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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第2部 クロス・ライト
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第1章 火焔の戦い -3-

「腹減ったなぁ」


 いつも利用するファミレスを目指す道すがら、白川はそんなことを言い出した。


「お前、さっき病院で何か食わなかったのか? カフェで待ってろって言ったろ」


「そうなんだけどさ。行く前に浦田さんに呼び止められたからね」


「俺は食欲よりも浦田ナースとの会話を選んだんや」


 ナースのところだけやたら強調されたような気がするが、東城は面倒なのでツッコまない。


「どうせあと五分もしないで着くんだ。空腹くらい何とかごまかせよ」


「ん~、あ、せや。なら相談に乗ってくれ」


「それは興味ねぇな」


「そのリアクションは冷たすぎると思うよ、大輝……」


 言いだしておきながら一言で斬って捨てた東城に、四ノ宮も苦笑いを浮かべていた。

 だが、当の白川は気にした様子もなく勝手に続けた。


「実はな。今朝、空から美少女が降ってくる夢を見てん」


「知らねぇよ」


「で、それが正夢なんかなぁ、と思うわけや」


「めでたい頭だね」


 ついさっきまで冷たすぎる、と言っていた本人なのだが、白川のぶっ飛んだ発言にさすがの四ノ宮も冷たくなっていた。


「……お前ら、冷たいな」


「これでも他人のふりをしないだけありがたく思え」


「大丈夫。いい精神科を知ってるから今度連れてってあげるよ、雅也」


「……お前らは本当に俺の友達か?」


 素っ気なさすぎる態度に流石に白川もむっとしたようだった。


「銀髪ロリ美少女巨乳天使 (ニーソ)との出会いなんて、全人類の夢と希望の塊みたいなもんやろ?」


「色々と偏りすぎてんぞ、その夢」


 冷静に東城がツッコむが、白川は気にしないようだった。


「どっちにしても、女の子の出会いは必要やと思うんや。恋に落ちるんなら幼なじみよりもばったり出会った少女! ならば出会いは必須!」


 そんな白川の熱弁を聞きながら、ふと、東城は思い出す。


「……お前、去年の夏もそんなこと言ってなかったっけ? たしか夏祭りくらいに、『祭りは出会いの塊!』とかわけの分からんことを叫んでた気がするが、出会いはなかったのか?」


「うっぐぅ……ッ!」


 間違った関西乗りで白川は大げさにリアクションする。まぁ正しい関西人を、とある能力に関わることで一年以上前の記憶を失っている東城は知らないのだが、たぶん違うと思う。


「ふ、ふん! 夏祭りでの出会いなんて普通過ぎて俺には合わへん! 俺はここに宣言する! 出会いは劇的でなければならぬと!」


 ぐっと拳を握って力説する白川だが、テンションが置いてけぼりの二人は冷たくあしらった。


「ねぇよ、そんな劇的な出会いなんて」


「そうだねぇ。そうそう出会いがあったら僕のケータイ、アドレス帳だけでメモリが飛んじゃうんじゃないかな」


 ……ものすごく嫌味だった。


「東城、俺は無性に四ノ宮を殴りたい」


「この手の話題を振った時点でお前の負けだろ」


 そんなことを言い合っているうちに、東城たちは複合施設の中にあるファミレスに到着した。

 ……したのだが、そこで三人が三人とも、ぴたりと足を止めた。

 そこに、白川の求めているものがあったからだ。

 小学生――いや、もう中学生だろうか。

 体格はかなり小柄で、一五〇センチもないかもしれない。横――すなわち東城たちの方を向いている顔は丸く、サイドテールに結った茶髪と、とじられていても分かる大きな瞳や長いまつげの可愛らしさと合わさって、背丈以上に幼さを見せる。

 黒いタンクトップに薄ピンクの肩出しカットソーとホットパンツ、足にはサンダルという、割かし簡素な格好をしている。ブランド物ではなく、ワゴンセールで集めたような印象だ。


「……おかしいだろ」


 そこまで観察しても、その少女はどう考えてもおかしかった。

 なぜなら彼女はファミレスの自動ドアのすぐ横で、床に最大面積で接している。

 間違いなかった。

 ――行き倒れている。

 白川の求めてやまない、劇的な出会いだ。しかしそれは物語の中だからイベントとして許されるのであって、日常生活ではそれをアクシデントと呼ぶ。誰だって、東城だって、巻き込まれたくないものだ。


「……白川、お前が行けよ」


「そうだね。劇的な出会いを欲していた張本人だしね」


「え、え? この明らかな地雷、俺が踏むんか? 死亡フラグ立ちまくっとるぞ?」


 厄介ごとに巻き込まれたくない二人は白川に全部を押し付けようとするが、白川自身も二次元と三次元の線引きは一応あるらしく、それとなく拒否をしていた。

 だがまぁ、それも当然だろう。

 どう考えたっておかしい。今どき、目の前にファミレスがあるのに行き倒れる少女がどこにいるというのだ。怪しい。絶対に何かの罠だ。

 そんなことが分かりきっているというのに、関わり合いになりたくないのは誰もが同じだ。


「いや、美しい女性との出会いは捨てがたいし年下も全然オーケーやけど、それはほら、俺にはあの茶髪のコがおるし?」


「言い訳に使うなよ。怒られるぞ」


 東城は嘆息するが、それは白川に対してというよりこの現状に対してかもしれなかった。

 こんな奇怪な場面に遭遇するのは人生に一回ほどでも十分すぎると思うのだが、十日というスパンで来るとは思ってもみなかった。


「……どうする? ほっとくのはまずい気がするんだけど」


「まぁ別にそれでもいいんじゃないかな。本当に行き倒れてるにしては体つきもふっくらしてるし。ただのストリートパフォーマンスか、イタイ子かのどっちかだよ。どっちにしても僕らが関わる必要性は感じないね」


 ものすごくドライに四ノ宮は言い切って、あっさりその行き倒れ少女から視線を逸らした。演技でも何でもなく、本当に四ノ宮は無関心になっていた。


「……俺、たまにお前が分からなくなりそうだよ」


「そう?」


 けろっとそんな返事をして、四ノ宮はさっさと店に入ろうとする。


「ほら、ちょうどいつものボックス席空いてるよ?」


「……東城、四ノ宮のあんなさらっと日常に戻れるスキルが怖いんやけど」


「安心しろ。俺も同感だから」


 そう答えながらも、東城たちも四ノ宮のペースについて行こうとする。

 だが。



「お腹、へったなぁ……」



 行き倒れている少女から、うらみがましい声が聞こえた。


「……東城、何か聞こえたか」


「聞こえない。絶対に聞こえない」


 だって関わりたくないんだもの。


「お腹、へったなぁ、って言ったんだよ?」


 ぐるるるぅ……。


「……、」


 無視する。


「あれ、もしかして日本語通じない人?」


 ぐるるぐーきゅるるるー。


「もしもーし、はろはろー?」


「……、」


 困ったような顔で微笑みかけられていたが、東城たちの方が困り果てていた。


 ここで無視するのは困難極まりない。だが、ここで頷けば絶対に退けない戦いが始まる予感があった。


「……聞こえない。絶対に聞こえない」


 東城はもう一度自分にそう言い聞かせて、その横を通り過ぎて店に入ろうとした。

 だが。

 東城はズボンの裾を掴まれてそのままベタンと前に倒れ、リノリウムらしき床に顔面をしたたか打ちつけた。


「イッテェだろ!」


「おぉ、日本語だ。ぐろーばる社会も捨てたもんじゃないね!」


 思わず東城が反応を示してしまったというのに、会話が成立しなかった。涙が出るのは顔を打ったからだと信じたい。


「……諦めろ、東城。これはたぶん強制発生イベントや。選択肢はあるようで存在せぇへん」


「二次元と混同されるのはしゃくだけど、俺も少しそんな感じはしてたよ……」


 東城はため息をつく。

 正直、突飛な出会いは十日前に散々やった東城としてはこれ以上の出会いは余分どころか迷惑以外の何ものでもなかった。

 だがそれは目の前のイタイ子には関係がない東城の事情だ。ここでいら立ちをぶつけるのはささやかな紳士心が許さない。

 東城は腹をくくって、関わり合いを持つことに決めた。


「あのさ、お前の名前は?」


「知らない人に名前を教えちゃいけませんって、お兄ちゃんが言ってたのです」


 この状況でそんなことを言える人間を東城は始めて見た。


「あぁ、もう何でもいい。とりあえず、お前はお腹が減ってるんだよな?」


「そうです。よく分かったね」


「お前の目の前にあるのは何だ」


「ふぁみりーレストランだよ。それくらいは知ってるよ」


「なら入れよ。注文しろよ。そんで食えよ」


「……あいはぶ、のーまねー」


「……、」


 思わず絶句した。この後に続く言葉は、もう他にないはずだ。


「お腹、へったなぁ。このままじゃ行き倒れてしまうなぁ」


「棒読みでチラチラこっち見んな」


 腹をくくった以上ここで投げ出せば男が廃る、などと心の中でどうにか自分を奮い立たせる。そうでもしないと、たぶんこの状況からの脱却はない。


「分かった分かった。おごってやる。おごればいいんだろ。だから、そんな感じで他の人に迷惑をかけんなよな」


「ホントにいいの!?」


 彼女の眼がクリスマスケーキを目の前にした三歳児くらいに爛々と輝いていた。


「ホントに、いいんだよね? 信じちゃうよ? 撤回するならさっきだよ?」


「もう撤回できねぇんじゃねぇか。まぁ、しねぇけど。いいからさっさと入るぞ」


 正直こんな往来で女の子と一緒に地面に倒れているのは高校生のあるべき姿ではない。過ぎゆく人のちらちらと見る奇異の視線がそろそろ痛かった。


 東城はどうしてこうなったのだろうと後悔しながら、彼女を連れて店に入るしかなかった。

 こういうところが災いして十日前に大怪我を負っていたことを、東城自身はまだ気付いていなかった。


「……関わる必要はないって言ったのに」


「悪い四ノ宮、俺はお前みたいに心臓が強くないんだ」


 四ノ宮の冷たい視線に東城は目を逸らして答えた。だがあの状況で無視できたら、それはそれで問題な気がする。

 中に入ってボックス席に座るなり、行き倒れ少女(仮)はメニューを広げていた。


「ねぇねぇ何を頼んでもいいの? いいって言ったよね?」


「どうぞ好きなだけ食ってくれよ、もう」


 そんなことを口にした覚えはないが、もうどうにでもなれと東城は投げやる。


「はぁ……。今日は厄日か」


 普段はしない居眠りで怒られ、こんな不可解な少女に絡まれ、挙句奢らされる羽目にもなればそれはもう十分に厄日と呼べるだろう。――まだ、半日しか経っていないというのに。


「いやしかし東城、ものは考えようやぞ。こんなロリ天然属性を持った美少女と一緒にご飯が食えると思えば、ちょっとはマシになるやろ」


「美少女とご飯、ねぇ……」


 確かに悪くはないかなと思ってそう呟いた瞬間、東城の脳十日前に守り抜いた少女――柊美里ひいらぎみさとの姿が過った。

 それも、凄く怒っている時の顔だ。全身から放電して、にっこりと黒い笑みを向けている。


「……何だろう、寒気がした」


「浮気はダメ、ってことじゃない?」


 四ノ宮は見透かしたように笑ってそう言った。――のだが、その発言に白川が眉根を寄せていた。


「浮気? おい四ノ宮よ。それじゃまるで東城に彼女がおるように聞こえるんやが」


「さぁ、どうだろうね」


「あ、ウェイトレスさんが来た。注文するぞ」


 浦田さんと同じように見透かしていたらしい四ノ宮から精一杯目を逸らして、東城はウェイトレスさんへ手を振ってテーブルに招いた。


「……はぐらかしたな」


「雅也。こうなったらたぶん大輝は言わないから今は諦めようよ」


「チッ! このリア充どもめ! 爆ぜろ! そして砕け散れ!」


 白川は盛大に舌打ちしながらも、諦めてくれたらしい。こんな居心地の悪い話題にシフトする前に東城は無理やりでも軌道を逸らすことには成功したようだ。


「――ご注文はお決まりでしょうか?」


「えっと俺はハンバーグセットで」


「そんなら、俺はトリプルグリルセットを」


「僕はビーフシチューとペペロンチーノかな」


 もう覚えてしまったメニューで三人がそれぞれ注文する。


「ほら、お前も注文しろ」


 そう言って東城が促すと、行き倒れ少女は口を開いた。


「えっと、ハンバーグ&ステーキセットとチキンステーキとビッグハンバーグとチーズインハンバーグと和風おろしハンバーグとマーボー風ソースのステーキとミックスフライセットと豚カツセットとハンバーグドリアとシーフードグラタンとケチャップオムライスとカツカレーオムライスとペペロンチーノとカルボナーラとナポリタンとマルゲリータとソーセージピザと大ライスとライ麦パンとサラダバーとスープバーとドリンクバーと、あとパンケーキとバニラアイスとチョコアイスとイチゴサンデーとメロンパフェとチョコパフェとショコラケーキと――」


「待て待て! どんだけ食う気だ!?」


 一瞬、何かの呪文かと思った。


「え? ダメだった、かな……」


 行き倒れ少女が急にシュンとしてしまった。今にも泣きだしそうで、飼い主に捨てられ歩く人全員に必死に尻尾を振っている子犬のような、非常に見捨てにくい潤んだ瞳だった。


「……けどそんな金はねぇ。あと、絶対に食いきれないぞ」


「あぅー」


 彼女がメニューを見ながら滝のような涙を流した。だがそれだけで、じゃあ諦める、とは絶対に言わなかった。どうにも強情らしい。


「――しょうがないなぁ。なら僕がお金は出してあげるよ、今回だけは。残ったらそのとき考えればいいよ」


 四ノ宮が仕方なさそうに言うので、ウェイトレスが顔をひきつらせながらメニューを復唱して下がっていった。

 彼の家はそれなりの名家で、貰っているお小遣いの量も高校生のそれとは思えない。たしか有名な和菓子店だったかの社長の御曹司――とかいう噂だ。

 もちろんそれをひけらかすような生活を四ノ宮は絶対にしないし、したがらないのだが、どうやら今回だけは特別扱いしてくれるらしかった。


「悪いな」


「仕方ないからね。まぁ、さっき意地悪して起こさなかったお詫び、ってことにしといてよ」


 四ノ宮は苦笑交じりに言った。


「それで、君の名前は? 恩着せがましい言い方だけどおごってあげるんだし、名前くらいは教えれくれてもいいよね?」


宝仙陽菜(ほうせんひな)だよ」


 料理が運ばれてくるだろう方向を爛々とした目でじっと見ながら行き倒れ少女改め宝仙は答えた。


「そう。僕は四ノ宮、こっちが東城大輝で、そっちが白川雅也だよ」


「ごはん、まだかなぁ……」


「どうして行き倒れてたのか、教えてもらってもいい?」


「ごはん……」


 ぼそぼそと呟いて、口元のよだれを拭う宝仙。どうやら、もう四ノ宮の声も届かなくなってしまったらしい。


「……どうしよう、流石に僕もいらっとした」


「料理が運ばれてくるまで待つしかなさそうだな。だから落ち着いてくれ四ノ宮。お前が怒ったら収拾がつかない。お前が最後の砦なんだ」


 東城はため息をついて、子供のようにうずうずしている宝仙を眺めつつ料理が運ばれて来るのを待った。

 安い、早い、そこそこ美味しいが売りのこのファミレスで、こんなに運ばれてくるまでの時間が待ち遠しかったのは初めての経験だった。



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