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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第1部 アーダー・ティアーズ
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第2章 曇天 -5-

 第0階層は昨日の第2階層で起きた事までは伝わっていないのか、それとも事態が収束したという事までしっかりと伝わったのか、東城たちがいた頃と変わらず今いるショッピングモールも喧騒に包まれていた。


「大輝様。まだお疲れでないのでしたら、あちらのお店に行ってもよろしいですか? 今流行りの服が揃っているようなので」


「もう送信機は買ったから後は別にいいけど、そういうのは柊と決めろよ。柊がお前の分の金も出すんだぜ?」


 地下都市の発電で金のある柊は、まだほとんど無一文状態の七瀬の分も支払うということだった。いがみ合っていながら、どうしてかそういう優しさがあるのが不思議なところだ


「あら。いくらわたくしが奢ってもらっている身とは言え、年中制服で済ませるようなファッションセンスの方と話が合うとお思いなのですか?」


「年中制服なわけじゃないわよ!」


 耳聡く聞きつけた柊とそんな風にいがみ合いながら、柊と七瀬は二人ですぐ横の店に入っていった。東城も神戸も二人の後を追って店に入る。


 店員の景気の良い挨拶と共に、冷気が体を包む。何でそこまで夏の日差しを再現するのか疑問に思うほど馬鹿みたいに暑い外とは裏腹に、発電能力者にどれだけ負担をかければ気が済むのかと言いたくなるほど店内は冷房で冷え切っていた。


「大輝様、こちらのお店ではヘアメイクや普通のメイクも出来るという事なのですが……」


「時間なら気にするなよ。元より時間つぶしに来てるようなもんなんだから」


「ありがとうございますわ」


 心の底から嬉しそうな笑みを浮かべて、七瀬は小走りで店の奥へと消えていこうとした。

 が、途中で立ち止まった。大量の服を前に硬直した柊の横で。


「……それで、貴女は何をなさっているのですか?」


「……うるさいわね」


「……、」


 柊は何も反論しなかった。つまりそれは肯定と同じだ。それに対して、七瀬は深いため息をつくばかりだった。


「はぁ。貴女、ご自身の顔や体を鏡で見た事はお有りで?」


「そんな言われ方するようなひどい顔じゃないと思ってるけど」


「真逆ですわよ。それだけのルックスと、まぁ胸は少し乏しいですが、スタイルを持っていて、どれだけもったいなく生きているのですか。世の中には貴女の様な容姿になりたいと思っている女性はごまんといますわよ」


「そう、なの……?」


 さりげなく失礼な言葉が混じっている事に気付かないほど、柊は七瀬の言葉をどう受け取っていいのか困っているらしい。


「自覚が無い分、余計に質が悪いですわね……。いいから何も言わずにこちらに来て下さいな。対等な勝負でなければわたくしが納得いきませんもの」


 七瀬は半ば無理やり柊を引っ張って、店の奥へと消えた。



 それから小一時間もの間、東城と神戸は店の中にある休憩所のような簡易ベンチで時間を潰していた。周りは女子ばかりで非常に居心地が悪い。


「こんなに長いものなのか?」


 愚痴を漏らした東城の後ろに、人の立つ気配があった。


「あら。二人分をコーディネートしていたのですから割と常識的な時間ですわよ」


 そこに立っていたのは、言葉遣いから察する通り七瀬だった。


 白と水色のキャミワンピの上に、レモンイエローのカーディガン。髪は下ろして、軽くウェーブをかけていた。能力者、などという不可解な肩書を感じさせないどこにでもありそうな格好だというのに、それは七瀬の持つ元々の美貌と合わさって凄まじい存在感だった。


 がらりと印象が変わって、思わず東城も神戸もじっと見入ってしまった。


「どうでしょうか?」


「可愛らしいですよ、とても」


 と、紳士的に返す神戸。それに倣って気恥ずかしいものの率直な感想を東城も述べようとする。拙い言葉しか出て来ないが仕方が無い。


「あぁ。えっと、似合ってるよ」


「ありがとうございます!」


 そんなありきたりな言葉でも東城が言うと七瀬は至高の笑みを浮かべた。しばらくそうして微笑んでいた後、ちらりと試着室に視線を向けた。


「で、まだですの? もう着替え終わっているのは分かっていますわよ」


「うるっさい」


 試着室の向こうから、恥ずかしそうに怒鳴る柊の声がした。


「別に出て来ずともよろしいですが、貴女の着ていた服は今わたくしが預かっていますわよ?」


「――ッ!」


 七瀬が持つ紙袋の中に、おそらくそれが入っているのだろう。一体どうやればそんな重要なものをレベルSの柊から取れるのか気になるところだが、たぶん今の柊からならいつでも盗れそうな気もする。


「……後で一発殴る」


「お好きにどうぞ」


 そう言って七瀬は東城の手を引いて試着室の前に連れてくると、薄いカーテンをしゃっと引いた。


 思わず、感嘆のため息を漏らしてしまいそうだった。


 七分の黒のTシャツの上に薄いピンクのチュニック、腰には赤いフリルのミニスカート。首からは少し大きめのネックレスを垂らし、髪は後ろでまとめながら少し流している。

 確かに、格好としては雑誌にそのまま載りそうなコーディネートだ。それだけでも十分に可愛らしい。しかしそのどれもが柊自身の持つ可愛さを魅せる為の、ただの引き立て役だった。


「――……何よ」


 言われて、東城ははっと我に返った。


(……かわいい、よな)


 さっきまでとは違い薄くメイクをしているからか素の端正な顔立ちはより綺麗に強調され、見る者を圧倒してしまうほどの可憐さを持っていた。おまけに少し香水も振っていて、柑橘系のほのかに甘い爽やかな香りが漂ってくる。


 可愛いとか綺麗とか、そういう誉め言葉では足りないだろうと思った。

 ただ、心を奪われる。


「やっぱり、似合ってない……?」


 恥ずかしそうに、それも自信な下げに柊はうつむき加減に訊ねてきた。


「い、いや違う。そうじゃなくて、えっと……」


 さっきは神戸を見習って並の高校生程度の紳士らしさで振る舞ったのだが、今は面と向かって誉めるのにとても抵抗を感じた。


 同時に、恥ずかしげに頬を赤らめている彼女の姿が戦闘中の凛としたものとはまるで違っていて、どぎまぎしてしまう。


「何か言ってよ……。じゃないと、感電させるわよ」


「それはやめてください」


 付けくわえられた一言でドキドキは別のドキドキにすり替わった気がする。まぁ、柊らしいと言えばそうなのかもしれない。


「あら。やはりわたくしの方が可愛らしいからリアクションにお困りなのですか?」


 七瀬が会話に加わってくる。対等な勝負とやらの為か、普段の言葉で話しかけて東城の素の言葉を引き出そうとしているのだろう。おかげでいつもの調子に戻った東城はさらりと口が動いた。


「それも違う。ただなんていうか、あんまりにも可愛いから見惚れちまっただけ――……」


 思い切り口が滑った。なんというか、取り返せないくらいに。


「……っ」


 一瞬で柊の顔が、東城の放つ業火もかくやといった風に真っ赤になった。人体がここまで赤くなって大丈夫なのか、軽く心配しそうなほどだ。


「――う、うるっさい! バーカ!!」


 唐突かつ理不尽に柊は東城に本気の電撃を落として、七瀬から元の制服の入った紙袋をひったくると試着室のカーテンを慌てて引いた。



 煤けた東城をスルーして、試着後すぐに元の服に着替え直した柊は会計を済ませる為にレジに立っていた。


「うっ……」


 そこで柊がレジスターの表示価格と財布を交互に見て呻いていた。

 この状況でそうなる原因など、まぁ一つだろう。


「何だ、足りねぇのか?」


「うっさい。ネックレス諦めればいいだけよ」


 そう言って、さりげない優しさからか七瀬の分を減らさずに柊は自分のネックレスをかごから出して、店員に謝りながら渡した。

 しかしその手があまりに鈍いのは、東城の気のせいではないはずだ。


「……気に入ってたのか?」


「あんまり。だってプラスチック製の、こう言ったら何だけど安物だし」


 声からして、本当にあのネックレスに未練があったわけではないのだろう。その程度は短い付き合いの東城でも分かる。


 柊は会計を済ませ袋に詰めてもらう間にも、ちらちらと店の外を見ていた。

 そこには屋台のようにアクセサリー類を売るワゴンがあった。

 あのネックレスに興味は無いがアクセサリーは欲しかった、という意思表示なのだろうか。


「――見たけりゃ見てこいよ。残った金で買えるような物もあるかもしれないだろ」


「うるっさい」


 と言いつつ、柊は商品を受け取るとそのワゴンの前まで行って色々と吟味し始めた。


 その頃の七瀬はというと、東城に誉められた事を思い出してか、にへらと締まりの無い笑顔を浮かべて明後日の方を向き、神戸はというと、そのかわいいとも言える美少年の見た目からか店内の女性客に囲まれていた。


「あ……」


 柊がそんな声を漏らして、一つのネックレスに熱い視線を注いでいた。


 リングデザインの純銀のネックレス。それは細かな細工が施されていて、周囲の照明を受けてまるで月のように淡い光を返していた。こういった屋台ではいわゆる掘り出し物の、美しい仕上がりだ。


 だが、価格は三千五百円。

 柊が諦めたネックレスの倍以上する値段だった。


「はぁ……」


 そんな深いため息を吐きながら、それを元の位置に戻す柊。

 その姿は、段ボールに入っている捨て犬のような哀愁があった。このまま何もしない事に、嫌な罪悪感がある。


「……すいません、それ下さい」


 堪らず、東城は屋台の主の少年に指差して、それを購入した。元よりテスト終わりで遊ぶ気満々だった東城からすれば、その程度の出費はそれほど痛くはない。まぁ、それでも割と高い買い物ではあったが。


「ほら」


 異性にプレゼントなどしたことがない東城は照れ隠しから、投げるようにして柊にそれを渡した。少年が手早くラッピングしてくれたそれが、ぽす、と柊の手に収まる。


「……くれるの?」


「それ以外にどう見えんだよ」


 まるで花が咲く過程を早回しで見ているかのように、柊の笑みがどんどんと輝きを増した。


「あー、礼だよ、礼。一年も守ってくれたんだし、昨日は怪我もさせちまったし。まぁ、こんな安いものでアレかもしれねぇけど……」


 自分でも分からないままなぜか言い訳じみたことを口走っていたが、柊が気にした様子は無かった。


「……ありがと」


「どーいたしまして」


 互いに少し恥ずかしそうに目を逸らす。柊はその包みをきゅっと握りしめているし、東城は東城でどうリアクションを取ればいいのか困っていた。何とも言えない生温かい空気が二人の間に漂っている。


「……ずるいですわ」


 その二人の間に、眉間に海溝のごとき深いしわを刻んだ七瀬が割って入った。


「ず、ずるいって何が……?」


「ずるいですわ大輝様! わたくしにも何か下さいませ!」


「なぜ!? むしろ俺はお前に襲われちゃってんのに、何で礼を渡すんだよ! だいたい、いくらテスト終わりでも一年分しかお小遣いの無い俺にそんな余裕はねぇ!」


「そんな事は関係ありませんわ! わたくしがここまでフェアに戦っていましたのに、何故霹靂ノ女帝だけなのですか! 先程の褒め言葉も霹靂ノ女帝にだけ『見惚れる』だなんて、それだけでも羨ましいというのに、その上プレゼントなど!」


 目を潤ませながら、七瀬が本気で抗議していた。


 東城がどうしたものかと柊にアイコンタクトで助けを求めるが、柊は東城からもらったネックレスにご執心の様子だ。丁寧に包みを開けて、さっきまで手に取っていたそれをまるで純金にでもグレードアップしたかのような手つきで付けて、今度は柊が締まりのない笑顔になっていた。これでは助けになどなってくれるはずもない。


 結局、七瀬にはかなり安いチタンのイヤリングを買ってどうにかごまかすこととなった。




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