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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第8部 ビギニング・リベリオン
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第1章 再燃 -5-


 明けて、火曜日のこと。

 随分久しぶりに感じながら、東城大輝は教室の扉を開けた。いつものようにクラスメートの何人かと挨拶を交わして自分の席に着くと、ふわ、と欠伸が出てきた。


「――寝むそうだね、大輝」


 そんな東城の様子に気付いて、四ノ宮蒼真(しのみやそうま)が声をかけてくる。東城に限らず朝はまだエンジンがかかっていない人も多い中で、彼だけはいつもと変わらない爽やかさだった。


「まぁ、昨日は色々あってな」


「そう言えば、休んでたよね。色々あったってことは、風邪じゃないの?」


 四ノ宮のツッコミに、東城は「うっ」と声を詰まらせる。

 東城はオッサンの命令で、精密検査を受ける為に昨日は学校を休んでいる。永井先生辺りには、オッサンの方から病欠と連絡をしてくれているらしい。

 実際は、その際に美桜とデートをしたり七瀬救出の戦いになったりした訳だが、そんなことを正直に説明する訳にはいかない。――まぁ寝不足の原因は、七瀬に食事をごちそうになろうとして日付が替わってしまったからなのだが。


「……あぁ、そう言えば、昨日の授業のノート見せてくれねぇか?」


「誤魔化したね……。まぁいいけど」


 上手い嘘も思いつかないので、露骨と分かりつつ話題を逸らしてみる。四ノ宮の方も東城の思惑はくみ取ってくれたらしく、それ以上は追及しなかった。


「お、何や。今日は東城が来とるんか」

 そんな東城に遅れて教室に入って来た白川雅也しらかわまさやは、意外そうな顔をしていた。こちらは四ノ宮とは違って相変わらず何もしていないのに面白い顔をしている。


「白々しいね。昨日なんて『あー、東城おらんと詰まらん』って喚いてたのに」


「そそ、そんなん言うてへんわ!」


 顔を真っ赤にしながらそんな風に否定して、ちらりとを東城を見て視線を逸らす。――ツンデレ、というものを体現するとこうなるのだろう。


「……いや、何て言うの? 控えめに言って、内臓をまるごと全部吐いちまいそうなくらい気持ち悪いな……」


「その通りやろうけど、もうちょいオブラートに包めや!」


 白川ら涙目にするが、たかだか一日学校を休んだ程度で寂しがられると、そんな感想を漏らさずにはいられない。相手が女子だったならまだしも、白川だから尚更だ。


「でも大輝がいないと『ちっ。大輝ならツッコんでくれるのに』みたいな本当に心の底からどうでもいい罵声を浴びせられるから、今日は来てくれてよかったよ」


「……白川。お前俺のこと好きすぎるだろ……」


「やめろ! 俺をそんな目で見るなぁ!!」


 うわぁ、と顔を紅くして吠えるが、東城としてもリアクションに困る。高々一日休んだ程度でこのありさまとか、面倒臭い彼女か何かなのだろうか。――そう考えて一層、寒気がした。


「で、四ノ宮。とりあえず気色悪いバカのことはどうでもいいから、ノートは本気で貸してくれ。授業始まる前に出来るだけ写したい」


「りょーかい」


 後ろで「ちゃうねん、そんなんちゃうねん……」といじけ始めた白川は本気で意識の外に追いやって、東城は自分の席に座ってノートを広げた。

 かちかちとシャーペンをノックした辺りで、四ノ宮が話を振ってくる。


「そう言えば、柊さんも昨日は休みだったよね」


「あいつ、たぶん今日も休みだよ」


 それに何気なく返しながら、東城はせっせとノートを写していく。


「あれ。大輝、昨日、柊さんが休みだったって知ってたの?」


「……あー。うちのオッサンの病院に来たからな。偶然だよ、偶然」


 適当にごまかしてみるが、四ノ宮は訝しんでいる様子だった。

 それもそうだろう。普通、風邪や何かであれば、町の病院を受診する。いきなり大病院に行くことは紹介状などの都合で難しいはずだ。


「柊さんって、大変な病気なの?」


「俺に聞くなよ。患者のプライバシーは守らなきゃいけないんだから。――ただ、そんなに酷いものじゃねぇよ。昨日だってピンピンしてたしな」


 言いながら、くるくると東城はペンを回しながら、自分の横の席を見やる。

 そこに座るはずだった少女がいない、と言うのは、どこか哀愁のようなものを感じざるを得ない。ほんの数ヶ月前はそもそもこの学校にもいなかったはずなのに、不思議なものだ。


「……大輝ももしかして、寂しかったりする?」


「俺を白川と一緒にするなよ」


「雅也のあれは気持ち悪いけど、大輝の場合は違うでしょ?」


 見透かしたように笑われて、東城はバツが悪そうに視線をノートに戻す。その様子を見て、また四ノ宮は楽しそうに笑う。


「もしかして、大輝って柊さんを看病する為に休んでたとか?」


「そんな訳ねぇだろ」


「だよねぇ。課題もやらなきゃいけないのに、そんな暇ある訳ないか」


 うんうん、と四ノ宮が一人納得したように頷いている。

 ……しかし、そこに聞き逃してはいけない言葉があった気がした。


「ぱーどぅん?」


「課題だよ、課題。この前、永井ながい先生から渡されたでしょ? ほら、雅也が段ボール単位で貰ったやつ」


 言われて、横で白川が泣きそうな顔をしていた。それを見て、東城も思い出す。

 中間考査の出来があまりに悪かった為、教科担任それぞれに永井先生が頼み込んで用意してくれた特注の問題プリントたち。

 提出するしないで直接的に成績に影響することはないとは言え、提出しないで済ませるのは永井先生の顔に泥を塗る行為に他ならない。

 そんな大事なものを、今の今まですっかり失念していた。――まぁグレンフェルに襲撃を受け、そのまま流れるように柊に謎の意識障害が起こったりしていたのだから、忘れてしまっても仕方がない気はするが。


「……いや、落ち着け。たしか、締め切りは今月末までのはず。そう、まだ余裕はある」


「そうだねぇ。苦手科目の苦手な問題を重点的にまとめられたプリントでなければ、ね」


 自分に言い聞かせるように言った東城だが、四ノ宮の冷静な助言で、がくっと東城は肩を落とす。

 これは、不味い。

 そもそも、日常生活では生徒会の仕事もあるし、異能力者の件も何一つ解決していない。こんな状況では一か月近い猶予もあっという間に過ぎ去ってしまうだろう。


「……四ノ宮様。代行業に興味は?」


「僕が解いたら意味がないでしょ……。流石に、バレたときが恐いし」


 だよなぁ、と東城はさらに肩を落とす。

 現状、自分でやるという選択肢がない訳ではないが、どう見積もっても時間的な余裕がない。

 どうしたものか、と頭を悩ませる東城の傍では「課題怖い課題怖い課題怖い……」と白川がうわごとのように呟いていた。


「……白川の方が大丈夫なのか? こいつ、俺の数百倍の量があるだろ?」


「何でも、毎日永井先生から進捗確認の電話が来るんだって」


「締め切り間際の漫画家か何かなのかよ……」


 しかし東城の方にはそんな電話はかかっていない。白川と違って、放っておいてもやるだろう、くらいの信頼はあるのだろう。

 だがその信頼は残念ながら見当違いと言わざるを得ない。放っておかれようとそうでなかろうと、今の東城にやる気がないことは代わりない訳なのだから。


「……その信頼を裏切るくらいの覚悟は必要かもしれない」


「馬鹿なことを言ってるんじゃないの、大輝くん」


 こつん、と後頭部に衝撃を感じて、東城は前につんのめる。

 振り返った途端、見知った銀髪が飛び込んでくる。


「真雪姉……」


 一つ先輩で教室は階がそもそも違うはずの西條真雪が、咎めるような視線で東城の顔を覗き込んでいた。


「……な、何というタイミング……。まるで悪いテストを隠しているタイミングで部屋に乗り込んでくる母親のよう……」


「……それ、さりげなくおばさん臭いという意味じゃないわよね? ん?」


 一瞬本気で殺気を漂わせながら、西條は東城を睨んでいた。どうやら、いつもの面子で一人年上という状況を気にしているのかもしれない。


「まぁ、それはともかく。出された課題を放っておいていい訳がないわよね。仮にも生徒会副会長という自覚はないのかしら?」


 優しげな声音であるものの、その冷ややかな視線と合わさると途方もない威圧感があった。思わず、両手を上げて全面降伏してしまいそうになる。


「そんなことある訳ないじゃないですかー」


「目を見て言ってごらんなさい」


 顔を背けた瞬間ぐいっと首を回される。どうやら、そこそこ本気で怒っているらしい。


「ま、真雪姉が恐い……」


「大輝くんの保護者は物分かりがよくて放任主義だったみたいだけど、その結果がこれなのよね。――だったら、おねーちゃんとしてきっちり教育しないと」


 ふんす、と鼻息を荒くして答える西條に、東城はうへぇという顔をする。

 思い返せば、所長から預けられた美桜を一人で育て上げているどころか、与える食事もインスタントや出来合いではない徹底した手作りで会ったりと、この歳とは思えない『出来る母親っぷり』を披露している。

 そのうち、本当に自分の子供でも出来たら、小学校受験までさせるような英才教育ママになるんではなかろうか、と今の内に将来の甥っ子だか姪っ子だかに同情してしまう。


「……それはともかく、どうして真雪姉がここに?」


「どうせ大輝くんのことだから、出された課題をすっかり忘れているか、思い出した上でなかったことにする頃かな、と思って」


 ぞっとするくらい完璧に見透かされていた。彼女は氷雪操作能力者フロストキノではなく精神感応能力者テレパスか何かではないだろうか。


「い、いや。質問の答えになってねぇよ? それが分かったからって、わざわざ教室に来て何の用なんだよ?」


「だ、か、ら。おねーちゃんが、手伝ったげる」


 人差し指をぴんと立てて、西條は小悪魔っぽい笑みを浮かべる。


「今日の放課後、勉強会ね」



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