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フレイムレンジ・イクセプション  作者: 九条智樹
第4部 クレイジー・スノー

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第4章 散りゆく世界 -6-


 それは、唐突な一報だった。


 翌日、日曜日の昼前のことだ。キリスト教的にも働いてはいけない絶対的な安息日を無宗教の東城もいいように解釈して久々に自室でゴロゴロと漫画を読み漁っていた、そんなときだ。

 机の上の東城のケータイが軽快な電子音と共にぶるぶると震え出した。

 もぞもぞとベッドから這って出てそれを取ると、着信の表示は西條真雪だった。


「……俺、あの人と連絡先交換した覚えねぇんだけど」


 DNA鑑定と言い、あの人は内密に東城やその持ち物に何をしているのだろう。下手をしたら何かを盗まれている可能性も否定できない気がする。

 そんなふざけたことを考えながら、東城は電話に出た。


「もしもし、なんだ真雪姉」


『大輝くん!』


 随分と切羽詰まった声だった。

 ピリッ、と空気が変わる。

 ゴキブリが出た、とかそんなニュアンスの切羽詰まり具合ではなかった。ここ二カ月ほどで培われた、独特の嗅覚がそれを告げている。


 ――これは、きな臭い何かだと。


「何があった」


 電話に出ながら、東城はタンスを開けるのも惜しく、部屋着から吊るしっぱなしの制服に着替えて準備を始める。もう思考回路は完全に戦闘モードへシフトしている。


『美桜ちゃんがいなくなったのよ!!』


 ゾリ、と背筋を何か剃刀のようなもので撫でられたような感覚があった。

 何故。そう考えて戦慄した。

 決まっている。彼女が姿を消す理由など、東城に思い当たるのはただ一つだ。



 東城が、美桜の父親を手にかけたことを知られたのだ。



 経緯は知らない。昨日の今日で何があったのかなど想像すら出来ない。とは言え、そうでもなければ美桜が姿を消す理由も、こうして西條が慌てふためく理由もない。


 ――となれば。

 決まっている。東城が止めなければいけない。

 事情を説明するか、赦しを乞うか。

 どんな事態になるとしても、その元凶の東城が動かずに済ませられるわけがない。


「分かった。だから落ち着け」


 電話越しに、その言葉で西條が呼吸を整えるのが聞こえた。


「地下都市のこの前の喫茶店に集合する。柊と七瀬の力も借りるぞ」


『了解よ』


 その答えが聞こえるとほぼ同時に東城は通話を切り、走り出していた。


 地下都市第0階層、とある喫茶店。

 真っ昼間の喫茶店はむしろ客が少ないようだ。大人ともなれば事情は変わるだろうが、ここは平均年齢が十代前半の地下都市だ。そもそもコーヒーを飲める人間が少ない上に、昼飯はたらふく食わねば気が済まないような育ち盛りばかりなのだから当然と言えば当然だ。

 いつものようにその店を利用している東城たちだったが、今回はいつにもない緊張感で満ちていた。


「事情の把握は手短に済ませましょう。まずお義姉様が世界ノ支配者を見失ったのはいつの事ですか?」


 ついて早々、何も注文せずまっ先に七瀬は問いかけていた。


「今朝は一緒にいたわ。でも、お昼ごはんの支度をする為に美桜ちゃんを置いてわたし一人で買い出しに出て、帰ってきたらこれが残されていたの」


 そう言って、東城同様制服姿の西條は一枚の紙切れを差し出した。

 白いA4のコピー用紙に、ボールペンで小さく書かれていた。


『さようなら』


 と。

 ただ短く、故に、何よりも他を拒絶したように。


「……俺と所長の件を知ったってことか?」


「分からないわ。それまでそんな素振りはなかったし、あまりに唐突だったもの」


 西條の言葉で、一度東城は考えを改める。

 タイミングとしては美桜が自身の意志で、東城あるいは神戸に復讐を果たす為に動いていると考えられる。だが、そうとは限らない。


「神戸が言ってた、超能力者の研究を根にした別の組織の仕業って可能性は?」


 美桜の能力は、東城は西條とは別の意味で最強の能力だ。その煩雑さは、たとえレベルS級の演算能力があってもレベルDという最下位に留まってしまうほどだ。それほどに能力自体の基本要求スペックが高すぎる。

 たとえ今のままのレベルであろうと、戦争どころか世界を覆しかねない能力。それが世界ノ支配者だ。


「それはないと思う。それをしたいのなら、低レベルの能力者を先にさらってそれを戦力に美桜ちゃんとぶつからないと、まともな拉致さえ出来ないはずよ。近代兵器で暴れ回れるほど、わたしのマンションのセキュリティは柔じゃないはずだし」


 誰かが出入りするタイミングならマンション内には入れるし、最上階の美桜が自ら扉を開けてしまえば、ただの人の身なら痕跡も残さずさらえるということだ。

 能力者ならば、頭一つで戦闘すら行わずに美桜を無力化出来るだろう。精神感応能力者とか重力操作能力者(グラビテイショナー)とか、簡単に思いつくだけでいくらでもいる。


 だがそもそも地下都市の能力者がさらわれた、あるいは他の機関に移ったという痕跡はない。地下都市建設以前で資料がなくて当然、という状態でも名簿の照会で地下都市にいないものは特定されている。相変わらずアルカナの半数以上はその状態なのだが、彼ら彼女らと接触して美桜を誘う方が難しいはずだし、アルカナを一人でも味方につけたのなら美桜を無理して欲する理由自体が消失する。


「――つまり、美桜は自分の意志で出て行ったってことか」


「そう」


 東城の確認に、西條も頷いていた。


「……美桜の目的は何だ?」


「分かりきってるじゃない、大輝」


 柊は唇を噛みしめていた。


「大輝を殺す。あるいは、世界そのものを壊す」


 柊のその言葉に、東城は背筋が凍るのを感じた。

 だが同時に、その言葉を全く否定できずに、東城は頷きそうになっていた。

 話してみた美桜の雰囲気からは、そんなことをするとは思えない。だが、仮にも彼女は黒羽根大輔の娘だ。


 ――そして何より、彼女は父のいるこの世界を愛していた。それはつまり、父親が消えてしまった瞬間に、彼女の中で世界の必要性が失われる可能性すらある。


「……急いで探しましょう。彼女が、この世界を壊してしまう前に」


「そうだな。もしかしたら案外、美桜はただ家出しただけかもしれねぇけど、それにしたってあの制御できない力を持ったまま外をうろうろされるのはまずい」


 東城はポケットに手紙をねじ込んで立ち上がる。それに呼応するように、柊たち三人も席を立った。


「……世界ノ支配者は地下都市に入れまして?」


「いや、大輝くんに連れて来てもらうまでわたしだって知らなかった。美桜ちゃんが知ってるとは思えない。だから地上、それもお金もないからわたしの家からそう遠くないところにいるはずよ」


「それでも、手紙を置いてから今までの時間があれば結構な距離を移動できるはずだ」


「手分けして探すとしましょうか。――少々、大輝様の街に霧や違法電波が飛び交うことになっても構いませんわね?」


「構わねぇよ。異常気象やらでニュースになったって能力者の存在まで明るみに出ることはないだろ。もしそうなったって、世界と天秤にかけることじゃない」


「じゃあ、東西南北に分かれて捜索を始めるわよ」


「おう」


 そうして、彼らは黒羽根美桜を追って動き出す。

 リミットも彼女の本心も、何もかもが分からないままに。

 それが、世界を護る為の最善手だと信じて。



     *



 地上に出てバラバラに別れた後、西條は一度息を吸った。三人が走っていく背中を眺めながら、彼女はゆっくりと歩き出す。


 ――機は熟した。


 彼女の何かを護る為の戦いはこの瞬間から始まるのだ。


「もう、彼は記憶を奪われてしまった」


 歌うように彼女は言う。


「だからこれは、二度とそんな目に遭わせないという正当防衛」


 一歩ずつ、ゆっくりと彼女は進む。

 それでも淀みない一定のペースで、彼女は理想の結末を手に入れる為に。


「わたしは初めて、わたしの大切な者を護ってみせるわ」


 報復でも、自己防衛でもない。

 傷付く前にその危機から助ける。ただそれだけの、簡単なことだ。

 そうして彼女は、最後に呟く。



「さぁ戦いましょう。もう二度と悲劇を繰り返さない為に」





     *




 五百メートルほど全力疾走した東城は、人の邪魔にならないように路地裏の入り口の当たりで両ひざに手をついて呼吸を整えていた。


「――駄目だ、闇雲に探してちゃ埒が明かねぇ」


 たったこれだけの距離でこの疲労だ。美桜を見つける前に東城の体力が底を突く。


「探す手立てはないのか……? 何か、ヒントみたいなものでもいい。足跡、匂い、何かそういうもので探せる能力者がいるんなら、地下都市の方から協力してもらうことも出来るはず」


 そう考えて、東城は気付いた。

 美桜からの手紙がある。

 慌ててポケットからそれを取り出し、それを眺めてみる東城。これなら接触感応能力者(サイコメトラー)がいれば追跡できないのだろうか。


「――いや。柊も七瀬もそれを言わなかったってことは、それは無理ってことだ」


 そもそも、二週間ほど前にさらわれた柊の居場所を七瀬が特定したときにも能力者の助力を仰いだが、かなりの時間を要していた。それも七瀬の推理で索敵の範囲はかなり絞られていたにもかかわらず、だ。

 その手法は当てに出来ない。


「クソ……」


 呟いてその手紙をしまおうとした瞬間。

 東城の視線が、その紙切れに吸い寄せられた。


 ポケットに入れかけていた手を引き抜き、思わず取りこぼしそうになった紙を慌てた手つきでどうにか掴んでもう一度広げなおした。


「何だよ、この汚れ……」


 その美桜が残したとされる紙切れには、淵の方に僅かなインクが付着していた。

 ピンク色だった。

 蛍光色だった。


「――この色は……」


 東城が使用していた蛍光ペンと同色だ。

 ペンの色は同じ表記の色でも、メーカーが違えば僅か以上に異なってくる。知り合いのノートを借りたり、安さで選んでいつもと違うペンを使ってみたりすればすぐに気付く。

 だがこの淡いピンクの色は、東城がいつも使っているそれと全く同じだ。


 ――では。

 このインクは、いったいどのタイミングで付いたというのか。


「――ッ」


 気付いた東城は走り出す。

 ケータイで連絡を取りながら、信じられない真実から、それでも彼女を護る為に。



     *



 人の気配の途絶えた公園。

 巨大な噴水がランドマークの緑豊かな公園だが、そこはいつもと違って、昼間だというのにほとんど人影を残していない。

 クラッキングを使うように東城が指示したのだ。


「やっと、追いついた……っ」


 喉が乾いてくっつくせいで呼吸音におかしな風切り音のようなものが混じっていた。

 それでも、東城は欠片ほどの隙も見せずに正面を睨みつけていた。


「美桜には七瀬と柊が護衛に向かったよ」


 追跡は不可能。だがそもそも、ごく狭い範囲内に対象がいるかどうかを確かめるだけなら、さほど困難な要件ではなくなる。


 ――つまり。


 黒羽根美桜の居場所は誰もが知っているところ。

 西條の家だ。

 彼女は、端から家を離れてなどいないのだ。


「どういうつもりなんだ」


 彼は、目の前にいる者を睨みつけた。

 真っ白い少女だった。

 短めの髪もその肌も服装も。

 そして、その笑みすらも。


「答えろよ」


 彼女は応えない。ただ、全身から白い冷気を迸らせるだけ。

 手がかじかみそうになるほど極度に温度の下がったこの場所は、瞬く間に真っ黒な雲に覆われていた。


「答えろ……っ」


 そして東城は今にも泣きそうな顔で、彼女に、もう一度だけ呼びかけた。


「真雪姉!」


 東城の怒号で澄んだ空気がひび割れる。

 静寂があった。


 ただただ、雪が降る。

 季節はずれな真っ白な雪が、空を、大地を、この世界を染めていく。


 狂ったように、狂ったように、狂ったように――――……




 第4部『クレイジー・スノー』は今回で終了です。次週より後編第五部『レイヴン・フェザー』が始まります。

 この機会に、ぜひ評価を下さい。よろしくお願いしますm(_ _)m



 次週より、更新時間が変更になります。現在毎週木曜日の17時ごろに更新を続けていましたが、大学の講義の時間割の都合で、変わらず毎週木曜日ではあるものの、18時30分ごろの更新となります。ご了承ください。

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