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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第5部 レイヴン・フェザー
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第7章 正義の鉄槌 -2-


 地下都市へと向かうべく、東城たちは瞬間移動の専用スポットへ走っていた。


 落合からの連絡はこうだった。

 黒羽根美桜は犯罪能力者を収容する施設を襲い、そこにいた暗黒期の思想を持ったままの危険な能力者を解放した。結果、街のあちこちで破壊活動が始まり、潜在的に破壊や戦いを好んでいた能力者は雰囲気に流され、瞬く間に暴動になった。

 今では精神感応能力者によって操られてしまった者も含め、能力者全体の約三割である三千もの能力者が暴動に加わったらしい。


 まさに暗黒期の再来だった。――あるいは、それが目指していた“戦争”の始まりの一端かもしれない。


 これが、黒羽根美桜。

 父である所長から受け継いだ圧倒的な負のカリスマ性を振りかざし、たった数時間で全てを破壊してみせたのだ。


「――それも俺が作った地下都市を、だ」


 東城は歯噛みする。

 つまり、美桜の目的は所長と同じ。

 東城の存在の否定であり、東城が為した全ての破壊である。

 彼が東城の護っていた柊を手にかけようとしたように、東城が記憶を失ってまで造った能力者の平穏を、美桜は見事に叩き壊したわけだ。


「くそ、美桜は地下都市に入れないんじゃなかったのかよ……ッ」


 かつて、西條はそう言っていた。

 美桜は能力者ではあるが、地下都市で生活したことはない。特殊な移動が必要となる地下都市へ入る術を、彼女は持っていないはずだ。


「大輝が所長を殺そうとしてた、って話をした奴がいるんでしょ? たぶん、そいつかその仲間の手引きでしょうね。――ほら、私たちも転位するわよ」


 いつもの公園の物置へとついた東城たちは、まだ残っている瞬間移動能力者の手を借りて地下都市へと移動した。


 普段なら一瞬にして緑の多い公園から人ごみの繁華街へ移り変わる――はずだった。

 だが、東城たちの目に飛び込んできたのは、燃え盛る街並みだった。黒煙のにおいが立ち込め、思わずせき込んでしまう。


「ここまで酷いことになってるのかよ……ッ」


 元々能力者は兵器として開発された。それを考えれば、むしろこの程度の被害で済んでいる方が僥倖なのかもしれない。

 だがそれでも悔しさだったり怒りだったりが、胸の奥に渦巻いてしまう。


「これは、さすがにマズイかもね……」


「現在進行形で能力者も洗脳されてるのよね? じゃあ早く片を付けないといけないわ」


 柊と西條に言われて、東城は一度状況を整理する。

 今すぐに暴動を収めることは東城たちがいれば出来る。

 だが、それは力でただ押さえつけるだけだ。根本的な解決にはならない。


「美桜を倒して、一気に士気を下げる。その後で暴動の鎮圧だ。美桜との戦闘でどんだけ消耗するかは知らねぇけど、落合たちもいるしどうにかなるだろ」


「勝てる前提なら、ね」


 西條に言われたが、そんなことは東城も分かっている。


「――柊、一緒に戦ってくれるか?」


「何の為にここに来たと思ってるわけ? いい加減に過保護になるのやめてよね」


 本当なら、こんな危険な場所に誰かを巻き込むなんてしたくはない。柊はもちろん、西條や七瀬にも地上で待っていてほしいとは思う。


 だけど、それは自分の傲慢だ。

 自分がまいた種で地下都市はこんな風になってしまった。ならば、最善の方法で平和を取り戻すことこそが東城のなすべきことだ。


「行くぞ」


 四人は、美桜を探して走り出した。

 ――が。


「……、」


 一歩進もうとして、しかし七瀬は足を止めた。

 少し先に進んでから気付いた東城は、はっと振り返る。


「どうした、七瀬?」


 東城の呼びかけにも、七瀬は答えない。ただ無言のまま、その右手に水のランスを生み出していた。


「おい、七――」


 問いかける東城の横を、風が駆け抜けた。

 一瞬で七瀬は東城の横に立っていた。金色の細い髪が、はらりと風に乗って舞う。彼女の手に握られていた水のランスは、真っ直ぐに柊へと突き付けられていた。


「――これは、どういうつもり?」


 そのランスをギリギリで躱していた柊だったが、その頬には一筋の紅い線が浮かんでいた。つぅっと、血の滴が滴り落ちる。


「……、」


 だが、七瀬はただ無言を貫いていた。

 真っ直ぐに柊を睨みつけるその姿に、東城は二か月前を思い出していた。


 ただ東城を殺すことに執心していた七瀬。それ以降は普通に笑っているが、あのときは嗜虐的で、ただ殺気に満ち溢れた目をしていた。


 今の彼女はまさにそのときと同じ目だ。


「……もしかしたら、精神感応能力者の洗脳に当てられたのかもね。相手の精神感応能力者のレベルがかける対象のレベルより高ければ、クラッキングみたいな洗脳はほぼ絶対かけられるし。逆なら気付くことも出来ず防いじゃうから」


 確かに、東城は一度もクラッキング――精神感応能力者による人払い――をかけられたことに気付かなかった。それを気付いたのは、周囲から人が消えてからだ。


 この場には東城、柊、西條がレベルSの能力者。七瀬のみがレベルAだ。

 レベルSはここにいる三人と神戸以外にはいない。つまりレベルAの中でも七瀬より僅かに能力値が高い精神感応能力者が敵にいれば、七瀬が洗脳される可能性はある。


「いいわ。七瀬の相手は私でしとくから、大輝と真雪さんは美桜ちゃんの方をお願い」


「でも……」


「このまま逃げても七瀬ほどの能力者だったら、一瞬で地下都市を壊滅させるわよ。誰かが止めなきゃいけないのなら、私しかいないでしょ」


 柊は軽く言うが、二か月前に柊は七瀬に敗北している。

 能力のレベル云々ではなく、相性が最悪なのだ。柊が能力を使えば七瀬の操る水は無条件で爆弾と化してしまい、結果として柊自身が深いダメージを負ってしまう。

 そんな相手を任せられるはずがない。


「七瀬が相手なら俺の方が――」


「分かった。美里ちゃんに任せて、わたしたちは先に行きましょう」


 そんな東城を西條が引きとめた。


「大輝くんが言ったんでしょう? 一緒に戦って、って。なら美里ちゃんを信じなさい」


 真っ直ぐな瞳で、西條は諭す。

 ただ相手を心配することは悪いことではない。だが、仲間が傷付くことを恐れて戦いから遠ざけることは、心配ではなく、仲間を侮辱する行為だ。


「……分かった」


 不安が拭えたわけではない。だがそれでも、姉に言われなくたって、東城は誰よりも柊を信じているのだ。


「七瀬を傷つけんなよ?」


「もうちょっと私の心配をしなさいよ、バカ大輝」


 軽口を交わして、東城は西條と共にこの場を後にした。

 後からきっと柊が追いつくと、そう確信しているから。



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