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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第1部 アーダー・ティアーズ

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第4章 慟哭の果て -8-

1000PV突破記念で本日2話目の掲載ですので、前話を読んでいない方は気をつけてください。

 それはほんの十分前の事だった。


 東城は柊を抱き寄せ、こう口にした。


「戻ってくる。ちゃんと誓う。俺は絶対に戻ってくる」


「うそよ……」


 柊は涙を流した。それをどうしても止められなかった。


 東城ほどのレベルで完全にクラッシュすれば、絶対に助からない。三人しかいないレベルSのクラッシュなど、当然見た事は無いが、その下位であるレベルAが自身の能力で死んでいく様を柊は何度も見た事がある。

 東城のあれほどの力が際限なく彼に襲い掛かれば、どう考えても東城の体は残らない。


「ふざ、けんじゃないわよ……ッ! 記憶だけじゃなくて、体まで失うわけ……ッ」


 東城は答えなかった。いや答えられないのか。


 そもそも東城の進む先には、失敗も成功も無い。

 ただ東城は必ず死ぬ。

 それを覆す方法など柊には思いつかないし、東城も同様だろう。


 既にどうしようもない状況を、彼は幾つも乗り越えた。そんな彼にこれ以上の逆転が舞い降りるなんて事は、あり得ない。


「いい加減にしてよ……ッ! だったら私がその役目を負うわ! アンタを傷つけた責任も取らなきゃいけない。だから私が犠牲になって、それで終わりでいいじゃない!」


 そう叫ぶのに、東城は目を瞑ってかぶりを振るだけだった。


「俺はお前に死んでほしくない」


 その答えだけで、柊はもう何も言えなくなってしまった。


 この想いはいくらでも口から出せるだろう。現にそれらの言葉は喉を引き裂きそうなほど溢れている。だが、いくらそうしたところで彼は引かない。


 分かってしまったのだ。


 どれだけ傷つこうと、たとえ能力が使えなくとも、決して諦めない。

 その身がどうなろうと彼は誰かを救う。ここで命惜しさに全てを投げ出してしまうのは、もう東城ではないのだ。

 かつて初めて出会ったときの柊もそうして助けられ、だから彼を恋い慕い続けているのだ。


 死んでほしくない。だが東城として在ってほしい。


 そんな矛盾を突き付けられて、初めて柊は東城の辛さを思い知った。

 何かを選び、何かを捨てる事がこんなにも辛いのだと。


 ――だから私は止めちゃいけないんだ。


 ――さっき私は今の大輝よりも、かつての大輝の在り方を望んでしまったんだから。


 もう柊に出来る事は東城を想う事だけだ。


 ならばそれを、最後まで果たそう。


「ねぇ、大輝……」


「……何だ?」



「私、ずっと大輝の事が大好きだよ」



 涙を流して、それでも満面の笑みで、柊は自分の本当の気持ちを言葉に変えた。最後にこの言葉だけは贈りたいと、そう思ったから。


「……あぁ。俺もだ。出会ったときから、いや、たぶん、そのずっと前から」


 柊のそのあまりにも真っ直ぐな言葉に少し困惑していた様子だったが、東城は笑顔で答えてくれた。頬を少し赤くしながらも柊に合わせて隠したりもせずに。


 満たされるかと思っていた。


 それが聞ければもう他に要らないかと、そう思っていたのに。


「――だから、やだよ……」


 駄目だった。その言葉を聞いてしまったから、もっと一緒に居たいと思ってしまった。


 迷わないと、引き留めないと、そう心に誓ったはずなのに、その程度の想いはもっと純粋で根源的な衝動の前では紙くずも同然になる。


 何と強欲だろう。これで終わりにしようと本当に思っていたはずなのに、それでもこの感情は止められなかった。


「私を、一人にしないでよ……っ。もう怒ったりしないから……。もう、大輝を傷つけたりしないから……ッ! 大輝さえ生きていてくれるなら私は――ッ!」


 柊の声が途切れる。いや、途切れさせられた。


 東城の唇が、柊の口を塞いだから。


 時間が止まる。


 柊の思考は停止し、東城はただ強く柊を抱きしめる。


 東城が何故そうしたのかなど分からない。最期の別れのつもりなのか、それともまた戻ってくるという誓いの証なのか。もっと単純に、柊の想いに行動で応えただけなのかもしれない。


 だが理由などどうでもいい事だった。ただその唇は力強さに溢れ、燃えるように熱くて、満ちる事の無かったはずの心を、ほんの一瞬でも満たしてくれた。


 そして東城はゆっくりと唇を離して、少し強い力で柊の腕を解く。


「……ごめんな。ありがとう。俺も好きだったよ」


 たったの三つ。何にも飾られていないたった三つの言葉。


 それだけの言葉で東城の想いを全て知った、いや知ることが出来てしまった柊は、ただ涙を流すしかなかった。


 それしかもう出来る事は無く、何かをしようという意志さえ脆く崩れてしまう。


 駆けだす彼の背中に、手を伸ばす事など出来るべくもなかった。 



 ――それから幾度、柊は思い返しただろうか。

 どれほどの時間泣き崩れていたのか、柊には分からない。


 触れあった唇を、片手の人差し指でそっとなぞる。


「た、いき……」


 喪失感が涙に変わり、もう泣き尽して乾いていたはずの頬をまた濡らす。


「大輝……っ」


 嗚咽を噛み殺して、ただひたすらにその少年の名を呼んでいた。


「大輝――――――ッッ!!」


 最後の叫びは、少し離れた先に現れた真紅の柱に呑まれ、


 燃えた。




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