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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
SS1 レイジ・エイジ
133/419

幼き業火 -2-


 そろそろ午後一時になろうか、そんな十月中旬の真っ昼間だった。

 吹きすさむ肌寒い風は甘い金木犀の匂いを運び、あれだけ青かった街路樹の葉はとうに枯れ落ちて、季節が変わりゆくことを如実に感じさせる。

 そんな中で、少年三人と少女一人のグループが高校からの帰路についていた。


「いやぁ、午前中で授業が終わるとか天国やわ。もういっそ毎日午前中で終わればえぇのに」


「その午後はテスト勉強に当てるためのものでしょ。普通は明日からの中間考査を思って地獄だって呟くところなんだけど……。雅也、今回は自信でもあるの?」


 関西弁の少年――白川雅也(しらかわまさや)に、超絶美少年の四ノ宮蒼真(しのみやそうま)は純粋に問いかける。


「あるわけねぇだろ」


「何故お前が答えた!?」


 呆れたように代わりに答えたのは、東城大輝(とうじょうたいき)である。

 無気力なように見えて、凛とした雰囲気も持ち合わせるアンバランスなその少年は、実は、ただの高校生ではない。

 秘密裏に開発された軍事兵器――超能力者の頂点に君臨する、最強の発火能力者(パイロキノ)の燼滅ノ王なのだ。


「まぁ人のことを馬鹿にする余裕が大輝にはあるんでしょ」


 そして呆れている東城に対し、更に呆れるように、金髪の美少女――柊美里(ひいらぎみさと)は深くため息をついた。

 凄絶なまでに美しいその髪をさらりと風になびかせ意地悪げに笑うその姿は、この中で明らかに逸脱した美しさを持っているように見えた。


 ――そして、そんな彼女もまた超能力者。それも、発電能力者(エレキノ)の第一位に座す霹靂ノ女帝(エンプレス)である。


 だが白川も四ノ宮も、そんな事実は知りもしない。

 何せ東城も柊も――いや、ほとんどの能力者は、その能力をひた隠しにして生きている。

 様々な事情があり紆余曲折を経て、とにもかくにも超能力者は解放された。結果、こうして少しずつ社会に馴染んでいるのだ。戦争も起きない日常に超能力など必要ないし、ならば、わざわざ明かす必要もないというわけだ。


 ――そんなこんなで。

 明日と言う日に二学期の中間考査を控えた、史上最強の超能力者と学年屈指のただの馬鹿が肩を並べて、あまつさえその並べた肩を落とすという、能力者から見たら悲嘆に暮れさえするような光景が出来上がったわけである。


「……なんでテストとかあるんやろうな……」


「そんなもんだけで人間を測るとか馬鹿だろ……」


「発想がもうダメ過ぎるね……」


 珍しく白川と同意見になっている東城に、いよいよ手もつけられないかと四ノ宮も諦めのため息をつく。


「――まぁ、確かにテストで人間は測れないかもだけど」


 そんな中で、編入初日から学校一の秀才となった柊美里も一応は二人の意見に同意した。

 しかし。


「本当に立派な人間なら、テストくらいは余裕でこなすと思うわよ?」


 ぐさりと――いや、ぐちゃりと。

 痛いところを突かれた二人の心は、明日への絶望でそのまま押し潰された。


「我らが学生の唯一の精神防壁を正面から打ち砕くとか、鬼畜すぎるやろ……っ」


「ハチの巣張りに穴だらけの防壁でどうやって護る気だったのよ……」


「――いや待て、白川」


 呆れを通り越して無関心になりつつある柊を余所に、東城は何か妙案が思いついた様子で白川に声をかけた。


「何や?」


「そう、確かに明日には絶望しかない。だが冷静に考えろ。――明日は、中間考査だぞ?」


「――ッハ!? そういうことか!」


 何故か共通認識が芽生えたらしい東城と白川に、ため息交じりに四ノ宮が問いかける。


「で、その心は?」


 ふっふっふ、と東城と白川は小さく微笑みながら、



「「中間失敗しても期末でどうにかなるだろ!」」



 と、のたまった。


「……私さ」


 いえー、と手を叩いて敗北(しょうり)宣言に涙目で喜び合う二人を眺めながら、柊がぼそりと呟く。


「ずーっと、大輝と白川がどうして友達やってられるのか、疑問だったのよ。だって、ものの見事に性格は正反対だし。ただの友達ならまだしも、こんなに毎日一緒に帰るほどの仲になる理由って何だろう? って思ってたんだけど」


 そして、柊は深くため息をつく。


「ただ単に、どっちも紛うことなきバカだったからなのね」


 吐き捨てるような言葉だった。

 呆れは頂点に達し、極低温の無関心だけが残る。


「さーて、柊さんも完全に見放して来たところで、そろそろ明日の中間を真面目にどう乗り切るか考えるよ。ちなみに中間でやらかしすぎたら、期末受けても意味ないからね?」


「お、おぅ……」


 一瞬にして馬鹿な現実逃避思考を遮断され、暗澹とした面持ちで東城と白川はテスト前日という事実に向き合わせられた。


「どうする、いつも通り大輝の家でテスト勉強する?」


「まぁ俺もそれでいいと思うけど」


 東城は超能力者で、詰まる所親はいない。しかし、地上で偶然拾ってくれたオッサンに養われ、かつそのオッサンが大きな病院の院長をしているとあれば、友人を招くのに些細な懸念を抱く必要すらなく、その家は十二分に広い。


「じゃあ大輝の家にれっつごー!」


 ハイテンション(別名・やけっぱち)の白川を先頭に東城の家へと進行しようとした、そのときだった。

 東城のポケットから軽快な電子音が流れ出る。――着信だ。


「悪い、電話だ――って、真雪(まゆき)姉?」


 実姉である証拠と共に姉を名乗り、傍若無人の生徒会長兼氷原ノ教皇(ハイエロファント)という中々に不可解な肩書を持つ西條(さいじょう)真雪からの着信であった。

 何の用だと思いながら、東城は気軽にその電話に出る。


「もしもし、何だ、真雪姉」


『もしもし。愛しの愛しのおねーちゃんだけど。まさか何の謝罪もないということは、本当に忘れてやがるのかしら?』


 言葉の端々に怒りの刺を感じるのだが、東城にはその理由が見当もつかない。


「あれ、何で怒って――」



『生徒会執行部の会議、あるんだけど?』



 その一言で、東城は凍りついた。

 姉であることを認めさせられたとき、東城は更に生徒会副会長になることも命じられたわけで。

 つまり、東城も生徒会執行部の一員なわけで。

 会議すっぽかして、堂々と帰路についていたわけだ。


「わ、忘れてない。大丈夫。今から行く」


 冷や汗をだらだらと流しながら、東城は必死にどうにか相手を怒らせないで穏便に済ませる方法を模索する。一歩でも道を間違えば奈落の底にまっさかさまである。


『そう? 教室にカバンもなく、昇降口の下駄箱もきっちり外靴がなくなって上履きが収められているけれど、忘れてないのかしら?』


 しかし、些細な嘘をつこうにも既に検証されていた後だった。


「か、カバンはほら、生徒会室に行く途中なら抱えてるだろ? 靴は、だ、誰かが間違えたんじゃねぇかなぁ……?」


『なるほど。誰かが間違えて「東城」と名前の書いてある上履きを大輝くんの下駄箱に入れたと。素晴らしい偶然ね?』


 もはや退路などなかった。

 完全に詰んでいる。八方塞である。


「……謝罪だけでどうにか許していただけませんか」


 涙声で言う東城に、しかし西條は、電話越しでもにっこりと笑っていると分かる声でこう言った。


『そこから生徒会室までという助走を付けて、部屋に入ると同時にスライディング土下座をかましてくれたら考えてもいいかしら。――あ、靴ははき替えて廊下も走っちゃ駄目だからね? でも全力疾走で』


 要求内容に色々無理が生じている時点で、どれだけ笑顔に感じられようと西條が相当怒っているのは明白だ。

 それもそうだ。教室である程度駄弁ってから帰路についたわけだから、三十分は遅刻している。それだけ人を待たせて怒るなと言う方が無理だろう。


 しかし、相手が悪い。

 西條真雪はもう一人のイクセプション――掃滅ノ姫(イクセプション)だ。東城大輝ですら、過去五回の戦闘を一勝一分三敗という、無様な成績で終えている。

 もしも彼女が本気でブチ切れたら、東城に命はない。


「お、お姉ちゃん……」


『このタイミングで姉に甘えたふりしても駄目です』


 東城の甘い考えなど西條は容易く見透かしていた。むしろ、その声は一層冷えたようにさえ感じられた。


「本当にごめんなさい。心の底から謝罪を申し上げます。だ、だから許して真雪姉……」


『……急いできなさい。五分で来れたら、許してあげなくもない』


 何だかんだで、ため息交じりに許してくれるのが西條であった。


「分かった、超急ぐ。優しいお姉ちゃん万歳」


『調子いいこと言ってると、掃滅(せっきょう)するからね?』


 甘やかした後に本気の脅しを添えて、西條からの通話は切られた。


「――えっと、そういうわけで」


「うん大丈夫。状況は理解した」


 哀れんだ様子で、柊は言う。


「じゃあ、俺戻るから!」


 踵を返し、東城は学校に向かって全力で走り始めた。


     *


「――で、だ」


 角を一つ曲ったところで、東城はその足を止めた。


「俺、いま急いでるんだよ。下手したら殺されかねねぇし」


 正面に誰かがいるわけではない。しかし東城は、確かに誰かに向ってその言葉を放っていた。


「だから、一度しか言わねぇぞ。――隠れてねぇで出てこいよ」


 ややあって、路地裏から一人の少年が姿を現した。

 特に特徴だった特徴はなかった。せいぜい猫背であることくらいで、どこにでもいる高校生の様だ。服装もTシャツにデニムという、平凡極まりないものだ。


「ふっふっふ。まさか、この俺に気付くとはな」


 そんなどこぞのモブキャラのような容姿でありながら、不遜な言葉遣いでその少年はにやりと笑っていた。


「え? 気付いてほしくて殺気だだ漏れにしてたんだろ?」


「……そ、そうだが?」


 傍目にも分かるくらいに汗を流して、彼の眼は泳いでいた。


 ――あ、こいつ殺気を隠した気になってただけだ。


 その様子を冷めた目で見つめながら東城は確信し、彼に『ザコ』のレッテルを貼った。油断するな、失礼だ、というそしりは意味を成さないほど当然の流れだ。


「……で、モブ山くん。俺急いでるって言っただろ? 用件は何なの?」


「誰がモブ山君だ貴様ァ!」


 順当なあだ名だったのだが、彼は気に入らなかったらしく目を剥いて怒鳴り散らしていた。しかし東城の方には撤回する気もない。そもそも、相手にしていないのだ。


「まぁいい。貴様がそんな風に余裕ぶっていられるのも今の内だ」


「殺気は漏れてたけど柊が気付かないくらいに小さかったしなぁ……。そんなお前に強がられても……」


「だから隠してたって言ってるだろ!?」


 いよいよ涙目になりそうな彼に東城は深くため息をついて、


「名前は? 能力者でいいんだよな?」


「名を尋ねる時は自分から――」


 そんなことを言おうとしたモブ山(仮)の顔の横を、真っ赤な炎弾が掠めた。――東城が、脅しの胃を込めて放ったものだ。


「モブ山。俺の気は長くないぞ?」


 にっこりと笑顔で笑いかける東城に、モブ山(仮)は一歩後ずさりながら、


「千歳永至。能力は年齢操作能力(エイジオペレート)の、不老ノ暴君(エターナルグリード)だ」


 ときっちりと能力まで含めた自己紹介をした。


「えいじ、オペレート……?」


 そんな能力に聞き覚えのない東城は一瞬怪訝な顔を浮かべた。

 そして。

 それはモブ山(仮)――千歳永至から見れば、格好の隙であった。


「チェックメイトだぜ、燼滅ノ王!」


 突如千歳の右腕が輝き、その光が東城に襲いかかる。


「しま――ッ!?」


 ただの雑魚と油断していた東城は、回避行動さえ遅れた。

 なす術なく彼は、その光に呑まれ――


新作長編『アサルトセイヴ・ヴァーサス』を、今日の24時過ぎに投稿予定です。よろしければこちらもぜひ読んでくださいm(_ _)m

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