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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第5部 レイヴン・フェザー
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第7章 正義の鉄槌 -8-


 背中を突き抜けた刃は、真っ赤に染まっていた。

 生温かい液体が背中を伝う感触がある。

 不思議と痛みはない。――だからこそ、それは何よりも危険な信号だった。


「終わりだな、業火ノ怪童」


 鐵龍之介の手には、一本の剣があった。

 そして。

 日高晃の胸を、その刃は貫いていた。


「――っか、ぁ……」


 何か喋ろうとするが、日高の口から出るのは声ではなく血の塊だけだった。

 日高晃は両手両足を鎖で縛りつけられ、それぞれの鎖の端が地面や建物の外壁に突き刺さっている。

 大の字にくくりつけられたままでは、刃を振り払う為に動くことさえ出来やしないだろう。


「あぁ、勝ちだ。オレの勝ちだ……っ!」


 刃から鍔元へ伝ってくる血を握り締めるようにして、鐵は天を仰ぐ。

 声は歓喜に震え、その瞳は僅かばかりだが潤んでいるようにさえ見えた。


 彼は二度、発火能力者に負けている。

 唯一の二重能力者であり、宝仙陽菜の兄でもあった、双光ノ覇王の宝仙陽輝。

 現在、東城を除いた発火能力者の頂点に立つ、灼熱ノ天子の日高晃。

 この二人に敗北し、鐵は消えない火傷を顔と左腕に負った。

 ようやく、鐵はその恨みを晴らすことが出来たのだ。二年間、一度だって忘れなかったその恨みを。


「さぁテメーが息絶えれば、オレの勝利は完成――」


 最後を締め括るように、その胸元の刃を引き抜こうと力をかける。


「そういうことなら、あなたの勝ちは永遠に来ないですよ」


 直後だった。

 鐵の刃も鎖もバラバラに砕かれ、引き千切られていた。

 もう瀕死の重傷だったはずの日高の胸には、傷など一つもない。――そもそも、左手に開けた風穴すら消え去っている。

 服は破れ、確かに血は染み込んでいるのに、彼の肌はまるで赤子のような綺麗な色をしたままだ。


「な、にが――ッ!?」


 そう狼狽える鐵の背後から、真っ黒な気配があった。

 鐵はとっさに前へと飛び、十五メートル以上の距離を取った。

 それは、普段の彼が取る間合いを遥かに超過している。それはつまり、彼は戦いの為に距離を取ったのではなく、純粋な恐怖から逃げたことを意味している。


「どうしたんですか、錬金ノ悪魔。腰が引けていますよ?」


 そこに立っていたのは、悪魔(ザ・デビル)の名を持つ鐵よりも悪魔らしい、一人の少年だった。

 神戸拓海。

 たった四人しか確認されていないレベルSに名を連ねる、最強の肉体操作能力者だ。

 その彼を見て、鐵はただ冷や汗を流しながら、攻撃に出られずにただ身構えているだけだった。


「――無事ですか、日高先輩」


 そんな彼に失望したように神戸は鐵から視線を外し、日高を気遣っていた。

 受けたダメージが大き過ぎたせいか、神戸による治療があったと言うのに、日高は倒れ伏したままだった。


「あぁ。まだ、やれる……っ」


 ぐっ、と力を込めて立ち上がろうとするが、まるで穴の開いた風船のように力は抜けて、日高の体は少しも上がらなかった。


「ほぼ即死に近いダメージでしたからね。たとえ僕の能力で回復しても、脳の方の認識が追いついていないんでしょう。――だから、ここは引いてくれませんか?」


 日高の傍に寄り、バトンタッチを求めるようにそっと手を差し伸べる。


「俺の心配ならいらないぞ……」


「いえ。純粋に日高先輩の身体を心配しているだけじゃないんですよ。まぁ客観的に見て、今の先輩が勝てるとも思っていないのは事実ですけれど」


 日高の強がりに、神戸はにっこりと雲のように本音が掴めない笑みで返していた。


「何か、私怨でもあるのかよ……」


「まぁ似たようなものですよ。――彼は東城先輩に勝利したらしいじゃないですか。ならその事実は、僕が戦う理由には十分すぎる」


 そう真っ直ぐ答えた神戸を見て、日高はにやりと笑っていた。


「――しゃあねぇな。……ここで、鐵との戦いは降りる」


 日高はどこか悔しさを残したまま、天を仰ぐ。

 握った右の拳は、爪が食い込んでうっすら血が滲んでいる。


「あぁ、ちくしょう……。また負けかよ……っ」


 頭では、ここで戦っても勝てないことを日高は理解しているだろう。だがそれでも、負けを簡単に認められるほど、大人ではない。


「……仇は取りますよ」


「死んでねぇっての。……まぁ、負けた俺がいくら吠えたってカッコ悪いだけだよな。――つーわけで、最後くらいは格好つけて締めさせてくれよな」


 まだ神経が上手く馴染んでいないにもかかわらず、それでも日高は無理やり立ち上がってみせた。


「雑魚は任せろ」


 ふらふらと頼りない足取りで、日高は能力者が暴れている中心へと飛び込んでいく。

 しかし腐っても発火能力者のアルカナである。ただの一発の爆発で、むやみやたらに能力者は吹き飛ばされていく。


「これなら、身体の心配は要らないですね」


 神戸は苦笑いと共にその様子を眺めて、それから息を吐いてスイッチを切り替えた。

 恐ろしく冷たい瞳で、鐵を睨む。


「かかって、来ないんですか?」


 その言葉で鐵は気付かされる。

 自分が神戸に気圧され、動けずにいたことに。


「では、僕から宣戦布告と行きましょうか」


 ため息交じりに、しかし、誰よりもおぞましい殺気を漂わせながら、神戸は言う。



「東城先輩は最強です。それを、僕が代わりに証明してみせますよ」



 そんな神戸を前にして、鐵は笑っていた。流れる汗や手先の震えをごまかすように、あるいは、臆している自らを鼓舞するように。


「ハッ! いいぜ、やってやるよ! 業火ノ怪童一人を倒しただけじゃ、オレの飢えは納まんねーからよ!!」


 鐵は吠え、あの五メートルに及ぶタングステンの槍を構えて突進した。


「……懐かしい武器だ」


 そんな気迫に押される様子はまるでなく、神戸はただ笑っていた。


「僕が東城先輩に本気を出させる為に考えた、非の打ちどころのない武装ですからね。発火能力者にとってこれほど厄介なものはないでしょう。溶かそうにも、溶鉱炉にぶち込んだって溶けやしないし、二又の刃は放熱性に優れていますから」


 迫る鐵を見据えながら、悠長に神戸は喋りつづける。一歩も動く気配が感じられない。


「バカが! テメーの脳みそ、ぶち抜いてやるよ!」


 鐵はそのタングステンの槍を引き絞り、一気に突き出した。

 本来の重量を無視できる鐵だからこそ放たれた、高速の刺突。それは戦車の装甲さえ容易く貫通するほどの、圧倒的な威力があるだろう。

 その禍々しいほどの銀の矛先は、彼のか細い身体を――貫けなかった。

 神戸まるでカードでも見せるように、人差し指と中指だけでその槍頭の刃を挟んでいたから。


「何、だと……ッ!?」


 鐵がいくら押しても引いても、タングステンの槍は一ミリも動かない


「……僕を、誰だと思っているんですか?」


 呆れたように、あるいは、がっかりしたように神戸は言う。


「最強の肉体操作能力者ですよ? こんな攻撃が、本当に効くとでも?」


 神戸は、そのまま槍頭を握り締めた。鋭利な刃であるはずなのに、神戸の皮膚からは一滴も血は出ない。

 そして神戸はそのまま槍を振り回し、それを握っていた鐵を、十メートル近く空中へと放り投げた。

 どしゃり、とその目の前に鐵は落下する。


「その武器は、対発火能力者の為に作ったって言ったでしょう。僕に通用すると思う方がどうかしている」


 神戸は肩をすくめて、首を横に振る。


「……これで先輩を倒した? 嘘臭いですね。――というよりは、先輩の怒りを煽り過ぎた感じですかね。あの人は頭に血が行き過ぎると、すぐにダメになる癖がありますし」


 まるで見ていたかのように、神戸は言い当てていた。


「テメー、絶対にぶっ殺す……ッ」


「おぉ、それはありがたいですね」


 憤怒の炎に身を焦がしている鐵に対し、神戸はあくまで平常心でいた。


「僕の望みは死ぬことでしたからね。あなたがやってくれるのなら、何の文句もない――ですが」


 しかし神戸は、また首を横に振る。


「あなたじゃ無理ですよ。僕は、不死身ですから」


「舐めんなよ、神ヲ汚ス愚者ァ!」


 吠えて、鐵は神戸にイノシシのように突進する。右手には白銀の刃を握り締め、それを神戸の眉間へと突き出した。

 しかし神戸は、あえてそれを避けようとしなかった。

 眉間から、後頭部までその凶刃は突き抜ける。


「――ハ、ハ……」


 脳を貫いたのだ。いくら不死身の能力者であっても、その演算の基盤となる脳がなければ、能力は発動しない。


「何だよ、散々格好つけといて、そのザマかよ。みっともねーな、オイ!」


 鐵は吠える。

 神戸を前に死を覚悟していたからこそ、この勝利に何の疑いも持たなかった。――あるいは、持ちたくなかったのか。

 直後だった。

 ベギリ、と。

 鐵の右腕が、壊れたプラモデルのように肘からぶらりと垂れ下がる。


「な……!?」


 一瞬、鐵はそれが何なのか分からなかった。

 遅れて、痛みが爆発する。


「――っがぁぁああああああ!?」


 痛みに耐えきれず叫びのたうちまわる鐵を見下ろした状態で、神戸は眉間から後頭部までを貫いた剣を引き抜いていた。

 傷口は引き抜くと同時に再生されていく。血の一滴も、こぼれることはなかった。

 これこそが。

 神戸拓海が不死身であることの最大の証明であった。


     *


 穏やかな少年は、目の前で微かに震えて腕を抑えている彼を見下ろしていた。

 それは痛みによるものか、即死の一撃さえ治癒してしまう化物への畏怖か、あるいは、勝てる見込みを失い絶望したのか。

 どれでも構わないか、と結論付けて、神戸はゆっくりと口を開く。

 一瞬だが意識の途絶えていた神戸だったが、それもまたすぐに回復している。前後の記憶が曖昧になってはいるが、刺されたことを覚えているし、ならば、それは自分の能力が勝手に働いたことを意味している。

 自分に対してか鐵に対してか、とにかく確認するように神戸は種を明かす。


「僕の再生能力には、脳での演算が要りません。僕の健康な肉体のデータは無意識化で、定期的にシミュレーテッドリアリティへ送られる。そしていかなる損傷が発生した場合も、その健康な肉体に戻すだけ。僕自身が新たな演算を加える必要はないんです」


 神戸はいま加える必要がないと言ったが、それは少しだけ間違っている。

 神戸はこの能力に、自ら手を加えることが出来ない。本人がどれほど望んでも、その肉体は神戸の意に反して再生し、それを邪魔するものは自動で討ち払う。

 それは、神戸がこの再生能力を生み出したわけではないからだ。


 神戸拓海は、クローンだ。

 肉体操作能力者として、より安全に、安価に、新たな能力者を生み出す母体としての役割を強要されてきた。やがて多くの神戸のクローンは過労で息絶え、また新たな神戸が生み出されていった。

 そんな彼らが、少しでも生き延びようと造り上げた能力。

 それがこの無限の再生能力だ。

 同一個体だからこそ、互いの能力が互いに影響を及ぼしてしまう。結果、今の神戸が手を付けられないシミュレーテッドリアリティの奥底に、その再生能力は組み込まれてしまった。――その力は、ある意味で自然の摂理にすら等しい状態だ。

 質量があれば引力が発生するのと同じように、神戸が傷付けば再生する。そういう物理法則を作り上げたも同然なのだ。


 故に、神戸は不死身。

 どれほど足掻いても、彼は死ぬことが出来ない。


「僕を殺すには、定期的にシミュレーテッドリアリティへ情報を送るときに、健康な肉体のデータがなければいい。常に肉体が破壊されていれば、どの状態に戻すか判断できずに破壊を受け入れられるというわけです。――ですが、その為には実質、延々と僕を殺し続けなければいけない」


 そんな呪いのような力を、神戸は持ってしまっている。


「だから、僕を殺せるのは東城先輩と柊先輩の二人だけなんですよ。どれほど僕の肉体が再生しても、あの二人なら自動で反撃する僕を押さえつけでも、焼き殺し続けることが出来る」


 そしてそれ以外に、神戸を殺すことが出来る者などいないのだ。


「あなた程度では、僕を殺すなんて百万年かかっても不可能ですよ」


 右肘を抑え悶絶する鐵を神戸は一瞥して、背を翻した。


「ざ、けんじゃねーよ……ッ!」


 その背中に、鐵は吠える。


「まだオレは負けてねーだろ……ッ。死んだら負けで、生きてりゃ勝ちだ。それが、暗黒期の唯一にして絶対のルールなんだよ……ッ!」


 きっと、戦いの中に生き、勝利することだけが、鐵の望みなのだろう。

 だから鐵は立ち上がる。

 たとえ死んだって、戦いの中でその快楽に身を沈めたまま溺死する為に。


「なるほど。――なら、本気でやり合いますか?」


 ぞくり、と背筋が凍るほどに、その神戸の声には何もなかった。

 深い、深い闇だ。底のない穴のような、どうしようもなく真っ黒で、おぞましい。


「この僕と、本当に」


 神戸はゆっくりと振り向いて、鐵を見据えていた。

 その漆黒の瞳は、鐵を呑み込んでいた。


「――ハッ。当たり前だろーが。オレは、オレたち能力者は、戦わなきゃ生きていけねーんだからよ!」


 震える声を隠すように、鐵は叫ぶ。


「なら、僕はあなたを倒しましょう。東城先輩の理想には、きっとあなたのような人間は要りませんから」


 軽く答えて、神戸は身構えた。


「……そーだ、それでいい。この感覚だ……ッ」


 しかしそれを前にして、鐵は笑っていた。

 勝てるわけがないことは、きっと彼自身が一番分かっているだろう。

 神戸の圧に心が折れそうになって、止まらない汗を流し、指先や足は震えている。

 それでも彼は、この状況を愉しんでいたのだ。


「この命がすり減るような感覚……ッ。これが、俺の欲しかったモンだ」


「なるほど。――では、せいぜい楽しめるといいですね」


 瞬間、神戸の姿が鐵の視界から消える。


「その前に、やられないことを祈っていてあげますよ」


 次いで出た言葉は、鐵の背後から。

 超人的な速度の掌打を、神戸は鐵の背に叩きこむ。

 だが。


「甘ェンだよ! 姿が見えなくなりゃ背後に気を集中させるのは、当たり前だろーが!」


 鐵は既に振り向き、神戸に相対していた。

 その手には、幾本もの剣を生み出している。回避の隙すら与えずに、カウンターで切り刻む気だった。

 鐵は、暗黒期に散々戦ってきた経験がある。それはおそらく、全能力者の中でもトップクラスと言っていいだろう。

 だからこそ、理屈も反応も関係なく、ただ経験則だけで戦える。


「――まぁ、僕以外ならね」


 だが神戸は構わず掌打を突き出した。

 振り下ろされる鐵の剣は、その拳を前に砕け散る。


「何――ッ!?」


 鐵の攻撃など関係ない。

 神戸の肉体はそれだけで、無敵の要塞と同義なのだ。

 無理やりねじ込まれた掌打に、なす術もなく鐵は吹き飛んでいく。


「どうしましたか。粋がっている割には、弱いじゃないですか」


 ゆっくりと地面を踏み締めながら、神戸は鐵へと歩み寄る。


「そこまで吠えるからには、せめて僕に傷一つつけてくれませんかね。これじゃあ、せっかく不死身というアドバンテージがあるのに使うことも出来ませんから」


「ほざけよ、バカが……ッ!」


 鐵は立ち上がり、神戸へ手をかざす。

 瞬間、八方から銀色の槍が神戸を捕らえようと伸びていった。いくら神戸でも、束縛には耐えられないはず、そう考えたのだろう。


「――この程度ですか。僕が出張る必要も、なかったかも知れませんね」


 だが、まるで後方からの鎖まで見えているかのように、神戸はそれらをするりと躱す。肉体強化の一つ、肌の感覚を鋭敏化することで、肉体の反応を底上げしているのだ。


「黙れよ!」


 だが鐵は更に鎖を操り、神戸を背後から貫こうとする。


「それくらい避けるのは……ッ!?」


 軽く躱そうとした神戸だったが、その鎖の狙いが自分自身ではないことに遅れて気付いた。

 神戸の足――正確にはズボンのポケットを狙い、その鎖はそこを見事に貫いたのだ。


「……まさか、バレていましたか」


 その穴からこぼれる液体は、血液ではない。

 携帯飲料の中身だ。


「テメーが、持久戦が不得意だっていうのは聞いたことがあったからな。どっかで対策くらいはしてるだろーと思ってたんだよ。まー、当たりだったみてーだな」


 鐵の顔に、ようやく余裕が生まれていた。

 脳のエネルギーが枯渇すれば、神戸といえども能力が使えなくなる。そして、全身の細胞六十兆個すべてに影響を与える神戸の能力は、演算によるエネルギー消費が激しすぎる。

 その為の対策として用意したのがこれなのだが、それを潰された。

 エネルギーの供給が絶たれた今、神戸はもうそれほど長くは戦えない。


「後は俺が長引かせれば長引かせるほど、勝機は濃くなるってわけだ」


 鐵は高笑いをする。

 既に、神戸の額からぽつりと汗が落ちた。本当に、神戸の限界は近いのだ。


「終わりにしよーぜ。攻防一体のオレの能力が相手じゃ、短期決着は出来ねーだろ!」


 大量の刀剣を生み出し鐵はそれを投げつける。

 既にエネルギー切れ間近の神戸に、それを避けるだけの気力は残っていない。

 どうにか動いたものの、左腕が切り刻まれ、大量の血が飛び散る。

 それもすぐさま修復されるが、さっきまでのように再生能力に頼らないということが出来なくなっているのも事実だ。


「どーしたよ! テメーの力はそんなモンかよ!」


 鐵はなおも大量の刀剣を生み出し、神戸を圧殺しようとする。

 粗雑で、理論や戦法など無視した喧嘩のような能力の使い方だ。だからこそ、読み合いのような高度な戦いにはならない。――単純な物量のみで、神戸は競り負ける。

 いくら回復すると言っても、神戸にある本能が攻撃を避けようと身体を突き動かす。能力を使用した超人的な動きで、抑えようとしているエネルギーをどんどん無駄に使っていくしかないのだ。


「あぁ、時間ですか……」


 神戸は最後に大きく手を振るい、迫る刀剣を全て薙ぎ払った。

 ――だが、そこで力尽きる。

 膝から崩れ落ち、溢れ出る汗は止まらず、呼吸も荒々しい。エネルギー切れだ。


「終わりみてーだな、神ヲ汚ス愚者」


 勝利を確信し、愉悦に顔を歪ませる鐵。


「えぇ、どうやら終わってしまったようですね……」


 神戸はどうにかそう答えるが、荒い呼吸は一向に落ち着く気配を見せない。


「テメーを殺して、オレはきっちり勝利を飾ってやるよ」


 一振りの鋼鉄の刃を生み出す。

 それだけでも、今の神戸の命になら届くかもしれない。


 ――そう。

 神戸が相手ならば、の話だ。



「――言ったでしょう? 僕は僕自身の身体で勝つ為に戦っているんじゃないんですよ」



 神戸は、不敵に笑っていた。

 直後だ。

 鐵の握る剣が消滅した。


「なッ――!?」


 違う。正確には、目に見えない速度でそれが弾き飛ばされたのだ。


「僕が能力を使って自身の肉体を操作する場合、演算に必要なエネルギーと肉体の消費するエネルギーが合わさり、膨大なエネルギー消費になるんですよ。――だから、僕はその両方を放棄する」


 鐵は剣が弾かれた方向を、ゆっくりと向く。

 そこに、それはいた。

 獣――いや、獅子だ。

 黄金に光る毛で全身を飾った、百獣の王に相応しき威圧感。体長は三メートルを優に超え、身体についた筋肉を見れば、人の身体など踏まれただけでひしゃげてしまうだろう。


「その肉体を構成する演算は終えました。あとは演算に関係なく、自動であなたを殺す為に動いてくれます」


 つまり。

 神戸はエネルギー消費という唯一の弱点すら、克服したわけだ。


「――ハッ! たかが獣風情が、オレたち能力者に敵うかよ!」


 鐵はそう言って、剣を振るう。

 だが、分厚い筋肉と硬い骨を持つその獅子を相手に、前足一つ斬り飛ばすことさえ叶わない。


「その黄金の獅子、一年前に東城先輩を、記憶を奪う寸前まで追い詰めたものなんですよ。――まぁ、最後には周囲一帯を炎の海にするっていう無茶苦茶な方法で、破られてしまいましたけどね。あなたにそれは無理でしょう」


 神戸はそう言って、立ち上がる。


「クソが! こんなモン、認めねェ! 認めねーぞ!!」


 鐵は吠えて四肢を切り刻もうとしたり縛り上げようとしたり、どうにかもがいていたが、その黄金の獅子には何一つ効果を発揮しない。

 その四肢は鐵の生み出した鋼鉄を全て噛み砕き、泊まらない勢いのまま彼の肉を切り裂く。

 それはもう、戦いではない。

 獣が獲物を喰らっている、ただそれだけ。狩りですらなく、これは食事だった。


「いくら足掻こうと無駄ですよ」


 汗で濡れた髪をかき上げて、神戸は最後に告げる。



「その獣風情にも勝てませんね。あなた程度では」



 鐵の意識が沈むその瞬間さえ、神戸は視線一つ向けなかった。


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