして、そこに立って連絡を取れば瞬間移動能力者(テレポーター)が遠隔で運んでくれる仕組みになってるの。要するに入り口じゃなくてランドマークみたいなものね」


 答えて入る者のどこか適当な様子で、柊は立ち位置をちらちらと確認していた。


「へー……。って、あれ? 連絡って事は、お前は瞬間移動(テレポート)を使えないのか? 超能力がシミュレーテッドなんちゃらを改竄する能力なら、いろんな能力を使えてもよさそうなのに」


「細かいところ気にするのね。そういう男はモテないわよ?」


「ほっとけ」


「ま、説明くらいしてあげるけどね。――例えばさ、おんなじC言語でプログラム作っても中身って違うじゃない? そんな感じで能力も仕組みは同じでもみんな同じようにはいかないの。しかも個人の脳の記憶領域を能力がかなり占めちゃうから、生活に支障のない範囲だと一人一つの能力が限界ってわけ」


「なるほど。超能力ってのは馬鹿みたいに重いアプリケーション、ってところか」


「そゆこと。だから私は発電能力以外を使えないの。まぁ、これほど汎用性の高い能力は他にないから全く困んないけどね」


 頷いて納得する東城だが、そこでまた疑問があった。


「それで、どこに移動するんだ?」


「……そうあっさりと瞬間移動を受け入れられるのは、それはそれで複雑な気持ちね。まぁ、行けば分かるから大人しく待ってて」


 答えながら柊はポケットから携帯電話を取り出してどこかに連絡する。ものの数秒で連絡を終えて、ぱたりとそれを閉じた。


「そろそろ移動するわよ」


 柊の言葉の後、空気が軽く弾けるようなポンという音が聞こえた。

 そしてその音を聞いた時点で、視界はまるっきり変わっていた。

 先程まで自分たちを隠していた物置はあとかたもなく消えていた。

 どころか、公園ですらない。

 広いグラウンドも数々のベンチも、そこで戯れていた中高生の活発なグループも子連れの主婦の姿もない。

 代わりにいるのは、小学生から高校生程度の子供たちだけだ。それもかなりの数で、ようやく東城は自分が街の隅にいて、歩行者で溢れかえっている中央を眺めているのだと気付いた。

 公園の中などでは決してない。ここは間違いなく小中高生で賑わう、どこにでもありそうなただの繁華街だった。


「驚いた? これが瞬間移動ってヤツよ」


 自分の力でもないのに、ふふん、と鼻を鳴らして柊は自慢げに言った。

 それから軽く咳払いをして柊は少し芝居がかった口調を作って、東城に微笑みかけた。


「ようこそ。地下都市(ジオフロント)能力者(わたしたち)の住む世界へ」


「……ジオフロント?」


「地下開拓って意味よ。ここは超能力者だけが暮らす、地下巨大都市なの」


「地下都市って、また突飛なものを……」


 どこからどう見ても地上と変わらない空が広がっているのに、これのどこが地下なのだろうかと、東城は半信半疑どころか八割くらいは疑って辺りを見渡していた。

 変わらず、視界に映るのは祭りにも似た雰囲気で楽しそうに歩く少年少女たちばかりだ。


「凄いでしょ? 研究所から逃げだしたときはただ地下に大穴をあけただけの、寝ることしかできないような空間だったんだけどね。能力者全員がそれぞれの力を生かして、コツコツ頑張ってここまでの都市を作り上げたの」


 そう言って笑う柊を見て東城はただ食事に来たのではなく、彼女はきっとこの情景を見せたかったのだろう、と悟った。

 目に映る人の中に、誰一人として曇った顔をしている者はいなかった。屈託のない顔で、この繁華街を楽しそうに闊歩している。

 だから能力者の現状に心配や同情などするなと、柊はそう言ってくれているのだろう。


 ならば東城はこれ以上余計な心配などしてはいけない。彼らが自分の手で掴んだ幸せを、部外者が批評するなどおこがましいにも程がある。

 東城は安堵と共に少し微笑んで、さっきまでの口調を取り戻そうと話題を振った。


「それで、どうやって運営してんだよ」


「能力者が交代で運営してるわ。空は発光能力者(レイキノ)が地上とシンクロさせて再現してる。都市自体の強度は地形操作能力者(ジオキノ)が固定化させてるし、新鮮な空気も気流操作能力者(ガストキノ)によって地下都市の隅々まで届く」


「は、はぁ……」


「それだけじゃないわよ。水道、電気はそれぞれ液体操作能力者と発電能力者が請け負ってるし、ゴミは発火能力者(パイロキノ)が処理できる分は処理して、できない分だったり排ガスだったりなんかは瞬間移動で地上の処理施設の中に直接放り込む。生活の排熱はこれも液体操作能力者が循環させる水で冷却していて――――」


「もういい。もう十分です」


 捲し立てるような柊の説明に思わず東城はたじろいでしまっていた。日常では聞き慣れない、おそらく能力か何かを現す単語が多分に含まれていて、話題を振ったのは自分なのだが彼に理解できるものではない。


「ま、言ったところで分かんないんだろうけど」


 そして見透かされていた。


「まぁ実際分かんないから抗議できないしな……。それより、本当にここなら安全なのか?」


「研究所に囚われた能力者はここに入る術が無いからね。ただいきなりアンタをここに連れて来てパニックを起こされても面倒だったし。必要最低限の知識を受け入れといてもらわないと連れては来られなかったのよ」


 確かに、安全だけを優先して能力について何の説明も無しにここに連れて来られていれば、いくら東城でも混乱してしまっただろう。


「さて。じゃあ遊び――じゃなかった食事に――でもない。えっと、そう。大輝を守るために話し合いましょうか」


「いいよ、もう忘れられるだろうって分かってたよ」


 意気揚々と繁華街へ繰り出す柊の後ろを、東城は曖昧なため息と共に歩きだした。



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