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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第6部 フェイント・ブライトネス

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第4章 玉座 -2-


 腹部の痛みの信号は既に電気的な制御で打ち消している。元より、筋肉や関節、靭帯などには影響がない。痛みさえ無視できるのであれば、大して気に留めるほどの大きな怪我ではない。


「……どうしたの? 掛かってきなさいよ」


 攻撃を防がれた理由が分からずにただじっと警戒していたグレンフェルに、柊は殺気を消して笑みを向けた。


「まぁ、ここから先はアンタが何をしようが私の勝ちは確定したんだけどね」


「ほざいてろよ、愚民が!」


 グレンフェルが怒りに身を任せ、短剣を振るい続ける。

 だが、そのどれもが柊の身を裂くには至らない。

 ただ軽々と躱し、躱しきれないものは彼の手首を抑えることで防ぎ続ける。


 その速度に、先程までの危うさなどなかった。ギリギリの攻防などでは決してない。

 まるで未来が見えているかのように、柊の身体は攻撃のモーションとほぼ同時に動き、全てを一切の無駄なく完璧な形で無力化する。


「どォなってやがる……ッ」


 グレンフェルが自棄になったように蹴りを放って柊を弾き飛ばす。それさえも、柊は両手を交差させてほとんどダメージを防いでいたが。


「あり得ねェ。どォして、オレの攻撃が当たらねェ……ッ。ヒエラルキー自体に変動はねェンだぞ」


「でしょうね。九年も懸けてまだ届いてないってのに、こんな土壇場で大輝を抜けるなんて私だって思ってないし」


 どこか呆れたように柊はそう答えた。それは、勝者の余裕にも似ていた。


「種を明かしたところで、アンタには対処のしようがないから教えてあげようか? 今、私が何をしているか」


「偉そうに吠えやがって……ッ」


 再度グレンフェルは突撃し、短剣を突き付ける。

 だが柊の周囲五十センチに入った段階で、それは躱され、弾かれる。

 その状態で乱戦にもつれこませたグレンフェルだが、緩急織り交ぜ、フェイントさえ駆使したすべての斬撃が柊には通用しなかった。

 数分前にはあれほどギリギリの攻防で、それでもなおグレンフェルの方が余力を残した状態で優勢だったにもかかわらず、今では完全に逆転している。


「――驚いてると、反撃の隙も出来るわよ?」


 言葉と掌打は同時だった。

 鳩尾に叩きこまれた掌打と共に、肉体を破壊し尽くすだけの電流が迸る。


「――っがぁ……ッ」


 とうとう、グレンフェルの方が呻き声を上げた。

 即座に彼は業火の翼を消し、ほとんど同時に彼の全身に走った火傷も消え失せた。


「また肉体操作能力者の頂点にでも立った訳? その再生速度は神戸のそれと同等みたいだし」


「うるせェ……」


「でも残念。いくら頂点に立とうと、肉体操作能力の再生には限度がある。能力を持って抑え続けない限り、アンタの身体は直に言うことを聞かなくなる。――でも、それは無理よね?」


 見透かしたように、柊は笑う。


「さっきもそう。再生のときは、背中の翼が消えていた。――つまりアンタには、同時に割りこめるヒエラルキーの数に限度がある。少なくとも、超能力に関わるヒエラルキーには同時に一つまでよね」


 そう見せかけたブラフ、という線がない訳ではない。だがそれは、この能力をグレンフェル以外が持っていた場合に限る。

 グレンフェルは必要以上に敵を警戒しないし、こうした事態を想定した罠も用意しない。

 それは、この短い間に手を合わせた柊にもひしひしと伝わって来た。


 彼は自身が頂点に立つべき存在だと信じて疑わない。――だからこそ、この能力を勝ち取れたのかもしれないが。

 故に彼は他者を見下し、軽んじる。

 そして正々堂々、真正面から敵を叩き潰すのだ。


「正直、感嘆の声を上げたくなるくらいの王者の風格よ。大輝も似たようなものだけど、あれはただそこに思い至らないって言うだけだしね」


「テメェごときが、王であるオレを評価するか……ッ。不敬どころじゃねェな……ッ」


 憎々しげにグレンフェルが柊を睨みつけ攻撃に向かおうとするが、しかし寸前でその動きを止めた。

 気付いているのだ。

 それが知性か本能かは別として、今の柊美里に触れることが出来ないと。


「流石に、大輝を倒しただけはあるわね」


 柊の前髪の辺りで、紫電が弾けた。

 それは、彼女の周囲一帯に既に結界が出来上がっている証でもあった。


「もうほとんど理解できているでしょう? 今の私には、どんな攻撃にも反応できる」


「霹靂ノ女帝の名は伊達じゃねェ、ってことか」


 ここで柊の能力名を持ち出したということは、おそらく彼は答えに辿り着いているということだろう。

 だから、柊はあえて隠そうともせず言葉にした。


「そう。これは、反射の制御よ」


 理屈自体は、簡単なことだ。

 周囲に展開したレーダーの精度を高め、範囲を狭める。その内部に入った物の動き全てを知覚できるほどに。そしてその知覚した動きに対し、あらかじめ設定した電気信号を身体に直接流すよう能力をプログラミングする。

 たったこの二つで、柊の結界は成り立っている。


 だが、それが圧倒的な速度を生み出していた。

 相手の動きを見て判断するのが通常であるし、仮に歴戦の猛者のような戦闘経験を元にした反射でもそれは上位中枢を経由する。せいぜい、本能的な咄嗟の回避の脊髄反射くらいが常人のなせる最大の反応だろう。


 しかし、柊の結界はそれらを凌駕する。

 既に動きが設定されているということは、つまり熟考した末の行動と同レベルの正確さが得られるということ。

 そして電気制御自体を外部と内部に分担することで、最短路を通り信号が届くように出来ている。脊髄反射よりも早い反射など、少なくとも脊椎動物になせる限界を超えているだろう。


 正確さと速度。

 この二つにおいて限界点に達したとさえ言える今の柊には、いかなる攻撃も通用しない。


「これが私の新技よ」


 柊の瞳には、ただ自信だけが満ち溢れていた。

 その技は、ひと月前に七瀬に片鱗をみせていた。

 自身の肉体の能動的な電気信号の全てを能力で制御し、自身の筋繊維が為せる限界まで肉体能力を高めていた。

 あれですら序章に過ぎなかった。それどころか、ほとんど本質には届いていなかった。

 それでもなお柊は七瀬七海を圧倒し、この戦いに来る前には、この結界で彼女を無傷で勝利した。


 長かったと、自分でも思った。

 構想を形にするだけで一年以上を費やした。必要な神経回路を把握するのにさえ、同じだけの時間を要した。たった一つの技を得るために消費していい時間では、決してないだろう。

 たった七年で底辺から頂点まで上り詰めた彼女が、なお二年を費やさなければ手に入れられなかったのだ。それでも諦めることなく、レベルSという高みに立ちながら上を求めてきたのは、ただ一つ。


 東城大輝を護る為だ。


「ここから先は、一撃だって喰らわない。アンタが地に伏して大輝にその牙も爪も立てられなくなるよう、粉々になるまでアンタを叩き潰す」


 能力のヒエラルキーに変動はない。柊がやっていることは能力の向上ではなく、使い道の変化に過ぎない。

 つまり、グレンフェルの異能力では今の柊に対抗する手段は存在しない。


「不可侵領域って訳だな。女帝ノ聖域エンプレス・サンクチュアリってとこか?」


「へぇ。結構格好いい名前じゃない」


「まァ、それを名乗るからにはオレの攻撃は全部防がねェといけねェがな!!」


 言葉の直後、グレンフェルは柊を翻弄するように文字通り縦横無尽に飛び回った。

 東城と違い翼を得ていることで、三次元的な方向にもその高速移動の幅を広げている。目で見てからでは、どんな反応も間に合わない。


「――けど。そもそも見てないし」


 背後から迫るグレンフェルの刺突を、柊は難なく躱してのける。ひらりと舞うように回りながら、そのままグレンフェルの背へカウンターの肘鉄を叩き込む。


「ご、ぁ……ッ」


 グレンフェルが、柊の宣言通り地に叩きつけられる。


(身体が軽い。能力の出力が思っているより高まっているせいか……。調子が良すぎるのは怖いけど、今はありがたいわね)


 あまりにスムーズに働き過ぎる聖域の発動に感嘆と恐怖の感情を抱きながら、柊は地に伏したグレンフェルへ目を向ける。


「今の程度で破られるほど、私の聖域はチャチじゃないわよ」


 柊の結界――女帝ノ聖域は、当然メリットだけで成り立っている訳ではない。

 能動的な信号はプログラムの邪魔になる。つまり、戦闘に置いて当然存在する元々の条件反射を徹底的に封じ込めなければいけない。さらに、僅かでも電圧と電流の操作を誤れば、動くことが出来ないか、あるいは神経が焼き切れる。


 諸刃の剣どころではない。得られるメリットの方があまりに薄い。

 だが、レベルSがさらにそのメリットを得ることだけが、この場でグレンフェルを出し抜くに至った理由だ。確率論的なデメリットなど、気迫だけで塗り潰す。

 全てを懸けて勝利を、たった一人の安全を求めた柊の努力の結晶だ。

 それが、容易く破られていいはずがない。



 だと、言うのに。



「――頭が高ェ」


 グレンフェルはそう呟いた。

 ゆらりと、陽炎のように彼は立ち上がる。


「その程度の策で、勝ったつもりか」


 ぞくりと、柊の背筋が凍る。

 同時、グレンフェルが動いた。

 先程とまるで変わらず、ただ二本の短剣を手にした左右の斬撃を繰り出すばかりだ。



 ――まるで。

 ――対策を講じる必要さえないと、嘲笑うかの如く。



 全ての斬撃を正確に往なし、更にはカウンターさえ叩きこんでいるというのに、グレンフェルはなおその攻撃の手を緩めようとはしなかった。


「種を明かしたところで対処のしようがねェ? 違ェな。種を明かそうが隠そうが、すぐにボロが出るからだろ?」


 言葉の直後だった。

 グレンフェルの刃が、柊の頬を裂いた。


「――ッ!?」


 万が一攻撃を受けた際のプログラム通り、柊の判断より先に彼女の身体は大きくバックステップを繰り返して間合いを取り直していた。


「自分が圧倒的優位に立っていると見せかけて、オレの判断を鈍らせようとか思ってたのかよ。甘ェよ」


 吐き捨てるようにグレンフェルは言う。その業火の剣は、柊の頬を裂いたときに付いた血を焼いて、嫌な煙を発している。


「そもそもプログラムにない動きは反応できねェ。そンで、戦闘の最中に相手の動きを分析する必要がある」


 グレンフェルの余裕ぶった言葉に、柊は唇を噛んでいた。


「これだけ便利な能力を最初から使わなかった理由は、オレの動きのパターンを正確に読み取る時間が必要だったからだ。さっきまでの戦いは、オレの行動パターンの全てを曝け出させてた訳だ」


 グレンフェルの読みは、何一つ間違っていない。

 だから柊は、最後にグレンフェルが短剣を爆発させるという隠し玉を出すまでこの聖域を発動できなかった。戦闘パターンの最低限必要な解析内容に、あの状況下での彼の対応は必須情報だった。

 だからこそ、ここに来る前に立ち塞がった七瀬七海を瞬時に封殺できたのだ。幾度となく戦った彼女の戦闘パターンなど、もう既に嫌というほど知っているから。


「そこまで読めれば後は簡単だ。今までしてこなかった動きを織り交ぜていけばいい。――まァ大方、元のパターンから考えられる派生であったり、使用されていない行動についても対応するプログラムはあるだろう。それくらいの先読みが出来てねェと使えねェよォな技だ」


 そこまで理解しているからこそ、グレンフェルは今までの自分では絶対にしない動きだけを抽出し、実行していた。

 聖域の発動中ですら柊は動きの分析をし、随時プログラムは更新している。つまり、普通ならそうやってプログラム外の行動を探っている間にも、やや外れた動きに対応していき、次第にプログラムの対応幅は膨れ上がっていく。そうやって完全性を得ていくシステムではあった。

 しかしグレンフェルは、それをさせないだけの速度と振れ幅を以って柊の聖域に土を付けたのだ。


 対策などと言う次元ではない。

 真っ向勝負で柊の聖域にぶつかり合った上で、グレンフェルは勝利をもぎ取っている。


「愚民の割には健闘した方だな。だが、もォ終わりだ」


 そこからはもう、戦闘にすらならなかった。

 女帝ノ聖域に頼っている柊には、その外にある攻撃には一切反応が出来ない。だが聖域を解けばそのまま反応する間もなくやられる。

 どうにかこうにか放電を駆使してグレンフェルを近づけさせず、攻撃も防いでいた柊だがただのかすり傷も重なればダメージは蓄積する。


 だから。

 柊が地に伏したこの状況は、当然の結果だった。


「はっ、はっ……ッ」


 切れ切れの呼吸は酷く荒かった。もう既に、柊の聖域は肉体の稼働限界に達したせいで解けてしまっている。

 もう、彼女に勝利の女神は微笑んでいない。


「根本的な能力でオレに勝てるはずがねェ。隠し玉の聖域もオレには通用しねェ。どォだ、絶望の味は」


 あぁ、と柊は嘆く。


 ――やはり駄目だった。

 ――あの東城を倒した相手に、自分が敵うはずがなかったのだ。


 遠い。

 あの最強の座は、自分ではまだ届かない。

 そう、思い知らされた。


「……や……ぁ」


 そんな言葉が漏れ出る。

 目の前に迫る絶対的な死に恐れを成して、身体が震えてしまう。

 情けないと、自分でも思った。あれほど東城を護ると豪語しておきながら、結局無様に敗北を重ね、あまつさえ死を恐れるなど。


 思っていても、どうしようもない。

 その恐怖は、命ある限り消えることはないのだから。


「テメェに恨みはねェンだが。――悪く思うな」


 敵と味方として戦った以上、グレンフェルのその判断は何一つ間違ってなどいない。もしも柊の聖域が通用していれば、その言葉をかけるのは柊の方だったかもしれないのだから。

 業火の刃が煌めく。



 ――その瞬間だった。



 鼓膜を突き破るような音があった。

 同時、グレンフェルと柊の間に割って入るように、真っ赤な影があった。


「誰に手を出してやがる」


 獣の唸るような低い声だった。

 だがそれは、温かさも内包していた。


 知っている。この温もりに溢れた声の持ち主を。

 何年も前からずっと、こうして助けられ続けてきたのだから。

 その少年など、たった一人しかいない。


「……大輝……っ!」


 満身創痍の柊は、もうただその名を呼ぶことしか出来なかった。

 だがそれでも、その少年は肩越しに笑みをくれた。


「護ってくれてありがとな。――だから今度は、俺がお前を護る番だ」


 そして、彼は前を向く。

 最強の座を奪った相手と、対峙する為に。



「始めようぜ、フェニックス・グレンフェル。――俺の大事なものに手を出したんだ。テメェは、俺が必ず焼き尽くす」



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