第5章 狂気の雪 -2-
西條真雪と黒羽根美桜が暮らす、高級マンションの最上階。
その部屋に飛び込んだ柊美里と七瀬七海は、安堵のため息をついた。
「どうしたんだ、柊、七瀬。そんなに血相を変えて」
「いえ、なんでもありませんわ」
心配そうな美桜の不安を拭うように、七瀬は綺麗な笑みで答えていた。
「そうなのか? とてもそうは見えないが」
「えっと、今日は真雪さんと大輝を驚かせようってことで、ちょっと料理でもこっそりしようかなと思って……」
とっさに思いついた嘘で、柊はどうにかごまかそうとしてみる。その様子をじっと見ていた美桜は、しかしすぐに頷いた。
「なるほど、サプライズというヤツだな。東城たちが来る前に早くするといい。私は能力が能力だけに、手伝えないから、残念ではあるが……。代わりに、楽しみにするさ」
「えぇ。ですが、あまり期待はなさらないで下さいね? わたくしと柊美里はしばらく、キッチンにいますので」
そう言って、七瀬は柊を引きつれてキッチンの方へと向かった。
美桜に声が届かないことをしっかりと確認した上で扉を閉め、七瀬も柊もまた別の安堵のため息をついた。
「どうにかごまかせたわね……」
「えぇ。しかし、大輝様の言う通りとは……」
「……そうね。正直、私だって今でも信じられないかも」
七瀬も柊も驚きを禁じ得なかった。
それもそうだろう。彼女たちの前にいた西條真雪の姿は、底なしに明るい、ただの年上の女性でしかなかった。その上で東城大輝と同じ、正義に満ちたような雰囲気を確かに感じていたのだ。
今さら彼女が黒幕だったと言われても、にわかには信じられないだろう。
「とりあえず、万が一の事態が起きたら、ここは私たちで死守するしかない」
「そうですわね」
「――でも、勝ち目があるとしたらやっぱり、大輝だけなんだろうけど」
ぎゅっ、と柊は小さな拳を握り締めるしかなかった。
「随分と弱気な発言をなさるのですね」
「心で折れたら勝てないっていう理屈は、私だって分かってる。でも、やっぱりこれは事実なのよ」
柊は言いながら真紅に両手をついてうなだれる。
「私は真雪さんと一度だけ戦ってる」
それは昨日の出来事だ。
そのときの柊は西條と東城が仲良くしていることに少し嫉妬し、それを察した西條によって勝負を申し込まれている。
――そしてその結果は、柊の惨敗だ。
「あのときは、ただ私を元気づけようとしてくれただけだと思ってたけど、そうじゃなくて、あれが私の戦闘力を測る為だったとしたら……」
柊が負けたということは、西條にとって柊では足止めにならない。そう判断されても不思議はなく、そして、柊自身もそう思っていた。
七瀬にいたっては戦うまでもないのだろう。氷雪操作能力は液体操作能力の亜種。その上でレベルSとレベルAの差が西條と七瀬にあるとすれば、それは覆しがたい絶対の壁となる。
「……だから、負けないでよ」
小さく柊は呟いた。
「真雪さんを止められるのは、大輝だけなんだから」
それを切に願って、ただ柊は天を仰いだ。




