第6章 楽園の終わり -8-
皆様の応援のおかげで『MFブックス&アリアンローズ 小説家になろう大賞2014』の一次審査を突破することができました。これからもどうぞよろしくお願いします!
あれから一時間ほどが経った。天気も変わり始め快晴だった空には、若干ではあるが陰りが見え始めた、そんな頃だ。
東城たちは文化祭を満喫していた。それは両手いっぱいにお菓子類を抱え込んだ美桜の様子を見れば、お分かり頂けることだろう。
「祭りというのは楽しいものだな、東城」
「楽しんでいただけたなら何よりだ――が」
ちらりと、東城は後ろを振り返る。
そこには東城と少し時間がずれたもののシフトが終わった、白川と四ノ宮もいる。それは東城としては当然の流れであったし、ほとんど約束していたようなものだ。
だがしかし。
東城の視界の端には、サイドテールの髪の毛がちらちらと揺れていた。
「何でまだ増えんの……?」
「ん? わかめ?」
意味不明なことを口走った少女は、サイドテールが特徴的で、相変わらず適当な安いファッションに身を包んだ、宝仙陽菜であった。
多重人格者であり、かつて東城大輝の命を狙っていた最強の発光能力者――それがこの宝仙陽菜である。が、表の人格であるこの宝仙はただの馬鹿で、そして、東城に何故か恋愛感情に似たものを抱いている。
「お前、何でいるんだよ。俺はお前を誘った覚えはねぇぞ……」
「うわぁ。冷たいなぁ、東城君は。あたしはこんなに東城君を好きなのに」
「やめろ、そんなことを口走んな。一瞬で全員が敵になったかと思うくらいの殺気走った視線に、射殺されそうになってんだろ」
四ノ宮を除いた全員からじと目で睨まれる東城であった。それどころか、柊や七瀬の視線はそれが矢尻や弾頭であるかのような貫通力のあるものだ。
「あら。視線だけで済むとお思いですか?」
が、どうやら今日はその程度で終わる気はないらしく、七瀬はにっこりと笑顔のまま東城の脇腹の肉を摘まみ、思い切りつねっていた。
「痛い! どうした、七瀬!? 今日はいつにもまして怒気が凄まじいんだけど!?」
「あら。そうですか?」
一応は罰を与えてすっきりしたのか、あっさりと七瀬は手を引いたのだった。
――だが、何か違和感がある。
大したことではない。いつもと明確な違いがあるわけでもない。しかし、それでも感じてしまうくらいに、七瀬から感じる雰囲気が荒れているような気がした。
「……何かあったか?」
そのいつもとの僅かな差異に、東城は疑問を抱かずにはいられなかった。思えば、西條の家を訪れたときもいつもよりも積極的に迫ってきたり、おかしいと言えばおかしいような気もする態度が続いている。
「何もありませんが?」
「……本当にか?」
いま東城と七瀬以外は突如現れた宝仙に注意が向けられていて、誰も聞いてはいない。それが分かっているから、東城もこんな風な訊き方をした。
「何の事ですか?」
「……いや、いいならいいんだ」
明らかにいつもの笑みよりも陰りがあった気がしたが、それでも笑顔を作るからには理由があるはずだ。
それが分かっているからこそ、東城はそれ以上追及するような真似はしなかった。
「そうですわね、強いてあげるなら大輝様のメイド姿に高揚――」
「わー! 思い出させんな!」
宝仙以外は全員知っているとはいえ、宝仙にまで無駄に首を突っ込ませたくない東城は必死に声を荒げて、七瀬の声を覆い隠した。
「冗談ですわ」
「クソ、人で遊びやがって……」
いつもの調子にしようとする七瀬に合わせて、東城は拗ねたように言いながら、ケータイを取り出す。
「あれ東城君、どしたの?」
その様子に気づいて、ようやく宝仙が東城の方を向いた。
「お前の保護者に連絡すんだよ。この人数相手にいじられてたら俺の身が保たねぇ」
普段の柊と七瀬の相手だけで四苦八苦すると言うのに、こんなに数がいれば東城はすぐに身を滅ぼしてしまう。
たまたま裏ヒナ――二重人格であった宝仙の裏人格――との一件のときに登録していた落合雄大のアドレスにかけると、ツーコールほどで繋がった。
「もしもし?」
『もしもし。久しいな、東城大輝』
「久しいな、じゃねぇよ。お前、自分の連れの管理くらいしとけ」
『管理ならしている。お前のところにいるんだろう?』
しれっと落合は悪びれる様子もなく言った。
「……なぁ、お前は俺がどんな状況にいるか知っているか?」
『柊美里と七瀬七海には囲まれているだろうな。俺と知り合って以降に女を垂らしこんだのなら、あと二、三人は増えてるかもな』
ズバリ言い当てた落合の推理力に感嘆する余裕もなく、東城はただ嘆息した。
「そこになぜお前は宝仙を送り込んだ……?」
『陽菜を仲間外れにするなよ。元はと言えばお前が惚れさせたんだろう?』
「……本音は?」
『地下都市を出てお前に会いたいと夏場のセミよりうるさく騒ぐものだから、堪らずお前に押し付けた』
あっさりと落合は自白していた。
「俺はテメェを殴ってもいいと思うんだ」
『俺のところに来るまでに体力が残っているなら好きにしろ。もう電話を切るぞ。せいぜい頑張るんだな、おにーちゃん』
ブツ、とそこで通話は途切れた。
「……っの野郎……」
東城は乱暴にケータイをポケットに放り込み、修羅場から少しでも逃れようと白川、四ノ宮ペアの傍に寄った。
「ねぇ、大輝。これは凄いことになってるねぇ」
「何でや、何で東城ばっかり……」
白川が呪詛の言葉を口にしているが、東城は七瀬に聞こえないように白川に耳打ちする。
「それでも七瀬と一緒に文化祭回れてんだぞ? お前も得してんだろ」
その東城の言葉に、白川は目を見開いて歓喜に震えていた。
「……東城、お前は俺の為にそこまで考えて……っ! 何て優しい奴や!」
ただし、もちろん東城が白川や四ノ宮と一緒に回っていたのは、そんな理由ではない。せめてものあがきとして、他人からハーレムやろうと思われない為に、男子三人女子四人(現在五人)の集団にしたかったからなのだ。
とは言え東城はそんなことを口にする気もなく、四ノ宮は勘づいているようだったが、白川は素直に涙を流して喜んでいた。
「なのに俺はお前にメイド姿までさせて……っ!」
「気にすんな。その件については後で報復を検討しているけどな」
「挙句に写真を一枚千円で売ってしまったというのに……っ!」
「お前はマジで今すぐこの場で殺す。その頸椎が肉団子の軟骨程度のサイズになるまで粉々にへし折ってやるから大人しく地獄へ堕ちろ」
色々ストレスの溜まっていた東城は本気で白川にスリーパーホールドを決め、白川を一瞬で絞め落とした。
「――大輝くん、いい加減紹介してくれないかしら?」
そんな東城に、西條がやや怒り気味の声で要求してきた。
「……この人だれ?」
宝仙の方も西條に警戒心を抱いている様子だ。――まぁ、どちらもアルカナ級の能力者である。能力の強さみたいなものを、雰囲気から感じ取ってしまったのかもしれない。
「名前を教えてくれないかしら?」
「宝仙陽菜だよ」
「そう、陽菜ちゃんね。――で、能力は?」
「光輝ノ覇者です!」
えっへん、と胸を張る宝仙。ほんの少ししか歳は違わないのだが、仕草一つ一つが地味に子供臭いのだ。
「そう。わたしは西條真雪。氷原ノ教皇で、大輝くんのお姉さんです」
「おぉ! ならあたしのお姉ちゃんだね!」
「いやその理屈はおかしい」
宝仙の裏人格ヒナが東城のことをオニーチャンと呼んでいたから、その影響だろうか。とは言え、表の人格である今の宝仙までそう思っているとは想定外だった。
「……お前、妹キャラまで用意していたのか……」
挙句、黒羽根美桜まで何故か不機嫌になる始末だった。
「あぁ、もう勘弁してくれ……」
修羅場に修羅場が重なり、一+一が二にならずに、火と火が合わさって炎となるように、倍以上に膨れ上がっているようなイメージか。
要するに、そろそろ東城の精神力も限界が近かった。
「それより、綿あめのほかに欲しいものはないのか?」
そういうわけで修羅場の処理を一切放棄することにして、東城は普通に文化祭を回ることにするのだった。――柊がさきほどから一言も発さずに睨みつけていることには、全力で知らないふりをして。
「次はアレだな、クレープだ」
「また食いものかよ……。ってか、さっき俺のクラスでもオムライスとかホットケーキとか、散々食ってただろ」
「うるさいぞ、東城。女性に食い意地が張っているみたいなことを言うな」
「そうだよ! ところでクレープのほかにアイスとかポテトとかも食べたい!」
「よし宝仙。お前の抗議は間違っている」
宝仙に限れば食い意地が張っているみたいどころか、食い意地の権化だ。彼女の抗議は見当はずれも甚だしい。
「まぁ、時間はあるしな」
そうして楽しい文化祭は過ぎていく。
ただ一つの悪意が紛れ込んでいることに、彼らは気付かないままに……
来週から新作も上げます。よろしければそちらもぜひ。