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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第6部 フェイント・ブライトネス

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第1章 王の炎 -2-


「オーマイゴッド……」


 混乱と共感に包まれたSHRから、十分後のことだった。

 職員室前の廊下で、白川雅也が生気を失くした瞳で目の前に積まれた段ボールふた箱を見つめ、立ち尽くしていた。


「……ねぇ。この学校じゃ補習プリントの単位は『箱』なの?」


「いやぁ、全国探してもそんな高校はないと思うよ」


 呆れを通り越して感嘆しそうな勢いで、柊も四ノ宮もその様子を見ていた。他人事だと思って、完全に関わらないように少し距離を取っている。


「……なぁ、東城。お前の補習と交換しようや」


「それ、俺に欠片のメリットもねぇだろ」


 対して東城は、国語の先生が丹精込めて作ったと思われるプリント十数枚である。そこまで成績の悪くない東城が「塾に通わずともこれ以上成績が悪化しないよう、そしてあわよくば理系科目と同じような点が取れるように」というテーマの元に作られたありがたい補習課題だ。

 同様のものが、白川には数十倍の量で、十近い科目で用意されていると言うだけの話だ。


「これのどこが補習や!? むしろ俺が捕囚やろ!?」


「うーん『どや、上手いこと言ったった』みたいな顔されても、そんなに上手くないし……」


「うるさいハゲ!」


 誰もハゲてなどいない、というツッコミが成立しない理不尽な罵りを四ノ宮へ吐きながらも、白川は絶望の底から立ち直れずにいた。


「こんなんただの拷問やろ!? いくら何でも横暴が過ぎる!」


 流石に、東城も白川の言い分は分からなくもない。


 文系科目が出来ない東城からすれば、勉強の出来ないという苦痛は良く分かる。問題が解けないからやる気が出ず、やる気が出ないから遊び、遊ぶから授業が理解できず、理解できないから問題が解けなくなる。

 その悪循環を幾度か繰り返すだけで、驚くほど周囲との学力差はついてしまう。追いつくための明確な手法が分かっていたとしても、それを成す気力が湧かないのだ。


 しかし、その事実をどうしても理解しない天才もいる。主に東城の横で呆れている金髪の美少女さんだ。


「これが逆切れってヤツ?」


 元々、超能力者としては低レベルから出発している彼女は天才ではないのだろうが、彼女は努力が出来る人間だ。努力できると言うのもまた才能であり、それでレベルSにまで昇りつめたのなら『努力する天才』とさえ言える。

 そんな『努力する気が起きない』学生の悩みなど、彼女に理解されなくて当然だろう。


「義務教育終わってるのにこんだけ面倒見てもらえてるだけ、ありがたいって思えない訳?」


「黙れ、金髪貧乳優等生!」


 涙目の白川が小学生のような暴言を返した瞬間。

 ずがん、という音がした。

 呆れていただけの柊の顔から一切の表情が途絶え、彼女の拳はくの字に折れ曲がった白川の鳩尾に華麗に叩き込まれていた。


「そのフレーズを使ったら殺すと公言しておいたはずよ?」


「ば、う……っ!?」


 人体急所に見事な一撃を叩きこまれ、ろくな言葉も言えないままに白川が崩れ落ちる。一発KOで判定の余地もないほどだ。


「容赦ねぇな……」


 相変わらずのツッコミの殺意――もとい、キレの良さに、東城は呆れと共に恐れ戦き、柊から数歩の距離を取った。

 その様子に柊は僅かに傷付いた顔をしていたが、やがてすぐに元に戻る。


「……でもさすがに、この量の補習はキツイよね」


「せ、せやろ? こんなん、なんのモチベーションも無しにはやってられへんわ」


 そしてこれもまた相変わらずの驚異的かつ人間離れした回復力で、白川は即座に四ノ宮の言葉に続いた。


「でも、もう文化祭も終わったじゃない。学校行事って、何か残ってたっけ?」


「ものの見事に何も残ってねぇよ。体育祭も球技大会も一学期だったしな。残ってんのは模試とかオープンハイスクールとかくらいだ」


 生徒会副会長に就任したこともあって、柊の問いに東城は迅速に答えられた。仕事柄、学校行事には詳しくなる。そして模試などはテンションを下げる為の行事でしかなく、オープンハイスクールなど中学生が授業見学に来るというだけで、なんの面白みもありはしない。

 この補習を乗り越えたら楽しいイベントが――とはならない以上、確かにやる気を維持するのは難しいかもしれない。


「クリスマスとか、学校に関係ない行事はあるよね」


「四ノ宮。白川の前でクリスマスとか言ってやるなよ。どうせ見栄張って『俺は彼女とデート行くから』とか俺たちと遊ぶ約束も断っておきながら、十二月の二十五日は家でぼそぼそとフライドチキン食うだけなんだから」


「なぜ知っとる!?」


「事実なのね……」


 持て得る憐憫の全てを注いだ柊の視線が、涙を誘う光景だった。


「そう言えば、クリスマスも案外近いのよね。もうハロウィンも終わっちゃったし」


「だな。まだほとんどふた月あるっていうのに、ちらほらクリスマスソングかかり出してるからなぁ……」


 自然と、会話はクリスマスの方向へ流れていこうとする。

 記憶を失くした東城にしてみれば、クリスマスなどたった二度目の経験である。まして、柊を始めとした能力者たちと出会ったのは今年の夏から。つまり、現在の東城は柊とクリスマスを迎えるのは初めてで――


「カーッ、ペッ! 甘い、甘すぎて吐き気のする雰囲気やのぉ」


 互いに「クリスマスの予定は……?」と聞こうとしていたせいで、微妙にほわほわした空気に包まれかけていたのだが、それをぶち壊すように、白川がこの世の負の面を見尽くしたような荒み切った顔で吐き捨てていた。


「クリスマスなんぞ、死んだ奴が蘇ったとかいうゾンビの日やろ! 何でそんなおどろおどろしい日が恋人たちが幸せに包まれる日に指定されんねん!」


 物すごく雑な知識の上に偏見の塊で、宗教家が聞けば頭から血を噴き出しそうなほどの暴言を吐きつつ、つまるところ白川は嫉妬に狂っていた。


 しかし。


「……アンタは七海(ななみ)を誘ったらいいじゃない」


 柊がぼそりと呟いた瞬間、白川の動きが石化したように止まった。


「ちょ、おま、さささ、誘うとか、え? あ、う?」


「どんだけ狼狽してんだよ、お前」


 石化が解けたかと思えば、すっかり寒くなったと言うのに汗をだらだらと流し、白川は視線をあちこちに泳がせていた。傍から見ていて軽く引くくらいの狼狽えっぷりである。


「……てか、最近思ってたんだけどさ。お前、七瀬ななせのこと下の名前で呼ぶようになったんだな」


 そんな白川は放っておいて、東城は普段から感じていた疑問を柊に投げかけた。

 ひと月前、だいたい黒羽根美桜(くろばねみお)が起こした暴動が終わった頃だったか。今までは「七瀬」と呼んでいたのに対し「七海」と呼称が代わっている。七瀬の方も稀にではあるが「柊美里」というフルネームではなく「美里」と親しげに呼ぶ時がある。


「まぁ、色々あったのよ。アンタの知らないトコで」


 適当に柊は受け流していた。何やら紆余曲折を経てはいるが、彼女たちも少しは仲良くなった、と言うことだろうか。東城からすると凄まじく仲が悪いイメージがあったのだが、どうも二人の間は違うらしい。

 なら、と東城は少し思いついたことがあった。


「……クリスマスは、いっそ全員集めてパーティーでもするか」


「全員って?」


 返って来た柊の問いに、東城は僅かに逡巡して答える。


「だから、白川も四ノ宮もお前も、七瀬も真雪(まゆき)姉も美桜も神戸(かんべ)も、青葉(あおば)とか、落合(おちあい)たちも、知り合い全員に声かけようかなって。浦田(うらた)さんとかも呼んじまおうか。永井先生は……呼ぶと説教の時間が増えそうだけど……」


「サウンズグッド、って言いたいけど、そんなにメンバー集めてどこでやるの?」


 四ノ宮が少し不安げに問う。確かに、それだけの人数で集まれる場所など早々ないだろう。だが、東城には少し候補があった。


「真雪姉に今度頼んどくよ。あの人の家なら馬鹿みたいに広いし、美桜って子は簡単には外に出れないから」


 問題は全員の予定が合うかどうかなのだが、そこら辺はまだふた月近くあるのだからゆっくり考えよう、と東城は結論付ける。


「つーわけで、無事に進級する見込みが出来たら七瀬含めてパーティーだ。悪くないモチベーションを上げる方法だと思うんだが?」


「うぉぉおお! クリスマスと言えばもう冬休みに入っとるやないか! そんな時の補習は回避せなアカン!」


 そして、見事に白川のやる気に火が付いたようで、その段ボールふた箱を抱えて彼は全力で教室へと走っていった。


「……あのやる気、いつまで続くのかしら」


「とりあえず僕は少しでも続かせるように、監視役でもしてくるかな。――大輝たちはどうする?」


「俺は特に仕事はなかったと思うけど生徒会室に顔出して、そっから帰るかな」


 そう答えた東城のポケットで、何かが震えた。


「着信か。何だろ……」


 ケータイを取り出した東城が、ぴたりとその動きを止めた。

 そして、嫌な汗が全身から噴き出す。


「……どうした訳?」


「真雪姉からの呼び出し、です」


 詳細は何も書かれていない。ただ、『生徒会室に集合(一人でね)』の後に付けられたハートマークから、禍々しい怒気が迸っているような気がしてならない。


「……私は先に帰ってるから。存分に説教を喰らって来なさい」


「俺がいったい何をしたって言うんだ……」


 絶望に暮れながら、東城は柊たちとも別れて一人、実の姉がおそらく仁王立ちで待ち構えている生徒会室へと足を向けるのだった。


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