第4章 慟哭の果て -1-
既に東城が駆けだし去ってしまった公園に、白川と四ノ宮、そして七瀬は残っていた。
昨日の白川だったなら望み通りのシチュエーションに感極まって大号泣しかねないのだが、流石に今の白川にそんな気はないようだった。
「えぇ、のか……? 東城のヤツ、あんたに何も言わんと――」
「別に構いませんわよ」
変わらない調子で七瀬は答えた。だが、既に七瀬の啖呵を聞いていた白川にも四ノ宮にも、それはどこか寂しげに映った。
「わたくしが求めているのは彼の言葉でも声でもなく、彼のその姿ですから。わたくしの魅かれたあの大輝様に、さっきまでの様な腑抜けた姿でいられる方がわたくしには耐えがたい苦痛ですわ」
屈託など感じさせない、綺麗な笑みで七瀬は白川に微笑みかけていた。
しかし彼女は、腑抜けた姿でいられる方が、と言った。どちらかを比較しただけで、今が辛くないわけでは決してないはずだ。
慰めの言葉を、言うべきなのだろう。
だが白川は何も言えなかった。
彼女になんて言葉をかければいいのか、どうしても分からなかった。
「ですからこれは、わたくしが望んでそうした結果ですわ」
「でも君は、大輝の事が――」
「貴方方が気になさる事ではありませんわ。それにこれくらいのハンデからの逆転劇、というのも面白くありませんか?」
その微笑みが、いたずらっぽく変わる。魅惑的なその笑みは、心から彼女がそう思っているように思えた。
「まぁ、せやな」
能力の事など白川は当然知らないが、それでも彼女の強さを思い知らされたような気がした。
彼女はきっと大丈夫だ。そう、彼は直感した。
「でも、ここから新規の白川ルートという道もあると思うんやが」
「へし折りますわよ、そのフラグ」
さりげなくいつもの調子で白川はアプローチするが、七瀬は冷ややかな声でそれを一蹴した。
「……いやしかし諦めん。あんな東城に俺が負けてたまるか」
「その自信はいったいどこから来るの?」
隣で白川を生温かい目で見守っていた四ノ宮もつい口を出してしまう。
「だって東城はバカやし」
「……無礼を承知で言いますけれど、貴方の頭脳で彼を馬鹿だと仰ってしまうのですか?」
「なぜ俺の方が馬鹿やと分かった!? まさか俺ってそんなに馬鹿が滲み出とる!?」
「いえ、何と言いますか……」
滲みでているどころか迸っていますわ、と頭に浮かんだものの流石にほぼ初対面の相手にそこまでは言えない七瀬は言葉を濁して、苦笑していた。
「――やっぱり、苦笑いでも失笑でも、笑ってた方がえぇで。そっちの方がさ、やっぱり似合っとって可愛ぇっていうか……」
言っていて恥ずかしくなったのか、白川はうつむいたり横を向いたり、そわそわしていた。
「……その程度ではわたくしは落ちませんわよ?」
「……四ノ宮、なんでバレたんやと思う?」
「雅也が馬鹿だからだよ」
さらっと四ノ宮は受け流しただけだった。
そのやり取りを見て、また七瀬は小さく笑った。
「では、これで」
七瀬は白川たちに背を向けた。その背には、今までの冗談を言い合うような空気はもちろん、寂しさや嬉しさも一切感じさせない、純粋な覚悟と強さだけがあった。
「どっか行くんか?」
「えぇ。大輝様一人だけに任せるほど、わたくしも無責任ではありませんので。せめてもう一つくらいは、わたくしの手で片づけておくとしますわ」
朝の陽ざしに正面から踏み込んで、七瀬はその道を歩きだす。
たった一人で、彼女が唯一信じる彼の示したその道を。