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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第5部 レイヴン・フェザー

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第5章 狂気の雪 -4-


 柊と七瀬が先程とっさについた嘘を嘘だとばれないように、料理を始めていた頃。


「なぁ。七瀬、柊」


 キィ、とキッチンの扉を開けて声がした。

 柊と七瀬が振り返ると、そこにはゴスロリの衣装に身を包んだ幼い少女――黒羽根美桜がいた。


「何?」


「西條と東城、遅くはないか?」


 その問いに、柊も七瀬も一瞬体が硬直したような錯覚に陥っていた。


「そうですか? 直に帰ってくるとは思いますが」


 しかし七瀬は即座に表情も態度も立て直し、美桜ににっこりと笑いかけていた。

 現状、目の前で起きている西條と東城の戦いが美桜に知られないようになっている。このマンション全域にクラッキング――精神感応能力者テレパスによる規定区域から人を遠ざけ、周囲に異変を悟らせない結界のようなもの――を張り、更に七瀬が水の壁でマンションを囲むことで、戦闘で発生する温度や音を完全に遮断している。


「しかしアレだな。急に天気も悪くなったし不安になるな」


「……ですわね」


 更に最上階ということもあって、基本的に下での閃光その他は見えない。昼日中ではあるが、上空が黒い雲に覆われたことで、部屋中のカーテンは閉めているのも功を奏しているだろう。

 しかしそれは、七瀬も柊もこの雲が自然によるものではないと察しているからだ。ただ天候が悪いから閉めたように見せて、それ以上の何かを見えないようにしている。

 これだけ大規模の能力を振るう西條相手に東城が勝てるのか、不安にならないと言えば嘘になる。

 だが、七瀬も柊も美桜に悟られまいと、何でもないようなふりを続けていた。それぐらいしか、今の彼女たちに出来ることはないのだ。


「しかも雲がゴロゴロと鳴っている。これは本格的な大雨になるかもなぁ」


「そうなったら、ゆっくり料理できるから助かるわね」


「……それは確かに、皮を剥くだけでこんなに食材が小さくなってしまったら、倍ほどの食材を用意しないといけませんものね」


 七瀬がやれやれと肩をすくめながら、柊が皮を剥いたジャガイモを手に取った。元は普通に拳程度の大きさがあったそれは、もはやサトイモ程度の大きさにまで小さくなっている。


「うっさい、包丁は慣れてないのよ……」


「包丁を使わない料理は最早料理と呼べない気もしますが……。いえ、何でもありませんわ」


 皮肉を言ったつもりだった七瀬だが、割と真剣に涙目で睨まれたのでそっと目を逸らした。


「まぁお前たちが焦ってないのなら大丈夫かな。悪いな、邪魔をした」


「いえいえ。貴女もわたくし達の料理、楽しみになさっていてくださいね」


「あぁ」


 そう答えて、美桜はそっと扉を閉じてキッチンを後にした。


「……ふぅ」


「何とかごまかせましたわね」


 それぞれ包丁を置いて一息つく。


「……ですがそれも、大輝様が負けてしまえば意味はないのでしょうけれど」


「そうね」


 どこか軽い口調で柊は返していた。


「あら。随分と気のないお返事ですわね」


「そうでもないと思うけど。――ただね、アイツが負けるとはどうしても思えないのよ」


 柊はそう呟いた。

 それは嘘でも何でもない。


 彼女は心の底から、東城大輝が負けるシーンが想像できない。

 今まで何度も東城は地に伏しているし、西條に連敗したことも知らされている。

 それでも、柊は確信している。

 東城大輝が誰かを護る為に戦って、負けるなどあり得ない、と。


「既に三度、負けていらっしゃるとしても?」


「不安ならアンタが助けに行けばいい。私はそれを止める気はないしね」


 さらりと柊は言う。

 そして、七瀬は気付かされるのだ。


「……貴女は、信じているのですね」


 それは柊に向けた言葉ではない。ただ自分に向けて、気付きたくもない事実をなぞるように言うのだ。

 自分は未だに、東城のことを信頼しきれていないということを。

 そして柊は、それを軽々と成し遂げているということを。


「……っ」


 ぎり、と歯を食いしばる。

 誰にも悟られないように、この胸の奥で渦巻く感情を抑える為に。

 柊美里と東城大輝が決して壊れぬ絆で結ばれている。そんな事実に、七瀬七海は気付かないふりをする。

 それが、何の意味も持たないことを知りながら。



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