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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第6部 フェイント・ブライトネス

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序章 紅蓮の外套


 それは柊美里(ひいらぎみさと)が、たった一度だけ見た光景だった。

 そもそも彼女以外に、彼のその姿を他に見た者がいるのかさえ怪しいだろう。

 東城大輝(とうじょうたいき)が、本気になった姿など。


     *


 五年ほど前だろうか。まだ柊がレベルSに到達するはるか前。レベルBになるかどうかといった頃だった。


 超能力の開発に携わる研究所の中は、完全なる閉鎖社会であった。それは、よく閉鎖社会の代表にされる学校の比ではない。『外』という概念そのものが存在しない以上、研究員に見つかりさえしなければ何をしてもいいという無法地帯だ。あるいは、見つかったとしても、咎められるだけの力が研究員にはなかっただけなのかもしれない。大きな反逆を制圧する手段はあっても、個人を見れば『能力者』と『無能力者』という壁があるのだから。


 しかし、無法にもたった一つのルールは存在する。

 すなわち、弱肉強食である。


 弱者は強者の奴隷であり、強者は弱者を虐げる。明確なヒエラルキーがそこには存在していて、そのヒエラルキーの頂点に立つのはレベルSの能力者のみだ。警察や司法機関など端から関係のないところにある以上、それは原始的で最も分かりやすく、不変の摂理となる。

 そんな無茶がまかり通る世界において、本来あり得ない速度でレベルを上げている者の存在は目障りでしかなかった。――いずれ、自分たちの地位すら脅かされるが故に。


 だからこうして。

 柊美里が、複数の能力者に囲まれる状況もまた、必然だった。


「逃げてんじゃねぇぞ……ッ」


 息を切らしながら、じりじりと柊に男が詰め寄る。それから逃れようとする柊の背が、壁にぶつかった。

 金髪の少女が追い詰められていると言うのはどこか洋画チックだなと現実逃避気味に柊は思う。だが、自分が小学生で相手も中高生程度の年齢であることを考えれば、そんなドラマ的な画でもないだろう。

 しかし見た目の栄えがない分、ここには異様なまでの負の感情が詰め込まれていた。相手も自分も子供であることなど、関係なくなってしまうほどに。


(数は、二十五か……。これはちょっと無理かも……)


 全力で逃げ惑っていた柊だが、ここは既に行き止まりだ。――ひょっとしたら、そうなるように誘導されていたのかもしれない。来る途中監視カメラのどこにも引っかからず研究員にも見られていないということは、そういうことだと考えた方が良さそうだった。

 全力で一本道を走れば、敵が複数いても足の速い者が先頭に出る為、自然と一対一に持ち込める。その作戦で二、三人は行動不能にしていたがそれも限界が来た。


 まだレベルBでしかない柊に出来ることは、強力なスタンガンレベルの電撃を相手に流すことと、レーダーを展開し周囲への知覚を広げることくらいだった。――絶縁体でもある空気へ電気を通す、すなわち放電に対しての制御力はまだない。威力と操作の釣り合いが取れないのだ。

 つまり、この場で二十五人もの能力者を倒すことはほぼ不可能。ましてや、相手の目的は自身の立場を守ること。つまり、足元に迫った邪魔な柊の排除である。この時点ではまだ、皆が柊より格上だ。


「安心しろよ。骨も残さず溶かし尽くしてやる」


 猛る業火を迸らせているのは、発火能力者パイロキノの誰かだ。柊は名前など知らない。どうせアルカナにもなれず成長も止まった、そこらのレベルAの底辺だろう。


「……言うことが、いちいち陳腐なのよね」


 嘲るようなセリフを、柊は震える声で必死に作った。

 自分が追い詰められている自覚は、柊にもあった。しかし、それでも敵に屈することだけは出来なかった。

 それは何も敵側に交渉する気がないだとか、そんな現実的な判断から来るものではない。


 この時点で更に四年前。始めてあの少年に出会ったとき、柊美里は一つの誓いを自分に立てていた。

 彼の背に追いつく。その為に泣き虫な自分を捨てる、と。

 この程度で涙を零すようでは、この四年の努力など意味がなかったと自分で認めてしまうことになる。

 だから彼女は、絶対に目を逸らさない。


「自分の立場が分かってるか、静電ノ少女(エレクトロガール)


 そんな彼女の強気な態度が余計に癇に障ったのか、目の前の男が壁を殴りつけた。

 同時、そのコンクリで作られた壁が、最大直径一メートルほどの同心円状のヒビを伴って、大きく窪んでいた。

 何の能力者かを考察する余裕はなかった。念動力能力者(サイコキノ)かもしれないし、肉体操作能力者(セルオペレーター)だったかもしれない。

 だがそんな事はどうでも良かった。


 問題なのは。

 この打撃一発で、自分の身体がミンチになるという現実だけだ。

 堪え切れない恐怖が柊の足を襲い、それは全身の震えとなって伝播していく。


「今さら震えたって、止めねぇぞ」


「うるさい……っ」


 強がるが、何の意味もなさなかった。

 歯の根が合わず、カチカチと耳障りな音が鼓膜の内側から聞こえ続ける。


「散々俺らをコケにしやがって。殺す前にフラストレーションは解消させてもらうぞ」


「――やッ……ぁ!」


 ついに男の一人が、柊のその長い金髪を乱暴に掴んだ。



 ――その瞬間だった。



 鼓膜を突き破るような衝撃が、辺りを叩きつける。

 相手の視覚や聴覚に無理やり空白を植えつけるような、途方もない爆撃だ。

 この場のほとんどが、その正体を認知できていなかった。


 だが、柊は知っている。

 この温かな力を持つ者など、たった一人しかいない。


「大輝……っ」


 その爆心地にいたのは、幼き日の東城大輝だった。

 だがそれは、普段の彼とは少し違った。

 誰かを護る為、最小限の力で敵を無力化するのとは訳が違う。そんな生易しい火力では決してなかった。

 感情の猛りに任せて紅蓮の業火を撒き散らし、怒りの赴くままに爆発を起こす。そんな化物のような少年だった。


 ――それは。

 たった一人の最強が、顕現した瞬間だ。


「……その手を放せよ」


 冷たい、抑揚の消え失せた忠告だった。

 いつもの彼は、いつだって明るかった。優しく微笑みながら、自分だったり自分の知り合いだったりに降りかかる火の粉は、その顔を崩すことなく片手間に叩き伏せていた。

 その彼が。

 憎悪と侮蔑に瞳を燃やし、たった二十五人を睨みつけていた。


「聞こえなかったか?」


 小さく息を吸って、東城大輝はもう一度口を開く。


「それならそれでもいいよ。――二度は言わねぇ。聞こえなかったんなら、そのまま腕を斬り落とす。安心しろ。俺の能力じゃ血は出させねぇから」


 ぞくり、と。

 柊美里でさえ背筋が震える声音だった。

 果たして目の前にいるのが本当に東城大輝なのか。

 そう疑いたくなるほど、何かが決定的に違っていた。


「……オイオイ、正気かよ」


 柊の髪を掴んでいた能力者はその手を放しながら、東城に向き直った。口ではそう言っているが、東城の怒りにでも臆したのかもしれない。


「天下の燼滅ノ王(イクセプション)様とは言え、この人数差だぞ? まさか、俺たち全員を相手にして勝てるとでも?」


「――あんまり、美里の前でレベルを馬鹿にするようなことは言いたくないんだけどな」


 はぁ、と小さくため息をつきながら、東城は拳を握る。

 話し合いで解決する次元ではないと、暗に突き付けていた。


「レベルBやらAがちょっと徒党を組んだくらいで、頂点(レベルS)に敵うかよ」


 東城の全身から溢れ出る業火が、揺らめき、集まり、ある形を作り出す。

 それは、紅蓮の外套だった。

 東城の全身を、炎を圧縮したマントが覆う。そんな灼熱の布を纏い闊歩する姿は、いったい、何に例えればいいのだろうか。


「何だその格好はよ! 今さらお顔は見られたくないってか!?」


 囲んでいた一人は、金属操作能力者(メタルキノ)だったのだろう。嘲笑と共に矢をいくつも生成し、それを高速で東城に投げつけた。

 多少溶けたところで、その槍は炎の布を貫通し東城の身をズタズタにするはずだった。

 しかし。

 それは炎のマントの一薙ぎで消え失せた。


「な――ッ!?」


 敵が驚くのも無理もない。

 だが、そもそも気付くのが遅れ過ぎている。

 彼の周囲一帯、強すぎる熱を前に光が歪み、おぼろげにしか姿が見えなくなっている。うっかり口で息をすれば、その熱が喉の粘膜を削るような感覚があったはずだ。


「俺を前に図に乗るなんざ百年早ぇよ」


 パチリと指を鳴らす。

 それだけでまるで狙い撃ったように金属操作能力者の足元に爆発を生み出し、一撃で意識を狩り取った。負った火傷は、きっと二度と消えない痕を残すだろう。


「さぁ、死にたい奴は前に出ろ。殺されたいなら背を向けやがれ。立ってるだけなんて無様な選択は、許されると思うなよ」


 無茶苦茶を言いながら、東城大輝はその二十五人にゆっくりと近づく。

 何人かが反撃のように能力を飛ばしてみるが、意味を成さない。

 その紅蓮の衣が全てを焼き尽くす盾となって、彼の身を守っているから。


 圧倒的な熱量と、戦力の差があった。

 この炎の外套は絶対防御の盾だった。それを貫ける者など、ここにはいない。

 そしてそれはつまり。

 ただ東城大輝に蹂躙される以外、彼らに道はないということだ。


「俺の大切な者に手を出したんだ。――他人の逆鱗に触れるっていう意味を、ちゃんと理解しておけ」


「何だよ、それ……ッ!? そんなチート――」


 驚愕する男の顔面に火球を飛ばし、また一人、行動不能にする。

 その間も、東城は歩みを止めはしなかった。

 彼の足音はきっと、死神のそれにも似ていただろう。


「弱者を虐げるしか出来ないその能力も、俺の大事な友達を手にかけようとしたその根性も、俺が――」


 ゆっくりと歩を進めながら、東城は言う。

 冷徹で、冷酷で、冷淡なその声で。


「俺が、全部焼き尽くす」


 そして彼は。

 ただの一撃も浴びることなく、自らの敵を一匹残らず駆逐した。



 後にも先にも、炎神の如きその姿を柊が見たのは、その一度だけだった。


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