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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第5部 レイヴン・フェザー
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第5章 狂気の雪 -5-

 おかげさまで10万PV到達いたしました!

 感謝の意を表しまして、本日はもう1話投稿させていただきました。前の話を読んでいらっしゃらない方は、お間違えのないようお願いいたします。


「――さて。行きましょうか」


 西條は冷たく言い放ち、その氷柱に背を向けた。

 東城を覆った状態で落雷を受けたその氷の柱は、全く変化なくそこにそびえ立っていた。

 落雷という膨大な熱量を前にしても、西條はそれすら消し去るだけの力を持っている。だからこそ、この柱は壊れなかった。


 ――そして。


 壊れていないと言うことは、東城は逃げることが出来なかったということだ。


「まぁ中の空間は少し広めに用意しておいたし、プラズマで上手く誘電回路を作れたなら、致命傷にはならないはず。――それでも、軽傷では済まないけれど」


 実際問題、そうやって防いだとしても感電死は免れたという程度だろう。放電のときに発生した衝撃波や熱量は、発火能力者である東城大輝の能力の範囲外だ。決して打ち消すことは出来ず、故にそのダメージは肉体を貫く。


 まして、西條真雪は更に一つの細工をした。

 氷柱の外部には硬度の操作まで施してあるが、内部への操作は温度固定の一つのみだ。

 それにより、落雷を受けた氷柱の内部は砕け散る。そうして出来た氷は放電の衝撃波を受けて加速し、内部へと降り注ぐ。――それも、東城の炎ですら溶けない氷だ。

 それを受けて、東城が無事で済むわけがない。もう意識など失っているに決まっている。


 ――なのに。

 ――そのはず、なのに。


「まだ、だ……」


 柱の中から、そんな声がした。


「まだ俺は、倒れてねぇぞ」


 直後。

 氷の柱が弾け飛ぶ。

 ガラガラと崩れ落ちるそれを眺めながら、西條は舌打ちする。


 そこに立つのは、一人の少年。

 額を始め体のあちこちから血を流し満身創痍の姿で――それでも、決して揺らがない芯を持って、地面を踏み締める一人の少年だ。


「そんなにボロボロの状態で、それでもまだ戦えるって言う気なのかしら?」


「真雪姉を止めるまでは」


 真っ直ぐに、決して変わらず彼はそう口にする。


「……そう」


 心から残念そうに、まるで哀れむような声で彼女はそう口にする。

 キン、と澄んだ音と共に、一度消された氷の刃がもう一度彼女の手に戻る。


「なら両手足の腱を切るよ。精神論を無視して、物理的に立てなくする為に」


「やってみろよ」


 東城もプラズマを刃のように生み出し、吠える。

 勝算があるわけではない。

 だがそれでも東城は決して引かない。

 だからこそ、今まで東城は勝利を掴んできたのだ。


「行くぜ」


「お好きにどうぞ」


 言葉と同時、東城は駆け出した。

 全身に蓄積されたダメージは、東城の身体に負荷をかけている。その速度も、先程戦い始めたときよりも格段に落ちている。


 とは言え、男女の筋力差がある。

 いくら西條が高速戦闘に慣れていようと、彼女自身の速度がその域に達するわけではない。素手による力任せの一撃だけなら、東城が西條に負ける道理はない。

 形状を完全に固定化させたプラズマの刃を、東城は振り下ろす。

 西條はそれを躱さなければいけないはず。そして、その隙を東城は突く気でいた。


「だから、弟くんは甘いのよ」


 しかし西條は決してうろたえることなく、東城のその一撃を受け止めんと、氷の刃の腹を東城の斬撃の軌道と直交するように構える。

 そして、東城のプラズマの刃がそれに触れると同時、西條はクン、と氷の刃を傾けた。

 滑るように、東城の斬撃が西條の右へと受け流される。

 右脇腹に出来た東城の大きな隙を西條が見逃すはずもなく、彼女はそこに容赦なくつま先をねじ込んだ。

 みしり、と嫌な音が鼓膜を内側から震わせる。


「――ッぐァ……っ」


 あっけなく吹き飛ばされた東城は五メートル近く地面を転がって、無様に悶えて痛みに耐えるしかなかった。


「大輝くんの戦いは分かりやすい、って言うのかしら。面白いくらいに先が読めるわ」


「俺が馬鹿だって、言いたいのかよ……っ」


 ずきずきと痛む脇腹を左手で抑えながら、それでもどうにか東城は立ち上がる。


「それとは少し違うかな。むしろ大輝くんは頭がいい。だからこそ、絶対に勝機を見逃さない」


 西條は全てを見透かしたように言う。


「今までの敵はその勝機を突けば良かった。だって、たとえどんなに窮地に追い込まれたところで、根本的な能力においては、大輝くんの方が格上だという事実は変わらないもの。相手の見せたその隙は、相手が隠そうとしていたものでしかなかった」


 だが、今は決してそうではない。

 相手は東城よりも強い。それも、圧倒的な差がある。

 西條が見せる隙や弱点は、彼女の誘導でしかない。そうやって東城を誘いこんでから甚振れるだけの実力差があるのだ。

 弱点や隙はただの誘い。かと言って、真正面から戦っては絶対に届かない。


 これが、始まりの掃滅ノ姫。

 絶対的な強さ故に記録すら抹消された、存在してはいけない力なのか。


「最後の忠告よ。諦めて」


「……俺の答えなんて、分かってんだろうが」


 ぺっ、と口内を切ったらしく溜まった血を、東城は吐き捨てる。


「反吐が出る」


「なら、今度はわたしから攻めるわね。――大輝くんが徹底的に絶望するまで、その不屈の精神を粉々に砕くまで」


 宣告通り、今度は西條が先に動いた。

 西條は自身の周囲の雪を舞わせ、カーテンのように纏っていた。

 そのせいで視界を邪魔される東城は、彼女との距離感が微妙に、しかし確かに、掴めなくなってしまう。


 絶対に外すまいと、確実に斬る為に東城が通常よりも一歩多く踏み込む。

 そして、そのたった一歩の間で十分だった。

 西條が纏っていた雪の中に飛び込んだ東城の全身が、一瞬にして切り裂かれた。


「――ッがぁぁぁあああ!?」


 わけも分からないまま、その場に崩れ落ちる東城。


「忘れ過ぎよ。わたしが纏う全ての雪は凶器になるって、二度もこの手でやられてるのに」


 西條はそう言いながら、躊躇なく氷の刃を振りかざす。

 どうにか立ち上がりその斬撃を受け止める東城ではあったが、状況は劣勢だ。

 雪に見せかけた細かな氷の刃によって全身を切り裂かれ、いよいよ出血量は危険域に達している。そもそもの蓄積ダメージだけでも、並の人間では立ち上がろうなどとは思えないレベルのはずだ。


 そんな東城に容赦なく、西條は氷の刃を振り下ろし続ける。

 神戸に対してかつての東城が行ったのと同じ手法だ。

 圧倒的な速度を誇る能力者相手にゼロ距離で戦うことで、その速度が最高点に達する前にこちらも動けるという対抗措置。

 現状、東城では西條に反撃する術も隙もない。

 そしてそのときの神戸とは違い、今の東城には決定的な弱点が残されたままなのだ。


「――このままで、勝てると思っているのかしら?」


 西條が氷の刃を振り下ろす度、東城のプラズマは痩せ細っていく。

 単純な話なのだ。初めから硬度を持った氷の刃は形状固定の演算が要らない。その逆で、東城はそれが必要となる。結果、東城はプラズマの熱エネルギーを固定化するだけの演算が足りず、温度を固定された西條の氷にエネルギーを奪われて消滅していく。

 打ち合えば打ち合うほど東城の剣は形を失い、その補修をする僅かな隙に西條に一撃ずつではあるが斬りこまれていく。


「このままじゃ大輝くんは死ぬよ?」


「……負けるわけがねぇんだよ」


「戯言に興味はないよ」


 西條が一度剣を引いた。

 それは好機を逃すわけでもなく、むしろその逆。

 しっかりと構え直すことで、次の一撃だけで東城を貫こうというのだ。


「戯言なんかじゃねぇよ。だってあんたの計画は、とっくに破綻してるんだから」


 その冷徹な凶器を前にしても、東城は笑ってさえ見せた。

 それは勝利を確信したものとは違う。

 むしろ、戦っていることさえ疑わしくなるような、ただの少年のそれだった。


「――例えば」


 一歩、東城は踏み込んだ。避けるでも防ぐでもなく。

 ただ突き刺される為に。

 氷の刃が、東城の腹を貫く。


「――ッぐ!」


 絶叫したくなるような痛みだった。内臓は避けたが、東城は身体の構造については医者ほど詳しくない。動脈や筋組織の一つや二つは、大きな損傷を与えてしまったかもしれない。

 だがそれに東城は耐えて、あまつさえ笑い続けていた。


「こうして俺が死ねば、あんたの計画は何の意味もないよな……っ?」


「――ッ! バカじゃないの!?」


 西條が怒鳴ると、途端に氷の刃は崩れるように形を変えて東城の傷口を覆い始めた。

 一応の止血もつもりだろう。事実、おかげで目に見える出血はない。


「バカはあんただろうが……ッ。助けられる側の罪悪感とか、自分のせいで誰かを犠牲にするのが嫌だっていう想いとか、そういうのを何も考えずに、勝手やってきたバカ姉に文句言われる筋合いなんか、ねぇんだよ……っ」


 西條の力で仮の止血はされた。だが、身体を貫かれたダメージが消えたわけでもないし、傷口の周囲に固まった氷はその冷たさだけでも、噛みつくような痛みで皮膚を侵す。


「あんたにこんな真似をさせるくらいなら、俺は死んでみせるぞ」


「美里ちゃんを置いて死ぬ気なの? ――とか、訊いても無駄なんでしょうね」


 西條には東城の答えが分かっているからこそ、それを完全な疑問としては口に出せなかった。

 気持ちや覚悟の上では、東城がそんな道を選ぶはずがない。東城が戦う理由は全て柊の為であり、それ以外では決してない。自身の死と引き換えに戦うことを是としたのは、後にも先にも初めて所長と戦ったあのときだけなのだ。


 だが事実、こうしていま東城はその命を投げ打とうとしてみせた。それがたとえパフォーマンスでしかないと思っていても、それが完全なハッタリでしかないと断じるには、東城の眼光は強すぎた。


「――なら自決する隙も与えない」


 その程度で、東城とは対極の最強の座を手にした西條が引くわけもない。

 東城の意志が強固であるなら、それを真正面から打ち砕く力を振るうだけ。彼が何度でも立ち上がるのなら、その足が立ち上がれなくなるまで痛めつけるだけ。

 西條がすることは変わらず、東城を倒し美桜を死の危険に晒すという、たったそれだけなのだから。


「それでもわたしは、大輝くんを救ってみせると決めたんだから」


 極寒の冷気を纏い、彼女は東城を睨みつける。

 それは視線の冷気から東城の体温を全て奪ってしまうような、圧倒的で絶望的な程の怒気に満ちていた。


「そんなふざけた結末しかない未来なら、この手でぶっ壊すっつってんだよ」


 しかし東城はそう吐き捨てた。

 その視線に抗うように、紅蓮の業火を全身から立ち昇らせる。幾度となく見せる、東城の決意の証だ。


 ――だがそれは、心なしか、いつもよりも色が薄い。

 それに気付かないふりをするように、腹の底から吠える。


「うぉぉぉおお!!」


 両手に炎の剣を携えて、東城は突撃した。

 西條相手に熱量の加減は出来ない。だが、全力で東城が炎を撒き散らせば、西條を倒す以前にこの周囲の地面が保たない。


 それゆえの剣。西條が東城に対して宣言したのと同様に、腱や筋を焼き切ることで、西條の傷を最小限に抑えながら勝利を手に入れられる。

 あとは、乱戦に持ち込んで少しでも西條に隙を生み出せれば――


「とか考えているなら間違いね」


 だが、それはまたしても西條に見透かされていた。

 東城が怒涛の勢いで振り下ろす刃を全て受け止め、西條は笑っていた。


 ――これが、経験の差。

 あるいは、覚悟の差なのかもしれない。


 それに加えて、もう東城の身体は限界だ。そもそも東城に勝てる見込みなどなく、だからこそ三度も敗北を喫したのだ。こんなの不利な状況にまで追い込まれて、今さら東城に逆転の手があるわけもない。


「――もう終わりにしましょう」


 東城の炎の刃がやせ細り、それを補修する隙に西條はそれを切り上げた。

 東城の腹に、不可避の隙が生じる。

 だが西條はその隙を突くことはしなかった。先程のように、自ら死を選ぶのを恐れたのだろう。


 代わりに、それはもっと残酷な手段となる。


 西條が指をパチンと鳴らすと同時、東城の両手足を呑みこむように氷が現れ、東城を地面とくくりつける巨大な柱となった。


「――ッ!?」


「これで大輝くんはもう何も出来ない。そこで大人しく美桜ちゃんの運命を見届けるのが先か、徐々に奪われる体温と共に意識を失うのが先か。どちらにしても大輝くんになす術はないわ」


 くるりと、西條は背を向けた。

 それは先ほどとは決定的に違う。雷を生み出した後、西條は東城の安否を確認しなかった。だが今はそもそもそんな必要すらなく、東城が何も出来ないのは明白なのだ。

 勝利を手に入れた一人の少女の、余りにも空しい背中がそこにはあった。


「全てが終わって、その氷の柱に体温を奪われて眠るように気を失ったら、解放してあげる」


 金木犀のように甘く、そして冷たい香りが遠のいていく。

 彼女のこの選択は、あまりに正しいものだ。

 なぜなら、対戦相手が何か行動を起こさなければ隙は生じず、カウンターというものが存在できない。


 今まで東城が勝てたのは、何があっても負けないという覚悟と、それを目にした相手が、僅かなりとも冷静さを欠いて東城に立ち向かってくれたからだ。そこに隙があり、それを突くことで東城は一発逆転の手を手に入れてきたのだ。

 だからこうして戦うこと自体を放棄されれば、もう東城にはどうしようもない。


(――ヤ、バ……。意識、が……っ)


 極低温の中に晒され、意識が失われかけていく。

 必死に炎やプラズマを生み出し、氷を溶かしたり温度を上昇させたりしようとするが、それも西條の温度操作の前では散っていく。

 ただ極寒の闇が、東城を呑みこんでいく。


 今後ともよろしくお願いしますm(_ _)m

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