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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第5部 レイヴン・フェザー
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第6章 楽園の終わり -4-


 その約一時間後。


 オープニングセレモニーも無事に終わり、いよいよ模擬店の開店時間も迫ってきた頃だ。

 みんなでお金を出し合いデザインもしたクラスTシャツに身を包んだ厨房・会計担当の生徒や、執事やメイドなど性別問わずにコスプレしている給仕担当の生徒が、その教室の中央には集まっていた。


「――さてみんな。準備はえぇか?」


 支配人という意味合いからか、ウィングカラーのワイシャツに蝶ネクタイというかしこまったスーツ姿の白川が、教室の中央に立って声をかけていた。

 既に店構えは出来上がっており、教室とはいえ勉強の場という雰囲気は消え去り、もうれっきとした喫茶店の様相を呈していた。


「白川支配人! まだ東城君がいません!」


「さっきしっかりとメイクも衣装も全部バッチリやってあげたのに!」


「宣言通りこの世の誰よりも可愛くなったのに!」


 東城専属を名乗り出たメイク・衣装班の女子数名が不満げに手を挙げていた。


「……僕はそれが原因で出てこないと思うんだけどね……」


 最も執事服が似合いそうな四ノ宮は、しかしクラスTシャツに身を包んで、そう小さく呟いていた。とは言えそんな四ノ宮の声など誰に届くはずもなく、女子の不満の声は高まるばかりだった。


「しゃあないなぁ。東城を待ち望む女子の声に応えるのは癪に障るが、どっちにしても引きずり出さなあかんしここはカメラを片手に呼びに――」


「まずはそのカメラを置け、バカ白川」


 少々乱暴に教室の扉を開けて、東城は白川を不機嫌マックスの目で睨みつけながらようやく姿を見せた


 ――そう。声やタイミングはそのはずだった。


 だがこの場にいた誰もが、それを東城だとは思えなかった。

 なぜならそこにいたのは、ただの紛れもない美少女なのだから。


 どういう仕組か、頭に付けたネコ耳がぴょこぴょこと愛らしく動き、スカートと繋がったしっぽも可愛げに丸まったり伸びたり、少々居心地悪そうにしていた。


 そして、そんな異物のような要素を呑みこみ、見事にそれらと一体化した一人のメイドがいた。


 本物のメイドとは違いフリルだらけのミニスカートという、いわゆるメイド喫茶でみるような『なんちゃってメイド』である。だが、それがむしろ最高に似合っている。真っ白い太ももに食い込むような漆黒の二―ハイソックスは、それだけで男子の視線をくぎ付けにしていた。


「と、東城」


「んだよ」


「お前、そんな可愛かったんか……。――ッハ! 俺は今いったい何を!? 俺にBLの趣味がいま目覚め――右肘がねじのように!?」


 気持ち悪さマックスの発言をしかけた白川の右肘を東城は一瞬で極めて、グルンとあり得ない方向に一回転させた。


「次その気色の悪い口を開いたら顎が砕け散ると思え」


「あぁ、紛れもなく中身は東城やな……」


 一撃のダメージで完全にダウンした白川が、浜に打ち上げられた魚のように震えるが、彼と同じような視線はクラス中から東城に浴びせられていた。


「……これ、東城の写真撮ったら女子だけやなくて男子にも売れ――俺の左手が潰れたバネのように!?」


 カメラを携えた白川の左手を、東城はそのカメラもろともプロサッカー選手張りの綺麗なキックで打ち砕いた。


「クソ、何で俺がこんな格好しなきゃいけねぇんだよ……」


「いいじゃない。似合ってるよ、大輝」


 にっこりと四ノ宮は笑っていた。いつも通りの澄ました顔の裏に、馬鹿にしたような笑いをちらちらと滲ませて。


「……四ノ宮、後生だから替わってくれ。お前の方が絶対に似合う」


「そんなことないよ」


 謙遜しているようだが、明確な拒絶がそこにはあった。

 とは言え、ある意味では四ノ宮の意見も正しいだろう。

 東城にはたった一人の肉親がおり、それがあの圧倒的な美貌を持った西條真雪である。そしてメイクなどせずとも東城と西條はどことなく似ている。つまり、間違いなく東城の素材はいいのだ。おまけに超能力絡みの戦闘で肉弾戦ばかりしているが、東城自身の体格は筋肉質ではなくやせ形。女装が似合わない道理などあるわけがない。


「いや、こういうのは似合ってる似合ってないの問題じゃないって、分かるだろ?」


「分かるから断ってるんじゃないか」


 今度は言葉でまで明確に、拒絶の意志を示していた。


「だいたい、こんなスカートとか接客する格好じゃねぇだろ……。何かスースーするし」


 ちらちらと足まわりを気にする東城だが、どこかがめくれているわけではない。初めからミニスカートとはそういうものなのだろう。


「いい加減に男らしく諦めたら――って、その格好なら女々しくても当然か」


 いつも通りの、ちょっと毒の混じった声が背中にかかる。

 普段なら多少は東城の味方をしてくれる柊美里だが、今回の件に関しては彼女自身も、東城のその姿を少し楽しみにしているという節がある。手を差し伸べてくれることさえせず、むしろカメラを買おうか真剣に悩むほど楽しみにされていたのだった。


「……お前そうやって毒吐きながらも絶対楽しんでるよ、な……?」


 振り向きながら愚痴をこぼそうとして、そこで東城は固まった。

 そこにいたのは当然、柊美里だ。だがその格好はいつもとはまるで違った。


 いつもの長い金髪はポニーテールにしてまとめていたが、そんな変化は些細なものだった。

 黒い燕尾服だった。気崩すこともなくそれに身を包み、左手にクロスを抱えたその姿は、執事以外の何者でもなかった。


「……お前、裏方じゃなかったか?」


「そこで両腕に致命傷を負ったバカを始め、男子何人かに土下座されたのよ。仕方なくやってるだけだからあんまりこっち見ないでくれる?」


 恥ずかしさもあって頬が少し赤いのだが、それ以上に男装を屈辱的に思っているらしく、ギロリと恐ろしいくらい東城は凄まれてしまった。


「……俺の見立ては正しかったんやな」


「何言ってるわけ?」


 どういう回復力か、元に戻った両腕の感覚を確かめるように肩を回しながら呟いた白川を、怪訝そうな目で柊は見ていた。


「柊は胸がないから男装が――俺の両腕がピカソの絵にィィ!?」


 せっかく回復した両腕は、刹那の間に芸術的な造形へと変貌していた。球状の関節が六個ほど増えていなければあり得ない形だ。


「大輝。言っとくけど、今の私の格好について何か一言でも感想を漏らしたら、ぶっとばすからね?」


「サーイエッサー……」


 理不尽な要求な気もしたが、白川の賛辞を見て東城は敬礼せざるを得なかった。


「でもまぁ、アンタのその格好はとても似合っているけど」


「……その不条理な発言は無視してやるから、ケータイをしまえ」


 どうやら抵抗は無理だと諦めた東城は、これを最後に、と深いため息をついた。


「ところで大輝。その格好でその普段の声だと、ちょっと気持ち悪いわよ?」


「知るか」


「せやな。せっかくやから裏声使えや」


「死ねよ」


「扱いに露骨な差が!?」


 少し傷ついたように言う白川を無視して、四ノ宮に視線で助けを求める東城。これ以上の醜態をさらしたくないので上手く場を取りなしてほしい、という視線を彼に送ったのだ。

 ――が。


「大輝は元の声は低すぎないし、やってみるといいかもよ?」


 四ノ宮は、あっさりと友だちを見捨てたのだった。

 いつかの彼の言葉が思い出される。


『だってこっちの方が面白いよ』


 居眠りして永井(ながい)先生に怒られるまで、東城たちを起こそうとしなかった彼はそう言い放ったのだ。そしてそのときに浮かべていた笑顔は、いま目の前にあるものと寸分違わぬ様子だった。


「嫌だ。駄目だ。この流れは絶対にやらされるパターンのヤツだ」


「でも、気持ち悪いのと可愛いのだったら、どっちがいいわけ?」


 絶対に選びたくない究極の選択だった。


「……あぁもう。やればいいんだろ、やれば!」


 怒鳴ってから軽く咳払いすると、簡単にコホンと可愛い声が出た。


「こんな感じか?」


 ものの見事に女子の声が出てきた。

 どうやら最強の超能力者は、勉強のみを除いたあらゆる面でハイスペックらしい。


「と、東城」


「何?」


「俺と付き合っ――(あぎょ)ぎゃァァァ!?」


 白川の顎に右ストレートを叩きこみ、東城は物理的に黙らせた。


「……ゴメン、言い出した私が悪かった」


「頬を染めて目線を逸らすな! 何かリアルな反応で傷つくんだよ!」


 どうやら教室中に味方はいないらしく、彼へと向けられる視線には同情など一分もなく「可愛い」というただそれだけだった。


「これだけクオリティ高いと、大輝だけでも原価回収できそうだよね。それどころか黒字だって見込めるかも……」


「言っとくけど、どんな展開になろうと持ち時間以上の仕事はしないからな」


「ふっふっふ。それでも構わんさ」


 またしても驚異の回復力で立ち上がった白川は、何故か不敵な笑みを浮かべていた。ちなみに、大輝の声は現在進行形で女声である。


「……どういう意味?」


「お前、言葉遣いから微妙にいつもの荒々しさが減って、マジの女装になっとるぞ?」


「黙れ。いいから答えろ」


「えぇか? お前には最高にして特別のサービスを任せる。それはもう決定事項でメニューやら作っとるから、お前一人の願いで覆すことは不可能や」


 白川は堪え切れないとでも言うように、腹の底から高笑いを上げていた。

 もともと東城がこんな姿で接客をしなければいけなくなったのは、半分くらい白川の陰謀である。いつも東城が女子を侍らせている(と白川は思っている)ことに対する復讐として、東城を辱めようという魂胆から個の文化祭の規格はスタートしている。


 であれば。


 いくら馬鹿で有名な白川とは言え、彼がこの程度で終わるはずがない。徹底して東城の心を折らなければ、彼の気が済むわけがない。


「何を言ってるんだよ」


 ごくり、と喉が鳴った。


「まぁえぇからこれを見ろ」


 そう言って白川は喫茶店で使われるメニュー表を、東城に差し出した。

 それを受け取りパラリと開くと、真っ先に目につく位置に、大きく装飾された文字や写真をつけてそのメニューはあった。


『猫耳ニーソメイドの愛情たっぷりオムライス』


「……何だこれ」


「それこそがお前の役職『猫耳ニーソメイド(はあと)』の目玉商品や。お前がおる午前中に完売せなあかんメニューでもあるな」


 白川の粘ついた笑みが、東城の背筋を震わせた。

 嫌な予感がする。というか、嫌な予感以外何もしない。


「おい。俺に何をさせる気だ」


「なぁに、簡単な仕事や。ただ注文されたらオムライスを運んでこう言えばえぇだけなんやからな」


 最高の愉悦に顔を歪ませ、白川は宣言する。



「『おいしくなーれ、萌え萌えキュン』とな!!」




「ふざけんじゃねェェェええええ!!」


 東城の心からの叫びと共に白川は鳩尾に拳を叩きこまれたが、その顔は不敵で残虐な笑みに満ち満ちていた。



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