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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第6部 フェイント・ブライトネス

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第1章 王の炎 -1-


 吹き荒む風は冷たく、秋を飛ばしてもう冬の気配を漂わせていた、そんな頃。


 とある高校の教室。つい先週までは長袖シャツの袖をまくったりした合服の生徒が大半だったのだが、今ではもう紺色のブレザーをしっかり着た者で埋め尽くされている。

 そしてそこは今、阿鼻叫喚の騒ぎに包まれていた。それはさながら、世界の終焉にも似た恐慌だった。


 理由など、決まっている。


「次、白川雅也(しらかわまさや)ー」


 教壇に立つ凛としたスーツ姿の永井(ながい)先生が、出席番号順に何かの紙を配っていた。



 ――中間考査の結果表の配布である。



 全世界、あらゆる学生が戦々恐々としてその時を待ち、やがて発狂し、泣き喚く死の行事だ。

 そんな中、名を呼ばれた白川はどこかにやりとした様子で席を立った。余裕の貫録さえ見受けられるその姿に、周囲の生徒が僅かに息を呑む。


 それはもちろん、彼の成績の高さに期待しているのではなく、動物園で『芸を失敗する芸』で有名なパンダでも見て喜ぶような、そんな生温かく嫌な期待の眼差しだった。


「ふふふ、今回ばかりは俺もアホという汚名を挽回するぞ……」


 関西訛り白川はもう既にその言葉でアホであることを十二分に露呈しながら、ゆっくりと教壇に近づいた。もう彼の眼には、足元にレッドカーペットでも見えているのだろう。――他の生徒からすれば、そのカーペットは彼が獲得した赤点の数で赤く染まって見えるだろうが。


「……白川」


「何でしょう、先生」


「お前、進級したくないんだな?」


 そう言って永井先生は紙切れを白川に渡し、「もう知らん」とばかりに次の生徒を呼んでいた。見放された、と誰が言うでもなくこのクラス全員がそう認識した。


「……お前、どんだけ悪かったんだよ」


 その様子に東城が呆れたようなため息をついて、白川の手にある紙を覗き込んだ。本当に、ただ友人の成績を見るように軽々しく。


 そして、言葉を失くした。

 悲惨な物事を前にすると人は本当に絶句するのだとどこか乖離した心で理解しながら、東城はどうにか声を絞り出した。


「……お前、全教科学年最下位って……。しかも、数学〇点って……」


「馬鹿な!? 先生! 永井先生!? これは何かのミスじゃ――」


「テストの解答用紙はすでに返却して点数は分かっていただろ。――まさかそれさえ見ずに授業中に眠りこけていた訳じゃあないよな?」


 にっこりと。

 阿修羅にも似た笑顔で語る永井先生を前に、白川雅也はそれ以上の抗議も出来ずにがくがくと震え縮こまっていた。


「ちなみに、数学は期末で六割とらない限り欠点だ。一学期も欠点だったんだから、また欠点を取ると三学期にいくら頑張っても単位はやれんぞ」


「更に馬鹿な!? 数学で六割なんて、そんなん出来るのは数学の神様だけやろ!?」


「今回の平均は六三点だ。お前みたいなバカが著しく平均を下げているせいもあって、うちのクラスの過半数は平均点越えだぞ。神さまがいっぱいで良かったな」


 そして本格的に絶望を前に狼狽える白川を押しのけ、永井先生はまた次の生徒を呼んだ。


「次は東城だぞ」


「あ、はい」


 友である白川の進級の危機に本気で戦慄していた東城だったが、先生に呼ばれ、慌てて駆けつける。


「……本当に、お前は数学が得意だな」


「ありがとうございます」


 渡された紙は、相変わらずの成績だった。恐ろしく代わり映えしない。

 理系科目は漏れなく満点。対して文系が赤点スレスレで、合計値としては平均やや上くらいだった。

 東城が理系科目だけ満点なのは、彼が超能力者であるが故だ。


 世界の物理現象を知覚し、読み解き、改竄する。その過程ではコンピュータ級の演算を必要とされる。高校一年の範囲ならば、東城の頭脳では寝ていても答えを埋められる。ましてや能力者の頂点に君臨する彼の頭脳であれば、きっと大学数学でも同様の成績になるだろう。


「それに引き換え、この文系の凄惨さは何だ?」


「頑張ったんですけどね……」


「結果の伴わない努力に価値はないぞ」


「それは教師のセリフなのか……」


 本来「努力することに意味がある」などと教える立場であろう教師から現実を突き付けられ、東城は酷く落胆する。――永井先生にそう言わせるだけ、自分の成績が全く向上していないのだと気付かされ、さらに落ち込みそうになる。

 そんな東城を置いて、永井先生は次々とテストの成績表を配っていく。


「……アンタ、馬鹿じゃないの?」


 永井先生に代わり心底呆れたように、長い金髪を払いながら柊が東城に声をかけた。

 冬服からはこの学校の物を購入できたのか、今までの制服もどきから変わって、東城たちと似たり寄ったりの紺のブレザーにグレーチェックのミニスカート姿だった。


 流石にしばらく経って見慣れたが、最初の頃の東城は普段と違う柊の格好妙な気恥しさを覚えてしまってなかなか視線を合わせられなかったものだ。まぁ、柊本人はその東城の態度に気付いた様子はなかったが。


「うるさい。これでも赤点を回避してるだけ一学期からは成長してるんだよ」


「ま、留年しないように気を付けてよね。私たちの卒業式で在校生代表の送辞をアンタから聞くのとかヤだし」


「流石に留年した奴に送辞はさせないだろ……」


 留年しねぇよ、とはツッコめない辺り、流石に東城も自分の成績がグレーゾーンにあることを無意識に気にしているようだった。


「――最後、柊ー」


「はい」


 編入生であり出席番号最後の柊の手元に結果の紙が渡る。――そもそもテストの返却の時点で成績は知っているが。


「――見る?」


「黙れ学年一位」


 誇らしげな顔で言う柊に東城は結果を見るまでもなく悪態をつく。――全教科満点だった時点で一位に決まっているではないか。


「やっぱ柊さんは頭いいよね」


 とっくに結果を片づけていた四ノ宮蒼真(しのみやそうま)も会話に加わる。これでようやく、いつもの面子は揃っていた。


「全教科八割越えのお前も大概だと思うんだが……?」


「僕は努力の結果だからね」


 サラッと答える四ノ宮に東城は感嘆し、そして白川は何故か悲嘆に暮れていた。


「更に更に馬鹿な!? お前テスト前も俺と一緒に遊んどったやないか! 何なら俺が遊びに誘う度に頷いとったやないか!」


「それ以外の時間は勉強してるしね。――ていうか、逆に何で雅也は学年最下位になれるの?」


 遊びに割く時間は同じはずだが、と思う四ノ宮だが、そんなの問うまでもなく分かり切っている。白川は一人でいる時もゲームや漫画で時間を食いつぶしているからだ。遊んでいるのではなく、遊び呆けているのだ。


「い、今の言葉は胸にぐさって、ぐさーって刺さった……」


 床に手をついて絶望する白川に、永井先生がどこまでも冷ややかに声をかける。


「というわけで、白川。お前は今日から補習だ」


「え!? まだ中間やから追試とか補習はないんじゃ――」


「強制じゃない。別に参加しなくてもテストでしっかり点を取れば進級できる。――が、まさかその人間の屑みたいな頭でも、このまま自分一人の努力で成績を良く出来る、なんて思い上がるような腐り果てたニューロンは持ち合わせてはいないよな?」


「担任教師が露骨に言葉の暴力を織り交ぜてくる!?」


 永井先生にそこまで言わせるだけ再三の注意を無視した白川が悪い、とクラスメートの誰もが思っていたが、誰もが呆れてその事実を教えようとはしなかった。


「――お前もだぞ、東城」


「対応が白川と同じ!? ヤバイ、これは世界が終わる!?」


「そのリアクションは酷過ぎるぞ、東城ォ!?」


 ツッコむ白川を無視して、東城は絶望に打ちひしがれる。もはやこの世に何の希望もないと思い知ったような顔である。――これが最強の超能力者の姿かと思うと、思わず涙が出てきそうなほど哀れだった。


「わざわざ他の教科担任の先生方に頭を下げて、補習の授業や課題を用意してやったんだ、ありがたく受け取れよ」


「ありがた迷惑ってこういうのを言うんやろうか……」


「これを迷惑って思う時点で雅也はもう駄目だと思うよ。来年は先輩後輩としての関係を築こうね、雅也君」


「もう既に見捨てられた!?」


 心理的距離が開いたことに驚愕する白川を余所に、帰りのHRの終わりを告げる鐘が空虚に鳴り響くのだった。


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