第5章 狂気の雪 -1-
後編・第5部レイヴン・フェザー編始まりました。
感想等、お待ちしてますm(_ _)m
――降りしきる雪の中。
一人で彼女は呟いた。
「さぁ戦いましょう。もう二度と悲劇を繰り返さない為に」
そうして彼女は、正義を振りかざす。
それが何よりも残酷な結末をもたらすと知りながら、それが善であると妄信して。
――狂ったような白い世界で。
彼女を前に彼は叫んだ。
「どういうつもりなんだ。答えろよ、真雪姉!」
そうして彼は、ただ誰かを護ろうとする。
それがどんな結末になるかなど知らず、善も悪も関係なく、ただ一人の為に。
戦いが始まる。
誰の想いも絡まない、無意味で、無慈悲な戦いが。
*
――西條真雪は嘘をついていた。
黒羽根美桜が自らの父を殺した相手を知ってしまったと、西條は東城たちにそう思わせていた。
だが違う。
彼女は今もなお、そんな事実は知りもしない。
その西條に命を狙われているということも。
彼女の父を殺した東城大輝が、自分を護ろうとしていることも。
九月下旬の公園だった。
季節外れに降る雪は辺りを白銀の世界へと変え、鼻の奥を刺すような冷気が満ちていた。
「……このタイミングで来たっていうことは、やっぱりバレちゃったのかな。弟くんには隠し事は出来ない、ってことかしら」
いつものような口調で、西條は話す。
どことなく東城にも似た端正な顔立ちも、真っ白い雪のように美しい髪も、同性異性を問わず引きつけるようなスタイルの良さも、何も変わってはいない。
なのに、何かが決定的に、致命的に違う。
彼女の身を包むのは、日曜日だと言うのにきっちりとした制服だった。それは礼儀をもって黒羽根美桜を殺そうという意思の表れ、そう東城には見えた。
「真雪姉の詰めが甘いだけだ。いくら自分の筆跡とは違うように書いても、生徒会室のコピー用紙を使ったらダメだ」
東城はポケットから一枚の紙切れを放り捨てる。
それは美桜が自ら家を出たと西條が言った書置きで、その縁には東城の蛍光ペンで付いた落書きがあった。
「――あぁ、生徒会室で大輝くんのつけた落書きの跡があったのね。迂闊だったわ」
あっさりと彼女は認めてしまった。
「失敗したわね。まさかそんなことでバレちゃうなんて」
「どういう、つもりなんだ」
脅すような、低い声。
だが西條は眉一つ動かさなかった。
「どういうつもり、ねぇ。そんなの、決まってるじゃない」
歌うように彼女は言う。
「護る為よ」
一言。
ただそれだけ、彼女は言い切ってみせた。
「美桜を殺すことで何が護れるって言うんだよ……っ」
歯を食いしばって、東城は呻くしかなかった。
遠い。
そう感じた。
目の前にいる西條を、東城はたかだか一週間しか経っていないというのに、昔からずっと過ごしている姉のように感じていた。
彼女のような姉が出来て、嬉しくなかったと言えば嘘になる。たった一年分の記憶しかない東城にとって、誰かとの繋がりは何よりも大切なもの。その中でも、実の姉の西條は瞬く間に特別なものになっていた。
なのに、今ではその繋がりを感じられない。
冷たい氷のような壁が、東城と西條の間にあった。
「大輝くんが言ったんでしょう? 死ぬつもりはないけれど、美桜ちゃんの糾弾は受けるつもりだって」
覚えている。東城は確かにそう言ったし、その想いは今でも変わりはしない。
超能力者は皆、軍事目的で開発された。その為に違法な遺伝子操作や薬物投与で、本来ならあり得ない身体的スペックや演算能力、そして超能力を手に入れたのだ。
だがそれでも能力者は人であることには違いないのだ。誰も彼も人として当たり前の感情を持って、当たり前のように生きている。
それを踏み躙ろうとする所長を東城は憎悪し、そして争いの果てで、所長の記憶を消滅させることでその人格を殺した。
たとえ直接手を下したのが誰であろうと、東城が殺したのと同義だ。
だから東城は、決してその罪から逃れようとはしない。
その罪を受け止めることこそが、残されてしまった所長の娘、黒羽根美桜に対する唯一の贖罪なのだから。
「……でもね、それは無理なの。美桜ちゃんの能力は最強にして必殺。もしも美桜ちゃんが真実を知ってしまったら、大輝くんはなす術もなく彼女に殺されるに決まっているわ」
だから、と彼女は続ける。
「わたしがそれを止めてみせる」
それはきっと英雄のような言葉だった。物語の主人公が放つような、正義に満ちた覚悟がそこにはある。
だが明らかに何かが違う。薄っぺらで、そして淀んだ何かが隠れている。それを東城は感じ取っていた。
「……どうやってだ」
「別に美桜ちゃんを殺す気はないわよ。わたしの能力は氷雪操作能力。だからこの能力を最大限に利用して、美桜ちゃんを冷凍睡眠状態にする。――大輝くんが寿命で死んで、美桜ちゃんの復讐の対象がいなくなるまで、ずっと」
その言葉に、東城は自身の感覚が間違っていないことを悟った。
「……ふざけて言っているのか?」
「まさか」
「じゃあ、そんな真似が本当に出来る気でいるのかよ……っ」
「正直な話、五分五分でしょうね。わたしの能力をもってしても、水の氷晶化を抑えながら瞬時に身体を冷凍するのは至難の技。それにもしそれが成功しても、わたしはおろか今の科学力じゃ解凍する術がない」
「だったら!」
「それでもわたしは、それが成功する僅かな可能性に賭けるわ」
ぞくり、と背筋が震えた。
笑みではない。だが彼女の顔には、何かを選び、捨てたときに絶対に感じるはずの苦痛が、欠片ほども存在しない。
それはまるで、正義を振りかざすかのようだった。
その決定的な差異に彼女が気付かないことこそが、東城にとって何よりも恐ろしい。
「大輝くんにも分かるでしょう? 何かを護る為には犠牲が付きまとう。それでも、その犠牲を払ってでも何かを護りたいとすがる、その想いが」
――確かに、東城は何度もその決断をしてきた。
そもそも東城が記憶を失くしていることこそが、その決断の最たるものだろう。閉じ込められてきた能力者に自由を与える為に、東城は戦い続けて記憶を失くしたのだから。
自分の身を犠牲にしてでも所長と戦おうとしたことも、柊を護りたいと願いながらも勝つ為に、彼女の力を借りたことも。
――そして。
記憶を失くした自分のせいで柊が傷付くと知りながら、それでも傍にいることも。
全てが、東城の選んだ犠牲の上での決断だ。
それでも。
「……分かんねぇよ、真雪姉」
東城は、西條を拒絶した。
そのことが理解できないのか、西條はただ目を丸くしていた。
だからこそ東城は思う。彼女と自分は、根本的に異なっているのだと。
「……どうして? わたしはただ大輝くんを護りたくて――」
「あんたのそのやり方は、間違ってる」
知っているのだ。
誰よりも犠牲の上で決断を強いられてきた東城だからこそ、誰かを護るという意味やその大切さを、東城は誰よりも知っている。
だから、言わなければいけない。
――たとえそれが、実の姉と殺し合うことになるとしても。
「あんたが道を踏み外すなら、俺は絶対に止めてやる」
紅蓮の業火が、東城の全身から迸る。
最強の名を冠する発火能力――燼滅ノ王。
その輝きを力に、東城は戦う意思を示す。
「リベンジは認めないって、約束したわよね?」
そんな東城を見て、西條は笑う。
温かい姉の顔をしながらも、その裏に極寒の冷気にも似た刺を潜ませて。
「知るかよ、そんなこと」
「約束を守れない弟くんには、キツイお仕置きが必要かしら?」
キン、と澄んだ音がした。
彼女の手に、目を凝らさなければ見えないほどの透明な剣が現れる。
ざぁっ、と真っ白い雪が舞い始める。
燼滅ノ王の対極にある、もう一つの掃滅ノ姫。
その全霊をもって、彼女は東城大輝を叩き伏せるつもりなのだろう。
「まぁ一回くらいのリベンジは認めてあげてもいいかしら」
大気が彼女の能力に当てられて、針で突き刺すような冷気を帯び始める。
「どうせ、わたしが勝つんだし」
西條が白銀の世界を作り出し、東城が紅蓮の業火で焼き払う。
たった二人の最強の戦いが、幕を上げる。




